| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

吸血花

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十三章


第十三章

「まあ噂ですけれどね。それを見ようと夜まで自習室で頑張った一術校の者もおります」
 一術校とは第一術科学校、幹部候補生学校とは別にある自衛官の技能教育の為の学校である。ここではミサイルや大砲、通信、レーダー等について学ぶ。
「それでどうなりました!?」
 本郷が思わず身を乗り出した。
「結局真相はわかりませんでした」
 大熊三佐はあえて素っ気無い口調で言った。
「そうですか・・・・・・」
 本郷は拍子抜けした。どうやらこれが見たかったらしい。これは彼の計算のうちだった。
「しかし一つ面白い事がありましてね」
 ニヤリ、としている。
「それは何ですか?」
 拍子抜けしている本郷に替わって役が尋ねた。
「その自習室で机や椅子が急に動き出したらしいのです」
「!?ポルターガイスト現象ですか?」
 本郷も顔を上げた。拍子抜けしていた顔が急に生き生きとしだした。
「そうです。それで危なくなって部屋を出たらしいですが」
「そうなのですか。どっちにしろ不思議な話ですね」
「この砲台よりもそのポルターガイストの方がよっぽど気になりますけどね」
 二人はそちらの方にも考えを巡らせた。
「ははは、まあこういった話はここにはいくらでもありますよ、本当に。これはそのうちのほんの一つに過ぎません」
「はあ」
 二人は陸奥の砲台を見上げた。
「ですが今度の吸血鬼は怪談では済みませんなあ」
 大熊三佐はここで表情を暗くした。
「候補生がもう何人も死んでいるのです。これはもうお話では済まされません。一刻も早い解決を望みますぞ」
「はい」
 これには二人も表情を決した。
 大熊三佐が去った後二人は陸奥の砲台を後にした。そしてグラウンドの向こうにある建物を左に見ながら小道を歩いていた。
「ここが少年術科学校ですね」
 本郷が役に尋ねた。
「うん。中学校を出てすぐに入隊した自衛隊のホープ達のいる所だ」
 役はその建物を見上げながら言った。
「ホープ、ですか」
「ああ。その訓練は候補生達より凄いというな。話は色々と聞いている」
「そんなに」
「まあここから防衛大学に行く者もいるし若くして下士官、やがては幹部になっていくからな。相当鍛えられている筈だ。その証拠に彼等の着ている制服は七つボタンだ」
 かって予科練が着ていた服である。
「七つボタンですか」
 本郷もその服を知っていた。
「そうだ。それだけでも彼等がどれだけ期待されているか解かるだろう」
「ええ」
 この七つボタンの制服を着ているのは彼らの他にはパイロット候補生の航空学生、幹部要員である曹候補学生等である。いずれも幹部自衛官になる事を期待されている人達である。
 二人は道を歩いていく。そして何かを探し回っている。
「やはりここにもいませんね」
「ああ。やはり何処かに消え去ったか」
 探しているのはあの花である。だが何処にも無い。
「しかし何処かにいる筈だ。奴はこの学校からは出られないのだからな」
「ええ。あの赤煉瓦と関係があるからには」
 二人は赤煉瓦の方を見た。
「それにしてのあの赤煉瓦ですけれど」
 本郷が歩きながら役に尋ねた。
「確か全部イギリス製でしたよね」
「そう。イギリスで造られて船で運ばれたんだ」
「そう思うとかなり手間が掛かっていますね」
「そうだね。費用も掛かっている筈だ。あの建物は一朝一夕で出来たものじゃない」
「それも歴史ですか。イギリスというのはやはりロイヤル=ネービーを意識してですか」
「うん。戦前の帝国海軍はロイヤル=ネービーを範としていたからね」
「まあ当時のイギリスといえば押しも押されぬ超大国ですからね」
「そう。七つの海を支配する大帝国だったね」
「ロンドンでは随分えらいめに逢いましたけれどね」
「あれは君が悪い。ロンドン塔で白昼に刀を出せば大騒ぎになるに決まっている」
「けれど皆映画撮影だとばかり思ってましたよ」
 ちなみに二人はかってイギリスで仕事をしたこともある。塔に出る謎の白い影との戦いである。
「その割には向こうのお巡りさんが団体で血相変えて来てくれたな」
「あれにはびっくりしました。我が国のお巡りさんに匹敵しますね」
「おかげで我々はロンドン市警と京都府警のブラックリストに載っているそうだ」
「残念です。もう少し捜査に理解を示して欲しいです」
「理解して欲しかったら婦警さんに手当たり次第に声をかけるのを止めるんだね」
「あれはごく自然な行為ですよ、ごく自然な」
「ここの隊付の人がぼやいてたぞ。あちこちの女の子に声をかけまくってるって。苦笑していたぞ」
「おかしいなあ。ちゃんと仕事はしているのに」
「それと一緒にやるからだろ。嫌でも目につく。自衛官の人達が親切にしてくれるからといって頭に乗らないように」
「わかりましたよ」
 実はほとんど判っていない。
「で、話は戻る。赤煉瓦とあの吸血鬼の関係だが」
「あ、はい、それですよね」
 その言葉に本郷も頷いた。
「どう見てもあれは我が国の妖怪や魔人ではないな」
「・・・ですね」
 二人の顔が真剣なものになる。
「我が国の吸血鬼は飛頭蛮や鬼位だ。花の化身が血を吸うなど聞いた事も無い」
 これは本郷も考えていた事だ。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧