とある星の力を使いし者
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第97話
思えば疑問は感じていた。
これだけの食屍鬼を目の当たりして、スラム街に住んでいる住人の一人も見かけない事に。
麻生は言い様のない感情が湧きあがる。
いつもの麻生なら全く気にすることはなかった。
不幸な出来事に巻き込まれたのだと、簡単に割り切る事が出来た。
なのに、今は簡単に割り切る事が出来ない。
「もしや、お前は怒っているのか?
顔も名前も知らない下等生物の死を。」
麻生の変化に気づいたのか、男は言う。
それを聞いた麻生はゆっくりとため息を吐く。
その眼は確かな決意が感じられた。
「その通りだ、此処で死んだ人間の顔も名前も俺は知らない。
けどな、その話を聞いて決めた。
お前は俺が全力で殴る。」
なぜ、そう思ったのか分からない。
だが、麻生の胸にはなぜかこの男を・・この男達を許してはいけないという思いが確かにあった。
「それは結構。
だが、今のお前では我について行くので必死であろう?」
男の言うとおりだ。
今の麻生では男について行くので精一杯の状況である。
「確かにそうだな。
これが俺の・・・ただの人間としての限界だ」
その言葉を聞いた男は若干眉をひそめる。
「俺はただの人間だ。
星の力を扱えるとしてもこれは変わらない。
生まれた時から聖人ように人のさらに上の領域には辿り着けない。
だから、これが俺の限界だ。」
そう、星の力という強大な力であまり知られていないようだが、麻生は普通の人間だ。
神裂のように生まれながらに聖人の資質も持っていない。
なので、魔術や超能力を使っても底上げできる限界があり、それはただの人間としての領域を超える事はできない。
つまり、麻生はただの人間として見ると一番強いのだが、聖人のようにただの人の領域を超えた側からの人間からすれば手こずるが負ける事はないといった感じだ。
麻生は聖人などに対して複数の魔術や超能力を上手く使う事が出来れば圧倒できるが、普通に戦えばまず勝てない。
加えて、星の力を纏う技も上手く制御する事はできないので長時間使う事もできない。
「自ら、己の限界を認めるか。
星の守護者も所詮は下等生物と変わらないという事か。」
「見くびるんじゃねぇよ。」
男の発言に麻生は強く言い返した。
「こんな事は言いたくないが、この星の力を見くびるんじゃねぇ。
正面から戦って勝てないのなら、違う手を使うだけだ。」
次の瞬間には麻生の手に刀が持たれていた。
特徴などは麻生が今まで創った刀とほとんど変わらない。
唯一、違うとすれば刀身が真っ黒に染まっている事だ。
(何だ、あの刀。
異様な気配を感じる。)
「この刀の名前は妖刀・夢幻。
もちろん、ただの刀ではない。
これはお前と対等に戦う為の武器だ。」
麻生が黒い刀身を指でなぞると黒色の刀身がなぞる指に呼応するように色が無くなっていく。
刀を片手で持つと構えをとる。
そして、麻生の身体は突然消えた。
男は後ろに視線を向け、刀を振るう。
後ろには麻生が居て、男の肩に向かって刀を振り下ろす所だった。
男の刀と麻生の刀がぶつかり合う。
「魔術や超能力による空間移動でも高速移動でもない。
ただ単純に足の脚力だけ後ろに回った。
だが、そんな移動は普通の人間ではできない事だ。
お前、一体何をした?」
ギィン!!と麻生の刀を弾く。
数メートルの距離が開き、麻生は剣先を男に向ける。
「この夢幻は何かを対価にこの刀に与える事でそれに見合った力を与えてくれる破滅の刀。
対価の価値が大きければ大きいほど、それに見合った力を与えてくれる。」
「なるほど、差し詰め自分の命を対価にしているといった所か?」
「いや、俺の命何かよりももっといい対価を払っている。」
その言葉を聞いて男は改めて疑問に感じた。
さっき魔術や超能力を使う事なく、純粋な脚力だけで男の後ろに回ったのかを。
星の力を使えば、幾らでも楽な高速移動や空間移動が出来る筈なのにあえて脚力だけで移動したのか。
少しだけ考えてみると、男はその答えにすぐに辿り着いた。
「気がついたみたいだな。
そうだ、俺は星の力を操る権利を一時的だが、この刀の対価として払っている。
そうする事で、俺は対価を払い続ける分だけだが普通の人間の領域を超える事が出来る。」
「なるほど、この我に具体的な弱点などが見つからなかった。
だから、その力を敢えて捨て自身の身体能力をより向上させた訳か。
良いぞ、良いぞ!!
これほど我を興奮させた敵などここ数十年居らん何だ!!
さあ、もっと我を楽しませてくれ!!」
「悪いが、俺はお前を楽しませるために戦っている訳じゃない。
ただ、お前を全力でぶん殴る。
その為に戦うだけだ。」
その言葉が言い終えた瞬間、麻生と男が同時に数メートルの距離を埋める。
互いが持つ刀がぶつかり合う。
「さて、どうしましょうか。」
倒れている麦野達を見下ろしながら、女性は少し考える。
なぜ、考えるかというと「体晶」に適合する人間をもっと調べてみたいからである。
その為、麦野達の処理をどうするか迷っているのだ。
「そうですね。
では「体晶」に適合する実験体はどこですか?
教えてくだされば、見逃して差し上げますよ。」
女性はにっこりと笑顔を作りながら言った。
麦野と絹旗はそんな提案に乗るつもりは毛頭ない。
だが、ただ一人だけそう思っていない人物がいた。
「ほ、本当に?
居場所を教えれば殺さないの?」
その声を聞いた麦野と絹旗は首だけを動かして、後ろの方を見る。
そこにはフレンダがいた。
麦野と絹旗が女性と戦闘している時も、フレンダは後ろの方でただ見ているだけしかしていなかったので怪我の方は比較的まだマシな方だ。
「フ、フレンダ!!」
「はい、貴女は黙っていてくださいね。」
麦野は殺意の籠った目でフレンダを睨みつけるが、女性は麦野の背中を思いっきり踏みつけ黙らせる。
「それで、その実験体はどこですか?」
「そ、その前に・・・」
女性は笑顔を浮かべながら、フレンダに近づく。
フレンダは腰に手を回して、女性にゆっくりと投げつける。
それは可愛らしい熊の人形だ。
ただ違う点があるとすれば、熊のお腹の辺りに時計が首から下げている事くらいだ。
その時計がチッチッチッ、と音がしていて女性の所に投げられた瞬間、チン、という音がした。
次の瞬間、熊の人形がドン!!と爆発した。
「いぇ~~い!!
不用意に近づくからそうなるって訳よ!!」
フレンダは喜びの声をあげる。
麦野や絹旗もそのフレンダの姿を見て、ふっと笑みを浮かべる。
だが、三人の笑顔がすぐに固まる。
「まさか、下等生物に一杯食わされるとは一生の恥です。」
煙の中から女性の声が聞こえた。
その煙の中から何かが飛び出てくる。
それは鋭く尖った水だ。
その水がフレンダの腹部に突き刺さる。
「え?・・・・う、そ・・・」
その水がフレンダの身体から離れると、うつ伏せに倒れる。
煙の中から出てきた女性は怪我一つもなかった。
近距離で爆発を受けて、怪我が一つもない。
ましてや、水の防御も間に合わなかったように見えた。
「私とした事が油断しました。
実験体の居場所は自分で探す事にします。
どうせ、探せばすぐ見つかるでしょう。」
女性はうつ伏せに倒れているフレンダに近づく。
フレンダは腹部を押えているが、どんどん血が流れていく。
「さて、まずは貴女からです。」
そう言うと、水がフレンダの右肩、左肩を貫く。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
痛みでフレンダは大きく悲鳴をあげる。
その声を聞いた女性は鬱陶しいそうな表情を作ると、フレンダの顔面を蹴りつける。
「黙っていてくださいませんか?
耳障りですので。」
「死にやがれ、このクソ女が!!」
麦野から見ると女性は背を向けている。
それを麦野は油断していると判断して、力を振り絞って立ち上がると、「原子崩し(メルトダウナー)」を女性に向けて放つ。
しかし、女性は水で自分を守る事はしなかった。
「原子崩し(メルトダウナー)」は女性に当たっても女性は傷一つ、つかなかった。
それを見た、麦野と絹旗は驚愕の表情を浮かべる。
ガタガタ、と麦野の足元から音がすると、四つの鋭く尖った水が麦野の両肩両膝を貫く。
そして、今度こそ完璧に麦野は倒れる。
「そこでじっとしていてください。
後で殺して差し上げますから。」
絹旗と同じ様に視線を向ける事無く、女性はそう言った。
「さて、身体中を穴だらけにしてあげます。
さぞかし痛いでしょうが、我慢してくださいね。」
鋭く尖った水が何本も現れる。
その水が一斉にフレンダの身体を貫こうとした時だった。
「止めろ。」
その瞬間、フレンダに向かっていた水が一斉に弾けた。
初めて驚きの表情を浮かべる女性は、通路の先に視線を向ける。
そこには、こちらを見つめる猫が一匹座っていた。
女性はその猫の事は話しに聞いていた。
「去れ、去らぬと言うのならこの私が相手になろう。」
猫とは思えないくらいの威圧感を女性は感じた。
(この猫について情報が少なすぎる。
私の魔術を打ち消したところを見ると、私達の事を知っている可能性が高い。
私の方の装備も最低限の装備しか持っていない。)
女性はそう考え小さくため息を吐くと、ゆっくりと猫に近づきその横を素通りする。
「今度お会いしたらアナタについて色々調べさせてもらいますね。」
その言葉を残して、女性は通路の先の闇に消えて行った。
猫はそのままフレンダに近づき、前足をそっとフレンダの身体に触れる。
すると、傷口が塞がり出血が止まった。
「簡単な応急処置をさせてもらった。」
麦野に近づき、同じように前足で触れると両肩と両膝の傷が癒える。
「一応、救急車も呼んでいる。
時期に此処にも来るだろう。」
最初にこの猫に会えば麦野達は驚いていただろうが、今日は色々とありえないモノを見ているのでそれほど驚きはしなかった。
「ただの猫じゃないわね。
あの女の仲間?」
「仲間なら助けはしないだろう。
少なくとも敵ではない。」
「それを聞いて超安心しました。」
絹旗はそう言って眼を閉じ、緊張の糸が切れたのか気絶する。
麦野も突如、睡魔が襲い掛かる。
「お前も寝ていろ。
次に目が覚めれば病院にいる筈だ。」
麦野はその言葉を最後に意識が途切れる。
猫はそのまま通路の先を歩いていく。
「後は麻生だけか。
間に合うといいのだが。」
さっきよりも少し早めに歩き、麻生の元に猫は向かうのだった。
後書き
感想や意見、主人公の技の募集や敵の技の募集など随時募集しています。
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