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弱者の足掻き

作者:七織
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八話 「補殺」

 木々生茂る森の中、絶えず体を動かす。
 今日も今日とて、俺は白と一緒に鍛錬をしている。
 この国に来てから既に一年半近く経った。その間、時間を決めて鍛錬を続けて行った。
 時間と共に技量も上がった。俺はほどほどの速さで、白は急速な速さで。
 そうしてまた今日も修行をしている。




 こちらの喉へ向かい抜き手が放たれる。
 それを横から叩き軌道を逸らす。同時、払った手でそのまま手首を握り外側に向け捻り上げる。
 勢いのまま腕を伸ばさせ、肩を決めようと前に一歩踏み込もうとしたところで相手の肘が跳ね上がる。

「——っ」

 捻る動きに合わせられたのだ。
 全身を動かす勢いのまま、抉る様な肘が腕を捻る勢いも追加され顎を狙う。
 ぴったりと合わされただけに前に踏み込もうとしていた体は完全にはよけきれない。急激に重心を後ろに動かしつつのけぞる様にして体をねじらせる。
 狙いが外れた相手の肘が顎にかすり、掴んでいた手を離してしまう。
 俺は倒れそうになる体に力を入れ堪えようとするが、足元に当たる力に気づき全力で地を蹴る。
 だが、少し遅い。

「ッつ!?」

 全力で振るわれた白の足刀に足を刈られ、地を蹴った勢いのままバランスを崩し転がってしまう。
 勢いのまますぐさま立ち上がり、体勢を立て直す。
 地を蹴った勢いのまま転がったおかげか、白からは多少距離が取れている。近ければ組み敷かれていたかもしれない。

(つえぇなオイ。糞が)

 土で汚れた服を叩きながら、俺は内心愚痴を言った。

 才能という物は残酷な物で、もう技量的には白は俺を越した。
 力で押そうとすれば躱され、出だしで潰されもする。
 チャクラで肉体の強化も出来、その技量も白の方が上だ。チャクラ量でさえ、現時点ではそこまでかけ離れてはいないと思うが白の方が上だろう。
 今では転がされるのは基本俺の方。悲しい話だまったく。
 “自分より強い奴の隷属”を望んでいた以上狙い通りなわけだし仕方ないのだが、何にも感じないわけではないのだ。

(だからと言ってこのまま一方的に負けるのは癪に触るがな。偶には勝たんと)

 そう思い、ぐっと両の拳を握りしめる。

(正攻法が駄目なら……)

 地を蹴り、白に近づく。
 白の足刀が脇腹に迫る。
 それを全力で殴りつけ弾く。手に一瞬痺れが残るが無視。
白が追撃の拳を鳩尾に向け放つが体を捻り何とか避け、そのまま右の肘を白の顔に向け放つ。
肘を避ける様に白が少し下がる。肘は空振りし、俺の右腕が白の顔の前を通り———

(———かかった)

 手を、開いた。

「———ッッッ!?」

 白が驚き跳び下がる。その手は自分の目を抑えている。
 何が起きたのかは簡単だ。先ほど地面を転がった際、砂を握っていたのだ。ついでに自前の胡椒もブレンドしてある。白の前を腕が通り過ぎた時、手を開いただけだ。

「ぁグッ!? ゴホッ! うぐ……ケフッ、カフ、ゴホッ……っ!」

 白が苦しそうに咳を繰り返す。
 なまじ技量が有るからとギリギリの距離で避けようとするからだバカめ。そうでなければくらわなかっただろうに。
 目に入った砂の性で目が開けられないだろうが知ったことか。近づくと同時に地面の土を白に向け蹴り飛ばす。
 鈍い音と共に飛び散った土が白に当たる。砂も交じっているから無理に目を開けようとすればもう一度目つぶしだ。
 その隙に後ろに回って白を蹴り飛ばす。
 だが意外とやるもので、吹っ飛びながらもすぐさま立ち上がり木を背にする。
 まだ、目は開いていない。腕は胴体を守っている

(木を背中にして後ろから蹴られない様に、か。学習早いな。俺だったらサッカーボールになってるかも)

 だが許さん。
 もう一度地面を蹴って土を飛ばす。今度はさっきよりも力を入れて。
 それと同時に全力で地を蹴り、宙に舞って白が背にしている木に跳ぶ。
 出来る限り振動を立てず、音も飛ばされる土砂に混じって気付かれない様に注意を払って木の側面に着地する。
 チャクラの吸着である。一年以上やっているのだ、この程度は楽勝だ。
 だが、いくら気を付けたとはいえ音は消しきれていない。時間を掛けてはばれる。その前にさっさとしなくては。

 左手に握っていた、右と同じく転がった際にいくつか拾っていた小石を白の頭の上に落とす。そしてすぐさま大きめの二つの石を全く見当違いの方に飛ばす。
 小石が白の頭に当たり、一瞬遅れて少し離れた草むらと近くの木の幹に当たって音を出す。
 そして俺は吸着を止め、白に向けて飛び降りる。
 混乱していたらしい白は俺に気づかない。そのまま俺は白に上から圧し掛かる。今更になって気付いても遅い遅い。
 白の首に腕を回し、気道を圧迫しつつうつ伏せにして覆いかぶさる。暴れる足に自分の足をからませる。これならもう無理だろう。
 胡椒をくらった挙句、気道を抑えられた白が苦しそうな呼吸をする。
 
「ガハッ、グッ……う、クフッ、カァ……っぁ!」
「はい、終わり」

 卑怯? いいえ戦法です。





「目は大丈夫か?」
「まだ、少し残っているみたいです。……———っいた」
「ほら、水筒。目洗え」
「すみません……」

 白が水で目を洗う。

「さっきみたいな目つぶしとかもあるから、そういった事も想定しとけ。技量的には白の方が俺より上だけど、ああいった方法で潰されることもあるから」
「はい。……っつ」
「汚い気もするけど、負けたら終わりだ。俺みたいに弱い奴は何だってやる……というか、才能ある奴は真っ向から戦うだけでも強いけど、俺みたいなのはああいったことしないと勝てない。白は根が真面目だから自分からそういった事しなさそうだけど覚えろ。そうすりゃもっと強くなれる」

 正当な努力で手に入れた力を踏みにじる様な行為は卑怯だと言われる。だが、弱者が強者に勝にはそう言った事が必要だ。
 そして、そういった“弱者が強者に勝つ知恵”を“強者”が修得したらどうなるか。
 まあ、答えは簡単だろう。

(弱い奴が勝てるわけねぇわな)

 当たり前だ。
 そもそも凡人はどれだけ努力しても凡人なのだ。凡人が努力しても努力する天才には勝てない。正だけでなく蛇の方まで努力したら凡人には無理だ。
 だから教える。万が一に変な罠にかかって白が死なない様に。俺の命綱が切れない様に。
 今回やったのは凄まじく温い手だが、こういった手段もあるということさえ教えれば白は勝手に学習していく。
 一を聞いて十を知るというように勝手に自分でどんどん考えてくれるだろう。だからとりあえずでもその切欠を教えるのが大事なのだ。
 白が水筒を返して来る。

「もう大丈夫か?」
「はい、もう取れました」

 そういい、白が目を開ける。
 ゴミが入った性で涙が流れ、目も赤い。

(っく、なんだこの罪悪感は……)

 ……なんというか、小さい女の子を暴力で泣かせてしまったような感覚だ。おい、そんな赤い目でこっちみんな。
 まあいいや。

「そろそろ道具とか術も混ぜて組手やってみるかね……」
「苦無とかですか? 危ないと思いますが」
「勿体ないけど、刃は潰すよ。まあまだ先だから、とりあえず考えとこ」

 痛いのはやだけど、色々と考えとかないと。

(慣れとかないとな……)

 まだ先の事だが考える度に嫌になる。
 組手も十分したので、さっさと次に移るとしよう。

「そういや白、お前“アレ”はどこまで読んだ?」
「目を通すだけなら一通り通しました。C以上はまだほとんど出来てません」
「いや、出来たらおかしい。……久しぶりに俺も見てみるか」
 
 カバンから“アレ”を取り出す。
 “アレ”というのは巻物の事だ。親バカな親が残した術の巻物。
 巻物を開かず、中心の芯の部分を捻り手前に引く。すると黒い棒が出てくる。
 その後ろ側のキャップを外し、中に有る小さな棒を回す。すると、棒の側面に筋が入って小さく開き、白い紙が出る。
 自分の指を噛み切り、そこに血を擦り付けて元に戻し棒を芯に戻す。
 これで罠は解除されたので安心して巻物を開いて行く。
 開いて行く中、書かれている文字が目に入る。

(今更だけど、ほんと親バカだよなぁ)

 書かれているのは術だ。術の印やどういった術かなどが色々と書かれている。
 最初の方が難易度が低く、後ろに行くほど高い。ご丁寧にランクも書かれている。
 E〜Cランクとほんの少しBが有ったかなかったといった所だった気がする。親バカ過ぎる。
 俺はまだEランク以外はほとんど出来ていない。Dランクで出来るのが少しあるくらいだ。まあ、まだ時間はあるから少しずつやって行けばいい。

「この辺のとかやるには、形態変化とか必要なんかね……」
「そうだと思います。こっちの方は逆に……」

 適当に白と会話を交わす。まあどっちにしろ、自分にはまだ手が届かないという事だ。
 満足したので巻物を閉じる。
 閉めたら次に見るにはまたさっきの事をしなくてはいけない。ちなみに、普通に開けると『お母さんのお料理レシピ♡』が書かれている。自重しろと叫びたい。
 特殊な二枚重ねであり、一定の手順を踏むと下の紙が浮かび上がるのだ。無理に見ようとすると燃え上がる。
 登録された者の血でしか開けない。ちなみに登録の仕方は簡単で、解除した状態で巻物の最後の所定の所にチャクラを込めながら名を書き血で拇印を押せばいい。白はもう登録してある。
 
(最初の頃は指を噛み切るの痛くて苦手だったなぁ……もう慣れたけど)

 そんな事を思う。
 さっさと次の事をしよう。

「じゃあ、属性変化やるか」
「はい」

 自分は水風船を。白はそこそこの太さの木の棒を持って座り込む。
 
 属性変化。
 形態変化が形の変化なら、属性変化は性質の変化だ。
 火風雷土水。基本とされる五つの性質を強化し、術に組み込む際に必要とされる技術。既存の術に組み込み新術を作ったりもできる。
 一人一人それぞれ得意な属性があると言われており、俺は水。まあ、順当過ぎる。
 白は風と水。
 氷遁、だっただろうか。血継限界の能力である術における性質の複合。いくつかの性質を掛けることで新しい属性になるとされていた気がする。氷の場合それは風と水だったのだろう。羨ましい事だ。
 まずは風という事でそれを重点的にさせている。まあ、水の方もさせているが。
 一つ一つをちゃんと出来る様になれば複合も出来るだろう。応用は基礎の先だ。
 原作でナルトがしていたように滝は出来ない。まだ見つけていない、というかあるか分からないしそもそも影分身出来ない。

(人数分経験値アップだっけ……チートだよなぁ。木の葉行ったら何とか手に入れたい)

 まあ手段は考えているからいい。
 白は木の棒を使っている。原作では他に葉っぱも使っていたが、その程度既に白は切れる。
 手に握った程々の太さの木の棒を切る。出来たらもっと太いやつを、更に太いやつを……という具合だ。
 これが出来て行ったら、色々と利用価値が出てくるので頑張ってほしい。

(最終的には木を切り倒せたり……はないか)

 なかったらいいなぁ……有り難いけどさ。
 ……………
 
 まあそれはさておき。
 俺は水、ということなので水風船を使っている。
 そもそも水の属性修行など全く分からなかった。
 風なら原作で主人公がやっていたので分かる。たとえ火だったとしても分かる。何か燃える様になればいい。
 雷でもいい。とりあえず痺れればいい。
 土でも良かった。何か柔らかくなくなったり硬くなったりイメージできる。
 だが、水と言うのは全く分からない。
 濡れる? だから何。凍る? それ氷遁。

 色々悩み、考え抜いた結果“形の自由さ”を思いついた。つまり、形態変化の様なものだ。
 水風船を使い、水の形を様々に変える。球だけでなく、棒状や円盤状などに。最終的にはこれを応用して術の効果範囲を自由に変形できでもしたら万々歳だ。

 手の中にある水風船を見る。
 既にそれは球ではなく、結構平べったくなっている。とりあえずの目標は円盤と棒だ。もしそれが出来るなら利用案も頭にはある。
 白にも水の属性変化で似たようなことはさせている。
 水風船、といえば螺旋丸の第一段階は俺もクリアしこの間第二段階に入った。
 白もまだ二段階目だ。属性の相性的に水を使った第一段階は早かったが、二段階目はそうではないからだろう。
 もっとも、既にゴムボールに穴自体は開けているのだが。破裂する様に穴が開くのも時間の問題だろう。ほんと、チャクラ量の問題だとしか思えない。俺の方はまだだいぶ先で今年中には無理だろうが。
 そんな事を考えながら俺は手の中の水を変形させ続けた。







「次お前な! ちゃんと三十数えろよ!」
 
 その声と共に皆が一斉に駆けていく。
 年頃はみな小さく、白と同い年くらいから俺と同じくらいまでの歳の子供たちだ。
 あれから数ヵ月。いくら鍛える必要があるとはいえ毎日鍛錬をしているわけではない。今日はその類の日で、知り合いの子供たちと適当に遊んでいるのだ。
 交友関係は大事です。何に使えるか分からない。精神の差の性でイラっと来ることもあるが、まあこの歳の子供ならこんなもんかと理解できるから気にはならない。
 まあ、色々とあるのだ。

「…三十、と。さっさと探すか」

 数えて振り返る。
 場所は街から少し離れた開けたところ。程々に木々が生茂り隠れたりするには絶好の場所だ。
 種目は缶けりの様な物だ。この中に隠れた奴らを探すとしよう。

「今日は白いないからすぐ終わるだろ」

 いつもならいるが、今日は用事でいない。他は全員普通の子供だ。
 そう思い、一人目の方へ向かった。




 三分で全員見つけて捕まえました。
 
「つまんねー。イツキ鬼だと早すぎ」

 座っている少年が不満を口にする。
 それに続くように周りも口を出す。

「イツキくん見つけるの上手だよね」
「ズルしてんじゃねーの? 次何するー」
「逃げる側だと掴まんねーし。年上なのに大人気ねーぞばーか」
「ならもっと上手く隠れろ。後周りと協力しろ」
 
 近所に住んでいる女子男子が色々言う。
 まあ、身体の力とか差が有るし、しょうがないのだが。
 一応これでも手は抜いたのだがしょうがない事だ。
 そう思っていると最初に発言した黒髪短髪の少年、カジが立ち上がる。

「……そういやさ、今日は白いねーけどどうしたんだよ?」
「用事があるからそっち行ってる。何だ、気に何のか? お?」
「ちげーし! アイツいねーとお前が一人勝ちして気にくわねーだけだよ! べ、別にアイツなんか気になってねーし、むしろどうだっいいし嫌いだし! お前何ふざけたこと言ってんの? バーカ!」

 青いなー。
 つい生暖かい目で見てしまう。
 年頃の子供ってこんなもんだよね。確信突かれたら逆ギレして、でもって言われてもないのにその相手を馬鹿にする。暴言を言われたが「ハハ、こやつめ」な感じで怒る気にもなれない。
 白は綺麗だしこんな風な思いを抱く奴が出ても不思議ではない。むしろ当然と言える。非常に微笑ましくなってくる。

(まあ、邪魔するがな)

 絶対に成就させないしさせる気もない。全力で阻んでやる。
 初恋は実らないものなのだよカジ少年。人の命綱に手出すな。
 まあ、白が他の人間に靡く事なんて無いと思うので大丈夫だと思うし、数年後にはアレする予定だから平気だろうが。
 
「イツキが一人勝ちできないのやろーぜ。負けさせよーぜ」
「お洋服汚れちゃうから、私はさっきのはもういいかな」
「おーい次何やんだよカジ?」
(その歳から集団戦かハリマ。いい考えだ)

 勝てなかったら皆でボコる。大切だよね。

 カジが口々に意見を言われそちらを向く。

「お、おうそうだなナツオ。じゃあ次は————」


 そのまま暫くの間、俺達は遊び続けた。






「あー、疲れた」

 一通り遊び終わり街中を歩く。白と落ち合う予定なのだ。
 視界の先、白が目に入り白もこちらに気づく。

「そっちはどうだった」
「いつも通りです。特に不審に思われてはいません」
「そりゃ良かった」

 白は少し前から針灸の婆さんの所に通いその技術と知識を教えて貰っている。
 原作で千本を使い再不斬を仮死状態にしたことから俺が勧めたのだ。
 調べてみれば針は麻酔の代わりにもなるし筋肉の緊張の制御や原作から言えば仮死状態にも出来る。
 単純に知識だけだったら本を読めばいい話だが、それでは知識だけになってしまう。原作の様な環境が無い以上、知識だけでなく実際の技術を得られるようにしなくてはと思ったのだ。
 実際に人で試すまである程度の下地が無くてはいけない。
 そのため不定期でだが白を通わせている。勿論姿を術で変えてだが。

 白と共に歩き出す。
 視界に白露屋が映り、足を止める。

「久しぶりに何か買うか。疎遠になって話聞けなくなったら困るしな。何か欲しい物あるか?」
「でしたら、御饅頭が一つ食べたいです」
「了解」

 財布片手に近づいて行く。
 実際は話を聞けなくなることなんて諸事情によりありえないのだが、まあ無駄ではないからいいだろう。
 店のおっちゃんがこちらに気づき、軽く手を振る。

「おう、久しぶりだなイの字。何か買ってってくれよ」
「饅頭二つ下さい。餡子一つと味噌一つで」
「毎度。白ちゃんも久しぶりだな」
「お久しぶりです」

 渡された袋を受けたり、代金を渡す。
 袋を開け、気づく。

「あれ? 何か多いんですが」
「オマケだオマケ。家のバカと遊んでくれてる礼だよ」

 おっちゃんはカジ少年の父親だ。諸事情とはその事だ。
 
「売れ筋の葛餅を入れといた。美味かったら今度買ってくれ。これからも家のと仲良くしてくれよな」
「ええ。こちらこそ」
「おう。白ちゃんも頼むぜ。喜ぶだろうから遊んでやってくれ」
「はい。時間が有れば」

 それでは、とおっちゃんと別れ家の方へと歩いて行く。
 饅頭を齧りながら歩いていると、そういえば、と思い出す。

「すまん白。ちょっと用事が有った。先に帰っといてくれ」

 そう言い、袋を白に渡す。

「分かりました。何の用ですか?」
「ちょっとジジイの所で紐とかボールとか買ってくる。後適当に色々周ってくる」

 ジジイと言うのは前にお茶を買った店のジジイだ。
 ゲンジ、とか言う名前らしい。いかにも頑固そうな名前なことだ。
 何か欲しい小物が有ればちょくちょく行っているので既に顔見知りである。元々客も少ないし。
 ちなみに小物ならそのまま。高い物とかは前のように変化して行っている。
 他にも色々と個人的な入用が有るのだ。付き合ってみて分かったがあのジジイ色々と曲者である。まあ、立地とか色々考えてみたら納得だったが。

「分かりました。では、僕はお先に」

 白が去って行こうとし、止まって振り返る。

「そういえば、今日の夜は何か希望でもありますか?」
「特にない。好きに作ってくれ。おっさんに言われたらそれでいい」
「分かりました。では、作って待っています」

 今度こそ白は去って行った。
 それを見送り俺も歩き出していった。






 あれから暫く。
 毎度のことながら、鍛錬をするために白と森の中に来ている。
 ともに軽くストレッチをする。
 それが終わり、まず最初は簡単な筋トレからだ。

「じゃ、いつも通り腕立てとか腹筋するか。終わったら言えよ」
「はい」

 そうして、いつも通り筋トレを始めた。




 筋トレの終えた後に組手。
 もはや目つぶしも効かず適度にボコられた所でいつもよりも組手を早く切り上げる。

「今日は他の事やりたいからこの辺で終わりだ」
「分かりました。けど、何するんですか?」

 白の疑問はもっともだ。
 なのでとりあえずこっち来いと先導しながら荷物を持って目的の場所に向かう。

「あれは……ウサギ、ですか?」

 近くに小さな川が流れる少し視界の開けた場所。
 そこにいたのは兎だ。
 褐色の毛色の野兎。探せばいるもので、罠にかけて捕まえたやつだ。

「可愛いですね。……どうしたんですかイツキさん、このウサギ」

 ウサギを撫でながら白が言う。
 鼻をヒクヒクさせ、ウサギは白の腕に抱かれていて非常に可愛らしい。

「白」

 それを見ながら、俺は言った。

「肉、食うぞ」




 カバンを開け、中から苦無を取り出す。

「先の事を考えるとさ、サバイバル染みた事とか必要になってくるんだよ。それにまだ結構先の事だけど、もう少し先の事も必要になる。だからさ、慣れとこうと思って」

 レベル一から、いきなりレベル十の事には挑めない。
 なら、一つずつ上げていくのも手だ。
 いや、そもそもこれは今頭の中で考えていることからすればとても下で、まったく別物ですらある。正直、何の意味もないかもしれない。
 けれど、やらないよりはやっておいた方が良いと思う。気休めでも、一上がらずとも、0.1でもいいから上がれば万々歳。その類だ。
 実際は別だろうが、まあいい。サバイバルな知識しか手に入らないとしても、それはそれでありがたい。
 ウサギ肉、美味しいらしいですし。

「あの……イツキさん?」
「ほれ」

 えーと、と若干固まっている白に苦無を渡す。
 何か理解したのか、きゅー、きゅー、とその下でとウサギがじたばたしている。
 
「そいつ殺して食べるぞ。手順なら覚えてきたし、本も持って来てる」

 まあ、出来るなら燻製にしたいけど。

「殺すけど、出来るよな。白」
「———はい」

 白が頷く。
 心優しいけれど、まあ言えばこの位は出来るだろう。
 少しは針を振れさせておいた方が便利だ。
 そう思い、苦無を握る白の手の上から自分の手を覆い被せる。

「とりあえず、暴れられても困るから最初に殺すか。首掻っ切るぞ」
「分かりました」

 血抜きを考えれば生かしたまんま首を斬るのがいいのかもしれんが、初めてだから殺してからでいいだろう。
 苦無を持っていない方の手でウサギを押さえつける。
 躊躇っても意味が無いし、そうすれば余計めんどくさいので一気に手を振り下ろす。

(せー、の)

 苦無の先端が、ウサギの喉に突き刺さる。
 血が流れ、ウサギの体が痙攣する。
 同時に、白の手が一瞬震えたのが分かる。

(嫌な感覚だな、これ)

 変に弾力のある柔らかい物を突き刺す様な感触が手に伝わってくる。血抜きの為にも、そのまま苦無を横に動かす。
 刺さる瞬間の、プツン、グチャ、とでもいう感じの触感が気持ち悪い。包丁で間違って手を切った時の感触をずっと強くし、継続した様な物だろうか。抑えている左手に伝わる温かさが変に感じてしまう。
 暴れなくなってきたところで適当な木の枝に紐で括り付け、逆さづりにする。
 このまま暫く放っておけば血抜きは出来るだろう。多分。そう書いてあったし。

「大丈夫か、白」
「いえ、大丈夫です。初めてだったので少し戸惑っただけです」

 こちらを向き、小さく白が微笑む。
言う通り、白の表情は特に変化はない。

(そういやこいつ、親殺してるんだっけ)

 それから比べれば、ウサギ位は大したことないなそういえば。食べる為、そう思えばこれは変な事をしているわけではないし。
 俺は自分の意思で人を殺したことが無いから分からないが、いったいそれはどんな気持ちなのだろうか。
 きっと、今程度の感触では済まないのだろう。比べること自体おこがましいのだろう。

 意味なかったなーと思いつつ、俺は血にぬれた苦無を川で洗った。

「血抜きが終わるまで少しかかる。それまで属性か形態とかその辺の事しとけ」
「分かりました」

 ゴムボールを持った白が座ったのを見、俺は準備に動いた。




 足首のまわりを、丸く浅く切る。
 足首から背中に苦無を入れる。頭、腕という順に、皮だけを切りながら、下に下にと苦無をもぐりこませ皮をはがしていく。
 股関部分にの部分に臭いを出す腺があるので、切る。この際、苦無の刃を手前にし、指で皮を持ち上げるようすると切りやすい。
 温かい内なら容易く皮をはぐことができる。首まではいだら頭部を切落す。
 腹の筋肉を薄くつまみ、内臓をキズつけないように気を付けて少しだけ切る。
 切った部分から肛門の方向に、内臓をキズつけないように腹をで切り裂き、大きく穴をあける。
 同様に胸骨まで切り開き、内臓を取り除く。
 この後は好きなように肉を小分けに切って行く。燻製にするもよし。

「こんなもんか」

 本を見ながらウサギを解体。
 本当なら適当に調理(といっても焼くだけだが)したかったのだが、時間的に中途半端だ。持ち帰って何か作ろう。
 そう思い、もう一つの事をする。
 燻製である。一度やってみたかったのだ。
 持ってきたり拾ったりした木くずやチップ。それに火をつける。そして火が周囲に移らないよう、その周りを岩で囲む。勿論、作るのは周辺の木から離れた川の近くだ。
 見つけて持ってきた、適当な大きさの金属の覆い。それに穴をあけ、棒を通す。その棒に紐で縛った肉を半分ほど吊るす。
 それを煙に当たる様に岩に乗っける。
 終わり。

「あれ、何か無理じゃね?」

 出来上がったそれの、余りのチャチさに不安しかない。
 どうしてか成功する気が一切しない。

「白はどう思う?」
「僕は良く知らないので分かりません。これって、火は消えたりしないんですか?」
「一応風の通り道は作った。白い煙も出て炎は出てないし、大丈夫だとは思う」
 
 煙もそこまで大きい物じゃない。遠くから見て気づかれたりはしないだろう。
 だが、何か忘れているような気がしてならない。
 まあ、いいか。
 そう思い、残りの肉を袋に包みカバンにしまう。

「これは明日取りに来よう。今日はもう帰るぞ。出した物片付けるぞ」
「了解です」

 白が散らばった物をカバンに入れていく。
 その間に俺は、解体に使った苦無を川で洗っていく。

(ナイフ使えばよかったな……)

 まあ今更かと思って洗っていく。
 だが、中々綺麗にならない。
 血は落ちたのだが、脂が落ちないのだ。
 ヌルヌルとしたそれが落ちず、光に鈍く輝き続ける。

「洗剤、持って来てないな」

 もっとも、洗剤をそのまま流すのもアレだが。
 力を込めて洗っても、ウサギの脂が取れない。
 仕方がないので、家に帰ってから取ろうと諦め、苦無を仕舞う。
 白の方も荷物を仕舞い終った様だ。

「じゃ、帰るぞ」

 そう告げ、その場から去って行く。
 今日はロクに何もしなかったので、俺は水風船、白はゴムボールを手に持つ。
 それぞれ歩きながら手で修行を続け去って行った。


 暫く歩き、少し離れた場所で止まり俺は振り返った。白も、それに続き振り返る。
 視界の中、白い煙が僅かに見える。
 この距離で煙がかろうじて見えるレベルだ。気づかれることはないだろう。
 
 そう理解しながら、暫くの間俺は煙を見続けていた。














 横で何かが破裂するような音が聞こえ、煙の様に風で俺の髪が小さく揺れた。
 
 

 
後書き
「あれ、肉がない」
「というより、食い荒らされていますね」
「……野生動物のこと考えてなかったなぁ」


 主人公はもう白に抜かされました。普通には追いつけない。並ぶには全力で背中を狙撃するような事必須だが、そうすると白の実力が伸び悩む。
 真っ当に伸ばすためには同じような戦い方ができる人が大切。主人公には無理です。
 まあ、白は天才だから自分で何とかでき……ないな。
 只今レベル2か3くらい 
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