占術師速水丈太郎 白衣の悪魔
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15部分:第十五章
第十五章
「それが貴方達だったんだ」
「そういうことでしょうね。それでは」
今度は速水が言葉をかけてきた。
「はじめて御会いしましたが」
「そうだね」
若者は楽しそうに笑って速水に答える。
「けれど。僕を探していなかった?」
「はい」
速水はその言葉にこくりと頷いた。
「貴方に御聞きしたいことがありまして」
「僕にだね」
「そうです。貴方は今まで何をしていたのでしょうか」
右目で若者を見据えて問う。その服は決して卑しいものではなくまるでロココ期の貴族のそれのようである。そうした一見して気品のある若者だがそこに漂っているのは不気味な妖気であった。それを隠そうともしていないのがわかる。
「それを御聞きしたいと思いまして」
「何だ、そんなことだったんだ」
若者はそれを聞いて楽しそうに笑ってきた。
「僕は遊んでいただけだよ」
「遊んでいた」
「そうだよ。楽しくね」
無邪気な笑顔で述べる。邪気はないがそれと同時に底知れぬ邪悪さもある笑みだった。
「楽しんでいたんだ。引き裂いて」
「引き裂く」
「そして千切って。えぐり出して食べて」
言葉に血が宿っていく。その言葉が何よりも雄弁に物語っていた。
「楽しく遊んでいたんだ」
「そうですか」
「そうだよ。そしてこれからもね」
笑いながらまた言う。
「楽しく遊ぶだけなんだ」
「そうですか」
速水は一先は静かにその言葉を聞いていた。それは沙耶香も同じであった。
「楽しくね。今日だってそうだよ」
「今日も」
「どういうことかしら」
「今言った言葉通りだよ」
若者はまた言ってきた。
「いつも気が向いたらこっちの世界に出て来て楽しく遊ぶんだ。ただそれだけだよ」
「こっちの世界ね」
「どうやら貴方は」
「ほら、こっちの世界の人ってすぐ壊れちゃうじゃない」
詰まらなそうに言ってきた。
「ちょっと遊んだだけでボロボロになっちゃうんだよ。あっちの世界だとあまり壊れないのに」
「そうですか」
速水はそれを聞いて一人呟く。
「貴方は。やはりこちらの世界の人間ではありませんか」
「僕は人間だよ」
しかし彼はそう反論する。
「それは言ってるじゃない。住んでいる世界が違うだけだって」
「わかりました。貴方のことは」
速水はそこまで聞いて納得したように頷いてきた。
「貴方は。この世界に来てはならない方です」
「そういうことね」
沙耶香もその言葉に頷いてきた。
「私も同じ意見よ。といっても貴方は遊びたいのでしょうね」
「うん」
若者は屈託のない少年の笑みで応えてきた。
「じゃあ遊んでくれる?今日も楽しくなりたいんだ」
「わかりました」
速水は彼の言葉にこくりと頷いてみせてきた。右目に強い決意の光を込めながら。
「それではお相手しましょう」
「二人だけれど。いいかしら」
沙耶香も言ってきた。
「それで」
「うん、いいよ」
若者は笑顔で頷く。その笑みは果たして余裕なのかそれとも単にわかっていないだけなのかは二人にもわからない。しかしその身体から発せられる妖気が二人に向けられてきているのはよくわかった。
「じゃあ来て。遊ぼうよ」
「はい」
速水はその言葉にまた頷く。
「それでは」
「仕掛けるわよ」
速水はその右手にカードを出してきた。沙耶香は鞭を出す。それは白い得体の知れない鞭であった。
「いいわね」
「凄いね、素手じゃないんだ」
「私達の流儀です」
「これは許してもらえるかしら」
「うん、いいよ」
彼は笑ってまた言う。
「スリルがないと楽しくないから。けれど僕は素手でいるから」
「それでいいのですね」
「僕はこれでいくのが好きなんだ」
自分の両手を緩く開いてその中を見ながら言う。
「自分の手でね。だからいいよ」
「そう。だったら容赦はしないわよ」
沙耶香は鞭を振ってきた。それで若者を襲う。
「白い鞭。これは何かな」
「大したものじゃないわ」
沙耶香はそう答える。鞭はまるでそれ自体が命があるかのようにしなやかで素早い動きを見せて彼に襲い掛かる。
「ただ。命を吸い取るだけ」
「命を?」
「そうよ。生命力を吸い取る鞭なの。命を持たない相手ならば焼き尽くす」
そう説明する。この鞭は特別な鞭だと言っていた。沙耶香の魔力による鞭なのだ。
「さあ、よけられて?」
鞭を振るいながら若者に問う。
「この鞭を」
「面白いね」
若者は自らに襲い掛かるその鞭を見ても楽しそうに笑っていた。しかし何ら構えるところなく悠然とそこに立っているだけであった。まるで気にもしていないかのように。
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