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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第三十六話 来たよ、来た来た、ようやく来た



宇宙暦797年 5月 18日  宇宙艦隊司令部  アレックス・キャゼルヌ



「忙しそうですね、先輩」
「そういうお前さんは相変わらず暇そうにしているな、何時仕事をするんだ?」
俺が皮肉を言うとヤンは“まあ、そのうちに”と言って頭を掻いた。困った奴だ。

「また出兵だからな。補給の手配をしなければならん」
「先輩は何処に行ってもそれですね」
「当たり前だ、補給無しで戦えると考えるのはドーソンの阿呆くらいだ。あれが大将だからな、同盟軍も人材不足だよ」
俺がそういうとヤンは苦笑を浮かべた。

「皮肉ですね、軍の混乱が小さかったことが出兵を可能にしました」
「そうだな、もう少し負けているかもう少し軍の混乱が大きければ戦争は起きなかったかもしれん。出兵を望む声も小さかっただろう」
「ええ」
ヤンが神妙な表情で頷いた。

帝国領侵攻作戦は最終的には遠征軍の六割に近い損失を出して終結した。動員した八個艦隊の内二個艦隊が帝国軍に降伏、一個艦隊は指揮官の戦死により指揮系統が崩壊し潰走、残りの五個艦隊も三割以上の損害を出した。ここ近年帝国軍に圧され気味の同盟軍だがそれでも稀に見る大敗だった。宇宙艦隊は全体で見れば四割を超える戦力を失ったのだ。当然だが政府、軍はその責任を取る事になった。

サンフォード議長を始め最高評議会のメンバーは全員辞表を出した。今回の遠征に賛成した主戦派はその無責任な行動を徹底的に叩かれた、二度と政治家として浮上することは無いだろう。新たに最高評議会議長に就任したのはヨブ・トリューニヒトだった。あの遠征までは散々主戦論をブチ上げながら遠征には反対した男……。立ち周りの上手い男だ、とても信用は出来ん。俺だけじゃない、ヤンもそう思っている。

そして軍ではシトレ元帥とドーソン大将が退役した。ドーソン大将は無謀な積極策を採り軍に大きな損害を与えたのだ、その退役に同情する人間は居ない。しかしシトレ元帥は違う、政府に対し侵攻の危険性を指摘し早期の撤退を進言し、そして解任された。

シトレ元帥の進言に従っていれば同盟軍は物資の損失だけで撤退することが出来たはずだ。皆がドーソン大将の退役は当然と考える一方でシトレ元帥の留任は当然と考えたが元帥自身がそれを望まなかった。元々計画を立てたのは自分である事、そして軍内部の混乱を最小限で留めたいと訴え大きな処分は自分とドーソン大将の退役のみとし、他の処分を軽減して欲しいと政府に訴えた。そして受け入れられた。

実際に遠征軍内部でも殆どが進攻に反対していたのをドーソンが無理やり占領地を拡大させた、そしてそれは政治家の意向を汲んでの事だった。政治家達が軍に無理をさせた事が被害を大きくしたという事は皆が分かっている。政府も軍に強く処分を迫る事は出来なかった。そういうわけでシトレ元帥の副官でもあった俺は左遷される事も無く宇宙艦隊司令部に参謀として招き入れられ補給問題に取り組んでいる。

「幸い食料は前回の遠征で使わなかった分が有る。そいつが使えるからな、必要なのは兵器とエネルギーだ」
「では多少は楽ですか」
「遠征軍の規模も小さいしな、楽と言えば楽だ。だが小さいと言っても二個艦隊、三百万近い人間を喰わせねばならん」
「大変ですね」
お前が溜息を吐くな。溜息を吐きたいのは俺の方だ。

「それにしても捕虜交換は反故か……」
「マスコミが煩いですからね。同盟市民の間でも捕虜交換については本当に行われるのかと疑問の声が上がっています」
「そうだな」

「実際捕虜交換は同盟側にメリットが多いでしょう。疑問の声が出るのは当然とも言えます」
その通りだ、俺も頷いた。同盟軍は前回の遠征における損害で圧倒的に将兵が不足している。そして早期回復を図ろうにも新兵の徴集だけでは数は揃えても錬度の低下は避けられない。捕虜が戻ってくればその効果は大きい。

当初帝国と同盟は内乱終結後に捕虜交換を行う事で合意していた。昨年の帝国領侵攻作戦で大きな損害を受けた同盟としては願ったり叶ったりだった。帝国が内乱で混乱する間、同盟は国力回復に努める。そして内乱終結後は捕虜交換で将兵を補充する……。だが実際に帝国内部で内乱が発生すると同盟市民の間から出兵論が出始めた。

“焦土戦術を使う様な敵が捕虜交換などするだろうか、民衆を飢餓に追い込むような帝国が捕虜を気にかける事等有り得るはずもない。捕虜交換は時間稼ぎだ。ここは出兵して帝国の混乱を助長すべき、それこそが同盟の国力回復に役立つだろう”

出兵を求める声は日に日に強まり政府はそれに押し切られる形で出兵を決めている。動員兵力は二個艦隊、第一、第十一艦隊が帝国領へ攻め込む。
「しかし俺はどうかと思うな、一度約束しておきながら反故にするというのは」
「私もどうかと思いますよ、例え帝国相手の約束でも守るべきだと思います」
ヤンが肩を竦めて息を吐いた。

「ヴァレンシュタイン元帥はどう思うかな?」
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン元帥、帝国初の平民出身の元帥、そして宇宙艦隊司令長官……。焦土作戦を実施する様な男だ、まだ若いが勝つためには手段を選ばない、冷酷な男なのだろう。だが実力は本物だ、彼も彼が率いる宇宙艦隊も。だから平民でも元帥、宇宙艦隊司令長官に就任した。

「さあ、面白くは無いでしょう。ただ辺境星域はメルカッツ上級大将が担当する様です。直接彼と戦う事は無いと思います」
「せめてもの救いだな」
「まあ油断は出来ませんが……」
ヤンは憂欝そうな表情をしている。油断は出来ないか……。

「内乱終結後が怖いですね、当然ですが彼は報復に出るはずです。それがどんなものになるか……」
「厄介だな、ウランフ提督もいい迷惑だろう。今回の出兵もいざとなれば支援するようにと言われているんだから……」
万一の事も有る、補給はウランフ提督の分も含めて用意しておいた方が良いだろう。


帝国暦 488年 6月 15日  帝国軍総旗艦  ブリュンヒルト  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「最前線を哨戒中のワーレン提督より入電! 貴族連合軍と接触したとの事です!」
オペレーターが声を張り上げた。艦橋にもざわめきが起きた。現在、帝国軍はシャンタウ星域を攻略中だ、もう直ぐ終わるだろう。ワーレンはシャンタウ星域の更に前方に出て哨戒活動を行っていたんだがそのワーレンが貴族連合軍と接触した。来たよ、来た来た、ようやく来た。

「敵艦隊はほぼ一個艦隊、ワーレン提督は事前の指示に従い後退しております」
「……」
一個艦隊? 一個艦隊なの? さっきまで艦橋に有ったざわめきは急速にしぼんでいる。俺もちょっと、いやかなりがっかりだ、せめて三個艦隊くらいは出てきて欲しかった。

「ようやく喰い付いてきましたな、しかし一個艦隊というのは少々少ない様な気がしますが……」
メックリンガーが困惑を浮かべている。口髭を綺麗に整えている、相変わらず身だしなみが良いよな。女性から見て美男子ではないが好男子ではある。きっともてるだろうな。

「あの八人が出てきていると思うのですが……」
「小官もそう思います」
「領地を失っていますからね、艦隊の保持は難しいのかもしれません。だとすると八人で一個艦隊というのはおかしくは無いのかもしれません」
「なるほど、そうかもしれませんな」
一個艦隊か……、あの八人の他は誰も一緒に付いて来ないみたいだ。やはり浮いているようだな、馬鹿八人衆は。……あいつらなんだよな、出てきたのは……。

ワーレン艦隊の後退と貴族連合軍の追撃は二時間ほど続いた。終了後、ワーレンから状況報告の通信が入った。
「一個艦隊と聞きましたが?」
『はい、一万隻は超えていましたが一万五千隻には達していなかったと思います』
なるほど、一人当たりなら二千隻に満たない戦力か……。

「艦隊の動きはどうでしょう?」
『統制はとれていませんでした。我先に追って来ると言う感じで……』
ワーレンが苦笑を浮かべている。逆撃を喰らわすのは難しくなかった。そう思っているのだろう。

『こちらがわざと後退しているというのにも気付いていないのでしょう。二時間も追い回すというのは戦闘慣れしていないとしか思えません』
「なるほど」
艦隊の錬度も低いし指揮官も戦闘慣れしていないか……。原作同様、貴族連合の特徴だな。

『小官はこの後、どのように』
「これまで通り、味方の最前線で哨戒活動をお願いします」
『承知しました』
そう言うとワーレンは敬礼をして来た、こちらも敬礼を返してから通信を切った。良いよな、地味な仕事でもきちんとこなしてくれる男は。

「総参謀長」
「はっ」
「あの艦隊がガイエスブルク要塞に戻るのは何時頃と思いますか?」
「さて、ざっと十日というところでしょうか」
「十日ですか」
十日か、だとするとシャンタウ星域の攻略は終わっているな。

「トラーバッハへの攻略のために一隊を回すのを止めてガイエスブルク要塞の攻略に全力を注ごうかと思うのですが総参謀長の考えは?」
俺が問い掛けるとメックリンガーがちょっと考えた。参謀連中は皆固唾をのんでメックリンガーを見ている。

「宜しいのではないでしょうか、幸い貴族連合軍は動きを見せております。それに辺境星域の事を考えますと周辺宙域を攻略するよりも一気に貴族連合軍の本拠地を叩いた方が得策だと思います」
方針変更、貴族連合軍の本拠地を攻略。メックリンガーの言葉に艦橋がざわめいた。

「ではシャンタウ星域の攻略が終了した時点で一度作戦会議を開きましょう。全軍にそれを通達してください」
「承知しました」
さて、俺はあの馬鹿共を挑発する言葉でも考えておくか……。



宇宙暦797年 6月 25日  イゼルローン要塞  ウランフ



「ようこそ、イゼルローン要塞へ。御二方とも始めてでしょう」
「まあ、確かに」
「そうですな」
イゼルローン要塞のメインポートまで出迎えたがカールセン提督、ルグランジュ提督とも何処か余所余所しかった。

その後も司令室に案内するまで時折話しかけたが二人とも口数が少なく余り話そうとしない。自然と会話は途絶え殆ど話す事無く司令室に着いた。一体どういう事か……。司令室に着くとルグランジュ提督が話し始めた。
「今後の作戦についてはカールセン提督とは打ち合わせを済ませております」
「そうですか」
カールセン提督に視線を向けたが特に反応は無い。

「出来るだけイゼルローン要塞駐留艦隊には迷惑をかけないようにするつもりです」
「御配慮、痛み入ります」
「では」
え、と思ったがルグランジュ提督は私とカールセン提督をその場に残して司令室を出て行った。

呆然としていると溜息を吐く音が聞こえた。カールセン提督が首を振っている。
「カールセン提督?」
「いや、失礼」
「一体何が?」
「まあ、面白くないのでしょうな」
「はあ?」

カールセン提督が笑い出した。
「面白く無いのですよ、全てが」
「……全てが、ですか」
よく分からない、全てが面白く無いとはどういうことなのか。私が困惑しているとカールセン提督が更に笑った。

「先ず兵卒上がりの私と一緒に軍事行動を起こすというのが気に入らない」
「……馬鹿げていますな、ビュコック司令長官もモートン提督も兵卒出身ですが私はその事を気にしたことは有りません。カールセン提督に対しても同様です」
「それは有難いですな。しかし面白く思わない人もいる、ルグランジュ提督もその一人です」
「……」

「他にも私が第一艦隊の司令官という事が面白く無いようです」
「なるほど、第一艦隊ですか……」
第一艦隊には首都警備の役割も有る、いわば近衛部隊のようなものだ。兵卒上がりのカールセン提督が司令官では面白く無いという事か……。その裏には自分こそがという思いも有るのだろう。

「面白く無い感情はウランフ提督に対しても有りますぞ」
「私にですか?」
カールセン提督が頷いた。はて、彼とはほとんどトラブルなど無かったが……。
「いけませんな、お分かりでないとは。嫉んでいるのですよ、イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官、ルグランジュ提督も狙っていたのです」
「なるほど、そういう事ですか」

そういう事か、あの敗戦の後、近衛部隊である第一艦隊の司令官職と最前線のイゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官が空席になった。そのどちらもルグランジュ提督は得ることが出来なかった。その事を面白く無い、そう思っている。まして俺はあの遠征では三割以上の損害を出した。敗軍の将を何故最前線に、そんな思いも有るだろう。

どうりでルグランジュ提督がそそくさと消えたはずだ、一番顔を見たくない二人が居たのだから……。溜息を吐くとカールセン提督がまた笑った。
「まあ彼は今度の任務で成果を上げて上層部や政治家達にアピールしたい、そう思っているでしょうな」
「そう上手く行きますか、作戦は既に打ち合わせ済みと聞きましたが?」
私が問い掛けるとカールセン提督は苦笑を浮かべた。

「まあそれぞれ別個に動こう、そういう事です」
「別個? 協力はしないという事ですか?」
「そういう事ですな」
ルグランジュ提督は一体何を考えているのか……。

「それほど悪い考えではないでしょう。今回の出兵、目的は帝国の混乱の助長です。別々に動いて帝国領内を荒らし回った方が効率が良い。そう考えることも出来る」
「まあ、そういう考えも有りますか」
「ええ、そういう考えも有ります」
やれやれだ、気が付けば溜息が出ていた。そしてカールセン提督がまた笑い声を上げた。






 
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