戦国異伝
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第百四十話 妻としてその一
第百四十話 妻として
帰蝶は信長が出陣した後の岐阜城にいた、彼女は夫が出陣してからも落ち着いていた、その彼女に仕える女房達が問うた。
「ご心配はされていないのでしょうか」
「殿のことは」
問うのは信長のことだった。
「前はかなり危うかったそうですが」
「この度の戦のことでは」
「心配ですか」
帰蝶も彼女達に応える、その声も落ち着いている。
「そのことですね」
「そうです、奥方様はご不安では」
「そうではないのでしょうか」
「特に」
不安ではないとだ、帰蝶は答えた。
「殿のことは」
「そうですか、それではですね」
「殿が勝って帰られるというのですね」
「そのことは間違いないのですが」
帰蝶は信長のことでは全く不安ではなかった、だがだった。
ここでだ、女房達もこうも言った。
「問題は浅井殿のことです」
「浅井殿、ですか?」
「これから戦う」
「そうです、長政殿とお市殿のことです」
彼等二人、ひいては浅井家全体のことだった。帰蝶が今気にかけているのは。
今彼女は岐阜城の屋敷の庭先に出ている、そこから近江の方角を見てそのうえで言うのであった。
「殿は何としてもお助けされたいと思っていますが」
「長政様もですか」
「殿を裏切られた」
「確かに浅井家は殿を裏切りました」
このことは否定出来ないことだった、信長もそれが為に金ヶ崎から退き九死に一生を得ることになったからだ。
だがそれでもだというのだ。
「しかし長政様が誰か裏切られる方か」
「噂を聞く限りではどうも」
「そうは思えないです」
女房達も聞いていた、長政の評判は。
「あの方はとても義理堅い方とか」
「一度交わした約束は決して破らぬと聞いています」
「例え誰が相手でもそうだとか」
「そう聞いていましたが」
「そうです、あの方が裏切りを決められたのではありません」
では誰がそれを決めたのか、答えは一つだった。
「久政殿です」
「あの方ですか」
「あの方が裏切られたのですか」
「そうです。ですが」
久政にしてもだった、戦については息子とは比べものにならない彼のことも話される。
「あの方もです」
「誰かを裏切られる方ではりませんか」
「そうなのですね」
「そうです、あの方もです」
人を裏切ったりはしないというのだ。
「そうしたことはされない筈です」
「何かお話が見えませんが」
女房達は帰蝶の言葉に首を捻った、そして言うことは。
「あの、では誰が裏切られたのでしょうか」
「久政殿ではないとすると」
「誰かが唆したのか」
帰蝶はまだ近江の方を見ている、そのうえで言うのだった。
「そうなるのでは」
「浅井家にそうした方がおられるのですか」
「まさか」
「有り得ることです、当家もでしたから」
津々木のことは今も織田家に警戒の念を抱かせていた、信長が今も片腕と頼む信行程の者が操られたからだ。
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