夜の影
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第六章
第六章
「そうした街はオランダにはないです」
「羨ましくもありますけれどね。歩くのが楽で」
「ははは、そうですか」
こんな話をしながら昼のユトレヒトを見て回るのだった。街は左右対称であり屋根はオレンジや白のものが多く美しい街並みだった。しかしそれは昼だけのことで夜は違っていた。夜の帳に覆われた街は灯りに照らされている場所以外は完全に漆黒だ。何も見えはしない。
「それでその夜ですね」
「はい」
警視正は本郷の言葉に頷きながらその夜の街の中にいた。当然役も一緒である。三人で街の中を進みそのうえで話をしているのだった。
「事件が起こる夜です」
警視正は昼とうって変わって真剣な顔であった。
「昨日は起こっていませんが」
「昨日はですか」
「はい、幸いにして」
こう二人に話す。夜の街には人が行き交っているが昼程多くはない。そしてその行き交う人達の動きもかなり慌しいものになっていた。
「ですが市民の誰もが」
「急いでいますね」
本郷と役は彼等の動きを見ながら言う。
「やはり。事件を気にしてですか」
「一連の事件を」
「その通りです」
答える警視正の言葉も暗いものだった。夜の灯りの中に映し出される街は暗いものに見えていた。何もかもがわかっていないその暗い事件を前にしてだ。
「その事件のおかげで」
「そうですか。やはり」
役は警視正の言葉を聞いて頷いた。
「それのせいですね」
「何もかもがわかっていないことがまず不安を高めています」
警視正はまた言った。
「そのせいで。皆余計に」
「だからこそ皆急いで帰ってるんですね」
本郷は自分の周りのその足早に過ぎ去る人達を見てまた話した。
「事件に逢わないように」
「そうです。いつも一人で歩いていると襲われます」
警視正は再びその事情を話した。
「一人で歩いているとです」
「一人ですか」
役はその一人という言葉を聞いて考える顔になった。そうしてそのうえで警視正に対して言ってきた。
「それでしたら」
「何かお考えが?」
「はい、これを使います」
言いながら出してきたのは一枚の札だった。見ればそれは陰陽道の札である。
「これを使い」
「紙をですか?」
それが何か今一つ知らない警視正はその札を見て目をしばたかせた。
「それをどのようにして」
「これはただの紙ではありません」
彼は言うのだった。
「式紙といいます」
「式紙?」
「そうです」
こう警視正に述べた。
「我が国に伝わる陰陽道で使うものでして」
「陰陽道ですか」
「簡単に申し上げますと日本の魔術です」
警視正への質問は欧州のそれに合わせて簡潔なものにさせていた。
「白魔術にもなりますが黒魔術にもなります」
「どちらにでもですか」
「そうです。どちらにもなります」
彼の説明はこうであった。
「ですが私が使うのは白魔術になります」
「魔物を倒す魔術ですね」
「その通りです。これを使いまして」
「そしてどのようにして」
「こうします」
こう言うとすぐに札を投げた。すると札が人の形になりそれと共に大きくなっていく。黒い髪をした美女になったのだった。服はスーツである。
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