占術師速水丈太郎 ローマの少女
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第二十三章
第二十三章
「今宵は」
「いいお話ですね」
速水はその申し出に対してまずはこう述べた。
「貴女の様な方に誘って頂けるとは」
「では」
「ですが」
普通の男ならこれで陥落した。だが速水はそうはならなかった。彼は普通の要塞ではなかったのである。
「私は愛の女神に愛されてはいない男ですので」
「二人きりの舞台には来られないと」
「申し訳ありませんが」
「またですか」
アンジェレッタはその言葉を受けて溜息と共に苦笑いを浮かべた。
「どうやら私もまた今は愛の女神には愛されてはいないようですね」
速水はそれには答えはしなかった。沈黙を守っていた。
「ですがいいです。愛は怨んではいけないもの」
これはアンジェレッタの恋愛哲学であった。
「今宵は部屋をお貸ししますので」
「有り難うございます」
「ゆっくりお休み下さい。そして明日からは」
「また捜査ですね」
「はい。明日はどうなるかまだわかりませんが」
「水晶とカードが私達を導いて下さるでしょう」
速水の言葉が締めくくりとなった。二人は食事を終え休息の挨拶の後で部屋に去る。速水は部屋でもワインを楽しんでいたがやがて眠った。起きるともう朝になっていた。ローマの輝かしい朝であった。
シャワーを浴びて目を覚ます。そして服を着ているともう扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「はい」
入って来たのは執事であった。品のいい金髪の若い男であった。長身を黒いタキシードで覆っている。それが実に似合っていた。
「お食事です」
「いいタイミングですね」
「丁度その頃だと思っていましたので」
「そうですか」
「ええ。ではこちらへ」
速水はまたあの部屋へ案内される。そこにはもうアンジェレッタが待っていた。既に見事なスーツを身に纏っていた。それは男ものであった。それが中世的な美貌を放っている。
「お早うございます」
「はい、お早うございます」
挨拶を交える。それからそれぞれの席に着いた。
「さて、今朝は」
「ええ」
朝食がメイド達によって運ばれて来る。メイド達の服は黒を主体としている。いささか日本のゴスロリを思わせるものであった。だがそれはアンジェレッタにも彼女達にもわかる由もないものであった。
「オートミールにしました」
「オートミールですか」
「イギリスのものとは違いますよ」
それは安心させる為かうっすらと笑ってきた。
「イギリスのオートミールは。好みではないのですよ」
「味がですか?」
「オートミールだけでなくイギリスの料理自体が」
「成程」
速水もこれには納得した。残念ながらイギリスといえば食べ物が非常にまずいことで知られている。実際につい最近までそうであった。
「最近は改善されているようですが」
「どうやらそうらしいですね」
「全く。イギリス人の舌はわかりません」
世界中で言われている言葉であった。彼等がしているだけではなかった。
「そうは思いませんか?」
「あえてそうした店は避けておりますので」
速水は答えた。
「そうなのですか」
「はい、大体わかります」
「それは直感で」
「まあカードで」
今度は微笑んで答えた。
「わかるのですよ。その店が美味しいのかどうかは」
「イギリス料理の店はどうですか?」
「駄目ですね」
言うまでもなく首を横に振った。何か既に決められた話をしているかのようなやりとりであった。
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