ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
驚愕の真実
ユイが放った言葉に俺が思ったのは、だよなぁという諦めにも似たものだった。
そりゃそうだ。ただモンスターの強さが強いだけで普通に出入りができるのならば、そもそもあんな罠めいたミミズをフィールドを設置しなくても良い。
さらに言えば、MMOでのモンスターの強さというのは、イコールでドロップするアイテムの希少さの高さを意味している。それをざかざか取れる場所なんて、ただのバランスブレイカーな狩場なだけだ。
「ユイ、その邪神ってのは、どれぐらい強いんだ?」
俺ののんきとも取れる質問に、膝の上に座る小妖精は俺の顔を見上げながら優美な眉丘を寄せた。
「それはちょっと、パパでも難しいかもしれません。ネットの攻略掲示板などの情報から判断すると、かなりのレイドパーティーで挑んでも、勝率は五分五分。しかも支援、回復魔法スキルをマスターしているメイジや盾役の壁仕様、高殲滅力の火力プレイヤー込みのパーティーです」
「……そりゃあ………ちょっと二人じゃ無理だな」
複数のパターンを思考したが、どう考えても軽装剣士二人ぽっちでそんな本格的レイドパーティーと同じ働きをすることなど不可能だ。
唯一の希望的可能性としては────
そこで俺は、自分を揺すっている黒狼のバカでっかい顔をちらりと見た。
この黒狼のポテンシャルは、実のところ約一時間経った今でも把握し切れていない。
散々強い強いと言われている邪神級モンスターをああもあっさりと倒したところから、かなりのレベルだとは思うのだが。
しかしそんなクーでも、単体で守護ボスモンスターを倒せるとはさすがに思えない。
「う~ん、じゃあ残る手となったら、他の邪神狩りの大規模パーティーに合流させてもらって、一緒に地上に戻ることくらいだな」
「そーなんだけどねえ………」
同行者であるシルフの剣士は頷いてから、顔を巡らせて視線を薄暗闇の向こう側に向けた。
青い薄闇を透かして見えるのは、どこまでも続くような雪原と森、その彼方に屹立する異形の城塞くらいだ。どうせあの城には親玉級の邪神とその子分がうじゃうじゃいて、近寄った瞬間にたいへん楽しくない目に遭うことだろう。
当然ながら、他のプレイヤーの姿は影も形もない。
「…………このヨツンヘイムは、地上の上級ダンジョンに代わる最高難度マップとして最近実装されたばっかりなの。だから、降りてきてるパーティーの数はまだ常時十以下しかないらしいわ。偶然この近くを通りかかるなんて、あたし達だけで邪神に勝つ確立より少ないかも……………」
「リアルラック値が試されるなぁ。………ユイ、近くに他のプレイヤーがいないか検索してくれないか?」
「はい、了解です。ちょっと待ってくださいね……」
そう言って、小さな妖精はその目蓋を閉じ、周囲のマップデータにアクセスして移動物体を検出しにかかる。
膨大な量のデータを送受信したくせに、我が愛娘はすぐにぱちっと目を開いた。
だが、その顔はすぐに申し訳なさそうなものに変わり、長い耳を垂れさせて艶やかな黒髪をふるふると横に振った。
「すみません、私がデータを参照できる範囲内に他プレイヤーの反応はありません。いえ、それ以前に、あの村がマップに登録されていないことに私が気付いていれば………」
キリトの右膝の上でしょんぼり項垂れるユイの髪を、リーファがするりと指先で撫でる。
「ううん、ユイちゃんのせいじゃないよ。あの時はあたしが、周辺プレイヤーの索敵を厳重に、なんてお願いしちゃってたから、そんなに気にしないで」
「………ありがとうございます、リーファさん」
潤んだ瞳で言うユイに感化されたか、リーファが満面の笑みとともにじゃれあい始めたのを横目で見ながら、俺ははぁと重いため息をついた。
なんと言うか。思っていたよりも厳しい状況に立たされているのかもしれない、俺達は。
正直、アルヴヘイム・オンラインなどというSAOの後続世代が、あの命懸けのゲームより驚異的だとは思えなかったのだ。いや、思わなかった。
文字通り、HP場の残り残量が命の残りに直結するあの世界に比べたら、この世界はもし死んでも自らの種族の領域内で復活することができる。
死とは無縁の世界。
無論、それが悪いこととは言わない。ゲームの本質とは、本来そんな物なのだ。
現実の自分の命など心配することなどない、それがゲームという物だ。
それが本来の、正しい姿。
しかし、しかしだ。そんな世界だからこそ、俺はあの世界で培った技術だけで十二分にいけると思っていた。思ってしまっていた。
しかし、それは逆だった。この世界では命の心配をしなくていい、ということはつまるところ出現するモンスターの強さの上限を考えなくても良いということでもある。
それの最たる所が、俺とリーファ、ユイが今現在クーの背に乗せられて移動しているこの超巨大な地底世界、ヨツンヘイムなのである。
ユイが集めてくれた情報から推察してみるに、どうやらさっきから雪原の彼方にちらほら見えている異形の影や、一番最初に落っこちた地点で出会ってしまった多脚型邪神は、一体一体SAOで言うところのフロアボス的な強さを備えているらしい。
SAOですら、五十人近くのレイドパーティーで挑んでやっとのことで勝っていたそれに、たった二人でどうやって勝てというのだ。
それこそまさしく、無理ゲーだ。
クソゲーだ。
そこまで俺が考えた時、ユイとじゃれあっていたリーファがこちらに視線を向けてきた。
「ま、こうなったら、やるだけやってみるしかないわね」
「やるって………何を?」
思わず瞬きする俺ににやりと不敵に笑いかけながら、シルフの女性剣士は口を開いた。
「あたし達だけで地上への階段に到達できるか、試してみるのよ」
言った後、リーファは少しだけ視線を下に落として苦笑した。
「まぁ、さすがに私達って言っても、クーが主体になる戦術にどうしてもなると思うけどね」
「でも、さっき絶対無理って…………」
「九分九厘、ね。残り一パーセントに賭けてみるっきゃないよ。とりあえずはぐれ邪神はクーが何とかしてくれるとして、可能な限り戦闘を避けつつ守護ボスに挑もう。キリト君の実力とクーの力があれば、おのずと突破口は見えてくるわ」
「リーファさん、かっこいいです!」
キラキラと輝く瞳でこちらを熱っぽく見つめるユイにウインクを返して、リーファがすくっと立ち上がろうとした。
しかし、俺はそれをどうあっても止めないといけなかった。
彼女は、聞いた話だとリアルでは学生なのだ。それを平日の、しかも午前二時過ぎまで連れ回しているなど、現実世界だと確実に補導されてしまう。
俺とても年齢的に、彼女にはあまり言えた事ではない。しかし俺は今、身分的に学生だが学校に籍を置いていないという矛盾した身の上だ。
することと言ったら、週一で入院していた病院でするリハビリくらいしかない。それにしても強制されたものではないし。
これ以上彼女を縛りつけたら、彼女の現実世界までにも影響を及ぼすことになってしまう。それだけはしてはならない、してはならない。
ゆえに俺は、立ち上がろうとして彼女の袖を強く引いて引き戻した。
よろけながら再び座り、当然のごとく講義しようとしたリーファの瞳を、俺は精一杯の真剣みを称えた視線で見つめ返して口を閉ざさせた。
「いや……、君はログアウトしてくれ。仮想体が消えるまで俺が守るから」
「え、な、何でよ」
「もう二時半を回る。君、リアルじゃ学生だって言ってたろ?今日は俺のために八時間以上もダイブしてくれるのに、これ以上無理に付き合ってもらう訳にはいかないよ」
「…………………………」
あまりに突然の言葉に声を失ったようなリーファの顔を見つめ、俺はなおも口を開く。
「直線的に歩いたってどれだけかかるか判らないのに、その上あんな超大型モンスターの索敵範囲を注意しながらだったら、実際の移動距離は倍になってもおかしくない。たとえ階段まで到着できてもきっと朝方になってしまうはずだ。俺は何が何でもアルンに行かなきゃいけない理由があるけど、今日は平日なんだし、君はもう落ちたほうがいい」
「で、でも………」
言葉を濁らせながら、リーファは駄々をこねる子供のようにイヤイヤをする。
それにトドメを刺すかのように、俺は掴んでいた袖を離すと、会話を打ち切るようにぐいっと頭を下げた。
「リーファ、本当にありがとう。君がいなければ、この世界の情報収集だけでも何日も掛かっていたはずだ。たった半日でここまで来られたのは君のおかげだよ。どれだけお礼を言っても足りないくらいだ。これからは────」
そうして、俺は言う。
「俺だけでどうにかアスナを助けに行くよ」
それに返ってきたのは、怒りの声ではなく、耳朶に響き渡るほどに痛い沈黙の時間だった。
言葉を失っているにしてはあまりにも長いそれを不思議に思って顔を上げると、眼前に広がっていたのは目をこぼれんばかりに見開いた風妖精の剣士の端正な顔だった。
半開きになった口許から、声にならない空気が幾つか吐き出される。
やがてその唇から紡ぎ出されたのは────
「お兄……ちゃん…………?」
なるものだった。
その後、背の上で高らかに響き渡った驚愕の叫びに、クーがうるさそうに耳をパタリと閉じて唸り声を上げたことは言うまでもない。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「う~ん、まさかここでバレるとは…………」
なべさん「だってめんどくさかったんだもーん」
レン「メンドくさがるなよ!丁寧に仕事しろ、ボケ!」
なべさん「ふっ!この作品の行く先はキーボードがお決めになるのさ☆」
レン「お決めにさせるなよ。作者だろ、お前」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー!」
──To be continued──
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