吸血花
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第三章
第三章
全身の血が抜かれている。その身体はまるでミイラの様であり肌は木の皮の様になっている。眼には生気どころか水気も無く乾燥しきっている。見れば髪や唇にも水気は無い。
「課業中トイレに用を足しに行った帰りの僅かな間に襲われたようです」
「課業・・・ああ授業ですね」
「はい。自衛隊用語で申し訳ありませんが」
「いえ、いいです。それにしても・・・また凄い時にやられましたね」
本郷は言葉を続けた。
「それにしてもこの亡骸・・・・・・吸血鬼にでもやられたのですか」
「やはりそう思われましたか」
本郷の言葉に校長は頷いた。
「皆そう噂しているようです。ただ昼に吸血鬼が出るのかと言っていますが」
「昼でも出ますよ。それはスラブの方のやつだけです」
本郷は素っ気無く答えた。
「そうだったのですか!?」
後ろに控えていた二佐が驚きの声をあげた。
「学生隊長・・・・・・」
校長がそれをたしなめる。
「はい・・・。申し訳ありません」
「まあ知っていても仕方の無い事ですからね。私も職業柄知っているだけですから」
「怪奇事件専門の探偵として」
「・・・・・・はい」
校長がそう言った時彼の眼が再び光った。
「吸血鬼は世界中にいますからね。大体はスラブのやつみたいに死体が知性と魔力を持って甦った所謂『アンデット』ですが中には巨人とか首が飛ぶ奴とかいますね。我が国にもいますよ」
「・・・・・・飛頭蛮の事ですか」
「・・・・・・よくご存知ですね」
本郷は校長の言葉に思わず息を呑んだ。
「学生時代小泉八雲の小説を読みましたら出てきましたので。ろくろ首の首が飛ぶものと聞いておりますが」
「はい。元は中国にそういう種族がいたという伝説がありましてね。それが渡来して来たものではないかとも言われていますが。ただろくろ首が人を襲わないのに対しこいつは夜になると首が身体から離れ人の血を吸いに夜の空を飛び回ります」
「夜、ですか」
「はい。昼は普通の人間と変わりなく暮らしていますから。昼動けるといっても正体を表わすのは夜ですからおそらくこいつではないでしょうね」
「そうですか。それでは一体・・・・・・」
校長は表情を暗くした。
「おっと、暗くなるのはまだ早いですよ」
本郷は校長をあえて明るい声で励ました。
「それを解決する為に私を呼んだんでしょ。任せて下さい、必ずこの事件を解決して御覧に入れます」
その言葉に校長も学生隊長も顔を明るくした。
「それでは貴方にお任せしましょう。一刻も早い事件の解決を期待しております」
「はい」
本郷は笑顔で答えた。
まず本郷は学校内を見て回った。事件が起こった場所を一通り見回し手掛かりを得る為だ。
「しかし広い所ですね、ここは」
赤煉瓦の向こうにある芝生のグラウンドを歩きながら言った。
「それに景色もいいですね。緑が多い」
「ええそうでしょう、観光地にもなっておりますしね」
よく日に焼けた顔の男性が側についている。階級は二尉、歳は二十七程であろうか。妙に澄んだ瞳が印象的だ。
「掃除も徹底させておりますよ。海軍からの伝統ですしね」
見れば砂地も綺麗に手入れされている。よくはかれている。
「それは私達が監督しています。少しでも手を抜けば容赦しません」
にこりと微笑んで言った。その顔がまた妙に子供っぽい。
この二尉こそ幹事付である。彼は赤鬼、二人いる幹事付のうちの一人である。
「えっと・・・井上二尉でしたっけ」
「井上は相方です。私は伊藤といいます」
「あ、すいません。伊藤さん」
「はい」
伊藤二尉は新ためて本郷の話をうかがった。
「あそこにある花は何ですか?」
赤煉瓦の前に咲いている一輪の赤い花を指差して尋ねた。
「?あれですか?」
伊藤二尉はその花を見て目を見開いた。
(?どういう事だ?)
本郷はその反応を見て不思議に思った。まるで見た事も無い、といった顔だったからだ。
「ちょっと行ってみましょう」
伊藤二尉に誘われ花のすぐ側まで行く。ダリアによく似た派手な花だった。
「ダリア・・・・・・じゃないですね」
「それよりもこの花を見たのは初めてなんですが。こんなとこにあったかなあ」
「え!?」
首を傾げる伊藤二尉を見て本郷は思わず声を出した。
「いえ。この候補生学校に植える草花は購入する段階で皆決められているのですよ。雑草なら清掃の時に抜かれますし。小さい花ならともかくこれだけ目立つ花が抜かれない筈は無いですしね」
伊藤二尉が花を見下ろしながら言った。
「それにしても・・・綺麗ですが妙な感じの花ですね」
伊藤二尉は言葉を続けた。
「確かに。何か変に赤い花ですね」
本郷もそれに同意した。見れば絵の具、いや鮮血を塗ったかの様に不自然な色の赤であった。
「全部の花を知っているわけではないですがこんな色の花は・・・・・・。見た事が無いですね」
少し顔を顰めて言った。首を思いきり傾げている。それにしてもこの人はどうも花に詳しいようだ。
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