P3二次
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Ⅵ
「初の探索でも、やはり得るものはなかった……っと」
初のタルタロス探索から三週間ほど経ち、五月も下旬に入った。
何となしに寮へ来た俺は、やることもないので俺は記録をつけようと備え付けの机でペンを走らせていた。
いや、記録と言うよりも、どちらかと言えば日記だろうか。
取りかかる問題もなければ学校にも行ってない俺だ、時間だけは腐るほどあるのだ。
だから何となしにノートに書いてみたのだが……
「アホらし」
すぐに馬鹿らしくなってノートを閉じてベッドに飛び込む。
軋むスプリングの音がやけに大きく聞こえるのは今が昼間だからだろう。
他の連中は学校に行っているため、寮には俺しかいないのだ。
ゴールデンウィークもとうに過ぎてしまったので、これと言った連休もなく当然と言えば当然。
こうやってニートやってる俺の方がおかしいのだ。
「しかし、あの満月の日に現れたシャドウは……」
S.E.E.S.に入部してからの記録付けは止めたが、考えることは止めない。
目下の興味は五月九日の影時間に現れた巨大シャドウ。
怪我で戦線にこそ加わっていなかったが、中々に興味深い戦いだった。
まず、シャドウがモノレールを乗っ取ったと言うのも面白いが……何よりも気になったのはおかしな既知だ。
既知に出くわした時に感じるのはガッカリ。
例外と言えば公子くらいだったが、もう一つの例外が出て来たのだ。
遠くから桐条や真田と戦いを見ているだけだったのに、俺は確かに感じた。
恐ろしいと感じてしまう既知を。
断崖に向かっているような、あるいは十三階段を昇っているような取り返しのつかない恐怖。
既知ではあったが、肝が冷える思いをしたのはアレが初めてだった。
「確か、ああ言う系統のシャドウをS.E.E.S.が確認したのは――」
四月九日、公子がペルソナ能力を発現する切っ掛けとなった戦いだと聞いた。
それ以前にはあんな大物を見かけたことはなかった、この情報から言うと――
「あの子が来てから巨大シャドウが現れ出した、とも言えるな」
無理矢理な気もするが、彼女の特異性を鑑みるにこの線も捨てきれない。
詳しくは聞いていないが影時間やシャドウはそれなりに前から居たと言う。
けれども巨大シャドウが現れたのは、公子が現れてから。
…………影時間、シャドウ、ペルソナ、諸々の裏にある真実は一体何なのか。
興味が尽きない、これが未知に繋がるかもしれないと思ったら余計に。
「ん――俺だが?」
携帯が震える、液晶を見れば舎弟の名が浮かんでいた。
『裏瀬さん、頼まれてた件――調べときましたよ』
「おう。何か分かったか?」
『例の荒垣って奴なんですがね、元は裏瀬さんが居る寮に居たらしいっすよ』
「ほう……」
監視カメラのことを思い出すが、携帯の音声までは拾えないので大丈夫だろう。
俺自身が下手な発言をしなければ問題はない。
『けど、何年か前に出たらしいっすわ。んで今は裏瀬さんも知っての通り、アウトロー気取ってるみたいで』
「他には?」
恐らくはペルソナ使いだったのだろう、それが何故今は居ないのか……
『そっすねえ……ああそうそう、一匹狼みたいだけど、定期的に会ってる奴がいるらしいっすわ』
「どんな奴だ?」
『上半身裸のキリストみてえなオッサンと、眼鏡かけた若禿、ゴスロリ娘の三人組っす』
「へえ」
『笑えるっしょその組み合わせ? どこのコスプレイベントだっつー話っすよ。あ、そうそう』
ゴスロリはメンヘラっぽい感じがする、なんてどうでも良い情報を楽しげに語る舎弟。
『流石に遠距離からの監視だったんで、会話の内容とかは聞き取れなかったんすけど……』
「けど?」
『ヤクか何かっすかねえ? 取引してるみたいっすよ。いや、実際のとこどうか分かんないっすがね』
薬? 覚せい剤の類か?
『ああ、それと真田ってボクシング部のヒーロー居るじゃないっすか。クラブとかでも結構噂になってる』
女の客があの子よくない? みたいな会話がされる程度には真田も有名人だ。
学内だけでなく学外でも……一種のアイドルみたいなものだろう。
『そいつと同じ孤児院の出らしいっすわ』
「他には?」
『グイグイ来ますねえ……後は、そうそう。割と頻繁に立ち寄る場所があることくらいかな?』
「それはどこだ?」
『えーっと確か――――』
聞いた地名は知っているが、あそこには特に何もなかったような気がする。
『何なのかなーって調べてはみたんすけど、変わったことはなかったっす。精々が何年か前に事故があったってことくらい』
「事故?」
『っす。でも、事故も洗ってみたけど荒垣とは無関係すよ。ああでも、荒垣が寮を出たのも事故があったすぐ後っすね』
「ふぅん……」
色々とピースは揃った。
が、絵にしてみたところで既知を踏破するための材料にはならなさそうだ。
ゆえにこれ以上調べるつもりはない。
『ちなみに事故の被害者は天田とか言うシングルマザーらしくて、息子は月学の小等部に居るらしいっすよ』
情報はこれくらいだと締めくくられる。
「そっか。サンキュな、色々助かったよ」
『いえいえ、裏瀬さんの頼みっすからねえ。何かあったらまた連絡ください』
「おう、じゃあな」
電源を切る。
傍から見れば俺は荒事の際にいの一番で飛び込む、切り込み隊長みたいに見えるのだろう。
そんな怖い物知らずだから頭として担ぎたがる。
お互いに利用し合っている健全な関係だ。
「……つっても最近は特に大きな抗争なんかもないがね」
切り込み隊長から抑止力へと変わり始めているのだろう。
「しっかし暇だなぁ……」
家に戻って酒をカッ喰らって寝るか、営業時間前のエスカペイドで飲んで寝るか。
それぐらいしかもう行動の選択肢がない。
そんな怠惰なことを考えていると、
「ん――蝶?」
青い蝶が窓の外から舞い込んで来た。
それはヒラリヒラリと俺の近くを踊るように飛んだ後で再び窓の外へと去って行った。
…………どうしてだろうか、あの蝶に惹かれるのは。
理屈など抜きに直感に身を任せるのが俺の常、気づけば部屋を飛び出して外に出ていた。
蝶はどこかと視線を彷徨わせていると、別のものを見つける。
「……ハイセンスだな」
全身を青でコーディネートした女が手で蝶を弄んでいた。
どこぞのイベントのコンパニオンにも見えるそいつは異常なまでの美女。
だが、それは天然の美しさではなく……そう、どこか作り物めいているように俺には見えた。
「はじめまして」
俺の視線に気付いたのか、女は軽く会釈をして近づいて来る。
人形のような美人さん、確かに作られたような美しさには目を惹かれるが……
「ハジメマシテ、お嬢さん」
それ以上に威圧感を感じてしまうのは何故だろう?
力と言う概念をそのまま詰め込んだかのような……いや、何を言ってるんだ俺は。
「私、あの方に選ばれず外へ出る機会を逸してしまいました」
「?」
「なのでこうして自ずから外へと出た次第。早速、良き出会いに恵まれたようですね」
…………分かった、コイツちょっとズレてる。
浮世離れしていると言うか天然と言うか……ちょっと言葉を交わしただけでも理解出来た。
だって、会話のキャッチボールが出来ていないのだから。
「私はエリザベスと申します。あなたのお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「裏瀬だ。それで、エリザベスさんは……」
何者なんだ? そう問おうとして我に返る。
初対面の人間にそんなこと聞くなんてどうかしてるだろう。
内心で自分に毒づきながらエリザベスに視線を向けると、彼女は淑やかな笑みを浮かべている。
「私、自分が何者なのかをずっと探しております」
自分が何者か? 何とも奇妙な言い回しだ。
いや、あるいは哲学的とでも言えば良いのだろうか?
何にしてもエリザベスの目は真剣で、そこに偽りは一切感じられない。
「あなたもまた、私と同じように己が何者かを探し求めておられる御様子」
「俺は別に……」
追い求めてなどいない、そう言い掛けたところで言葉が解れてしまう。
…………そうだ、何故俺は今まで既知を踏破することだけしか考えていなかったんだ?
この既知の根源がどこにあるのかを、何故探そうとしなかったんだ?
既知の根源を探る――それはすなわち己のルーツを辿ることなのではないのか?
幾ら何でもこんな簡単なことを今まで思いつかなかったなんて、まるで……
「無意識にそこから目を逸らしていた?」
そう口にして冷や汗が流れ出す。
エリザベスはそんな俺を興味深そうに眺めている。
「何やら御答えに近づけたようで、同じ命題を求める者として祝福いたします」
深呼吸を一つ、これで少しは落ち着いた。
と言うより、この出会いが既知だったと気付いてしまったから取り乱さずに済んだのだろう。
俺はいつか彼女に今と同じ指摘をされて同じように冷や汗を流した。
それに気付いてしまうと、さっきまでの恐怖のようなものも滑稽に映ってしまう。
「そいつはどうも。なあ、ところで――俺達、どこかでこんな話をしなかったかな?」
口説き文句で言うならば百点中十点くらいか、だが口説くつもりはないので赤点でも構わない。
「どうでしょう? あなたは旅人、どこかで袖触れ合うこともあったのかもしれません」
「旅人?」
「私にはそう見えます」
周囲に人気がなくて良かったと思う。
道の往来でこんな電波な会話を繰り広げている光景など、出来るならば誰にも見せたくはない。
「どの辺が旅人に見えるんだい?」
「感じたままに言葉とさせて頂きました。私も、あなたが何者かなど存じているわけではありません」
「そうか。なあ、旅人とは言うが……俺はどこを、何の目的で目指している旅人だと思う?」
感じたままで良い、聞かせてくれとエリザベスに乞う。
先ほどまで感じていた暇など、とうに消え失せてしまった。
このやり取りは既知ではあるが、無視しては駄目だと俺の心のどこかが囁くのだ。
「感じたままを述べさせて頂けるのならば……」
「ならば?」
「"破壊"を目的とした旅路かと。何を壊すのか、あるいは総てを壊すのか――興味は尽きません」
破壊……それは、既知を壊すと言うことか?
いや、何かが引っかかる。
合っているようで合っていない、それも答えに含まれるが真実ではない。
そう思ってしまうのは何故なのか。
「抽象的だな。しかしまあ、感性と言うのは侮れんし……参考にさせてもらおう」
「お役に立てたのならば幸いです」
「ところで、外へ云々言ってたが……何でここらに? 見るものも何もないと思うんだが」
「心の赴くままにここへやって来た次第。きっと、こうやってあなたと言葉を交わすためだったのでしょう」
ともすれば口説き文句にも聞こえるが、そんな色っぽいものではない。
「私は"力を司る者"、彼の御方に御助力を願おうと思っておりましたが……選ばれたのはテオ」
この意味の分からない言葉を理解する日が来るのだろうか?
そんな俺の疑問を余所にエリザベスは朗々と語る。
「諦めかけておりましたが、こうして似た性質を持つ御方に出会えました。これも何かの導きなのでしょうか?」
力と言う顔の側面に破壊と言う性質があるのは否定出来ない。
だが、それがどうしたと言うのだろう?
「いずれ、依頼をすることがあるかもしれません。その時は是非、御受け頂くことを願っております」
慇懃にお辞儀をするエリザベス、今気付いたがその所作には微塵の隙もない。
そうあろうとして振る舞えばある程度の隙は消せる。
だが、自然に消せるレベルとなると――――俺と彼女、彼我の実力差は察することも出来ない。
蟻と象くらいの差ならばまだ可愛いもの、そう思えるほどに開きがあるのは確実だ。
「……そんな余裕があったら、な」
「ええ、それで構いません」
「オーライ、ならその時は受けさせてもらうよ」
もう聞くことは聞けたし、収穫もあった。
このまま別れても良いのだが――――貰いっ放しは性に合わない。
「礼代わりだ」
あるいはシンパシーか、どちらでも良い。
「折角だから街でも案内してやろうか? 何、丁度暇してたとこなんだ」
「何と、御厚情感謝いたします。では、ポロニアンモールの案内をして頂きたいのですが……よろしいでしょうか?」
「ああ、良いよ。あそこらは庭みたいなもんだからな」
「ありがとうございます。ええ、あの辺りから出て来たのですが……一直線にここへ来たもので」
導かれるままに、か。
一体何がエリザベスを――いや、俺と彼女を導いているのか。
何時か俺は見えない繰り糸で操られていると考えたことがある。
エリザベスに絡まっている糸は、はたして俺と同じものなのか?
そんなことを考えながら俺は彼女を伴ってポロニアンモールへと向かう。
「命の源たる水をもてあそぶ、罪深きアート」
交番などが立ち並ぶ広場に来た途端、エリザベスが意味の分からないことを言い出した。
「出た時から気になっておりました」
「噴水が?」
罪深きアートと言うが、それは状況によりけりだ。
干ばつで苦しむ国などでは確かにそうだが、この国では何てことはない。
「ええ、その魔性ゆえに、硬貨を投げ入れた者の願いを叶えてしまうものまであるとか……」
「そりゃトレドの泉だろうよ」
尚且つ、それにしたって随分と限定的な願いだけだったはず。
何でもは叶わないと記憶している。
「そうなのですか?」
「そうだよ。それに、少なくともここでコインを投げ入れてる奴は見たことねえ」
「何ごともやってみなければ分からないのでは?」
言うや、エリザベスは噴水の前で分厚い財布を取り出す。
「500円硬貨に数えまして2000枚、占めて100万円からスタートでございます」
「待て待て待て。何でそんなに持って来てんだよ?」
「硬貨の量が、噴水の主の求めに満たなかったという可能性も加味しておりました」
ドバドバと500円玉を噴水に投入するエリザベス。
周囲の人間から奇異の目で見られているがお構いなしだ。
ある意味尊敬に値する振る舞いと言って良い。
「あ……! 投げ入れることばかりに夢中で、肝心の"願い"を考えておりませんでした」
「それならあるだろ? 答えが見つかりますようにってね」
「成る程、確かにその通り。その慧眼に敬意を」
感心したように頷き、祈りの姿勢を取り始める。
それはどこか神聖な雰囲気を醸し出しており、思わず息を飲んでしまう。
「では次へ参りましょう。裏瀬様、行きも気になっていたのですが……あの施設は?」
釣られて視線を向けるとそこには交番があった。
あそこの人間とはそこそこに縁がある、勿論悪い意味で。
「官憲の施設だ。で、そこに貼ってある写真にも興味津々みたいだな」
「ええ。指名手配、報奨金、討伐依頼の張り紙でしょうか?」
「いや違う。そんなことやれば逆に捕まっちまう。アレは情報提供だ」
その情報提供が正しくて、捕まえられたのならば報奨金が貰える仕組み。
そう、説明するとエリザベスは成る程と頷き、歩き出す。
疑問が氷解したのでもう興味はないのだろう。
「こちらの建物は……まさか、クラブ!?」
「何でそんな驚くんだよ」
「内なるパトスのままに踊る、そんな日常では許されぬ欲求を解放する光と音の地下庭園」
随分と詩的な言い回しだ。
そもそもそんな大した店ではないと言うのに。
「確かにそれも一側面としてあるが、酒を飲む場所でもあるんだぜ?」
「酒精を?」
「ああ。何なら入ってみるか?」
「今は閉まっておられるようですが……」
「俺なら問題ない」
どの道、エリザベスに遭わなければここに来るつもりだったし。
「あ? 今営業時間外……って裏瀬さんじゃないっすか。しかも女連れ、どうしたんすか?」
「暇だったから来たんだよ」
「そっすか。何か飲みます?」
俺は何でも良いが彼女は?
視線で促すと、希望があるようで少し前へ出る。
「私の名が冠された飲料があるとお聞きしました」
「はい? つか、お嬢さんの名前知らないんすけど……」
エリザベス、エリザベス? ああ、確かあったな。
「クイーン・エリザベスだ。ブランデーとスイート・ベルモットで頼む」
「うっす。んじゃ、カウンターに座って少々お待ちください」
先ほどエリザベスは私の名と言ってたが、このエリザベスは船の方のエリザベスだ。
「そう言えば……アルコールは大丈夫なのか?」
「ええ、嗜む程度には。しかし、クイーン・エリザベス……使用料を徴収するべきでしょうか?」
「キミの名を取ったわけじゃないよ。クイーン・エリザベス号の方だからな」
更に言えばレシピも多種多様だ。
今回は俺の好みでチョイスしたが、望むなら別ので作ってもらっても良い。
「何と、そちらから使用料を徴収するべきでしたか」
「……」
…………さて、どこから話したものか。
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