皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第30話 「合成の誤謬」
前書き
貴族に大人気なのは実はギ○ン。
そのうちシナンジュを出してやろうと思う。
第30話 「後世の歴史家を悩ませるお方」
ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。
ゴールデンバウム王朝を研究する者にとって、ルドルフ大帝についで、よく目にする名である。
ルドルフは神聖不可侵という存在を自認し、銀河帝国を創建した事による。
だが、ルードヴィヒが有名であるのは、その偉業のみならず、これほど不可解な皇帝は、ゴールデンバウム王朝でも唯一といってもいい為である。
ゴールデンバウム朝にあっては、
流血帝。
残虐帝。
などと呼ばれる者もいたが、彼らは一様に治世においても、その性向は一致している。
すなわち残虐性と血を好むという悪癖である。
無論、名君と呼ばれる者も同じであった。
晴眼帝は、その治世と性向が一致している。
治世の名君、後宮の凡人と呼ばれる者もいるが、彼らにルードヴィヒほどの謎はない。
ところがこのルードヴィヒ皇太子(当時)は寵姫を集めると、彼女らに帝国改革を手伝わせ、大胆な軍改革にも乗り出し、さらには経済関係にも着手するという行動をとる。
ここで多くの者が頭を捻るのである。
寵姫を集めるのは分かる。
帝国改革も、問題が山積みしていた当時にあっては、理解もできる。
軍関係も経済関係も理解の範囲内だ。
分からないのは、なぜそれを寵姫に手伝わせたのか?
という、部分だった。
女性研究者の中には、後宮からの改革と、主張する者もいるが、改革の始まりであるブラウンシュヴァイク公爵、リッテンハイム候爵との会談は、寵姫を集める前だ。
アレクシア・フォン・ブランケンハイムの存在を指摘する者も、彼女の存在が改革を行わせるものになったとは、証明できずにいる。
やはり定説通り、ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子(当時)が自ら立ち上がり、その後で彼女らを集め、改革に乗り出したと見るべきだろう。
そこで、誰もが悩む問題に突き当たる。
なぜそれを寵姫に手伝わせたのか?
という謎である。
これは今も解明されていない。
そしてこれ以外にも、多くの謎が残されている。
その際たるものは、銀河帝国成立いらい、銀河帝国、自由惑星同盟、フェザーン、地球とあらゆる勢力がルドルフ的なものに呪縛され、その脱却、もしくは打倒を意識的無意識的に、目標としていたが、この時代にあってルードヴィヒのみは、その呪縛に囚われていない。
行動、思想、選択において克服する対象としてのルドルフを、まったく持っていないと思われる節が多々見受けられる。
これは父親であるフリードリヒ四世とは対照的である。
フリードリヒ四世は、弱い皇帝であったと評価されている。
では、なぜ弱いとされたのか?
仮にも銀河帝国皇帝である。貴族達に対して命令を下される立場にある。貴族が公然と反抗すれば、取り潰せる立場にあった。それは貴族達ですら分かっていただろう。
にもかかわらずルードヴィヒのような強権を振るう事はなかった。
現在の研究では、見る目、批評眼を持っていたとされるフリードリヒ四世だが、強権を振るった後、新しい帝国のあり方。ルドルフ的なものから脱却したのちの帝国を創設しえない事を、自覚していたからではないだろうか?
皇太子(当時)が改革に乗り出した際、フリードリヒは完全に、息子であるルードヴィヒに全権を委譲している。
皇帝と皇太子は権力的な意味において、対抗し、敵対する存在ともなりえるのだ。
にもかかわらずフリードリヒ四世は、権力を委譲しているのだ。
これは見る目の有ったフリードリヒ四世にとっては、ようやくルドルフ的なものを刷新しえる人物が現れた事を認識できたからだと思われる。
それが自分の息子である事に、フリードリヒ四世は唯一の廷臣ともいうべき、グリンメルスハウゼンにのみ、喜びと共に漏らしている。
その観点から見れば、克服、脱却する対象としてのルドルフを、持っていないルードヴィヒの再建した銀河帝国は新銀河帝国と呼ぶべきものであり。
ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムは新銀河帝国の初代皇帝とも言えるのである。
ルードヴィヒ即位以前と即位以後では、明らかに違う帝国を見ているようだ。
もっともルードヴィヒ以後の帝国はルドルフ的なものではなく、ルードヴィヒ的なものに呪縛されていく事になったのは、歴史の皮肉とも言えるだろう。
そしてルードヴィヒ以後の帝国は、ルードヴィヒ的なものからの脱却を目指す事になっていく。
ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムとは、銀河帝国の皇帝の中で、もっとも不可解な皇帝の名前である。
(とある歴史家の著書より抜粋)
■宰相府 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト■
「はい、やり直し。訂正を要する」
はあ~また、カール・ブラッケさんの持ってきた法案を、宰相閣下が突き返してしまいました。
内容までは、難しくて私には分からないのですが、宰相閣下はお気にいらないようです。
もう何度目でしょうか?
今度こそはという感じで、持ってくるのですが、一瞥しただけで突き返しています。
「あの~差し出がましいですが」
「うん?」
「宰相閣下はどこが気に入らずに、読みもせずに突き返すのですか?」
あれでは、さすがにカール・ブラッケさんが、かわいそうになってきました。
「はるか昔の事だが、女性の服装における運動が起こったことがある」
「はい?」
「まあ聞け。奇抜な、その当時としては奇抜と思われていた服装をしていた女性が、入店を断られたとして、とあるホテルを訴えたんだ。まあ裁判では負けたわけだが、その後で新聞やら本やらでホテル側を散々貶した」
「それとカール・ブラッケさんの法案と関係があるのですか?」
「あるんだ。その記録を読んだときに、もし仮に俺がそのホテルの経営者だとしたら、どういう判断をしただろうかと、考えた」
「ふむふむ。それでどう考えられたのですか?」
「経営者が入店を拒否したのは、常連客が嫌がったからだ。その時、経営者は二つの選択を迫られた。まず奇抜な服装をした女性を受け入れて、常連客を失うか? それとも奇抜な服装の女性を拒否して常連客を、引き止めるかという選択だ。クラリッサならどっちを選ぶ?」
う~ん、どうしたでしょうか?
でも、その奇抜な服装をした女性を受け入れても、その女性が常連客になってくれる可能性は低そうですね。だったら……今いる常連客を失うのは痛いです。
「私も拒否するかもしれません。常連客を失うのはお店にとっては、死活問題でしょう」
「そうだな。結局のところ、自分の趣味嗜好を受け入れろ。だが受け入れた結果、お前らがどうなろうが、こっちの知ったこっちゃない。そういう態度が見えてるんだ。で、訴えた女性は貴族らしいぞ。拒否したのは平民だ」
「うわー」
貴族の横暴ですよ。それっ。
平民をいじめてるだけじゃないですか?
「それでブラッケの持ってきた法案も、同じなんだ。自分はこう思う。こうである筈だ。だがその法案を執行したとき、どうなろうが知ったこっちゃない。そういうのが透けて見える。いや、そこまで考えても、気づいてもいないのかもな。フォンを外しても、根っこは貴族ということだ」
だから訂正して来い。と突きかえしている訳ですか?
読みもしないという事は、チラッと見た部分だけでも、それが透けて見える。その部分を変更していないし、気づいてもいない。
だからダメ。
内容の良し悪しは、その次の段階ですか?
「まーねー。いいかげん気づいても、良さそうなんだが……」
「案外、ブラウンシュヴァイク公とかリッテンハイム候とかの方が、先に気づいてしまうかもしれませんね」
「大貴族の方が気づいて、改革を主張してる方が気づかないとは、皮肉だよな」
「そうかもしれませんね」
「良かったよ。ブラウンシュヴァイク公が、あいつらを引き合わせてくれて。気づかないままだったら、いつも間にか法案を決める部署にいて、知らないうちにヘンな法案を通されていたかもしれん」
宰相閣下が安堵のため息を漏らしています。
ご心痛お察しします、と言いたいところですが、私如きが口にするのは、身分上まずいのです。
本来であれば、直答すら許される身分ではないのですから。
後これは、ラインハルトくんとかジークくんなどは、分からないのでしょうが、殿下は身分。閣下は役職にかかる敬称なのです。
寵姫であるアンネローゼ様などは、基本的に殿下です。軍関係者や事務局の方は閣下になります。もちろん何事にも例外があって、付き合いの長いリヒテンラーデ候などは入り乱れていますね。シルヴァーベルヒさんなども、性格からか、殿下と呼んだりしてるようです。
ふてぶてしいですからね。シルヴァーベルヒさんは。
ただ、どうお呼びしていいのか分からない場合は、殿下とお呼びしているようです。
基本的に皇太子殿下と呼んでおけば、間違いないですから……。
■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 リヒテンラーデ候クラウス■
「なんと、ルードヴィヒめ。予の計画に気づいておるとは」
「いささか、皇太子殿下を甘う、見ておりましたな」
悪巧みを見破られた陛下と老人が、計画の変更を話し合っている。
いいかげんにしてほしいものじゃ。
とにかく皇太子殿下はお忙しい。
暇な老人の相手をしておる暇などありはせぬ。
『このお達者クラブがっ』
と、皇太子殿下が言っておりましたが、よく分かりますぞ。
『他に何か良い手はないか?」
「後宮はダメでしたな。となると……」
「あるのか?」
眠たげな様子でありながらも、老人の眼光は鋭く光りよったわ。
腹立たしい事この上ない。
重荷を皇太子殿下に背負わせておきながら、好き勝手に為されている陛下も、悪乗りする老人もじゃ。そんな事だから、陛下の予算を減らされてしまうのですぞ。
『カットだ。カット。仕分けしてやる』
とは、皇太子殿下のお言葉だ。
新しい財務尚書のゲルラッハも嬉しそうに、皇太子殿下のお言葉を聞いておったわ。
宮廷の予算を減らしたという話題は、帝国全土に瞬く間に広まり、皇太子殿下の改革のご意志に皆、感じ入っておる。
それが陛下の悪巧みの所為だとは、口が裂けても言えぬわ。
「殿下のかわいがっているラインハルトを、陛下の下にしばらく置いておくと言うのは、如何でございますかな? きっと落ち込む事でございましょう」
「うむ、あの者か。ルードヴィヒの驚く顔が目に浮かぶわ」
まったく、ろくでもない事を考えるものじゃ。
とはいえ、それぐらいで驚く皇太子殿下ではないわ。
児戯に等しいわ。けっ。
いかんな。わしも皇太子殿下の口調がうつってしまった様じゃ。
■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■
「え、ええー。どうして~?」
ラインハルト様が驚いています。
そりゃ~さすがに、皇帝陛下の下へ行けと言われれば、わたしでも驚きます。
ですが、皇太子殿下はしらっとした表情で、じじいの遊び相手をしてこいと仰られ、手を振ってラインハルト様を送り出してしまわれました。
「いや~ラインハルトが、あのじじいたちの相手をしてくれる事になるとは、よかったよかった」
晴れやかな表情です。
爽やかな笑みといっても宜しい。
皇帝陛下に対して、このような物言いをするとは、そちらの方にも驚きました。
やはり親子だからでしょうか?
皇帝陛下と皇太子殿下といえど、親子には違いありませんからね。
「まあ、ラインハルトには悪いけど、しばらく出向しててもらいましょう」
アンネローゼ様もにこやかに仰います。
最近、ラインハルト様とアンネローゼ様のお二人は、なにやらおかしな事になっているんです。
妙にぶつかる事が多くて、困りもの。
それにしてもアンネローゼ様の今日の格好は、淡い黄緑の、絹の紋織物のイブニング・ドレスです。細身のアンダースリーブの上に付いた、小さなパフ・スリーブ。
袖口は、あざやかなオレンジ色のベルベットのリボン。前身頃は、張りのあるウエストバンドに向けてギャザーを寄せてる。
裾の長いスカートには、細いウエストバンド。そして大きく開いた胸元の周囲をニードルポイント・レースの上に袖口と同じように、あざやかなオレンジ色のベルベットのリボンを重ねてあった。
なんというか、ずいぶん気合の入った格好で……。
ラインハルト様もそうですが、お洒落というものは、対抗するものなのでしょうか?
「さあ~」
マルガレータさんも首を捻っています。
「どうなっているのでしょうか?」
「ミューゼル姉妹、もとい姉弟はちょっとおかしい」
お前が言うなと言いたいです。
最近ちょっと、ロリに目覚めてね、と言ってた女とは思えない。
「おら知らね」
と、嘯く皇太子殿下も、ちょっとおかしいと思います。
ああ、オーベルシュタインさんに会いたいです。
ケスラーさんがいない今、宰相府関係者では、あの方が一番まとものように思えますから……。
「解せぬ」
リヒテンラーデ候がぼそりと呟きました。
あんたもおかしいでしょうがっ!!
と叫びたい。
まったくどいつもこいつも。
帝国は腐ってる。貴腐人だらけの帝国なんか、きらいだー。
後書き
大阪に住んでいる従兄弟が、稲川淳二の怪談を聞きに行ったとかで騒いでる。
ちっ、わたしも行ってみたい。
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