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吸血花

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第十四章


第十四章

「花の変化にしてもおかしい。あんな赤い花の化身は私の記憶には無いよ」
「俺も初めて見ましたね。花の精とかなら普通可愛らしい女の子か着飾った美女ですからね」
「あと樹木子かな」
「あまり違和感はありませんがここに生えるにはちょっと不自然ですね」
「ああ」
 樹木子とは戦場の跡に生える妖木である。外見は普通の木と変わらないが戦場に流れた血を吸って生きている為血を好む。常にそれに飢えており側に人が通ると木の枝をまるで触手の様に動かしその生き血を吸って殺すのである。
「最初は樹木子か何かとも思いましたけれどね。それにしては行動範囲が広いですし」
「そう。あれは近寄る人にしか襲い掛かれない。あの女怪は自分で動けるからな。それに」
「それに・・・・・・?」
「あの姿はどう見ても日本人のものではない」
「ああ、成程」
 それには本郷も納得した。体型といい髪の性質といい顔の造りといい日本人よりも西洋人にそっくりだった。
「心当たりがあるとすれば・・・アルラウネか」
 処刑場に流れた血を吸って咲く妖花である。外見は美しい女性である。だがその姿に見惚れた者は三日以内に死ぬと言われている。
「アルラウネですか。確かに近いかも知れませんね」
 本郷もその言葉に頷いた。
「しかしあの花も人の血を吸う性質ではなかった筈だしな。血を養分とするだけで見惚れた者が死ぬのも処刑場だからすぐに死ぬのは当たり前だしな」
「ですね。その性質はそんなに悪い妖怪じゃなかった筈ですよ。確かバンシーと似たようなものだったかと」
 バンシーはアイルランドに伝わる妖精である。美しい少女の姿をしており人が死ぬ前兆に姿を現わし泣くのである。
「そうだな。だがあの女怪には明確な悪意が感じられた」
「ええ。あれだけの悪意を出している奴は化け物でもそうそういませんよ」
「うん。おそらくアルラウネではない」
「ですね。だとすれば一体何なのか」
「調べてみるか。実は赤煉瓦の事に詳しい人が他にいてね」
「誰ですか?」
「今からその人のところへ行こうと思っているんだが。どうだい?」
「誰か解かりませんけど・・・。手懸かりになるのなら」
 本郷は少し首を傾げながらそれに従った。
「ようこそ」
 二人はアメリカ海軍から出向してきた人の前に来ていた。マクガレイ大尉という。金髪の大柄な人である。意外と言えば失礼だが日本語がかなり上手い。
「この人だったんですね」
「うん。何でもこの学校についての資料をかなり持っておられるらしい。それこそ兵学校の時代のものからな」
「そうだったんですか・・・」
 これは迂闊だった。この人からも話は聞いていたがその様なものを持っているとは思わなかったからだ。
「英語のものが殆どですがよろしいですか?」
 大尉は微笑んで言った。
「ええ。どうか読ませて下さい」
 本郷は喜んで答えた。彼は英語が堪能なのである。
「はい。それでは私の官舎にどうぞ」
 学校の敷地内に置かれているマクガレイ大尉の官舎に案内される。そしてそこで何冊もの本を手渡された。
「どれも分厚くてとても読みがいがありますよ」
 大尉はそう言うと悪戯っぽく笑った。実際にずしっとくる重さだった。
「有り難うございます。それでは喜んで」
 本郷は礼を言って部屋に戻った。そして二人でその書を読みはじめた。
「こうして読んでみても本当に色々と歴史のある場所ですね」
 本郷が英文の本を苦労して読みながら言った。彼は役程英語が堪能なわけではない。
「うん。まあ僕はこれだけはあると思っていたけれどね。ところで一つ面白い事がわかったよ」
「?何ですか?」
「うん、これだよ」
 役は本郷にその辞典の様な厚い本の一ページを見せた。
「ここを読んでみて」
 そこにはイギリスで兵学校建設に使われた赤煉瓦を実際に作った職人達について書かれていた。
「へえ、こんなものまで調べられているんですか」
 これには本郷も驚いた。
「正直僕も驚いているよ。そこに興味深い人がいるよ」
「興味深い人、ねえ」
 本郷はそこに目を通した。すると一人海軍と実に因縁深い関係を持つ者がいたのである。
 その人は名のある煉瓦職人だった。王宮の関係者にもその名を知られ王室の宮殿や別邸の建設にも関わる程の人物であった。彼は平民でありながらその腕で多くの人から尊敬されていた。
 だが彼の生活は質素であった。報酬というものにさ程興味を持たなかった。最低限の生活さえ出来れば満足であった。彼の願いはただ一つ、良い煉瓦を造る事だけであった。
 彼は結婚してすぐに妻を失った。妻との間には娘が一人いるだけであった。長く豊かな金髪を持つ美しい娘だったという。
 
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