戦国異伝
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第百三十九話 千草越その八
「降らず腹を切られるやも知れませぬ」
「実はな」
帰蝶のその言葉にだ、信長は顔を曇らせて答えた。
「わしもそのことは恐れておる」
「そうですか、やはり」
「うむ、あ奴は竹千代と同じだけ生真面目じゃ」
それ故に信長も信頼しているのだ、そうした意味で彼にとって家康と長政もまた弟であるのだ。
そしてその生真面目であるが故にだというのだ。
「己を許せぬ腹を切ってもおかしくはない」
「どうされますか、それでは」
「わからぬ、何としても助けたいが」
だがそれでもだというのだ。
「難しいであろうな」
「ですか」
「しかし万に一つでも可能性があれば」
その時はだというのだ。
「その万に一つを掴む、そうする」
「そうですね、それが殿ですね」
「万に一つを万に万とする」
これが信長だ、僅かな可能性を確実なものにまで大きくする、それが彼がだというのだ。
それでだ、彼は帰蝶に言った。
「そうする、必ずな」
「そうですね、全くどうしようもないことでなければ」
「人が死ぬということはどうようもない」
これがどうしようもないことだ、しかし助けられるということはというのだ。
「出来るのならば僅かなことでもする」
「では」
「そうしようぞ」
こう話してそしてだった。
信長は茶を一杯飲み干して確かな顔で言った。
「次にこの城で飲む茶はわしだけではないぞ」
「長政様もですね」
「市もじゃ」
妹の名前も出す。
「その顔触れでしこたま飲むぞ」
「ではその時も私が」
茶を淹れようとだ、帰蝶も言ってだった。
「そうさせてもらいます」
「共に茶を楽しもうぞ」
「それでは」
こう話してそしてだった。
信長は長政を何としても助けると決意しつつだった、再び出陣の用意を命じた。
既に岐阜城に兵を入れており武具は彼等が持っていた、そして兵糧も岐阜城に多くあった。尚克諸将も詰めていた。
出陣の用意はすぐに済んだ、それでだった。
岐阜に戻って一週間でだ、信長は主な家臣達を集めて言った。
「ではじゃ」
「はい、再びですな」
「出陣ですな」
「近江に向けて出陣する」
そこにだというのだ。
「よいな、それではじゃ」
「はい、それでは」
「今より」
「先陣はこの度は忠三郎が務めよ」
蒲生を見ての言葉だった。
「よいな」
「畏まりました」
「すぐに竹千代にも使者を送れ」
蒲生の言葉を受けてから再び他の者達に告げる。
「共に出陣しようとな」
「では徳川殿が岐阜に来られてからですか」
「そこで出るのじゃ」
まさにその時にだというのだ。
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