東方虚空伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二章 [ 神 鳴 ]
十六話 朝霧を染める黒
光を感じ僕は眼を開く。
時間的には7時頃だろう。まぁ今は時計が無いんだけど。
隣で寝ている紫を起こさないよう布団から出る。襖を開け庭に出ると草木に付いた朝露が朝日を受けてキラキラと輝いていた。
「うーん!今日もいい天気。…そうだ朝食は魚にするか」
そう思い立ち部屋に戻って身支度を整えた後、眠っている紫が起きたとき様に置手紙を書いておく事にした。
『魚』と一言。
書置きを机の上に置くと玄関に置いてあった竿と魚篭を持ち出発する、いざ渓流へ。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
目的地に到着し丁度よさそうなポイントを探す。
「うん、ここでいいか」
場所を決め腰を下ろし、そして針に餌を付け水面に垂らした。後は獲物が掛かるのを待つだけだ。
朝方の爽やかな空気が微風となって流れていく。そんな心地よさに浸っていた僕の周囲が突如真っ暗闇へと変わった。
まさに暗黒。一遍の光も無い。
「あっ、ヤバ。刀置いてきちゃった」
今僕は丸腰だった。竿と魚篭はあるけど。すると闇の中から女の声が響いてきた。
「あら、探してた相手がこんな所に居るなんて運がいいわ」
声の出所はよく分からないが僕の前方に薄っすらと声の主が現れる。
セミロングの金色の髪。ルビーの様な妖しい輝きを放つ紅い双眸。白いブラウスに周りの闇と同じ色のベストとロングスカートを着た美女だった。
女は僕に妖しい笑みを向けながらゆっくりと近づいてくる。
「僕を探してたの?いやーこんな美人に追いかけられるなんて照れるなー」
「ええ、貴方この辺りでは有名よ。妖怪や邪神を狩っている人間って」
女は一定距離まで来ると動きを止める。
「だから探していたの。貴方を殺せば私の名前が妖怪連中に売れるもの」
「名前が売れるね。じゃあせめてその名前を教えてくれない?」
「あぁごめんなさい。初めまして私はルーミア。そして――――さよなら!」
瞬間、勘に任せてしゃがみ込む。すると僕の首があった所を何かが薙ぎ払っていった。
「あっ、危な!」
「いい勘してるじゃない!」
振り返ると幅広の大剣を持ったルーミアが立っていた。どうやらさっきまで見ていたのは幻覚らしい。よく見ると周りの闇が更に濃くなっている。
「ふふ、この闇全てが私の領域。貴方はもう籠の中の鳥よ」
そう言った瞬間ルーミアの姿が闇に溶けた。無明の闇。気配もほとんど感じない。そして、
轟ッ!!
凄まじい烈風が僕に襲い掛かった。たぶんルーミアの剣戟だろう。この距離でも相手が見えないのは脅威だな。
一轟!二轟!三轟!・・・大剣による轟激が嵐の様に荒れ狂う。なんとかギリギリで躱し続けるが小さな裂傷が次々に刻まれていく。
「ちっ!しぶとい!」
ルーミアが舌打ちをすると闇の中に光が生まれる。色とりどりの光は光弾となって僕に殺到する。
それに対しこちらも光弾を放ち相殺するが突如右腕に痛みが走った。
「痛!何だ!」
暗くて良く見えないが狼のような者が右腕に喰らい付いていた。それの頭を手刀で潰すと狼は靄となって散っていった。
「『闇を統べる程度の能力』。私はこの力で闇をあらゆる形に出来るの!言ったでしょ貴方はもう籠の中の鳥だって!」
つまり前後上下左右すべてから攻撃を仕掛けられるのか。この子相当強いな。しょうがない出し惜しみは無しだ。
「色欲」
左手に現れたのは刃渡り九十センチ程刃幅二センチの細身の剣、レイピアだった。
護拳部分は茨型のスウェプトヒルトになっており刀身からはうっすらと青白い光の様な霧が放たれている。
僕はそれをステッキの様にクルクルと廻す。
「ルーミア、これは警告なんだけど逃げるなら追わないよ?」
わざと挑発するように言ってみる。反応は、
「ふざけた事を言ってくれるわね!どう見ても追い込まれているのは貴方よ!」
怒りを露にして言い返してきた。まぁ当然か、傷を負ってるのは僕の方だし。周りの闇から殺気が迸る。やっぱり位置は掴めないけど問題は無い。
「これで終わりよ!」
ルーミアがそう宣言する。四方八方から闇色の狼達が襲い掛かってくるのが“見えた”。
「なっ!?」
その時になってようやくルーミアも気付いた。僕の周りの闇が薄まっている事に。
襲い掛かってくる狼を色欲で斬り払うと狼達は刃が触れただけで霞となっていった。
「……何をしたの?」
ルーミアが疑問を投げかけてくる。
「さぁ?何だろうね?――――なーんてね。いいよ、種明かししてあげる♪」
色欲をクルクル廻しながら種明かしを始める。
「この剣はね、狂わせる力があるんだ。闇が薄くなったのは君の力の制御が狂ったから。さっきの狼も一緒」
僕は“姿が見え始めた”ルーミアを見ながら説明を続ける。
「この刀身から出てる霧に触れると狂わせる事ができるんだ。まぁ僕の能力は10分しか使えないんだけどね」
「自分の能力の事をベラベラ喋って随分余裕ね」
「そう?まぁ問題がないからね。それじゃぁ終わらせようか」
瞬間、ルーミアとの間合いを一気に詰める。
自分の姿が見えるほど闇が薄くなっていた事に気付いていなかったルーミアは咄嗟に大剣を盾代わりに防御する。
突き。レイピアで最も基本にして最大の攻撃だが最大の攻撃といってもレイピア自身の攻撃力は低い。
だから普通に考えて盾ではないといえ大剣を貫く事など出来ない――――しかし大剣は色欲が触れた所から霞となって消えていった。
予想通りあの大剣も闇を形にした物だった様だ。大剣を消し去り色欲の刃はそのままルーミアの右肩に鋭く突き刺さる。
「あああぁぁぁぁぁッ!!!」
ルーミアは突き刺さった刃を無理矢理引き抜き後方に飛び退るが急に体勢を崩し地面に転がった。
「なっ、何これ?」
自身に起きた変調に戸惑っているようだ。
「言ったでしょ、“この霧”に触れたら狂うって。霧はもうそこら中に広がってるよ。それに今の一撃で体内に直接打ち込んだしね」
倒れているルーミアに近づきながら説明を続ける。
「今君の視覚、聴覚、方向感覚、知覚はまともに働いていない。僕の声も何処から聞こえてくるか分からないでしょ?」
彼女の全感覚はまともに機能していない。その証拠に彼女は僕を見ている様で僕を捉えてはいなかった。
「…もしかして長々と説明してたのは…」
「うん、時間稼ぎ。この力即効力がなくてね」
ハハハ、と笑いながら剣の切っ先を彼女に向ける。
「この力は君みたいな属性を制御する力と一番相性がいいんだ。さて悪いけど止めを刺させてもらうよ」
僕はそう宣言し倒れているルーミアの頭に狙いをつける。
「………ううあぁぁぁぁッ!!!!!!」
直後、ルーミアを中心に大爆発が起こった。咄嗟に回避し大きく距離を取る。
「………無茶するなー」
おそらく逃げる為に制御できない妖力を無理矢理光弾にして自爆覚悟で炸裂させたのだろう。
今すぐ追いかければ見つけられるだろうけど、逃げるなら追わないって言っちゃったし追わなくてもいいか。
静寂が戻った渓流で僕は釣りを再開する。逃げた魚達も少しすれば戻ってくるだろう。紫が起きる前に帰れればいいんだけど。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「一体何してたの!」
帰宅して紫から発せられた第一声がこれだった。どうやら相当お冠のようだ。
「一体何ってちょっと釣りに。ちゃんと置手紙してたよね?」
そうきちんと置手紙を残したはずだ。
「置手紙ってこの『魚』って書いてる紙の事?分かる訳ないでしょう!」
紙を僕の方に突き出してくる。うん我ながら力強くそして滑らかな筆捌きだ。そんな風に自画自賛してみる。
「何かつまらない事考えているでしょ?それになんでそんなにボロボロなの!」
紫に言われたとおり僕の格好はボロボロだった。小さい傷は塞がっているけどあちこちにまだ傷は残っていた。
「いやー、中々手強い魚だったよ」
「そうなの?お父様をそこまで追い込むなんてすごい魚ね。…なんて言う訳ないでしょ!」
良いノリツッコミだよ紫。成長したね。
「もう、何も言わずに居なくなると心配するでしょ」
「ごめんごめん心配させて。…それで本音は?」
「起きたら居ないから寂しかった」
目を逸らしながらそう言う紫の頭を撫でる。
「さぁ朝食にしようか。紫にも手伝ってもらおうかな」
「うん」
紫と一緒に台所にむかう。なんか朝から慌しいけど今日も一日頑張ろう。
ページ上へ戻る