占術師速水丈太郎 ローマの少女
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第二十九章
第二十九章
重厚な黒檀の机と本棚。黒を基調とした部屋である。本棚には様々な言語の占いに関する本が置かれている。それはさながら書の砦であった。どれだけの書があるのかわからない程であった。古い名家の書庫に相応しいものであった。
「これはまた」
その中の一冊に目をやる。
「この本があるとは」
「何代か前の先祖のものです」
「そうなのですか」
見ればかなりの年代ものの本もかなりある。相当な年季の本棚であることがそれでわかる。
「これも」
「ううむ」
また一冊見つけた。それも彼がよく知る占いの世界では古典的なものであった。
「よくこんなものがありますね、本当に」
「何百年もこの街にいますしね」
アンジェレッタは机の引き出しを開けながら答えた。彼女もまた何かを探していた。
「それなりの蓄積がありますから」
「それにしても凄い」
速水にとっては羨望の的とも言える本ばかりが並んでいる。無理もない言葉であった。
「この本なんかね」
「ええ」
「私はかなり苦労して手に入れましたよ」
錬金術に関する本であった。タロットは錬金術の奥義をそこに隠していると言われているのだ。その為錬金術発祥の地とも言われているエジプトにルーツがあるとも言われているのだ。
「それまであるとは」
「いや、こちらもそれには驚きました」
「といいますと」
「日本にもその本があったのですか」
アンジェレッタは驚きを露わにしてそう述べた。
「何とかね。入手したものですよ」
「いや、それでも」
あったということ自体が彼女にとっても驚きであるのだ。
「写本ですらそれ程出回ってはいないというものなのに」
「まあ裏のルートで」
速水は語る。
「手に入れたものです。ですから苦労したのですよ」
「しかし日本とは」
「我が国は不思議な国でして」
彼はそれに応じて述べた。
「色々なものが残っていて、そして集まるのですよ」
「変わった国ですね」
「どういうわけかね。日本人の私もタロットをやっていますし」
思えばそれも他の国の者から見れば奇妙なことなのである。タロットは本来日本のものではないからだ。日本には日本古来のものがある。他の国の者の考えではそれがあるのにどうしてタロットを、というのである。
「実は私は陰陽道等には詳しくはありません」
「日本独自の術ですよね」
「中国にそのルーツの大半があるのですけれどね」
その名ともなっている陰陽思想や五行思想、そうした様々なものが合わさって出来上がったものなのである。安部清明はあまりにも有名な存在である。
「独自と言われればそうですかね」
「ええ。あれは凄いものですよ」
「一度見てみたいのですが」
「それはね。日本に来られれば」
彼は言う。
「若しかしたらです」
「成程、わかりました」
「楽しみにしておいて下さい」
「しかし日本という国は不思議な国ですね」
「それはよく言われます」
日本人として答えた。
「他に類を見ない国だと」
「その国だからこそですか。その本が辿り着いたというのも」
「消えた十支族も流れ着いたと言われていますよ」
「彼等もですか」
「真相はわかりませんがね」
ユダヤに残る伝説である消えた十支族である。ユダヤ人達は今も消えた同胞である彼等の行方を追っている。だが今だに見つかってはいないのである。これは歴史の謎の一つとされている。
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