【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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役者は踊る
第五二幕 「マイナスからゼロへ」
前回のあらすじ:佐藤さんの初陣は白星
言わんこっちゃない!そう内心で毒づきながらも言葉は力を失い倒れ行くデッケンの驚くほどに軽い体を抱き止める。織斑一夏が篠ノ之箒相手に大逆転をした瞬間と時を同じくして、彼はぱったりと意識を失ってしまった。
途中までの試合でも様子は芳しくなかったが、それでもまだリハビリ開始直後ほどの拒絶反応は見せていなかったために、彼女も少し油断していたのかもしれない。
「おい、おいデッケン!!」
焦りながらも体は冷静に行動する。意識を失った人間を揺さぶったり無理に動かすことの危険性くらいはきっちり覚えている。頭を揺らさないように出来る限りゆっくり床にベルーナを寝かせ、大声で意識の確認をしながら体調を確かめる。体温は平均より低め、熱はないようだ。脈は・・・
「・・・!!脈が・・・異常に遅い?」
4,5秒に1回程度しか脈搏が無い。これは明らかに人間の脈拍数ではない。通常体に異常が起きている人間は脈拍が速くなることが多いが、血液の循環障害や不整脈では逆に脈搏が少なくなる。そういえば、ベルーナは睡眠中呼吸と脈拍が極端に落ちることがあると医者の診断書に書いてあったことを思い出し、苛立たしげに頭をがりがりと掻く。
「ちっ・・・原因不明じゃ応急手当てもできやしねぇ!どちらにしろ医療班に来てもらうしかないか・・・?」
彼女が視線を落とす先では、すでに死んでいるのではないかと思うほどに青白い顔をしたベルーナが、耳を澄ましても聞こえにくいほど微かに呼吸をしていた。
視界は光に満ちていた。目をつぶっていても影が無いならば、ここはさしずめ無限光の中か。
何も見えない。だが、声とぬくもりは感じた。僕は今まで何をしていたのかは思い出せないのに、意識そのものははっきりしているような気がする。それすら酷く曖昧な感覚で、蒙昧な僕の心を瀬戸物を扱う様に触れる。
――”マジン”の邪念に中てられた所為で、枷に締め付けられてしまったのですね――
目覚めと眠りの中間のような不可思議な感覚。ただ、体が優しい何かに包み込まれている。ぬくもりを感じるそれは、ただ何をするでもなく僕の体を包むだけだった。只々、いつまでも身を預けていたい心地よさが思考能力を奪っていく。
だが、どうしてか、長く此処に居てはいけないような気がした。自分の中のどこかが、この声を避けようとしている。拒絶しようとしている。それが何者かを知っているかのように。
――貴方の枷を一つ外しました。もう貴方の身体は魂を拒絶することは無いでしょう――
顔も見えない誰かの声には曇りがあるように感じる。声しか聞こえないからこそ、そういった声に篭る感情が感じやすい。何より僕自身がそういう感情には過敏だ。
不安は感じない。疑惑も感じない。代わりにそのような心配をされることに少しばかりの行き先無い罪悪感が胸を刺した。また、それを知っているような既視感が僕の心を揺さぶる。
――枷を外したことで貴方は”嘗て”に少しだけ近づきました・・・出来るならば、もう全てを忘れさせ、ただ安寧を・・・ですが、もはや災禍は避け得ぬところへと至ってしまった。枷を外さねば、どうしようもない。やはり因果から解き放たれることは能わなかったようです――
慈愛と悲哀、そしてその隙間に滲ませる無力感。あなたは、何故それほど僕にかまうのだろう。
もう記憶が薄れつつある、母親の腕に抱かれた時のようなこの感覚は・・・僕は、この暖かさの主を知っているのか?
だが、覚えがない。記憶の何所と辿っても、声の主と一致する声は存在しない。唯忘れているのか、それとも本当に知らないのか、その判別すらも付かない事に僅かな苛立ちを覚えてしまう。
――もはや望む望まざるに関わらず、因子は他の事象を誘発し、同じ流れへと飲み込まれてしまうでしょう。ですが今回は違う・・・貴方のもとに私がいること・・・それが・・・・・・――
声が遠ざかる。自分の意識も、引力に引かれるように無限光の外へと引き剥がされ、そして――
「あ・・・」
瞳に飛び込むのは白い天井と、泣きそうな顔をしたコトノハ先生の顔だった。
「ベルーナ!!生きているな!?私の顔が分かるか!?」
「・・・おはようございます?」
「・・・ッ!!!このっ、心配をさせやがって!」
きつく身体を抱きしめられる。苦しい、という抗議の声を上げるより先に何故こんな状況になっているかを疑問に思う。確か僕は・・・そう、無理なリハビリを敢行したんだ。床にいるからきっと途中で倒れてしまったんだろう。
・・・今まで倒れることがなかったからこそ何とか続けてきたこのリハビリ。しかし、それもどうやら今日までだ。「途中で倒れるようなことがあればリハビリは全面中止する」という厳しい条件を呑んでおいてこの体たらく。もうこのリハビリの許可が下りることは二度とないかもしれない。
――ちぇっ、結局駄目なものは駄目かぁ・・・
これでリハビリは終わりだ。想像しうる最悪の終わり方だった。
ミノリに何と言って謝ろうか、とか、僕は盾になる資格すらないのかな、とか。いくつかの考えが頭をよぎり、やがて自分が大見得を切った結果があまりにも情けない結末だったことに対する悔しさが奥からこみあげてきた。モニターを見れば既にシノノノが撃破され、ミノリとオリムラが転入生を追い詰めている。
その光景を無感動に眺める。あの場所に自分が二度と立てないと思うと心の奥の激情が抑えきれなくなる。小さな手の平に爪が食い込んで充血する。
だが、次の瞬間僕を抱きかかえていた先生が驚愕と共にベルーナの肩を掴む。何事かと驚くと同時に、先生に触られてもいつもの息苦しさを感じていない自分に気付く。そして――
「・・・お、おいベルーナ!!」
「・・・先生」
「お前、試合を見ても平気なのか!?」
「え・・・」
そういえば。リハビリの目的はISを見ても拒絶を起こさない事だった。
今、僕はIS同士の戦いを、何も感じずにただ眺めていた。
それはつまり、リハビリの結果は最悪ではなくむしろ逆。
「先生・・・僕、平気みたいです」
克服、したのだろうか。未だISに対する恐怖のすべてが取り除かれたわけではないが、確かに今の僕はISという存在と正面から向き合えている。僕は、過去の恐怖を、あの忌まわしい過去を少しだけ克服できたようだ。
「お前、お前という奴は・・・!!」
再びきつく抱きしめられた。抱かれて一つ気付いた事がある。僕は昔、まだほんの小さな子供だった頃に良く母親に抱きついていた。母はそんな僕をいつも力いっぱい抱きしめてくれた記憶がある。
ミノリに抱きしめられた時、どうして嫌じゃなかったのかを少しだけ思い出した僕は、先生をそっと抱き返した。
= =
私は奇跡という言葉が好きではない。
テレビなんかで使われる感動モノのドキュメンタリーなんかを見ると特にその思いが強くなる。壮絶なリハビリの末に症状が回復したというならば、それは奇跡ではなく頑張った人間の努力の“結果”に他ならない。それを奇跡の一言で済ませるのは、先の見えない努力を続けた人間の積み重ねを否定する一言だ。
だが、今は少しだけ奇跡という言葉を使いたがる人間の気もつが分かるような気がする。
デッケンが倒れた瞬間を見た時、まるでもうすぐ死ぬかのように弱弱しい吐息を確認した時、私は後悔した。もっと早く、無理やりにでもこいつを止めてやれればよかった。考えればわかることじゃないか、こんな小さい体で毎日のように無茶をしていれば必ずどこかで限界が来る。いくら心が強くてもそれに追いつく身体がないのではどうしようもない。だから絶対にそうなる前に止めると決めていたのに。
思い浮かべるのは後悔の言葉ばかりだった。教師として、大人として、どうしてこうなるまで止めなかったんだ。内心で諦めるべきだと思っていながらどうしてみすみすデッケンを信用してしまったんだ。
そして悔恨が私を攻め立てる中――デッケンが眠りから覚める様に目を覚ました。
何がおはようございますだ、この馬鹿。こちとらガキだった頃に見たブランダースの犬以来の涙を流すところだったってのに。しかも目が覚めたらリハビリは成功してましただと?そんな都合のいい話がある物か。
だから、認めたくはないがこれは奇跡なんだと思う。無論ベルーナの努力もこの奇跡に無関係だったわけではないのだろうが、私を泣かせかけた男の起こした結果など、奇跡で十分だ。
そう自分に言い聞かせてデッケンの小さな体を抱きしめた。しばらくすると、デッケンがこっちを抱き返してきた。・・・な、なんだよ。意外と子供っぽい所あるじゃんか。そうだよ、お前はもう少し大人に甘えることを覚えるべきだぞ、うん。抱っこしてあげるからもっと寄れ寄れ。
・・・しょうがない奴だ。他に時間の取れる教師もいないらしいし、こいつの面倒は引き続き私が見てやろう。
しょうがなくだぞ?しょうがなく・・・だ。
後書き
実は子供に甘えられるとデレデレになってしまう文先生でした。
あれ?おかしいな、気が付いたらベル君が次々フラグ立てる話になってない?
ベルーナの不思議心象を3回くらい書き直しました。こういうの、難しくて泣けてくる。
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