ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
鈴の音
《十存在》の一角に名を連ねる、《幾何学存在》シバのプレイヤーホームは、見た目は一戸建ての煙突付き木造平屋だった。
こう言っちゃなんだが、ALOのプレイヤーホームの中ではかなり地味な部類に値する。
アルヴヘイムの中に点在して売り出されているプレイヤーホームは、もともとALOというゲームがファンタジーにカテゴライズされることから、どうしても全体的にそちらへと傾いている。
中世の城や、孤島の上に建つ古代ギリシャ風の神殿など、上げればきりがない。
しかし、シバの家は本人の言葉を借りるならばこじんまりとそこに建っていた。長い年月を感じさせる古木の香りが鼻孔をくすぐる。
そんな、ファンタジーとは程遠く、どこか日本の山間の村にでも飛ばされたような錯覚を覚え、レンとカグラが戸口の前にボーっと突っ立っていると、先に中に入ったシバが「どうした?」と言った。
「い、いや、なんでも」
「お、お邪魔いたします」
二人して敷居をくぐると、そこにはまたも二人を驚愕する光景が待ち構えていた。
広い!!
それが、レンの感じた第一印象だった。
扉も、なんとも味わい深い樫の木製と思われるそれをくぐると、レン達を待っていたのは、古代エジプトのピラミッドの中のような光景だった。
木製のはずの壁や床は、歴史を感じさせるひんやりとした岩になっているし、調度品もとんでもなく巨大で、その全てが中東の貴族か王族でも使用していそうな大理石でできた猫足のテーブルや椅子ばかりなのだ。
極めつけは、その部屋の大きさだ。
外から見た時、シバの家はどう大きく見積もってもせいぜい二十メートル四方の正方形の家だった。だからレンも、恐らくカグラも家の中はせいぜい2DKくらいかな、などと考えていたのだ。
全然違った。
この玄関兼リビングだけでも三十メートル四方は下らない。
口をあんぐり開けっ放しにしているレンとカグラの前を、全く表情の起伏を見せずにシバが横切った。
その格好はいつの間にか簡素な木綿のシャツになっている。豊満な胸が窮屈そうに収まっている。
そこまではいい、そこまでは。しかし、しかしだ────
「なんでシャツだけなんだよッ!」
思わず突っ込んだレンに、シャツだけ身にまとって下には下着さえも身に付けていない女性は、やはり無表情に答える。
「いつまでもあの格好だとリラックスできないからな。ここは私の家だ。どんな格好をしようが、私の自由だろう」
「……………………」
開き直られてしまった。
まぁ、直後にまぁいいか、と言ったレンもレンだと思うが。
性に対する関心その他がなさ過ぎる。仙人か。
そんなレンの横で、さすが同姓のカグラが、シバのその破壊的な格好に全く関心を示す様子もなく、辺りを見回しながら言った。
「凄いですね。これもあなたの魔法なのですか?」
「いや、これは買った直後からこれだった。まぁもっとも、それがこの家のセールスポイントだったのだから当たり前か」
なるほど、と二人は思う。
見た目がこじんまりとした家だって、中身が大豪邸。
ファンタジー臭溢れるALOなら、そんな家だってありそうな物だ。いや、この手の設定なら運営陣が嬉々としてやるだろう。
シバは、多少サイズが大きいシャツの裾をまったく伸ばそうともせずに、リビングの中央にどっしりと置かれている大テーブルに座る。
そして、懐というか胸元から出した大振りのハンドベルをテーブル上にコトリ、と置いた。
レンとカグラは揃ってそれを見る。
見た目はごく普通のハンドベルだ。優美な曲線を描いて純金製の鈴部分に、柄部分に赤いハンドグリップを巻いてある。
初めてお目に掛かるが、おそらくあれが彼女を《幾何学存在》たらしめている噂の伝説武器だろう。
《幻鈴リックル》
その音を聴いた者の視界を強制ハックし、任意の物体の視覚情報をズラすことができる魔法効果が付与されている鈴だ。公式サイトにまで載っている、れっきとした伝説武器だ。
さて、と言う。
「聞かせて貰えるか?私の家の目と鼻の先でドンパチをやっていた理由を」
「…………」
スッ、とレンとカグラの目が細められる。
鋭さの増した視線を、《幾何学存在》と呼ばれる女性は相変わらずの表情のない顔で受け止めた。
忘れていた。
この女がクソ真面目な顔で破天荒な行動を取るから忘れていたが、脱領者とはいえ種族的には音楽妖精。
ケットシーとは中立を保ってはいるが、決して味方というわけではない。場合によっては、敵にも、味方にもなる。
数秒、シバの心を見透かそうと視線の深奥を探っていたレンだったが、ふぅと一度だけ吐息を吐いて、気遣わしげにこちらにチラチラ視線を投げかけてきているカグラを視界の端に捉えながら、どこか諦めたように口を開いた。
「何でもない、ただの昔の知り合いと手合わせしただけだよ」
嘘は言っていない………はずだ。
あの三人────ウィルヘイム、リョロウ、セイはSAO時代からの顔見知りだし、やっていたのはその実ただのコロシアイだが、かなりオブラードに包めば手合わせと言えなくもない。
ふぅ~ん、とシバは解かっているようで解かっていないような曖昧な返事をすると、向かいの椅子を指差し、座ったら?とだけ言った。
その言葉に甘えて、彼女と向き合うように座ったレンとカグラ。その椅子も、一脚何ユルドするかもわからない高級感が漂っている。
レンとカグラが座ったのを見届け、シバは肘をテーブル上に置き、すらりと整ったあごを手の甲に据えると少しだけ目を伏せた。
長めの前髪に隠されて、それだけのことで表情が、その真意が全く見えなくなる。
「君がそう言うならそれでいい。だが、手合わせだけで《心意》を使うなんて、少し無用心すぎじゃないのか?」
「────────ッ!」
一瞬、言われた言葉の意味がわからなかった。
あまりに自然に放たれたその単語に、レンは心臓の鼓動が一足飛ばしたような驚愕を味わった。
《心意》システム。
イメージというそんな曖昧な物で現実、果ては因果律まで捻じ曲げるというプレイヤーどころかGMの身にも余る究極の力だ。
SAO時代、その力はトッププレイヤーである攻略組の中でも限られた、《六王》やその側近の大幹部、大規模攻略ギルド【聖竜連合】リーダーや幹部クラスといった、いわゆるトップ中のトップしか知らなかった。
否、知らされていなかった、と言ったほうがいいかもしれない。
心意の力は、強すぎるがゆえに弱点というか、それに相対する副作用がある。いや、副作用というより代償というべきか。
強すぎる力には、それなりの代償が要るのだから。
心意という物の本質は、心の奥底にできた傷から抽出したエネルギーである。
言わば、それは出《血》とも言い換えることができる。深く切り裂かれた《傷》からは、それなりに多い《血》が出る。大量の《血》が出るほど、当然の事ながら《傷》口はだんだんと広がっていく。
それは、同じ《傷》を持った人間に相対した時ほど、広がり方は大きくなってくるのだ。
もっと広く、もっと深く、《傷》は大きくなっていく。
そしてその《傷》は、持ち主に対して《血》というエネルギーだけを提供しているわけではない。
対価として《傷》が要求するのは、持ち主の精神力。それは、さながら食に飢える獣のように精神を蝕み、喰らい尽くしていく。
その先にあるのは、《無》だ。
《傷》に呑み込まれたという事は、すなわち自分自身、己自身に呑み込まれたという事だ。
そんな者の行く道の先に、明るい未来などあるだろうか。否、その先に存在するのは、果てしない闇、泥のようにわだかまる漆黒しかない。
だから、ヴォルティスを始めとする《六王》達は、この力に関する情報をすべて抹殺し、握り潰した。
それはひとえに攻略組、いやソードアートオンラインに閉じ込められた約一万人のプレイヤー全員の平和を願ってのことだ。
その判断は正しいし、立派な物だと思う。
仮に、中層ゾーンなどの、攻略組との力関係を不満に思っているプレイヤー達などにこの力のことを知られた時、起こる暴動や怒りはとてもじゃないが目を覆いたくなるほどだろう。
当時の《六王》の判断はつまり、そうなった時に矢面に立つのは自分達だと公言するような物である。
そんな犠牲と覚悟の上で成り立っているからこそ、レンは、レン達は驚いた。
目の前の、SAOにすら居なかった生粋のALOプレイヤーである彼女の、シバの口から《心意》の言葉が出てくることが。
「……何でおねーさんがそのシステムのことを知っているの?」
鋭く目を細めながらレンは訊く。
しかし、シバは何も浮かんでいない顔で、淡々と言葉を紡ぐ。凛と張ったその声は、広いリビングの端から端まで響いた。
「さて、ね。しかし、何もALOで心意について知っているのは私だけじゃない。私のような、初代領主のような最古参メンバーならば皆薄々気付いているはずだ」
思わずカグラと顔を見合わせたレンは、少し意外な気持ちで考え込んだ。
確かに、SAOプレイヤーでなくても、約一年もの間心意システムを使える状況下で過ごしていたのならば、気付く者も少なからずいるというものか。
いや、しかしそれでも────
「ユージーンのおじさんは知らなかったよ?」
ふん、とシバはその名を聞くと鼻を鳴らした。
次いで、相変わらずの無表情っぷりで吐き捨てるように、あの小僧か、と言う。
仮にも火妖精随一の実力者であり、《猛将》の異名すら持っている男のことを小僧呼ばわり。さすがは初代音楽妖精領主サマだ。
「あの小僧ごときが、アレに気付くようなおつむを持っているとは思えない。もしそうだったら、今頃サラマンダーはALOの覇者にでも簡単になっているだろう」
「………しかし、ならなぜあなたを始めとする最古参プレイヤーは本格的にグランドクエスト制覇を狙わないのですか?」
「それは簡単だ。そんなことをしても無駄だと知っているからだ。確かに最古参プレイヤーの中にはこの力を過信し、世界樹攻略に乗り出した者もいた。だが、その全てがことごとく失敗したのだ。……それは君達が一番理解しているんじゃないのか?」
突然向けられる、シバの視線。
その全てを見透かしているような視線にレンは、どこか激しい既知感を覚えた。
───なんだろう。僕は、この視線を、知ってる…………?
降って湧いたその未知の感覚にレンが硬直していると、それを理解しているのか理解していないのか全くわからない無表情でシバは僅かに瞳を動かし、おそらく視界の端に浮かぶシステムクロックを見た。
「すまないが、時間切れだ」
は?とレンとカグラが揃って、何言ってんだこいつ、という視線を送るとほぼ同時。
家全体のそこかしこから、パイプオルガンのような重厚なサウンドが大音量で響き渡った。続けて、ソフトな女性の声が空から降り注ぐ。
────本日午前四時より、定期メンテナンスが行われます。サーバーがクローズされますので、プレイヤーは早期ログアウトに努めてください。繰り返しお伝えします。本日午前四時より─────
週に一度ある、定期メンテナンスを知らせる運営アナウンスだ。
同時にレンが、小日向蓮として現実世界に帰らざるを得ない唯一の時でもある。
「ここでログアウトしたほうがいい。どの道、今の君のコンディションでサーバークローズまでに《央都》に着くのは無理だ」
シバの言葉に、レンは唇を噛む。
確かに彼女の言う通り。
今のレンの心意の源、いや生命の源たる魂は疲弊し、擦り切れている。そんな状態では、《地走り》を使ってもアルンどころかこの高原の半ばほどで力尽きることになりかねない。
プレイヤーホームの敷地内は基本的にMobの行動範囲外だ。
フィールドのど真ん中で即落ちしているよりは、ここで落ちたほうが幾分とマシというものである。
そんなことを一瞬で思考し、レンはわかった、と頷いた。
「なら先に落ちる。言っておくけど、動かない僕に何もしないでよね」
「失敬だな。私を誰だと思っている」
「………………………」
会って数十分の身分のくせに何を言っているのだろうか。
左手の人差し指を真っ直ぐ伸ばし、真下に振る。途端、軽快な効果音とともに半透明のメニューウインドウが出現した。
左に大きく表示されている現在の全身装備フィギュアを無視し、右側にズラリと並んでいるタブをスクロールして一番下に位置している《Log Out》と書かれたボタンを画面中央に持ってくる。
押すと、すぐさまフィールドでの即時ログアウトに対する危険性を記す警告メッセージとともにイエス/ノーボタンが現れる。
そのイエスのほうを押しながら、レンは傍らに立つカグラの顔を見やり、小さく頷きあった。
「おやすみなさいませ、我が主」
「うん」
そうしてレンの意識を浮遊感が包み、現実という世界の中に帰還していった。
《終焉存在》と呼ばれる少年の姿が淡い光に包まれ、その身体から力が抜けたとほぼ同時に、傍らに立っていた《炎獄》の二つ名を持つ女性の姿が解けるように掻き消えた。
彼女の本体データはレンのナーヴギアのローカルメモリーに存在しているので、レンがALOからログアウトした場合、カグラもアルヴヘイムにはいられなくなるのだ。
力が抜けて椅子の背もたれにもたれかかっているレンの魂なき身体を、数秒しげしげと眺めてからシバは卓上に置いた《幻鈴》を一度だけ振るった。
────リイイィィィィーンンン────
涼やかで透明な音色が響き渡り、卓上に白い陶器のティーカップが現れる。
それを持ち上げ、中になみなみと満たされている淡い水色の紅茶を一口すする。口の中に広がる爽やかなハッカの味とともに、シバはその謎の紅茶を飲み下す。
次いで、首を巡らす。
その視線の先にあるのは、リビングに隣接する部屋へのドアだ。
きっちり閉じているそこに、半ば独り言のようにシバは、《幾何学存在》は口を開く。
「本当に会わなくても良かったのか?弟なんだろう」
その言葉が宙空に溶け去ると同時、扉が音もなく開いた。
その中から出てくるのは、ツヤのない黒髪に漆黒の瞳を持った少年だ。
いや、青年と呼んでいいかもしれない。幼さが中途半端に残っているので、ぱっと見の年齢が分かり難いのだ。
しかし、彼の周囲を取り巻く空気は異質だった。いや、異質そのものと言っていいのかもしれない。
だが、そんなもので彼のオーラが薄れているかと問われれば、全然全くそんなことはなかった。むしろ、増していて、増長しているような感じ。
それを包み込んでいる彼の服装は、黒い長めのロングコートという、まぁこの世界ではそんなに珍しい物ではない物だった。
強いて言えば、裾が長いのとポケットの位置でそれが白衣に見えるということだろうか。その色は白ではなく、黒なのだけれど。
彼は言う。
異質そのものの男は言う。
どこか退屈そうに、言う。
「別に。血の繋がりなんて、そんなに大事な物じゃあない。それに、ここで俺があいつに会うのは《運命》にのっとったことじゃないしな」
そう言って、男は向かいに座った。
その際にレンの体が椅子からずり落ちて、結構派手な音とともに床に落下したが、男は全くもって顔色を変えなかった。
それに、シバはもう一度だけハンドベルを振るう。涼やかな音が部屋の隅まで届く前に、卓上にはもう一つの白いティーカップが出現していた。
その中には、むしろ毒々しいを通り越して冗談と言える真っ黒な泥水のような紅茶が入っていた。
「飲む?」
「…………悪意しか伝わってこないんだが」
そう言っても、ズゾゾッと男は飲む。飲んでくれる。
そんな彼にシバは────桑原史羽はぽつりと、無表情に呟く。
「全てお前の想定内、というものなのか。相馬」
それに彼は答える。
いつものように。
「さて、ね」
《鬼才》小日向相馬は応えた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「なかなかにミステリアスなしめだったね。てゆーかここで兄登場?」
なべさん「そ。久し振りのお兄様登場回でした」
レン「例のごとくフラグしかたてないようなキャラを……」
なべさん「まーなんとか回収しますわ」
レン「えーと、じゃあ次話は何?現実サイドに戻るの?」
なべさん「あぁいえいえ、次話はキリト先生の地底世界探検になりますかな」
レン「あぁ、そういやいたね。そんなやつ」
なべさん「彼原作主人公だよ!?もっといたわってあげて!」
レン「オリ主をあそこまでチート化したら、そりゃ原作主人公の存在感が希薄になるだろ」
なべさん「なんのことですかな?」
レン「…………………………はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
──To be continued──
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