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変わった鯨

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第一章

                    変わった鯨 
 これは十九世紀に実際にあったことだ、この時代イギリス海軍の軍艦ディーダラス号が喜望峰を回っていた。
 丁度アジアに向かうところだ、その途中において。
 水兵達も士官達も穏やかだった、軍艦ではあるが。
 今は航海中で戦争でもない、周りにも誰もいない。
 その中でだ、一人の水兵が同僚にこう言っていた。
「海軍にいてもな」
「ああ、こうした航海中はな」
 同僚もこう返す。
「退屈だな」
「本当にそうだよな」
 こう話すのだった。
「見回す限り海だしな」
「ちょっと行ったらアフリカ見えるけれどな」
「これといってな」
「何もないよな」
 こう話すのだった、そして。
 その水兵は欠伸を噛み殺しながらこうも言った。
「それでな」
「それで?何だよ」
「いや、面白いことあるか?」
「面白いこと?」
「ああ、何かあるか?」
「飯か?」
 同僚もこう返す。
「それか」
「それしかないのかよ」
 水兵は同僚に苦笑いで応えた。
「楽しみは」
「海の上だからな」
 同僚は真顔で答える。
「それもな」
「仕方ないっていうんだな」
「陸にあがったら色々あるさ」
 それこそ酒に女に博打にだ、港町は海の男達のそうしたストレスを見越して用意しているのだ。それが彼等の商売だ。
 だから陸にあがればと、同僚も言うのだ。
「それまでの我慢だな」
「けれどそう言って何日も何日もだろ」
 水兵は今度はぼやく顔で言う、甲板から見える海と空はやけに青く綺麗がもうその青もすっかり見飽きてしまっている。
「雨や風が来たら命懸けで動き回ってな」
「俺達も濡れ鼠になってな」
「それで風邪ひいたりとかな」
 彼等は字が読めない、当時の兵士は大抵そうだ。
「本も字が読めないと駄目だしな」
「そんなの出来るのは士官の人達だけだよ」
「だよな、平民出の俺達が字なんか読めないしな」
「食うか仕事がない時は寝るか」
「本当にそれだけだからな」
「それが俺達なんだよ」
 戦争がない海軍は航海中はとりわけ暇だ、彼等はその暇にすっかり嫌気がさしていた。
 それは水兵にクールに返す同僚も同じだった、それでだ。
 彼は水兵にこう言った。
「おいウィリアム」
「何だよトム」
 水兵も彼の名を呼んで応える。
「急に名前なんて呼んでな」
「これからトランプでもするか?」
「揺れるぜ」
「じゃあセブンブリッジはどうだ」
 船乗り達の遊びだ、揺れる船の中でするものだ。
「それするか?」
「そうだな、本当に退屈だしな」
「他の奴も呼んでな」
 その同僚トムは甲板の上を見回してウィリアムに応えた。
「そうするか」
「そうだよな、暇潰しにな」
 二人は欠伸しそうな顔で話をしてそうしてだった。
 周りにいる同僚達に適当に声をかけて艦内に入ってそのセブンブリッジをしようとした、だがその時にだった。
 ウィリアムはふと海が目に入った、このこと自体は大海原のど真ん中にいるのでどうということはない。だが。
 その右手を見てこう言ったのである。
「あれ、何だありゃ」
「どうしたんだ?」
「いや、あそこにな」
 その海を指差してトムに言う。 
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