皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第18話 「舞台にすら立たせてやらない」
前書き
皇太子殿下はとってもひどい男なのです。
第18話 「宰相閣下はろくでなしですぅ~」
リヒテンラーデ候クラウスである。
陛下から密かに皇太子殿下の身辺を警護する者たちを用意せよ。との厳命が下された。
その意を受けたあの老人は、かつての部下であったケスラー中佐に人選させたらしい。その事についてはわしとしても懸念しておったので、まったくもって問題ない。
ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候も同様である。
彼らとしても皇太子殿下の安全対策は急務であった。したがってこれほどまでにはやく問題解決に動くなど、考えだにしなかったほど素早く物事が動いた。
「仕事もこれほど速く進んでくれるとありがたいのう」
「まったく持ってその通りですな」
「確かに、仰るとおり」
己のいった言葉に、三人で頭を抱えてしまったわ。
まあ頭を抱えていても仕方があるまい。
そろそろケスラーが護衛役の女性兵士を連れてくる頃合じゃ。
「クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉であります」
ケスラー中佐に連れてこられたのは、まだ新米少尉だった。明るめのブラウンの髪を短くそろえている。まだ幼さが残っておる顔つきじゃのう。
思わず、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候の顔を窺ってしまったわい。
「ベルヴァルト少尉は射撃の腕と捕縛術の達人です。役目が護衛である以上、戦略や戦術に長けている者ではなく。格闘戦に優秀な者を選びました」
我らの懸念を察したのか、ケスラー中佐がベルヴァルト少尉を選んだ理由を申した。
「ふむ。常に装甲擲弾兵や近衛兵隊を連れ歩くわけにもいかぬ」
「出来ましたら、一個師団を貼り付けておきたいぐらいですがな」
「いったい、どなたの護衛でありますか?」
ベルヴァルト少尉が不安そうに言ってくる。さすがに近衛兵隊だの装甲擲弾兵を一個師団貼り付けたい。などという相手だ。不安にもなろう。
「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子殿下じゃ」
「て、帝国宰相閣下でありますか?」
「皇太子殿下は常に暗殺の危険に晒されておられる。それらの計画を防ぐために、クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉には、寵姫という名の秘書として皇太子殿下の身辺を警護してもらう」
「はあ……。ところでケスラー中佐。寵姫という名の秘書とはなんでありますか?」
ベルヴァルト少尉の言葉に我らは顔を見合わせてしもうた。
確かに知らぬ者にとっては、おかしく聞こえよう。
寵姫は寵姫で、秘書は秘書である。
皇太子殿下のように、寵姫に事務員のような真似をさせるほうがおかしいのだ。
常識的に言って。
「以前、皇太子殿下が寵姫を募集した事は知ってるか?」
「はい。確か基本、平日八時から十七時まで、拘束八時間。休憩あり、多少残業あり。各種保険完備。急募、若干名。委細面談。明るい職場ですと書かれていました」
「それじゃ。事務員を募集しても来そうになかったので、寵姫募集で釣ったのじゃ」
「自分のような下級貴族や平民ならば、たくさん来そうですのに」
「と、思うじゃろうが! 勤務地がノイエ・サンスーシなものじゃから中々来ないのじゃ」
お蔭で人手不足なのじゃ。
いかんいかん。つい愚痴を言ってしもうたわい。
「では、これから皇太子殿下の護衛に当たってもらおう」
「はっ」
見た目とは裏腹にさすが、軍属じゃ。しっかりしておるわ。
■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■
ちょっと前にフェザーンにかましてやった。
自治領主の分際で舐めた口を利くからだ。いい度胸してやがる。
今頃は次の自治領主を選んでいる頃だろう。
いよいよでてくるか?
アドリアン・ルビンスキー。黒狐が。
俺としてはルビンスカヤを希望したい。はげのおっさんはいやじゃ。
それともいっその事、帝国側から自治領主を押しつけてやろうか、けっけっけ。
……いや、冗談ごとじゃなく。今ならいけるかもしれん。
強引に首を替えさせるんだ。むしろさらに一歩踏み込むべきだ。こちらの息のかかった人物を自治領主に据える。おかしな事でも、意外なことでもあるまい。
それを防げなかった方が間抜けなのだ。
ふむ。こうなると誰を向かわせるか、それが問題だな。
誰か、か……。
そうなるとシルヴァーベルヒ。
こいつぐらいか。原作では帝国宰相とか、ほざいていたぐらいだ。やれるだろう。
おもしろくなってきた。楽しいね~。強引にねじ込んでやろう。
楽しみといえば、近々宇宙に行くのさー。
思えば、初めてなのだ。
士官学校時分に宇宙航海実習があったはずなのだが、当時の校長に泣いて、行っちゃダメと縋られたのだ。もっともこんな口調じゃなかったが。
そんなに俺を地上に縛り付けておきたいのかよ。
どいつもこいつも。まったくよー。
とはいえ初めての宇宙。楽しみでしょうがない。
「楽しみだな~」
「殿下ってば、まるでこどもみたいに」
「はしゃいでいますね」
お留守番のアンネローゼとアレクシアは口では、にこやかに話しつつ、目が笑っていなかった。
最初はそんなに俺が宇宙に行くのが嫌か? と思ったものだったが、実は違ったらしい。
原因はあれだ。
クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉とその部下十数名。
全て女性兵である。十人以上、二十人近くいるだろう。一小隊全員乗り込んで来ていた。彼女達が俺と共に宇宙に向かう。やったね、明日はホームランだ。
とは、なんのCMだったろう?
なにかで見た覚えがあるのだが……思い出せない。
取るに足らないことだけど、妙に引っかかる。こういうのってあるよね。
■宰相府 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト少尉■
自分が宰相閣下の護衛として、宰相府にやってきてから早いもので、もう五日になります。
近くで見る宰相閣下は、想像していたのとは少し違いました。
鋭利な刃物のような方だと思っていたんです。頭が良くって、鋭い感じ?
ですが実物の宰相閣下は、よく冗談を言うし、出入りしているジークフリード・キルヒアイス君をよくからかいもします。
強気で明るくて楽しげで。……そして少し寂しげなところがおありになります。
皆さんがお帰りになった後、ときおりお一人で残られたりするんです。
そういう時は決まって書類を見つめてため息を漏らしています。自分が顔を出すとしらっとした表情に戻られますが、ずいぶん悩んでいるようでした。
やはり帝国宰相閣下ともなると悩み事も多いのでしょう。
「ふふん」
「がるるー」
何を揉めておられるのかは存じませんが、アンネローゼ様とアレクシア様は、よく言い争いをなされます。
お渡りが無いと漏らされますが、宰相閣下がお二人の下へお渡りになられない理由がなんとなく分かります。きっと、気が休まらないからでしょう。
こうしてお二人が騒いでいるところを、ご覧になるのは楽しいのでしょうが、二人っきりの時でさえ、同じように騒がれてはたまらない。そう思われているのではないでしょうか?
うまく行かないものです。
マルガレータさんやエリザベートさんはショタですし。
よくラインハルトくんの写真を見ては、ため息を吐いています。ラインハルトくんはアンネローゼ様の弟らしいのです。よく似ておられますが……ですが、分からないのはマルガレータさんが見ているラインハルト君の写真は、女の子のようです。
いったいどうなっているのでしょう。
謎です。
エリザベートさんはジークくんに構いたがりますし、嫌そうにしているジークくんが気の毒になりました。
でも、ジークくんはマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー様をかわいがっております。
仲が良いんですよ。
宰相閣下は微笑ましそうになさっていますし。いずれはジークくんにマルガレータ様を下賜されるかもしれませんね。
ジークくんは平民で、マルガレータ様は伯爵家ご令嬢ですが、宰相閣下のお声があれば、大して問題にもなりません。この年から宰相府に出入りを許されているのです。将来有望な少年です。
あっ、宰相閣下が時計を気にしておられます。
誰かとのお約束があるのでしょうか?
「ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ。入ります」
よく言えばラフ。悪く言えば雑な格好をした男性が入ってきました。
宰相府の事務局にいるシルヴァーベルヒさんです。
よくもまあ宰相閣下の前でも、そんな格好ができるものです。もっとも宰相閣下はお気になされていないようですし、構わないのでしょう。
「お、よく来たな。待ってたぞ」
宰相閣下が気さくにお声を掛けられました。
「はっ」
シルヴァーベルヒさんがきびきびした動作で、宰相閣下の机の前に立たれます。
「さっそく本題だ。卿はフェザーンの自治領主になる気はないか?」
「自治領主?」
フェザーンの? 自治領主ぅ~。
隣で聞いていた自分のほうが驚いてしまいました。
「強引に首を替えさせるんだ。さらに一歩踏み込むべきだ。こちらの息のかかった人物を自治領主に据える。おかしな事でも、意外なことでもあるまい。それを防げなかった方が間抜けだ」
「確かにそうではありますが」
「という訳で、卿が行ってこい。大変だがやりがいはあるぞ。帝国と敵対しない限り、自由に辣腕を振るってよい。卿に一任する。ただし地球教には気をつけろ。取り込まれるなよ。いいな」
「おもしろそうですな。やります」
シルヴァーベルヒさんが不敵な笑みを浮かべました。
この方たち、何という事をやろうとしているのでしょうか? フェザーンを取り込むどころか、奪おうとしています。
「当面の敵は……」
「アドリアン・ルビンスキー」
「知っていたか?」
「今の自治領主の娘と結婚していますからね。次の領主になるつもりなんでしょう」
「そうだろうな。行って、踏み躙って来い」
「了解いたしました」
さ、宰相閣下。ここのところ考えておられたのは、これですか?
通りで悩んでおられたはずです。
「フェザーンの身包み剥いでやろうぜ」
「ついでのおまけに同盟もですな」
こ、怖い。怖い人たちです。
戦場とはまた違った怖さがあります。自分は場違いな気がしてきました。
後書き
独立国家でない以上、宗主国から何かと口出しされるもの。
自治権は万能ではないのです。
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