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第十九章
第十九章
「勿論パンも食べられますし」
「それだけはいいと」
「そういうことですか」
「ジャガイモもパンも私達にとっては忘れられない食べ物です」
テーブルの上にはパンもある。それを見ながらいとしげに語っていた。
「何しろ。歴史があるのですから」
「そういう事情があるとなると」
「一層味わいがありますね」
「確かに」
二人だけでなくアンジェレッタも述べた。
「そういうことですか」
「まあ暗い話になりましたが」
警部は今度は申し訳なさそうな顔になっていた。表情はころころ変わる。そのうえで話をしていくのだった。厳しい顔だが表情は豊かであった。
「どうぞ。料理をお楽しみ下さい」
「はい、それでは」
「あらためて」
四人はその夜はその素朴な歴史ある御馳走を食べた。そのうえでそれぞれの寝床に帰った。翌朝起きてからシャワーを浴びてホテルを出た本郷と役はだ。ダブリンの石畳の道の上を歩いている。彼等の左右にはもうストリートミュージシャン達がギターを手にして歌を歌っている。
二人はその中を歩きながらだ。昨夜の警部の話を思い出していた。
「アイルランドの歴史ですか」
「そしてイギリスの歴史でもあるな」
「それはそんなに昔の話じゃないんですね」
「十九世紀半ばだ」
その頃の話だというのだ。
「その時に起こったことだ」
「アメリカって国が話に出て近いとは思いましたがね」
「実際に近かったな」
「はい」
役のその言葉に応えて頷いた。
「その通りでした」
「この国も苦労してきた」
「それもかなりの」
「苦労をしてきていない国はない」
これは事実である。そのイギリスにしてもかなりの苦難も経てきているのだ。
「そういうことだ」
「それでもこの国はとりわけみたいですね」
「それは否定できないな。それでだが」
「ええ。朝飯は」
「そのジャガイモにしよう」
それはどうかというのである。
「ジャガイモにだ。しようか」
「そうですか。ジャガイモですか」
「そうだ。それにする」
あらためて本郷に言うのだった。
「それを食べてからアンジェレッタさんに連絡しよう」
「ええ、これで」
本郷は微笑みながら自分の懐から携帯を出してみせて語った。
「そうしますか」
「さて、時間だが」
「相手は教えてくれますかね」
「結界は張ったままだ」
役はまたこのことを話した。
「それならだ」
「そうですか。それならですね」
「それが感じ取られた時に行く」
また言葉を出した。
「それでいいな」
「はい、それでは」
こう話をしたうえで屋台でジャガイモを買いそれを食べた。それから携帯でアンジェレッタと連絡を取り警部も交えて打ち合わせをした。そして夜だった。
場所は円柱が玄関に立ち並ぶ白い壮重な三階建ての建物だった。何処か神話の趣を感じさせる建物であり玄関の窓際のところには石柱に身体をくくりつけ今死のうとしている若者のブロンズ像がある。アンジェレッタはその像を見て述べた。
「ク=ホリンですね」
「そうですね」
役が彼女の言葉に応えた。
「アイルランドの英雄ですね」
「ケルト神話最大の英雄にして」
二人はこう話すのだった。彼等は今その像の真下にいるのである。
「その彼が見守る場所です」
「戦いの場所には相応しいと言えるでしょう」
周りには誰もいない。しんと静まり返っている。空は青くそこに黄色い月が浮かんでいる。満月であり朧なその黄色い光を放っていた。
「ここは」
「そうですね。そして」
「来ましたよ」
今言ったのは本郷だった。丁度ハープの音が聞こえてきたのだ。
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