銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~
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大会~準決勝 前編~
モニターに広がったのは、遭遇戦という文字だ。
想定としては、どこかの星域で偶然に互いが遭遇したというものだ。
敵対することが決定していて偶然も何もないと思うが、想定の中でも戦略性は乏しいと言えるだろう。
守るべき基地があるわけでも、攻撃する基地があるわけでもない。
攻略戦や防衛戦に比べれば、遥かに戦略性は低い。
それが一般的な意見だった。
実際、基本的な戦術は索敵艦を早く出し、敵より早く敵本隊を見つける。
奇襲が出来ればよし、それが出来なくても自分に有利な戦場に相手を引き込みやすくなる。
もっとも、それはあくまで想定であって、基本は基本だ。
続いて表示される文字に、アレスは小さく息を吐いた。
クラウディス星域。
三つの恒星からなる無人の惑星系だ。
酷い地場嵐が吹き荒れて、レーダーなどの観測機器は使えない。
宇宙港から出発した宇宙船が、やってきた宇宙船にぶつかるほどだ。
とても有人惑星として開発ができる状況ではない。
当然、戦闘には酷く不向きであるが、そもそもクラウディス星域自体が同盟領でも辺境に位置する。隠し基地には最適な環境であるが、ヴァンフリート星域と違って見向きもされない理由がそこにあった。
そもそもこんなところで艦隊戦が起こるようになれば、同盟はおしまいだろう。
そんな状況では満足に索敵も出来ない。
当然、索敵艦が多く必要だろうが。
表示された艦隊数に、アレスは小さく笑った。
この戦術シミュレーターでは、総司令官が艦隊の総数を決定する。
限りある資源から、索敵艦や宇宙母艦の種別と数を戦場にそって選択する。
もちろん全てというわけではないが、ある程度までの艦隊種別を選ぶことができる。その後、総司令官は定められた数に応じて、艦隊を配分する。
当然、索敵艦を多くしてくれているかと思いきや、こちらに与えられたのは想像もつかなかった艦隊配分だ。
まず宇宙母艦を複数配備している。
そもそも宇宙母艦の数自体少なく、実際にも一つの分艦隊に一隻もあれば十分であり、下手をすれば存在しない場合の方が多い。
それを、アレスの分艦隊だけに三つ。
他にもミサイル艦など攻撃に長けた艦編成となっている。
頭痛を押さえながら、アレスは艦隊編成を行った。
どう考えても機動力や防御力には欠けて、さらに正面から撃ちあいにも弱い素敵な仕様。しかしながら、宇宙母艦を上手く活用すれば異様なまでの攻撃力を発揮する。
普通はそれが、発揮される前に潰れるために選択しないだろうが。
少なくともアレスなら、そんな編成をしない。
部隊を編成させていると、コンソールに通信が入った。
それもプライベート通信である。
『よう、アレス候補生』
「何です。ワイドボーン先輩、こちらは先輩と違って艦隊編成で忙しいんですけどね」
『だから、プライベート通信にしたのだろう。他の邪魔はしていない』
「俺の邪魔もしないで欲しいですが。で、何ですかこの編成は」
『ふふ、喜べ。我が艦隊の宇宙母艦を全て君の隊に送っておいた』
「それなら二つばかり返しますから、代わりに索敵艦を二ダースと変えてください」
『それは無理だな。なぜなら、索敵艦も通常通りしか取得していない。君に回せば、他が困るということだ』
「俺が困ると言う事は考えなかったのですか」
『ふん。馬鹿にするな、アレス候補生』
「何です。ワイドボーン先輩」
『貴様のシミュレーターを今までずっと見てきた。あの負けた戦いからずっとだ』
断言した言葉は強い。
冷静に聞けばストーカーであるが、アレスはただ小さく苦笑した。
「一カ月以上前の話ですね。ご苦労なことです」
『ああ。これほど他人のシミュレーターを見たのは初めてだ。あのリン・パオの動き以上に見たぞ。喜ぶと良い』
「アッシュビー提督は見なかったのですか」
『あれは何というか、見ていても出来試合のようでな。艦隊運用や戦術の参考にはならん……ま、それはともかくだ』
話を切るワイドボーンに、アレスは唇を小さくあげる。
ブルース・アッシュビーの話は、いまだ知るケーフェンヒラー大佐は塀の中だ。
ただの戦歴で、全てを理解しているわけではない。
だが感じるものがあるのは、やはり天才なのだろう。
『貴様は艦隊動作や戦術眼なども優れているが、何より人の欠点を見抜くのが上手い』
「褒めてんですか」
『褒め言葉だ。艦隊を隊とするには、連結点が必要だ。むろん、それが一つの艦というわけではないが、楔となる点はある。貴様はそこを実に嫌らしく攻撃する』
「まったく褒められている気がしないですけどね」
『貴様にとっては、三次元チェスと戦闘は同じなのだろう。相手が出来ることを理解し、出来ないところを実にうまく攻める。だから、貴様は三次元チェスも上手いのだ。ヤン・ウェンリーなどは三次元チェスが好きな癖に、随分下手だぞ』
「やったことがあるのですか」
『その事に気づいて、あいつを誘ってみたが、瞬殺だった。もちろん、私が勝った――こう見えても、私も強いのだぞ?』
「それなら俺と一回やりますか?」
『やめておこう。負ける戦いはしない主義でね。だから私は無敗なのだ』
にっと笑ったような気配が、漏れた。
『それはともかく、ヤンは確かに強い。だが、あいつの場合は戦術というよりも、戦略家としての戦い方だ。剣と弓の原始人の戦いに、いきなり重火器を持ちこむようなものだ。強いが、剣同士の戦いとなると戦略の効果が出てくる機会は限られる。さらにもっと厳密にルールが定められた三次元チェスなどは苦手だろう』
「全ての戦場が同じルールで動くわけじゃないんだから、戦略家としては問題ないでしょう」
『少なくとも同じ環境で、同じ兵力となれば貴様が勝つと私は思っている』
「理想論ですね。それに、同じ環境が戦場で作れるわけがないでしょう」
『どうかね。私は君に賭けるがね』
「先輩に褒められるのは嬉しいですが、それと今回の件はどう関係があるのです?」
『宇宙母艦を貴様はどう思う?』
「どう思うって。正直、この艦隊編成を見ても嬉しくはないですね」
それが正直な感想だった。
通常戦艦にはスパルタニアンを九隻ほど、巡航艦では三隻ほどしか乗せられない。
それが宇宙母艦になれば百隻ほどの戦闘艇を収容できるのであるが、そのメリットは正直感じられなかった。
索敵に使おうにも、航続距離の関係で索敵ならば索敵艦の方が優れている。
数光年先を飛ぶ燃料もなければ、それを旗艦に送る巨大な通信設備も乗せられないからだ。
ならば、接近戦での火力に期待できるかとは言え、連携が取れている状態であれば駆逐艦一隻にも劣る火力でしかない。
宇宙母艦の活躍の場は、相手が密集して防御態勢を取った場合だ。
部隊が密集した間を小型の戦闘艇が駆け巡り、相手に出血を与える。
いわばとどめとしての役割であって、相手が陣形を固める前に不用意に出せば、アムリッツァのビッテンフェルトの出来上がりである。
相手に近づく前に戦闘艇を潰され、近づくことも出来ずに破壊される。
そんな役割であるならば、部隊に一隻もあれば十分であろう。
最悪はなくても支障がない。時間がかかるかもしれないが、相手が防御態勢を取るなら包囲して殲滅すればいいだけだからだ。
そもそも絶対に必要なら、もっと宇宙母艦が量産されているだろう。
索敵艦や高速艦を増やしてもらった方が良かったと口にするアレスに、ワイドボーンが楽しそうに笑った。
『わかってないな、アレス候補生』
「その理由を先ほどから聞いているのですけれど」
『確かに高速機動艦や索敵艦を増やせば、貴様は楽に戦いが出来るだろうし、楽に勝てるだろう。だが、貴様が求められる戦いはそんな低いところにないのだよ』
「は?」
『一撃を持って敵艦隊をしとめる強さ。まさに、烈火のアレスとして敵に恐れられる力を必要とするのだ』
「何ですか、それは。客寄せパンダでもあるまいし」
『その客寄せパンダが必要なのだ、軍には特に。自称だろうが、他称だろうが英雄がたくさんいるだろう?』
嬉しくはないと、アレスは小さく呟いた。
魔術師と呼ばれたヤン・ウェンリーもそう思っていたのだろうか。
あるいはそれを言われてうんざりしたために、あの名言が生まれたのかもしれない。
軍には英雄がいても、歯医者には一人もいないと。
もっとも自分が同盟の真の英雄の考え方を想像するのは、あまりにもおこがましいことかもしれなかったが。
+ + +
「まだ艦影は映りませんね。もう少し離れます」
『くれぐれも気をつけろよ、アッテンボロー候補生』
「大丈夫ですよ。上手く釣ってそっちに連れていきますから、準備しておいてください、ラップ先輩」
『そう簡単にいかないかもしれない』
「私は上手くいくと思いますけどね。相手に見つかって、おびき寄せ――あとは、いただきです」
平地の半分も視界のない状況で、アッテンボローの考えた作戦は古典的な策だった。俗に釣り野伏せと呼ばれる方法で、索敵に見せかけたアッテンボローが敵と接触するや後退して、左右に広がっていた別働隊で包囲するというものだ。
レーダーによる索敵が出来ない現状では、無駄に部隊を分割して索敵するよりも待ち伏せをした方が効果的だろうと考えたからだ。
しかし、この作戦に、当初ラップは難色を示した。
通常であればともかく、ワイドボーンとマクワイルドが相手では、下手をすると最初の一撃でアッテンボロー艦隊が噛み砕かれる可能性があったからだ。敗走のふりをするのと、敗走では大きく違う。
しかし、アッテンボローはそれならそれで良いと思った。
仮に勢いを抑えきれずに、アッテンボロー艦隊が敗走したとしても奇襲地点までは誘導する自信がアッテンボローにはあった。
そうなれば三方向からは無理であっても、二方向からの奇襲はかけられる。
何よりも。
予選を全て圧勝で勝ち進んだ試合を見る事になったチームのメンバーが共通して思うのは、正面からは決して戦いたくはない相手ということだった。
アッテンボローも認めたくはないが、認めるしかないだろう。
ヤン先輩に負けるまでは無敗であり、天才と呼ばれるマルコム・ワイドボーン。
そのワイドボーンを破り、いまだ戦術シミュレーターで無敗を誇るアレス・マクワイルド。
その二人の実力を。
『ガガ…アッテンボロー候補。そろそろ……通信も使えなくなる。ガガガッ……最後に言っておくが…ガ……ぐれも注意しろ。無理だと思ったら……ガガッ…ったん退却するん……だ。いいね?』
「わかってます。そのために高速艦がこちらに配備してくれたんでしょう。逃げるのは任せておいてください」
『自信をもっていう……ガ…れ……』
通信が途切れて、静けさが筺体の中に広がった。
索敵艦が周囲を映し出す明りの中で、アッテンボローは静かに息を吐いた。
最初は生意気な後輩だと思っていたがね。
艦隊をさらに進めながら、アッテンボローは最初の出会いを思い出す。
教官室から嫌そうに出てきた小生意気な後輩の姿だ。
くすんだ金色の髪と目つきの悪い顔立ちからは、現在のように烈火と呼ばれる姿は想像できなかった。まだ整えれば見栄えもするかもしれないが、そもそもアッテンボローには男色の趣味はないためどうでも良いことだ。
ただ先輩である自分に対しても、堂々と意見を言う後輩だと思った。
そんなイメージの相手に対し――おまけに後輩に対して勝てないということを認めるのは嫌なことだ。しかし、それを認めずに負けると言うのはもっと嫌だ。
そんな合理的な考えこそが、彼の強みであって、剛柔がとれたと評される点であるかもしれない。
物事に対してこだわらない。
よく言えば、欲がなく――悪くいえば、向上心に欠ける。
艦隊は静かにクラウディス星域の半ばまで来ている。
すでに反対側にいる敵といつ遭遇してもおかしくないだろう場所だ。
昔を考えるには、あまりにも危険な場所だろう。
あの生意気な後輩が相手であれば特に――と、コンソールを叩く指が、ふと止まった。
「もしかしたら、マクワイルド候補生は気づいているかもしれないな」
中断した回想の中で、マクワイルドは何と言ったか。
そう――先輩のように上手く撤退したいと――そう言った。
だからこそ、生意気だとアッテンボローは思った。
その時は単純に罰則を戦場に例えたアッテンボローに対して、上手く切り抜けたいと言ったものだと思っていた。
だが、それが実は彼が退却戦を得意としていることを、知っていての発言だとしたら。
退却戦で相手の戦力を殺ぐことは、ヤンからも褒められるほどだ。
その時は褒め言葉ではないと言ったが、自信が得意であるという思いはある。
だからこそ、ワイドボーンとマクワイルドが相手であっても、逃げ切れる自信がアッテンボローにはあった。
だが、それを奴が知っていたとすれば。
そう考えて、アッテンボローの口元にわずかに笑みが浮かんだ。
「それがどうした……だ」
例え知っていたとしても、もうこの場では作戦の変更はできない。
今から戻ったところで、混乱をもたらすだけであるし、何よりこの作戦のために他の艦隊から高速艦を引き抜いて、アッテンボローの艦隊には高速艦が多く配備されている。
その状況で、通常の戦闘を行うのは不利になる。
ましてや、相手はワイドボーンとマクワイルドだ。
結論として、アッテンボローはこのまま作戦を継続するしかなくなる。
それに。
例え、知っていたとしても実際に経験しなければわからないこともある。
マクワイルドが引き込まれないようにしたとしても、他が引き込まれれば結局のところマクワイルドも引き込まれる事になる。
警告音とともに、コンソールに敵艦隊が映った。
索敵艦が発見したらしい。
即座に艦隊情報を送り、索敵艦は相手の戦闘艇によって破壊された。
それでもその一瞬で映った数値をみれば、情報としては十分だ。
敵は時間にして、十分ほどで合流する地点に、固まって動いている。
中央にワイドボーンを配し、左翼をローバイクとコーネリアが、右翼をテイスティアとマクワイルドで固めている。
陣形は横陣と呼ばれる最も基本的な陣形だ。
防御にも攻撃にも様々な陣形に、即座に対応することができる。
相手はどう出てくるだろうか。
筺体の中で、一人アッテンボローは楽しそうに笑った。
+ + +
相手が索敵艦を発見した事で、こちらが近くにいる事は気づかれた。
相手はこちらの位置こそわからないが、いずれは索敵艦によって発見される。
コンソールを打つ手に力がこもった。
相手に気づかれないように、逃げなければならない。
全艦隊に反転の命令を入力し、ゆっくりと、しかし急いでるように見せかけながら後退する。
すぐに敵の索敵艦によって、発見された。
こちらの巡航艦がレーザー砲によって撃退する。
逃げる――しかし、完全に逃げきることはしない。
その絶妙な距離を取ることが重要だ。
「―――ッ」
声にならない叫びが、アッテンボローから聞こえた。
即座に映る艦影は、約五百隻ほどの少数の艦艇だ。
だが、その全てが高速艦で揃えられており、数が少数であるため周囲の歩調をそろえやすいため、周りの速度に合わせることもない。
いや、最初は千隻ほどだったのだろうが、周囲と速度を合わせなかったため一部が突出してこちらに突っ込んできている。
その後方からは遅れて、ばらばらと残る高速艦が追尾していた。
正面から戦えば、二千隻ものアッテンボローの艦隊だ。
五百隻程度の敵はシミュレーター時間で五分ほどで壊滅させることも出来る。
だが、それをすれば、こちらは残る敵に囲まれて、殲滅される。
「逃がさないってわけか」
乾いた唇を舐めて、アッテンボローはやはり読まれていたと考える。
突出したこちらを撃破すれば、数的優位は向こうに生まれる。
しかし、このダスティ・アッテンボローを舐めてもらっては困る。
即座にコンソールに命令を伝達すると、一部艦艇が反転を行い敵に接触する。
画面に撃破と損害の情報が流れるのをみながら、時間を稼ぎ、残る艦隊を反転させた。
敵の高速艦に対して、後退しながら攻撃を繰り返す。
無理に突進しようとした敵高速艦は、冷静に撃ちとっていく。
だが。
「そうくるよな」
迎撃に向かった一部艦隊が、次々と撃破されていく。
その高速艦隊の後方からは、一万五千隻もの艦隊がゆっくりと姿を現していた。
画面だけで、自分の数倍にも及ぶ艦隊が前方からやってくる。
実際では敵艦隊の光が視界に広がったことだろう。
それでも自分の艦隊を示す小さな点を、簡単に飲み込めそうな敵のマークに、アッテンボローは手の汗を小さく拭った。
下手をすれば、一瞬で壊滅するだろう戦い。
だからこそ、面白い――生意気な後輩に、退却戦のやり方を教えてやろう。
そう考えて……あまり自慢にならないけどなと、アッテンボローは思った。
+ + +
「――!」
幾度か目の、声にならない声をアッテンボローは吐いた。
これほどの圧力は、今まで経験しなかった。
ともすれば、敵に接近を許してしまい、一瞬でアッテンボローの艦隊は飲み込まれるだろう。
それでもいまだにアッテンボローの艦隊を飲み込めないのには理由があった。
一万五千隻の艦隊が同時に動けば、他の艦隊との連携が難しく、運動が遅れる。
そのため、先の高速艦のように一部の艦隊でアッテンボローの艦隊運動を送らせて、その隙に周囲を取り囲む必要がある。
しかし、アッテンボローはそれを許さない。
突進を狙う艦隊に向けて、一斉射撃を行い、近づくことを許さなかった。
もっとも、後先を考えない弾薬の大放出であることには関わらず、例え合流地点にアッテンボロー艦隊が撃破されずにたどり着いたとしても、その後の戦闘行動は難しいだろうが。
しかし、アッテンボローにはそこまで考える余裕はない。
出し惜しみをすれば、それこそ後などないだろう。
大艦隊でもあるにも関わらず、一糸乱れない艦隊運動。
苛烈に、次々と高速艦を打ち出してくる技能。
そして、地味にこちらの体力を奪う砲撃。
すでにアッテンボローの指揮する二千隻のうち、五百隻が撃ちとられている。
それでも、アッテンボローは後退を続けていた。
敵の高速艦を予見し、動き始めた瞬間に砲撃を集中させる。
わずか一度でも失敗すれば、殲滅されるであろう動きを、アッテンボローは一度も失敗することなく、後退を続けている。
戦闘が始まって、わずか五分ほどしか経っていない。
それでも体感的には三十分ほど経過したような気がする。
敵はなかなかアッテンボローを捉えられないことに、苛々してきたらしい。
突入する攻撃艦を増やして、こちらを捉えようとする。
だが、アッテンボローはそれをさせない。
艦隊を操作して、逃げる、逃げる、逃げる。
アッテンボローは退却戦の名手にふさわしい動きを、続けていた。
次々と繰り出される攻撃に、瞬きもせずにコンソールを叩き続ける。
ワイドボーン艦隊から五百隻の小艦隊が三艦隊。
その鼻面に攻撃を叩きつければ、視界の端でローバイク艦隊が二艦隊を動かしている。
見えている。
相手に対して効果的に出血を与えながら、アッテンボローは唇を舐めた。
ゆっくりと笑みを広げながら。
『ザ……大丈…夫……ザザッ…アッテンボロー候補生?』
その笑みが終わる間もなく、通信が回復した。
懐かしい総司令官の声に、アッテンボローは小さく息を吐く。
コンソールを叩く手を止めずに、視界に映る艦隊地図を一瞥した。
あと一分ほどで、奇襲のポイントへと到達するだろう。
確かに、今までで一番苦労した戦いだ。
相手もこちらが本当に逃げているように見えているだろう。
いや、実際途中からは敵を誘う動きなどできず、本当に逃げることになったが。
それでも結果は変わらない。
こちらは敵を誘いだし、相手はこちらを仕留めきれずに罠へと舞い込んだ。
あとは美味しく料理するだけ。
これこそ、アッテンボローの退却戦だ。
アレス・マクワイルド――見たかと呟いて、アッテンボローは奥歯を噛んだ。
「見てねえじゃねぇか、ちくしょう!」
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