ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
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アインクラッド編
その日、言うなれば――
前書き
更新お待ちだったみなさんお待たせしました!
続きは未定ですが取り敢えずある程度書きためが完成したので投稿しました!
(待っていた人なんていない、なんて野暮なツッコミは無しでよろしくお願いします)
四ヶ月近く更新ストップ状態で誠に申し訳ないです……。
せめて量より質が上がっていればいいのですが……。
楽しんで頂ければ幸いです。
ではどうぞっ!
団員共にいつも通り、レベリング、そして一日でも早いこのデスゲームからの脱出のため、最前線の迷宮区に向かおうとしていたアスカの目にその黒衣の少女の姿が映ったのはただの偶然だった。
「ん……アスカ。どうした?」
「今日は昼寝か?」
そして、団員たちを置いて一人で声をかけに来てしまったのも、本当にただの気紛れだった。
いや、本心に気付きながらも無視していたといったほうが適切か。
第五十九層主街区からフィールドまでの道のりに広がる草原。その広大な芝生にぽつんと生えている木の下でキリトは仰向けに寝転がっていた。
アスカは気持ちよさそうに横になっているキリトを見やる。
《木陰の下で眠る少女》といえば可愛げのあるように聞こえるが、実際は《全身真っ黒で背中に大ぶりな剣を背負う激強ソロプレイヤー》なのだから、雰囲気も何もない。……別にそんなことを期待して声をかけたのではないが。
「こんなにいい天気だからな。ジメジメした迷宮区に潜る気が失せたよ」
「……まあ、確かにな」
さっと手を翳しながら空を仰ぎ見る。
晴れ渡る青い空は存在しないが、陽光が――といってもこちらも実際に太陽が存在する訳ではない――照り付けており、心地いい温かさだ。
それに今日は風速、湿度、小虫の出現率まで含め天候パラメーターは最高だった。
春先であることを考慮しても、これほど過ごしやすい天気である日は今まで両手の指で数える程度しかなかっただろう。
柔らかな芝生の中で暖かなそよ風を感じながら微睡みながら過ごすのは確かに、気持ちよさそうだった。
「じゃあ、アスカも寝ていくか?」
だが、アスカはその提案に首を振った。
「団員達を待たせて俺一人寝ている訳にもいかないだろ」
今とて、キリトを叱ってくるなどと言って声をかけに来ているのだ。
アスカはこの一年半もの付き合いで目の前の少女のことをある程度は理解しているつもりで、こうして自分のしたいことをすぐに行動に移すことも知っている。きっと、アスカが色々と言ったところでのらりくらりと話を逸らされて終わるだろう。
それに、今さらキリトの攻略への貢献具合に疑問を覚えることも無い。下手をすればたった一人で攻略組ギルド以上のハイペースでマッピングを進めているのだ。それをアルゴ経由で無料提供されるおかげでアスカ達も安全な狩りに挑めるのだ。重々承知している。
だから、アスカはこうして会話しに来た理由を自分でもよく分かっていなかった。
「アスカは十分頑張ってると思うけどな。お気楽ソロプレイヤーとしては感謝しているよ」
苦笑しながらそう言うキリト。
「……」
それに、胸の奥で嫌な感情が這いずり回る。
別に、アスカは誰かのため、攻略に尽力している訳ではないのだ。
一日でも早いこの世界からの生還。
ただ、ただただ、そのためだけに戦ってきたのだ。
現実世界での自分の『失う』時間を少しでも減らすため。
利己的な、自己中な思考。その考えを団員にまで押し付け、根を上げるまでレベリングを強いている。
ここ最近ではギルド内部にアスカに反対意見を上げる者も少なくない。今は圧倒的レベル差、そして閃光としての貫録で無理矢理納得させているが、いつまでも〈血盟騎士団〉が一枚岩でいられる可能性は低い。
なのに、その攻略一本な姿勢を買われ、〈攻略組最強ギルド〉の名と共に閃光だの呼ばれて新聞ではヒースクリフ共に解放のための勇者などとも書かれたことがあるのだ。
――誤解も甚だしい。俺は自分のためだけに戦ってきた利己的な人間だ。《ビーター》なんかよりずっと――
「アスカ?」
「っ……」
そんな泥沼に陥りそうなアスカはキリトの声ではっと目を見開いた。
「……いや、何でもない」
「そうか? 最近、いつにもまして攻略熱心だけど、どうかしたのか?」
不意に発せられた問いに対して言葉に詰まる。
心当たりはあった。三週間ほど前に、四月――こちらではサクラの月――に入ったからだ。
それは仮にSAOに囚われることが無ければ、高校二年生に進学していた事実をアスカに突きつけていた。そして進学するチャンスを逃したこと、また一年《失った》ことを意味している。
覚悟はしていた。
どれだけハイペースで攻略しようとも、あと一年はかかる。だが、それでもこうしてまた一年、周りの人間から遅れるという事実を突きつけられるのは辛い。
そのせいで、不規則な生活に拍車がかかっているのは自覚していた。なんせ平均三時間程度だった睡眠時間を削り、夜中にソロプレイでレベリングに没頭しているほどだ。
一部のプレイヤーが逸脱したレベルを保持しているせいで、ボスパーティー編成時に苦労していることを知っている……と言うより、実際に苦労している本人が率先してその差を広げるような行為をしていることに、矛盾した感情があることを理解していた。
「……何でもない。早くこの層を突破したいだけだ」
ズキズキ、と寝不足で痛む頭を軽く押さえながら本心ではあるが、適切ではない回答を返す。
「んー……まだ迷宮区に到達してすぐだろ? あと一週間……いや、十日はかかるだろ」
「分かってるよ」
全部分かっているが、それを受け入れることができないだけだ。
「そっか……」
素っ気なく答え、何か考え込むかのように顎に手をやるキリト。
「なんだ?」
アスカの問いにも答えず、まるで何かを思い出そうとするように唸るキリト。
数秒後、
「この世界に怯えて腐っていくくらいなら、憎みながら全力で戦い続ける……。死ぬことよりも俺はこの世界に負けることの方が怖い、だっけ……?」
一瞬、アスカはキリトが何を言っているか理解できず――そして思い出し、目を見開いた。
それは、アスカが第一層でキリトと出会い、初めて自分の心の内を晒した時の言葉だった。
「……よく、覚えてたな」
自分でも曖昧になってきているような目標であったため、驚きはひときわ強かった。
「そりゃわたしは随分と適当な返答しちゃったからな」
そう言われれば、そうだった気がする。
だが、実はあの時アスカがおうむ返しのようにキリトに問いかけたのに特に理由などなかった。何となく、気になった程度だが今さらそれを伝える必要もないだろう。こうして既知の間柄となった今、実に今更なことだ。
「……この世界には負けられない」
ぼそりと呟く。
そうだ。そうだった。そうだったはずなのだ。
アスカの行動原理はこの言葉からきていると言っても過言ではなかったはずなのだ。
全ての感情を押し殺し、結城家に相応しい、母親の望むような《勝ち組》の人生を歩むこと。
そのためだけに全てを捨てて、競争社会を勝ち抜けてきたのだ。
それはこの世界でも変わらない。
現実世界での自分が壊れたのは死を意味する。ならば、この世界で怯え、この世界にまで負けて、自分が生きる意味が壊れる事だけは死んでも嫌だった。
だから、死んでも構わなかった。全てのモンスターに挑み、剣を構え、刃を突き立て、倒し、殺す。
そして負けた時こそ自分の命が尽きる時なのだ。それまでは決して負けるわけにはいかない。――ただのデータの集合体であるこの世界に。
だが、それもこの目の前の少女やこの一年以上の戦いの中で変化していた。いや、ぐちゃぐちゃに混ざり合っている、と言った方が適切か。
自分の意志で動かず機械のように日々を過ごす現実世界での生活と、所詮は仮想データの集合体でしかない世界での血盟騎士団、月夜の黒猫団やクライン、エギル、それにリズやキリトと戦い、生き抜く自分で選び取った生活。
親の言いつけ通り機械的に食べていたオーガニック食材のコースメニューと、脳に電気信号を送り込み、満腹感だけを与える、それでいて口に唾が湧くほど食べたいと思ったクリームパンや試行錯誤した自分の手料理。
そして、何も目標を持たないまま学弁に勤しみ机にかじりついていた日常と、この世界からの脱出の目標を掲げて自分の意志で剣を振るう日常。
その違いは本当に単なる《仮想世界》と《現実世界》だけなのだろうか?
どっちが《偽物》でどっちが《本当》か?
脳の理性を司る部分からは一年半前と変わらない、冷静な声が響く。
――この世界の全てが偽物、ただのデータの集まり、この世界での日々は時間の喪失だ、と。
一方で、脳の感情を司る部分が小さな、それでいて響く声を発している。そしてそれは日に日に強くなっている気がする。無視できないレベルの抗議の声を上げている。
「……っ」
またしても深く考えるのを恐れたアスカは大きく首を横に振った。まるでその感情を追い出すように。無駄だと知りつつも、せずにはいられなかった。
そんなアスカの様子を少し心配するように見ていたキリトが呟いた。
「アスカは負けてないと思うけどな」
「そうか……?」
「少なくとも最前線でボス攻略総指揮官やってる人が負けてるってのはないだろ。それだとわたしやサチ、クラインとかどうなるって話だからな」
「……」
そうだ。少なくともアスカはキリトや《月夜の黒猫団》、《風林火山》のメンバーがこの世界に負けているなどと思ったことはない。全員、生きる目標を持ち、前を進んでいると、羨ましかった。
でも、だとしたら。
自分と彼らの違いは何なのだろうか?
「なぁ……キリトはこの世界が楽しいか?」
気付けば、口が勝手に動いていた。
「いきなりどうした?」
本当に自分でもいきなりだと思うため何も言えない。だが、聞かずにもいられなかった。答える義理の無い、この世界に絶望している人間に対してなら不躾とも言える問い。だが、それでも――
「んー……そうだな。この世界が楽しいかどうかは分からないけど……今、この生活は楽しんでると思うぞ?」
「違うのか、それは?」
「茅場が作ったこの世界を楽しんでるかどうかはともかくして……みんなと攻略しながら生活していること自体は楽しいってことだよ」
「……そっか」
そんなこと、現実世界でも一緒だ。あの世界……周りと競争することだけを目的とした世界を望んでいなくとも、その世界の中で少なくとも少数の人間とのふれあい程度はアスカも楽しいと思っていた。
「現実世界に帰りたくないわけじゃないけど……わたしはこの世界でみんなと知り合えてよかったって思う」
それは……多分、アスカも一緒だった。こうして少しとは言え自分の心の内を話せるような人間など向こうの世界には殆どいなかったのだから。
「そもそも、さ……別にこの世界楽しんだからって負けるって訳じゃないだろ。いや……むしろこの世界を否定しても勝てる訳じゃないって思うけどな」
その言葉はアスカの何か大切な部分に深く切り込んできた。
キリトの言葉の続きをどこかで望んでしまっているアスカは何も言わない。更にキリトが言葉を紡ぐ。
「否定して拒絶して認めなくても……この世界は終わらないし向こうにも戻れない」
そうだ。そんなこと理解している。一年半も経てば誰だって分かる簡単な事実。ただ認めたくないだけだ。自分はそうやって目を背けなければ壊れそうだったから。――強くなかったから。
「それならさ、どうせ同じ時間この世界に留まる必要があるなら……楽しんだ方が得だろ?」
それも……周りのプレイヤーを、キリトを見てずっと《なりたい》と思っていた姿だった。
でも自分は臆病で、キリトのように誰かのために踏み出す勇気は無くて、サチのように変わろうと思う勇気もなくて、ただ思考を停止させて剣を振るわなければ潰れそうだった。
「このゲームに囚われて、それで絶望したらそれこそ茅場の思惑通りみたいでムカつくしな」
キリトの言っていることが正しく、自分の考えが間違っていることはアスカも自覚している。
だが、それを認めるのはアスカ――《結城明日香》のアイデンティティーの崩壊と同義だ。
それは今までの……向こうの世界での人生合わせ十六年の自分の生き方を否定するようで怖かった。
踏み出すことを恐れたのだ。
木漏れ日が思案顔のキリトを薄く照らす。そして、その言葉を告げた。
「だからなんて言えばいいのかな……この世界に《勝つ》じゃなくて……《超える》ようになりたいかな、わたしは」
「……超える?」
その言葉はアスカにとって革新的なものだった。
「ああ。この世界を楽しみつつ、攻略を進めて全員で向こうの世界に帰る。別にその二つを両立しちゃいけないなんて決まってないからな」
「……」
その言葉を聞いてアスカは呆然とする。
この世界で一日過ぎるたびに現実世界の自分の時間は《失われ》ている。
それがアスカに取っての常識だった。でも、今キリトが言った言葉を体現できるとしたらそれは……
「って、なに言ってるんだろうな……今のナシで」
「なあ……」
「サチにも言ったことなかったのにな。あー、恥ずかしい」
「……少し寝ていってもいいか?」
「そもそもアスカがちょっと体調悪そうだから心配しただけで、大丈夫なら別に……って、ええっ!? 寝るのか? 本当に?」
「……キリトが言ったんだろ」
そんな「びっくりだ!」と口をあんぐり開けて驚かれると、どうして誘ったのか疑問を覚えてしまう。
「い、いや、本気にすると思ってなくてだな……それにパーティーメンバーの方はいいのか?」
「メール飛ばしておくから問題ない」
「そ、そうですか。なら……ど、どうぞ?」
何故か疑問形で芝生を譲るような仕草をするキリト。そんなことせずとも木陰のスペースは三人以上並んでも余裕があるほどなのだが、どうやらキリトに取ってアスカが寝ていくことを承諾したのはかなりの驚きのようだ。
だが意思を固めたアスカにとってその程度の事、意思を弱めるほどではなかった。
手早くウインドウを操作してメッセージを起動。迷宮区最短ルートに位置する門の前で待機させているメンバーの一人に自分を置いて先に行くことと、今日は指揮権を預ける胸の文面を送る。
今日一緒に行動する予定だった団員はかなりの手練れ揃いだ。指揮することに慣れた人間がいないのは多少不安だが、間違っても迷宮区低層で負けるような輩はいない。
すぐに了解しました、と書かれたメールが返ってくる。ウインドウを閉じて、アスカはキリトの隣に寝転がった。
――ああ。
キリトの言うように、柔らかな芝生に仰向けに倒れ込むと、少し前まで抵抗を覚えていたのが馬鹿らしくなるほど、心地よかった。
同時に、先ほどまでアスカの脳内を埋め尽くしていた煩雑な思考が霧散して、薄れ、消えていく。
今こうしていることが正しいのか、キリトの言葉通りに進むべきなのか、それとも今まで通り《結城明日香》として戦うべきなのか。
考えることはたくさんあり、考えるべきであるはずなのに、限界まで酷使されていた脳が遅まきながら休息を求めているように、思考をせき止める。
――寝てから、考えればいいか。
いつになく、《結城明日香らしからぬ》投げやりな、それでいて刹那的に今を楽しんでいるキリトを真似たような結論に至り、アスカは意識を手放した。
それから八時間、夢のユの字も知らぬとはこの事よ、と表現するに相応しいほど豪快な爆睡状態に耽り、起きるまでの間呆れながらも笑顔で見守ってくれていたキリトに対してアスカがどのような感情を抱いたか……いや、抱いていたことを認めたか、そしてこの世界をどう生き抜く道を選んだか、そんなこと口にするだけ野暮というものであろう。
しかし、この日、この瞬間のことを表現するなら、きっと――
――アスカにとって、二人にとっての人生の転換点、だったのだろう。
後書き
いかがでしたか?
まずは謝罪ですかね。
何人かから感想で圏内事件編だよね? といった感じの質問を頂いていたのですが……すいません!
原作では書かれていなかった部分であるこの話を書き終え、ラスト数行で察した人もいるかと思いますが、原作での本編はほぼスルーの予定です。
言い訳がましいですが、一度は書いてみようと思いパソコンに向き合ったのです。が……如何せん謎解き物だと原作を改編するにしても限度がありまして……コピペのような作品になるくらいなら華麗にすっ飛ばそうと結論に至りました。
次回は圏内事件の原作終了……の後日譚を書く予定です(多分ですが)。
さて、それとは別に少し相談が。
『回想――別れ』の後書きにてサチたちのリアルネームが原作で書かれているか、と質問し、瀬戸りんのすけさんがお答えしてくださり、「あぁ、やっぱり書かれてないかー」と結論の至ったのですが……全員生き残りルートを選んでおいてリアルネーム無しは問題じゃね? と思うようになりました。
というわけで、《月夜の黒猫団》のメンバーのリアルネーム案募集します!
本当に思いつきで構いません! ……とか言いつつ、キリトやシノンのようにリアルネームからアバターネームをもじれるような名前だと尚嬉しいです。
一例『ササマル』→『笹原丸尾』といった感じですかね。
……ダッカーなんてどうやれば名前から生み出せるか想像もつきませんので、無理なら構いません。
間違っても、
『(ダッ)クスフンド・(カー)ニヴァル』
なんて徹夜のテンションで作者が思いついたような恐ろしい名前は送ってこないでください。もはや名前ですらありませんので。
感想にでも気軽に送って頂ければ嬉しいです。
よろしくお願いします!
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