DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
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五章 導く光の物語
5-39水の都で
名も無い漁村で英気を養った一行は順調に船旅を続け、船で一夜を明かして、北東の島国スタンシアラに到着する。
水の都スタンシアラは、城下町に水路が張り巡らされ、至るところをゴンドラが行き交っていた。
「ここが、スタンシアラなのですね!噂に聞く通り、ロマンチックですわ!」
ゴンドラや瀟洒な街並みを目にして、クリフトが感激の声を上げる。
「すごく、きれいな町ね」
「うむ。数十年前に来たきりであったが、記憶にあるよりも、美しくなったようにすら感じるの」
「まあ、まあ!ほんとに、素敵ね!旅が終わったら、家族で来てみようかしら!」
少女、ブライ、トルネコの女性陣が同意する。
「どっかの村を思い出すな。いちいち船で移動するとか、面倒くせえ」
「あんまり、水を差すようなことを言うなよ」
「いっそ、泳いでしまえば早そうだな」
「ふむ。鎧があるゆえ、無暗に泳ぐような訳には参りませんが。毎度、舟を漕いで移動するのであれば、腕が鍛えられそうですな。代わりに、足腰は弱りそうですが」
男性陣に同調するような意見を述べたライアンに、マーニャが珍しいものを見たような顔をする。
「女にしちゃあ、面白えこと言うじゃねえか」
「面白いとは、初めて言われたな。女らしいとは、思ってはいなかったが」
「澄まし返って気取ってるより、よっぽどいいな。気に入ったぜ」
「兄さん。失礼だよ。いろんな方面に」
「私なら、構わないが。確かに、他の女性に失礼ではあるな」
「真面目くせえとこは、ミネアといい勝負だな」
「それは、ミネア殿に失礼なのでは」
「兄さんが、不真面目過ぎるんだよ」
「それは、マーニャ殿に」
「いや、ミネア以上だったな」
一行もゴンドラを借りようと船着き場に近付くと、ゴンドラを管理する男が陽気に声をかけてくる。
「ようこそ、水の都スタンシアラへ!あんたらも、王様のお触れに挑戦しに来たんだろ?頑張れよ!」
「お触れ?なんのことですか?」
ミネアが問い返し、男が答える。
「なんだ、知らないで来たのかい?王様を大笑いさせたものには、望み通りの褒美が与えられるっていうんだよ。折角来たなら、挑戦してみたらどうだい?いっそ、天空の兜でも、もらっちまえば!って、さすがにそりゃ無理か!」
自分で言って自分で否定し、陽気に笑う男の言葉に、トルネコが食い付く。
「天空の、兜、ですって!?」
トルネコの勢いにたじろぎながら、男が答える。
「お、おう。この国の王家に伝わる、宝だよ」
「兜があるなら、剣は!?天空の剣は、無いのかしら!?」
「き、聞いたことはねえな。詳しい話が知りたけりゃ、城の学者さんにでも聞いてみなよ」
「お城の、学者さんね!そうするわ、ありがとう!」
勇んで先に進むトルネコに続き、他の仲間たちもゴンドラに乗り込む。
「天空の剣は、トルネコさんが探している、伝説の武器のことでしたね。天空の兜、ですか。なにか、関係があるのでしょうか」
「そうね!きっと、そうだわ!もしかしたら他にも、鎧や盾なんかも、あるのかもしれないわね!」
「盾、ですか。そう言えば、天空の盾という物は、聞いた事が有るような」
「なんですって!?」
櫂を漕ぎながら呟いたライアンに、またもトルネコが食い付く。
「どこで!?どこで、聞かれたのかしら!?」
「立ち上がっては危険です、トルネコ殿。私の祖国、バトランドで聞いたように思いますが。詳しいことは、生憎と」
「そうなのね!それなら、やっぱりいずれ、バトランドにも伺ってみなくちゃね!」
「鎧っていや、アレだな。アネイルにあった、偽物。名前は知らねえが、大層なもんみてえに扱ってたな」
マーニャの言葉に、今度ははたと気が付いて冷静になり、トルネコが応じる。
「あら。そういえば、そんなものも、あったわね。リバストさんの、すごい鎧、だったかしら。」
「あれは、すり替えられた偽物だというのが、私と兄の意見ですが。仮にあれの本物が天空の鎧だとすれば、見た目は参考にできますね」
「そうね。なんにしても、まずはここのお城に、行ってみなくちゃね!」
ゴンドラを漕ぎ進め、一行はスタンシアラの城内に入る。
「お城の中まで、水路が通っているのですね。本当に、素敵ですわ!」
「きれいね。でも、おそうじが、大変そう」
「水路の掃除には、魔法を用いておっての。我がサントハイム宮廷魔術師団の協力で、編み出されたものなのじゃ。それが出来る前は、確かに大変であったと聞くの」
「そうなの。魔法で、そんなこともできるのね。すごいね」
衛兵に学者の部屋を確認し、さらにゴンドラで城の奥へと進む。
「あら!あの方が、きっとそうね!ごめんくださいませ!」
トルネコの呼びかけに、眼鏡を掛けた気難しそうな男が応じる。
「ふむ。客人ですか。私に、何かご用ですかな?」
「ええ。お城の、学者さんでいらっしゃいますわよね?」
「いかにも」
「天空のお城と、天空の武器防具のお話を、聞きたくて伺いましたの!」
「ふむ。我が国の伝説に興味を持たれるとは、感心なことですな。近頃はお触れを聞き付けてきた者ばかりで、騒がしくていけない」
トルネコの申し出に、学者の男は表情を和らげる。
「さて。どこまで、ご存知ですかな?」
「そうですわねえ。天空のお城には、竜の神様がいらっしゃることと。世界のどこかに、天空の剣という伝説の武器があることと。こちらのお城に、天空の兜があることと。天空の盾というものも、あるらしいこと、くらいですかしら。」
「ふむ。断片的ではありますが、よくご存知ですな。では、体系的にご説明しましょう」
学者が咳払いし、姿勢を正すのに合わせて、一行も背筋を伸ばして聞く態勢に入る。
「あくまでも、この城に伝わる言い伝えとしての話ですが。天空の武器防具とは、ただ強いだけのものでは無い。それら全て、つまり天空の兜、鎧、盾、剣を集め、身に付けて資格を得たものは、天空に昇れるというのです。この天空、というのは、恐らく天空の城、竜の神が住まうといわれる場所だと考えられています」
学者は一旦言葉を切り、再び咳払いして話を続ける。
「そして、天空の武器防具は、誰にでも身に付けられるものでは無い。現に、この城に伝わる天空の兜は、記録にある限り、誰にも装備できたことがありません。非常に神聖な、強い力を感じられるのにです」
学者は姿勢を崩し、一行を見回しながら、言う。
「以上が、現在までに、わかっているところですな。参考になったでしょうか」
「ええ!とっても、よくわかりましたわ!」
「それは、良かった。ご用は、これでお済みですな?では、私は研究に戻りますゆえ」
学者と別れ、再びゴンドラに乗り込んで、ゆっくりと進めながら話し合う。
「天空の装備とは、あのようなものだったのですね」
「父上の立て札にあったことを考えれば、それらを集めて、竜の神に会うことを目指すべきなのだろうな」
「ふむ。ならば、ここはお触れに挑戦して、天空の兜を譲り受けられないか、交渉してみるべきでしょうな」
「大笑いさせるだけで褒美なんて、話としては簡単そうだがな。笑わせるってのも、狙ってやるのはそう簡単じゃねえだろ」
「そうだね。難しくても、なんとかしないといけないんだろうけど。正直、自信はないな」
「国王陛下を、笑わせる、か。どうすべきか、皆目見当も付かない」
「わたしも。笑わせるなんて、考えたことがないから。よく、わからない」
「ライアンと嬢ちゃんには、誰も期待して……待てよ。意外性ってのもあるな」
「とにかく、行ってみましょうよ。行ってみないことには、傾向もわからないわ。一回しか挑戦できないという話でも、なさそうなんだし。」
トルネコが話を締めくくり、ライアンがゴンドラを進めて、一行はスタンシアラ国王の待つ玉座の間を目指す。
玉座の間では、お触れに挑戦する人々が、長い列を作っていた。
「……並ぶのかよ。面倒くせえ」
「また始まった」
「どうせ上手くいかねえし、帰ろうぜ」
「やる前に決めつけるなよ」
「決まったようなもんだろ。試しに聞いてみるか」
マーニャが、列を整理していた衛兵に声をかける。
「おい、兄ちゃん。お触れってのが出てから、長いんだよな?ずっと、こんなんなのか?誰か、成功したヤツはいんのか?」
衛兵が、生真面目に答える。
「お触れが出されてから既に久しく、挑戦者は増える一方だが。陛下を大笑いさせることに成功したものは、いない。むしろ、陛下のご機嫌は、悪くなられる一方だ。お前たちも、どうか頑張ってくれ」
切実な衛兵の言い様を受けて、マーニャが仲間たちに向き直り、顔を顰める。
「……やっぱ、無理じゃねえか」
「まあまあ。折角きたのだから、やってみましょうよ。ものは、試しよ。」
「まあ、姐御がそう言うんなら。無理なりに、なんかやって帰るか」
一行は、雑談しながら順番を待ち、いよいよスタンシアラ国王の御前に通される。
「よくぞ、来た!さあ、早く、笑わせてくれ!」
渋面を隠しもせず、言い放つ国王。
「それじゃあ、あたしから。あたしの夫は、お金を預かったり貸し出したりする、銀行という仕事も、しているのですけれど。どうも、スタンシアラでは、そのお仕事は、うまくはいかないようですわね?」
トルネコの前振りに、国王がちらりと視線をやり、先を促す。
「スタンシアラのみなさんは、タンス貯金が、一般的だとか。スタンシアラだけに、タンス貯金。スタンシアラ、スタンスアラ、タンスシアラ。……あらやだ、ちょっと苦しかったかしら。」
悪びれもせず、堂々と言い放つトルネコに、国王の渋面がますます深まる。
「ちょっとどころじゃねえよ、姐御。冷え切ったぜ、場が」
「あらやだ、ごめんなさいねえ。」
国王の様子にも頓着せず、あっけらかんと謝るトルネコ。
「どうせ笑う気もねえだろうし、とりあえずなんか盛り上げりゃいいか。ミネア、曲頼む」
「ええ?笑わないだろ、いくらなんでも」
「いいんだよ。どうせ笑わねえんだから、盛り上がればよ」
「……わかったよ」
ミネアが諦めたように笛を取り出して構え、マーニャが踊り出す。
全く笑いを取ろうという気も無い、美しくも激しい踊りに、国王も周囲の衛兵も大臣も、当初は呆気に取られながら、次第に見入っていく。
踊りが終わり、国王が思わずといった様子で、拍手をする。
「素晴らしい!なんと、素晴らしい踊りであることか!……だが、笑えはせぬ!」
「だよな」
厳しい表情で賞賛しながら否定する国王に、マーニャがあっさり引き下がる。
「掴みとしては、上々か。今日のところは失敗しても、なんか印象は残んだろ」
「ふむ。策士じゃの、マーニャ殿。では次は、わしらかの。ゆくぞ、クリフト」
「はい」
「あ?ばあさんとクリフトで、なにする気だよ」
「サントハイム王家の家臣団に代々伝わる、宴会芸じゃ。新人はこれを覚えることで、正式な仲間と見做されるの」
「なんだそりゃ」
「まあ、見ておれ」
ブライとクリフトが進み出て、構えを取る。
魔法の発動する気配に、魔法の心得のある衛兵が一瞬緊張するも、放たれたのは攻撃的なものでは無く。
色とりどりの光が飛び交い、渦を巻き、幻想的な光景を作り出す。
光が残す残像が、ひとつの風景画のようなものを一瞬浮かび上がらせ、瞬く間に消えていく。
いくつもの映像があらわれては消え、そして完全に、消える。
「……きれい」
少女が呟き、他の者は溜め息を吐く。
「ふむ。なかなか、上手くいったの」
「久し振りでしたから、どうかと思いましたが。良かったですわ」
ふたりの言葉に国王が我に返り、激しく拍手する。
「素晴らしい!なんと、素晴らしい魔法であることか!……だが、笑えはせぬ!!」
「ですよね」
「じゃろうの」
クリフトとブライも、あっさり引き下がる。
「元々、笑いを取るようなものでは無いからの。致し方あるまい」
「笑いというのは、難しいものですね。どうすればいいのでしょう」
「皆さん、素晴らしい芸をお持ちですな。私はこれといって、そういったものの持ち合わせは無いのですが」
「ライアンの剣技なら、十分に芸の域に入るだろう。披露してみないか?俺が、ひたすら避けるから。ユウも一緒に」
「私とライアンで、アリーナに攻撃するの?大丈夫?」
「避けるだけなら、問題無い。反撃して勝とうとしなければ」
アリーナ、ライアン、少女が進み出て、許可を得てライアンと少女が抜刀する。
「参ります」
「じゃあ、行くね」
宣言とともにライアンと少女がアリーナに向かって距離を詰め、それぞれ剣を振るう。
アリーナはひらりひらりと舞うように、しかし装飾の一切無い最短の動きで攻撃を躱し、合わせて踊るようにライアンと少女が剣戟を振るう。
洗練された武技は噛み合って美しい舞のようになり、マーニャのそれのような繊細さは無いながらも、一歩間違えば命を落とす緊張感も相俟って、猛々しい迫力となる。
最後に、ライアンと少女が同時に一旦距離を取り、息を合わせて全力の攻撃を仕掛け、アリーナが大きく跳んで回避し、身を捻って綺麗に着地する。
ライアンと少女が武器を合わせる音が、終了の時を告げる。
汗ひとつかかずに武器を収め、三人が礼を取る。
ぽかんと口を開けて見守っていた国王が、またも我に返り、熱狂的に拍手を贈る。
「素晴らしい!なんと素晴らしい、武技であることか!これならば、或いは……いや!約束は、約束じゃ!笑えはせぬ以上、褒美は、やれぬ!!」
三人は黙って引き下がる。
「……いずれも、素晴らしい業であったが。……出直して、参れ!!」
国王の御前を辞し、再びゴンドラに乗って城下町に戻る。
「やっぱり、ダメだったわねえ」
「しかし、感触は悪くはなかったですよ。王様も、引っ込みがつかなくなっているだけのような感じを受けましたが」
「いずれにせよ、笑わせなければ収まらないのだろうな」
「それだがよ。無理に自分でやろうとしねえで、プロに頼めばいいんじゃねえか?」
「はて。プロ、とは」
「ふむ、そうか!パノン殿じゃな!モンバーバラの!」
「そういうこった」
「あっちにも事情があるだろう。舞台に穴を空けさせてしまうかもしれないし」
「ルーラがあるんだからよ。昼間のうちにちょっと行って戻るくらいなら、大丈夫だろ」
「それもそうか」
「今日はもう遅いですから、流石に無理ですよね。それなら、一度パノンさんの舞台を見てみるのは、どうでしょうか」
「だな。見もしねえで頼むってのも、失礼な話だからな」
「舞台が、見られるのね」
一行はスタンシアラを一旦離れ、マーニャのルーラで、夜の町モンバーバラに移動する。
後書き
水の都の宝を求めて、腕利きの芸人を求めて、町から町へ。
劇場の舞台に立つその人は、一行の救いとなるのか。
次回、『5-40天空の兜』。
10/9(水)午前5:00更新。
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