久遠の神話
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第五十四話 富の為にその三
「そういえばよく見るな」
「でしょ?あのお店じゃないけれど」
「買ってもらっているんだな」
「そうなの、お得意様なのよ」
「商売なんだな」
「農家は商人でもあるのよ」
由乃はシビアな顔で広瀬にこのことを話した。
「いいものを作らないと売れないのよ」
「いいものか」
「そう、まずはいいものを作ること」
全てはそこからだというのだ。
「そうしないと売れなくて」
「仕事にならないか」
「形の悪いお野菜とかはね」
由乃の家では野菜は作っていないがそれでも例えとして出したのである。
「売れないのよね」
「人参や大根か」
「そう、例えば二本足の大根とか」
具体的な形としてはこうしたものが出た。
「如何にも人間みたいな形したのはね」
「店頭には出されないか」
「そうなの、売り物に出ないの」
「牛肉や豚肉もか」
「質がいいものはステーキになるわ」
まずはこれだった。
「けれど質が悪いとハンバーグとかソーセージで」
「より悪いとか」
「売られないのよ」
そうなるいというのだ。
「もうどうしようもなくなってね」
「難しいな、そこが」
「実際ね、そうした牛や豚も見てきたから」
由乃の言葉が遠くを見るものになった。
「農家ってのも気楽じゃないのよ」
「酪農もか」
「せっかく作った牛乳を捨てたりとかね」
こうしたこともあったというのだ。
「無念なこととか悔しいこととか」
「あるんだな」
「そう、それでもね」
そうしたことがあってもだと言ってそのうえでだった。
由乃は広瀬に顔を向けてそれでこう彼に言った。
「楽しいから」
「色々あってもか」
「やりがいはあるお仕事だから」
「それが農家か」
「いいわよ、どうかしら」
「俺の考えは決まっている」
広瀬は他の誰にも見せない顔を向けて由乃に答えた。
「これまで言っている通りだ」
「来てくれるの?うちに」
「そちらさえよけばな」
「人手不足だからね
由乃はくすりと笑ってこの現実も口にした。
「農家はね」
「人手が足りないか」
「いつもそうなのよ。忙しいから」
「余計にか」
「人が欲しいのよ。広瀬君うちでアルバイトもしてくれてるけれど」
勉強も兼ねてそうしているのだ。
「お父さんもお母さんも言ってるわ、農家に向いてるって」
「そうなんだな」
「酪農にね。向いてるから」
「馬が好きだけじゃなくてか」
「それからね」
彼の馬好きからだというのだ。
「お父さん達も見てなのよ」
「俺の天職か」
「そう言ってるわよ」
「天職ならな」
余計にだというのだ。
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