皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第13話 「アレクシア・フォン・ブランケンハイム登場」
前書き
アレクシア・フォン・ブランケンハイム。
皇太子殿下は隠していた訳ではありません。
殿下にしてみれば、毎日顔を合わせているものですから、言うまでもなかったんですよね。
そばにいるのが普通になっていましたから……。
意外とお坊ちゃんなところもある皇太子殿下です。
無論、皇帝陛下は彼女の存在を知っていました。
リヒテンラーデ候も、グリンメルスハウゼンもです。
第13話 「恐怖。恐るべき、性質の悪い爺ども」
ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
深夜、寝ようと思い、自室に戻ると。
こどもが俺のベッドで寝ていた。
「こはいったい何事ぞ」
ずいぶん気持ち良さそうに寝てやがる。
いくつぐらいだ。
どう見ても、一桁どころの話じゃねえぞ。
いったいどこの子どもだろう?
「おい。起きろ」
ゆさゆさと揺り起こす。
瞼を擦りつつ、女の子は目を覚ました。
そして俺の顔を見て、ハッとしたような表情を浮かべる。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーです」
「いくつ?」
そう問うと小さな指を広げた。
五歳であった。
「マルガレータお嬢ちゃんは、どうしてここにいるのかな?」
「皇太子殿下の寵姫になったの。だからここで皇太子殿下を待っていなさいって」
「誰がそんな事を?」
ないしんイラッとした。
どうせ、こんな事を考えるのはあいつしかいない。
あのくそ親父め。
なに考えてやがんだ。
本気で薔薇園、焼くぞ。
「……リヒテンラーデ候」
思わぬ人物の名が出た。
ふぁっくゆー。さのばびっち。
あのくそやろう。一発殴ってくれる。
■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■
カツカツと足音も高らかに、部屋に近づいてくる者がいる。
こんな夜中に、この様な真似をして許される者。
皇太子殿下しかいない。
どうやら部屋に向かったらしいのう。
そして会ったか……。
「覚悟はできてんだろうな」
「何の事やら、さっぱり分かりませんな」
内心の怒りを表すように、殿下は小指から順に指を折り。今度は人差し指から指を、最後に小指を締め。親指を添えた。
そして構える。
今にも拳を打ち込もうとしていらっしゃる。
「遺言はあるか?」
「陛下のご命令です」
「やっぱりか、あのくそ親父」
殿下が拳を振るった。
ものの見事に空気を叩く。
叩かれた空気が音を立てて震える。
おお、お見事でございます。
衝撃がここまで伝わってきましたぞ。
「皇帝陛下におわしましては、皇太子殿下に後宮をお持ちになるようにとの、ご命令です。断れば、勅命を下すとのお言葉もございます」
「言うに事欠いて、あの~くそ親父め。五歳のガキを後宮に入れろだとぉ~」
ふぁ~っくゆー。
最近、聞いておりませんでしたが、殿下の口癖がでましたな。
よほどお怒りのご様子。
「左様でございます。また、年若い者は例の、劣悪遺伝子排除法に関連する者たちですな。いかにあの法がなくなったとはいえ、問題のある者を娶ろうという者はおりますまい」
「だから俺に面倒を見ろと?」
「はい。平民ならばともかく。貴族達には不名誉な事ですからな。しかしながら皇太子殿下の後宮入りならば、口さがない者も、表立っては何も言えませぬ」
ほほう。殿下が考え込んでおりますな。
ここが殿下の良いところであり、弱点でもあります。敵に対しては苛烈になられても、冷酷にはなりきれぬ部分がおありになる。
口調の割りに育ちが良いのです。
だからこそ、陛下から後宮を造ると打診された時点で、問題のある者を入れるように差し向けたのですぞ。殿下の子を産む者なら、他にもおりますからな。
アンネローゼとか、アンネローゼとか、アンネローゼとか。……いや、もう一人おりましたな。
わしには分かりますぞ。
あの女は、ベーネミュンデ侯爵夫人と同類でございます。
そしてもう片方は、あのラインハルトの姉。
なにをしでかすか分かったものではありませんぞ。くっくっく。
一つ間違えると、刃傷沙汰を引き起こしそうなところがありますな。
思い出すと背筋が震えます。そうそう、アンネローゼの部屋を用意しておいてやらねば。
アンネローゼがあの女性と会った時を思うと、わしも皇帝陛下と同じように楽しみになってきましたぞ。
ま、もっともいかに女達が争うとも、皇太子殿下には手を、危害を加える事はないでしょうな。
■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■
皇太子殿下の後宮設置が発表されました。
ぐぬぬ。なんということでしょう。
このような暴挙が許されて良いものでしょうか……?
ましてや、それを主導しているのがリヒテンラーデ候ともなれば、わたしの怒りは、今にも爆発してしまいそうです。
「アンネローゼ。そのように恨みがましい目をするでないわ」
「そうですかぁ~」
私もいれろぉ~。とばかりに睨みます。
「そなたの部屋は、真っ先に用意してあるわ」
「おお、やっぱりそうですよね。うんうん。当然ですよね」
毎朝、殿下を起こしてさしあげて、一緒に執務室へ向かいましょう。
いつでも一緒。
ふふふふふふふふふふふふ。
「怖いのう」
なにやらリヒテンラーデ候がぶつぶつ言っていますが、そんなの無視です。無視。
めくるめく幸せな日々が私を待っている。
■イゼルローン要塞 アルノルト・フォン・オフレッサー■
窓の外には宇宙空間が映っている。
星々の煌き。
その中を戦乙女と巨人が駆け抜けた……。
MS部隊がようやくイゼルローンに戻ってきた。
よくやったと、褒めてやりたいところだが、そういう訳にもいかんのだ。
独断専行は軍にとって厳に戒めねばならん。
それがどれほど危険なものなのか、やつらは知らんのだろう。
新兵なのだ。
今回が初陣。
大目に見てやりたいが、致し方あるまい。
しかしながらミュッケンベルガー元帥は、やつらを処分する気はないと仰っていた。
「彼らも必死なのだ。なにせ皇太子殿下の肝いりで始まった部隊だからな。そして私は彼らのような者は――嫌いではない」
ミュッケンベルガー元帥にしてみれば、最大級の譲歩であろう。
やつらは皇太子殿下の肝いりだという事を、鼻に掛けておらんからな。それどころか我が身を捨てて、勝利を得ようとする。その姿勢は認めざるを得ん。
好感が持てる。
今回の勝利で、分艦隊の指揮官。MS部隊。その両方ともが、結果を出した。
分艦隊の指揮官達もミュッケンベルガー元帥の指示を守っておったし。
軍の威信も守られた。
良い事なのだろうな。
「アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉。出頭致しました」
「来たか」
振り返った先に、アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉が立っていた。
良い風貌になった。
オーディンを発ったときとは、大違いだ。
自分の口元が攣りあがっていくのが分かる。つかつかとキルシュバオム中尉のそばに近寄り、思いっきり殴りつけた。
床に倒れたキルシュバオム中尉に指を突きつける。
「卿は、敵旗艦を撃沈した。そのことはよくやったと褒めておこう。
しかしだ。
独断専行は軍にとって、厳に戒めねばならんのだ。
貴様の行動が、味方をどれほど危険な目に合わせるのか、分かっているのか!!
良いか!!
二度は許さん。
良いな」
「はっ。肝に銘じておきます」
「よし行け」
立ち上がったキルシュバオム中尉は敬礼をして、部屋から出て行こうと一歩踏み出した。足はふらついていない。いい根性だ。度胸もいい。
その背に声を掛ける。
「しかし、その胆の太さが装甲擲弾兵には必要だ。卿は良い装甲擲弾兵になるだろう」
「はっ、ありがとうございます」
「うむ」
キルシュバオム中尉が立ち去った後、自分の拳を見つめた。
「奴め。俺の拳をまともに受けて、立ち上がってきた。十分だ。奴はモノになる」
あいつならMS部隊を纏められる。
MS部隊のトップは決まったな。
「期待しているぞ。アルトゥル・フォン・キルシュバオム“少佐”」
■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■
第四次イゼルローン攻防戦の報告書が軍務省から上がってきた。
それほど枚数は多くない。
表紙を合わせても、六枚だ。
「イゼルローンの悪夢かよ……」
アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉の事がそのように表現されていた。
確かに敵旗艦を撃沈すれば、そう呼ばれるだろうな。
同盟にとっては、悪夢としか言えないだろう。
取られた。
俺がそう呼ばれたかった。
くそ~っ。これで残るは、帝国の白い悪魔ぐらいだな。
赤い彗星はやだな~。
戦慄のブルーでもいいけど。
クシ○トリアを白く塗りなおそうかな?
それにしても……。
まさかという思いがある。
レーザー水爆弾頭を渡したときに、例のイメージがなかったといえば、嘘になる。
しかし本当にやるとは、思っていなかった。
できるとさえ、思っていなかったのだ。
それをやりやがった。
たいした野郎だ。二階級特進を申請されているが、それも当然か。
帰ったら、佐官教育を受けさせねばな。
そして分艦隊の指揮官たちにも、研修を受けさせるか?
急造だったからな。受けさせた方がいいだろう。それにしてもさすが、原作組だよな。あっさり艦隊を指揮しやがった。
あ、なんか俺、泣きそう。
てやんでい。まけてたまるかよ~だ。
■皇太子本邸 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■
夜になりました。
まだ皇太子殿下は本邸に戻ってきておりません。
今のうちに皇太子殿下のお部屋に忍んでいましょう。
ふふふふふふふふふふふ。
「ミューゼル様。どちらへ向かわれるのですか?」
背後から声を掛けられてしまいました。
いや~んって感じです。
寵姫がどこに行くって、皇太子殿下のところに、決まっているじゃありませんか。
振り返った私の前に――女が立っていました。
私と同じ長い金髪。ですが眼は緑色。
光度を落とした廊下に、女の姿がくっきりと浮かび上がっています。
整った顔立ちにすらりとした体型。その肢体を包み込んでいるのは、皇太子殿下の衣装にも似た儀礼服。
いかにも皇太子殿下付きの女官の一人でした。
ですが、瞳の奥にめらめらと燃える嫉妬の炎。
それが皇太子殿下に対して、特別な感情を抱いている事を雄弁に物語っています。
聞いてない。
こんな女の事を、私は聞いていなかった。
目の前が真っ暗になりそうです。
「どこって、皇太子殿下のお部屋です」
負けません。負けませんからね。
「失礼ながら、ここは後宮ではございません。皇太子殿下の私室でございます。寵姫の方に御用があれば、そちらのお部屋にお渡りになるでしょう。壁一枚。廊下一つですが、後宮と執務室が別けられている様に、私室と後宮も別けられております。寵姫の方にこちら側に来る権利はございません。お部屋にお戻りを」
女は優雅に一礼して見せました。
ちょーむかつくーって感じ?
あらやだ。私も皇太子殿下の口調がうつってしまいました。
「ですが……」
「お戻りを」
ぎらりと光る眼差し。
自分の喉がごくりと鳴りました。
「あ、あなたのお名前は?」
「わたくしはアレクシア・フォン・ブランケンハイムと申します。ブランケンハイム男爵家の次女でございます。アンネローゼ・フォン・ミューゼル様」
この女とは不倶戴天の敵同士になる。
私はこの時、はっきりと解りました。
お互い譲り合う事は、ないでしょう……。
しまったと後悔します。
こんな女がいることを知っていたら、後宮に入らなかった。秘書のままでいれば、自由に皇太子殿下の私室にも出入りできていたはずです。
そうであれば、この女にも私を止める事など出来なかった。
失敗しましたぁ~。
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