皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第27話 「冷静と情熱のあいだ」
前書き
あっちもこっちもみな、たいへん。
お気楽なのは皇帝陛下と茶飲み友達だけ。
第27話 「リボンの騎士?」
リヒテンラーデ候クラウスじゃ。
最近、わしは忙しい。
いやいや、皇太子殿下が宰相閣下となられてから忙しかったが、それとは別の忙しさじゃ。
アレクシアが懐妊したこともあって、陛下に報告もせねばならなかったし、アンネローゼの暴走もある。
まさしく暴走じゃ。
夜な夜な殿下の寝室に突撃するなど、あってはならん事だ。
寵姫としてあるまじき事だと、愚考するものである。
「ルードヴィヒの様子はどうだ?」
「殿下におわしましては、平常どおりといったところですかのう」
「ふむ。忙しくしておるのか」
「まさしく」
陛下とあの老人が話をしている。
また、なにやら悪巧みを、なさるおつもりか?
ただでさえ、お忙しい殿下じゃ。
あまり邪魔をされては困る。
まったく、皇太子殿下――息子に仕事を押し付けて、悠々自適な生活を楽しんでおられる陛下と、茶飲み友達。この二人が相談していると、ろくなことにはならん。
■自由惑星同盟 統帥作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■
「なあヤン。お前さんから見て、あの皇太子は何を考えていると思う?」
モニターの向こうでは、ヤンのやつがおさまりの悪い髪を、なんとか帽子に押し込めている。
「そうですね、先輩。おそらく……あまり軍を動かしたくないのだと思いますよ」
「噂通り臆病だという事は?」
「それはありませんね。あの皇太子、やるとなったら、とことんやるタイプですよ。ただ、今の段階では動かしたくないと、考えている」
「どういうことだ?」
「フェザーンを手に入れた事によって、同盟の航路図も手にいれたんです。もっと効率よく戦えるはずです。レベロ議員が常々主張しているでしょう。兵士を民間に戻して、国力回復に努めるべきだと、あれと同じですよ」
「帝国の方が先に国力回復を始めたって事か?」
「あの皇太子は理想的な専制君主です。目標を打ち立て、行動力も、指導力も、士気を鼓舞する事もできる」
う~ん、ヤンのやつがこれほど警戒するような相手なのか?
確かに帝国の改革を進めてはいるが、貴族たちの反発があるだろうに。
「貴族達の反発は、どうだろう?」
「残念ながら……押さえ込めます。あの皇太子は自他共に認める、皇位継承権第一位です。逆に言えば、あの皇太子がいなくなったら、帝国は揺れる。事によったら内乱すらもありえます」
「おいおい、それほどの相手か?」
「現状で、例えばフリードリヒ四世が亡くなっても、帝国はびくともしないでしょう。しかし皇太子が亡くなる事があれば、どうでしょうか? おそらく皇太子の後を巡って争いが起きるはずです。皇太子が強すぎるんです。事実上、帝国のトップですよ」
確かにあの皇太子は強い。強すぎるといっても良いかもしれない。
全貴族に命令を下せる。
そして貴族達は従うだろう。けどな、今までは皇帝でさえ、貴族達の反発を恐れていただろう。
だから、全軍を動かせなかった。
この違いはどこから来るんだろうな。
「まず第一に、正統な皇太子である事。皇位を争うような対抗馬がいないんです。第二に、ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムという二大派閥を抑えている事。それに平民からの支持も厚い。そして軍も押さえています。ルドルフ大帝以来でしょうね。これほどの権力を握っている皇族は」
「ルドルフ大帝か……。あの皇太子、ルドルフになるつもりなのか?」
「なりたくないと、思っているのかもしれません」
「なりたくない?」
しかしルドルフそのものだろう。
絶対的な専制君主なんだろう。
それでいて、なりたくないか?
「帝国軍三長官を兼任していません。あくまで、帝国宰相ですよ。権力を自分一人に集中させようとはしていないんです」
「うん?」
「文民統制の原則を貫いています。自律、自主、自立。ある意味、アーレ・ハイネセンの説いた理想を体現しているんです、あの皇太子。同盟には皇太子と、対等な政治家はいないでしょう」
「ま、確かに、皇太子と比べると見劣りするな」
「あんな名君はそうそう現れません。そして、本人もそれを自覚している。だからこそ自分一人に権力を、集中させないようにしているのかも」
「怖いな」
「ええ、怖い相手ですよ。いうなれば、誰もが理想とする君主でしょう」
「強く、理性的で、現状をしっかりと見据え、行動する。この人の下でなら今より良くなる。そう思わせる。そんな専制君主か……」
「だからこそ、民主共和制の最大の敵と言えます」
■統帥作戦本部 ダスティ・アッテンボロー■
「先輩、キャゼルヌ先輩の様子はどうでした?」
「あいかわらず忙しそうだったよ」
「イゼルローン攻略戦がありますからね」
あいかわらずですか……。
うん。まずそうに先輩がコーヒーに口をつけている。
紅茶党だからな、先輩は。
どうせ、インスタントなんだから、紅茶があってもおかしくないんだが、軍はコーヒーばかりだ。
汚職でも絡んでいるんだろうか?
「軍の伝統なんだろう。汚職とは関係ないと思うよ」
「それにしても帝国、動きませんね」
「動いてるよ。動かない事で、同盟を揺さぶってる。たいした戦略家だよ、あの皇太子」
明確な目的を持って行動する。
専制君主を見習えとは言いにくいが、こういうところは見習ってもらいたいもんだ。
「確かに、どっしり腰を据えて、国力回復に努め、必要な段階で必要なだけ軍を動かす。本来、文民統制とはこういう事なんだろうね」
「選挙のたびに、おろおろする政治家とは大違いだ。どっちが民主主義の政治家なんだか」
「笑えないね」
「しかし帝国は本当にフェザーンを抜けて、イゼルローンに向かうと思いますか?」
同盟がイゼルローンを攻めると決めた途端、帝国はフェザーンに向けて貴族を送ると発表した。
あれはイゼルローンへの援軍だと思われている。
確かに、そうだとは思うが……。
いったい何を目的としているんだ?
「おそらくダゴン会戦の再来だと思う。あの皇太子、イゼルローン回廊を、巨大なT字路と見立てたんだ。三方向からの包囲殲滅戦。目の前にはイゼルローン要塞。帝国側からは四個艦隊の援軍、そして同盟側からも、四個艦隊を持って包囲する。背後は暗礁空域。袋小路とはこの事だ」
「うわっ、校長は?」
「シトレ校長は気づいてるよ。だから動いていない」
「ただ、政治家達が煩いようですけどね」
「あからさまに、やろうとしている事が分かっているのに、理解できないとはそれこそ、何を考えているんだか」
やられるのが分かっているのに、それを理解できない政治家。
まったくどうしようもないな。
支持率よりも、選挙よりも有権者の方が、先にいなくなるかもしれない。
シトレ校長も頭を抱えているだろうな。
「和平交渉のチャンスなんだけどね。いや、交渉しなくてもこちらが動かなければ、向こうは無理に出征する気はないだろう」
「戦争よりも、国内改革ですか?」
「そう、そして国内改革が形になったとき、今度は経済戦争ということになるかもしれないけどね。それでも実際に戦争するより、だいぶんマシだと思う」
「戦死者がでないだけ、はるかにマシですね」
まったく有能な敵より怖いのは無能な味方ですか。
主戦派の声が大きいからなー。
そういえば、憂国騎士団はここ最近、大人しいな。
いったい何があったのやら?
■統帥作戦本部 ジョアン。レベロ■
「軍は大丈夫なのか?」
「大丈夫とは、どういう意味だ」
しまった失言だった。
シトレが椅子に座って、腕を組みつつしかめっ面をしている。
眉間に深い皺が刻まれていた。
「帝国の動きは?」
「ない」
はっきりとした口調だ。
しかし苛つきが滲み出ている。
「ない?」
「こちらの動きを見ているのだろう」
「貴族の不満が、そろそろでてきても……」
「甘いぞ。今までの帝国と一緒にするな。不満を露にすれば、問答無用に取り潰せるんだ」
「反乱が起きるとか」
「起きん。いま起こるとしたら皇太子が亡くなった、とかだろう」
やはり皇太子か……。
皇太子一人に同盟は振り回されている。
「本当に反乱は起きないか?」
「誰が中心に立って、貴族を纏めるというんだ」
「反皇太子派とか、反フリードリヒ四世派とか、いないのか?」
あ、シトレが呆れたような表情を浮かべた。
私自身、馬鹿なことを言っているという自覚はある。
「反フリードリヒ派の代表であったクロプシュトック侯爵の息子が、いま宰相府にいる。帝国改革の一員として活躍しているのだ。息子を蔑ろにされん限り、皇太子に刃向かう事はないだろう」
「敵を取り込んだか」
「皇帝の子を産んだベーネミュンデ侯爵夫人も、皇太子の庇護を必要としている。皇太子には対抗馬がいない。反皇太子派といっても担ぐ相手がいないんだ」
「ブラウンシュヴァイクとかリッテンハイムはどうだ?」
「その二人は、娘だ。しかもまだ幼い。皇太子の敵ではない」
「国内に敵がいない状態か……厄介だな」
「しかもあの皇太子。出征を控えていたんだぞ。それを同盟側が出兵しようとしているんだ。二年、二年も戦争がなく、ホッと一息吐けていたというのに……。帝国側の反感は強いだろう」
そうだ。同盟側もこのままなし崩し的に、休戦状態を続ける事ができたはずだ。
軍需産業や主戦派の声に押される形になった。
もし仮に、あの皇太子が帝国の民衆に「そんなに同盟が戦争したいというのなら、奴らを徹底的に叩きのめしてやれ」とでも言い出せば、いやがおうにも士気が高まるだろう。
反戦気分など吹き飛んでしまう。
時期を誤った。
帝国側から手を出させるべきだった。
「それでもあの皇太子、冷静で我慢強い。実際に軍を動かしていない。こちらの動きを見ている」
「このまま出兵を見送れば……」
「帝国軍も動かないだろうな」
「白紙に戻すべきだ」
「それをするのが、政治家だろう!!」
■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■
本日は、宰相閣下の命令によってノイエ・サンスーシで舞踏会が開かれます。
TVやマスコミ関係者も多数、招かれています。
私達一応寵姫たちは、最近閣下に呼ばれていた服飾関係者によって、作成された衣装を身に纏っています。
私達は見世物ですか?
あ、閣下がマスコミの方と、打ち合わせしているようです。
何を話しているんだか?
「古来より、寵姫というのは流行の担い手だろう。帝国の変化を見せるにはちょうど良いと思うが」
「帝国女性が狙いですか?」
「今も昔も消費の主役は女性だろう」
「確かに、その通りでございます」
「音楽も今までの重厚な感じではなく明るめにだ。一応、皇室主宰だからな。軽すぎても困るが、重すぎてもダメだ」
「う~む」
「料理もお菓子を主題とする。平民でも手が出るようなものが良い。所詮お菓子だからな。多少懐に痛くても、出せないって程でもない金額だ」
「なるほど。ところで、皇太子殿下のお好みは?」
むむ。確かに皇太子殿下の好みは気になる。
アンネローゼの耳が大きくなっていますね。彼女、お菓子作りが得意なんですよ。
意外な取り柄かも?
「俺の好みか……エルトベアザーネトルテかヘレントルテだな」
「ほほう。中々おもしろいですな」
これまた両極端な。
エルトベアザーネトルテって、いちごのトルテですよ。ぶっちゃけいちごのショートケーキ。
ヘレントルテはワインをたっぷり使ったトルテだし、皇太子殿下の二面性ですねー。
うわっ、アンネローゼの目がぎらりと光ったぁー。
怖いから肉食獣のような目はやめて。
「姉上、わたしはチョコレートの方が好みです」
「はいはい」
「うわっ、なんておざなりな」
うん? 皇太子殿下がこちらを見ましたね。
どうしたのでしょうか?
「ラインハルト。ちょっと来い」
「なにか嫌な予感がする」
「きっと、女装して出ろって言うんじゃない?」
「マルガレータさん、いくらなんでもそれは……」
「別に女装しろとは言わんから、来い」
「皇太子殿下もそう言ってますし、行ってきます」
女装せずに済むと、ラインハルトが喜んで向かいました。
ううー残念。
見たかったなー。
と思っていたら、ラインハルトのええっーという声が聞こえてきました。
なになに? どうしたの?
興味が湧いてきました。そそっと忍び足で近づきます。
ふむふむ。ほほー。貴族の子供達と一緒に、テールコート型のジャケットに簡略化したゲートル。昔の軍隊の儀礼服ですねー。を着ろと。
おおー。それはそれでかわいいかも。
ブラウンシュヴァイク家のエリザベート様とリッテンハイム家のザビーネ様は、白い花柄のワンピースにブーケときますか?
幼い女の子ですから似合うでしょうね。
うむ。かわいい。
「マルガレータがショタだけでなく、ロリにもなった?」
だーかーらー。エリザベート。
失礼な事を言わないで下さい。
「本当の事でしょう」
がぁ~っでむ。
わたしの周囲の人々はろくでもありません。
「お前が言うなっ」
なぜでしょう、みなの声が揃ってしまいました。
後書き
ヤンが登場しました。
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