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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第9話 「手は届く。目は届かない」

 
前書き
第4次イゼルローン攻略戦が、年表に載ってなかったので、勝手に設定しましたー。 

 
 第9話 「一人分の人生」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 
 この世界に転生してからというもの、ずいぶんらしくない事をしている。
 元の世界では、かなり好き勝手に生きてきた。
 自分さえ良ければいい。
 他人の事など知った事じゃない。
 己一人の我が身がかわいい。
 死にたきゃ勝手に死ね。
 一人分の人生で、誰かを背負うなど、まっぴらごめんだった。その俺が……なんで、帝国なんてもんを背負っているのやら。
 皇帝になりたいか?
 なら勝手になれよ。
 喜んで譲ってやるぜ。こんな崩壊寸前の、帝国でも良ければ、な。
 原作で、ラインハルトは貴族達を滅ぼして、同盟を倒して、地球教を滅ぼして、皇帝になった。
 それでローエングラム王朝がどこまで、続いたと思う?
 俺は二代目で、崩壊したと思う。
 いや、ヒルダがいるから、実質三代目か?
 笑えるほど、ひどい有り様だ。ここまでとは思っていなかった。
 原作よりも、ひどいんじゃないか……。それとも原作でも同じだったか?
 親父……フリードリヒ四世が無気力になるはずだ。
 俺も酒でも飲んで、現実逃避したいぜ。こんな帝国、自分の子どもに継がせたいなんて、親父だって思わなかったろうよ。
 俺もそうだ。
 原作で、シュザンナの子どもを殺したのが、皇太子でも貴族でもなくて、皇帝だったとしても、俺は不思議に思わんね。
 そして俺が後見人にならず、ほっといたら、お前がどこまで生きていられたか?
 来年の今頃には、死んでんじゃねえか?
 母親のシュザンナいがい、誰もお前が生まれてくるのを望んでいなかった。
 父親である皇帝ですらそうだ。
 誰に殺されても、不思議じゃない。
 誰からも生きる事を望まれていない。そのうち、ロイエンタールのように、母親からも避けられるようになるんじゃねえか……目に見えるようだ。
 哀れなもんだ。
 しょうがねーよなー。俺、兄貴だしなー。ま、俺ぐらいは味方でいてやる。
 俺が後見人になった以上、お前に手を出すって事は、俺を敵に回すって事だ。俺は甘くはないぜ。
 だから、せめてまともに育ってくれよ。ラインハルトやキルヒアイスと、仲良く出来るぐらいにはな。今より少しはましな帝国を、遺してやるからよ。
 でないと、ラインハルトに滅ぼされるぞ。
 それとも俺に滅ぼされたいか?
 好きな方を選べ。

 ■ノイエ・サンスーシ 後宮 シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ■

 マクシミリアンに会うために、皇太子殿下が訪れました。
 さきほどからマクシミリアンの寝顔を、ジッと見つめておられます。
 何を思っているのでしょうか?
 どことなく、寂しそうな目をしていらっしゃいます。
 そしてマクシミリアンの頭を撫で、こちらに振り返りました。

「皇太子殿下、マクシミリアンの後見人になっていただき、感謝しております」

 本当にそう思います。
 皇太子殿下がなって下さらなかったら、この子はそうそう生きていられなかったでしょう。
 皇太子殿下のご威光のみが、この子を守る楯です。

「気にする事はない。それより、マクシミリアンを立派に育ててやれ。貴族の馬鹿息子にはするなよ。後は本人の才覚次第だ。期待しているぞ」
「……はい」

 後は本人の才覚次第……おそろしいお言葉です。
 才覚がなければ、切り捨てる事も辞さないのでしょう。もしくは人畜無害な子。いてもいなくてもいい子。この子の立場をわたくしに、はっきりと伝えられました。
 ただそれだけに、皇太子殿下はマクシミリアンに、同情しておられるのでしょう。
 冷酷さと優しさを、同時にお持ちになって、それを表す。
 不思議なお方です。

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 皇太子殿下は、後宮から戻ってきてからというもの、ベランダで外を眺めておられます。
 珍しい光景です。
 いつもは忙しくしておられる方が、なにもせず、ただ風景を眺める。
 本当は風景など、見てはおられないのでしょう。
 テーブルに置かれているシャンパンも、手に持ったグラスも、中身は一向に減る様子がありません。ぼんやり手に持ったグラスを、くるくると回しています。
 何を見ておられるのか……。

「……皇太子殿下」
「うん? ああ、アンネローゼか」
「何をごらんになっているのですか?」

 ほんの少し、首を傾げて、わたしを見ています。
 なんだか元気がなさそうです。

「……一人分の人生」

 皇太子殿下が、ぽつり零されました。
 また、どこか遠くを見ています。
 一人分の人生ですか?
 どういう事でしょうか?

「俺はずっと、自分の両手が届く範囲が、幸せであれば良いと思っていた」
「自分の両手の届く範囲」

 私は自分の両手を広げてみます。いがいと広いかもしれません。それとも狭いのでしょうか?

「皇太子っていうのは、帝国の端から端まで届くんだな。知らなかった。帝国二百五十億の人間。その全てに、手が届いてしまう。目は届かないのに」
「皇太子殿下は、帝国宰相閣下ですし」
「目が届かないのに、手が届く。自分の言葉が大勢の生活を変える。変えてしまう。望もうと望むまいとな。だというのに、たった一人の赤子にすら、目が届かない」

 ベーネミュンデ侯爵夫人のこどもの事でしょうか?
 マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・ベーネミュンデ。

「あの子を守るのに、名前一つしか、与えてやれない」
「たった一つの名前で、守れるのではありませんか?」
「そうかもしれんな。そう考えると、皇太子のご威光というのも、大したものかな?」

 殿下が笑いました。でも……どこか、寂しそうな笑みです。
 早く元気になって欲しいです。
 いつもの殿下。
 強気で、行動が早くて、明るい。そしてどこか楽しげな。

「しょうがねーなー。俺、皇太子だしなー。帝国宰相になっちまったしなー。落ち込んでてもしょうがないか、はぁ~」
「殿下?」
「あがくだけ、あがいてやるさ。なーラインハルトにキルヒアイス。そこに隠れてないで、出て来いよ」
「ラインハルト、ジーク。もう~」

 振り返ると、二人がひょこっと顔をだしました。この二人も殿下の様子が、気になっていたのでしょうか?

「なあ、ラインハルト。宇宙を手に入れるという事は、手が届くのに、目が届かない。そういう状況になるって事だ。そしてその重みに耐えるって事だ。自分の手の長さに気づいて、怯えるなよ」
「なっ。そ、そんなこと……」
「ま、気にすんな。いずれ分かるさ。さー問題を片付けていくか」

 ■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

 軍務省が知らせが入ってきた。
 叛徒どもが懲りもせず、イゼルローンへと攻め込むらしい。
 いそいで宰相閣下にお知らせする。

「懲りねえなー。これで何度目だ?」
「四度目ですな」
「そんなにイゼルローンが欲しいかよ。あんなもん、壊すだけなら簡単だろうに。石ころ拾ってきて、ぶつけりゃいいんだ。一〇個も投げれば、十分だろう」
「そう簡単に壊されては、たまったものではありませんな」
「小惑星をぶつける気ですか?」
「いかんか? いくらでも落ちてるだろう。投げりゃ飛んでくぞ。あとはほっとけば、勝手に当たってくれる。当たらなくても、当たるまで何回でもやりゃいいんだ。艦隊率いて、来るよりは労力はかからんしな」
「艦隊も石を投げつけられれば、怖いですね。ラインハルト様」
「流星群をすり抜けろと、言われるようなものだからな」

 皇太子殿下の余裕には、こちらの方が驚かされる。
 この方をアッと驚かしてみたいものじゃ。

「じじいが、裸踊りでもしたら、驚くさ」
「絶対にしませんぞ」

 そう言いつつも、皇太子殿下がアンネローゼの方を見ましたな。
 おおー。ラインハルトがその前に、立ちふさがったわ。
 それにジークもじゃ。息が合っておるのー。

「見たくもねえな。とこかくミュッケンベルガーに増援に向かわせろ。ああ、ついでにオフレッサーに言って、例の連中も連れて行け」
「ああ、あの連中ですか、ようやく初陣ですな」
「役に立ってくれるといいが……あっ」
「なんですかな?」
「連中に一発だけ、レーザー水爆ミサイルをバズーカ砲にして、持たせてやろう」
「意味無いですぞ」
「なくて構わん」

 いったい何を考えているのやら……。
 しかし楽しげでは、ありますな。

「俺も行って良い?」
「却下です。かわいこぶってもダメですぞ」
「俺のクシ○トリアに乗せろぉぉぉぉ」
「駄々を捏ねてもダメです」
「帝国宰相命令だー」
「諫言いたしますぞー」

 ほれ見なさい。ラインハルトとジークが、呆れたような目で見ておりますぞ。
 大人って、どうしてこうなんだろうという目で、見ております。
 こどもに呆れられる宰相というのは、どうでございましょうや。

「知るか、そんなもんっ!! 大人の方が我が侭なもんなんだ」
「ばか、ばっか」
「うわ~。ラインハルトではなく、ジークに言われてしまいましたな」
「ジークぅ~」
「キルヒアイス。言いすぎだぞ」
「そうだそうだ。ラインハルト、よく言った」
「いくら本当の事でも、だ。真実は時に、人を傷つけるんだ」
「お前まで、なんだよー」

 うん? アンネローゼ。どうしたんじゃ?
 目が怖いぞ。

「殿下、諦めてお仕事しましょうね」
「え、え?」

 おお凄いぞ。アンネローゼ。皇太子殿下を強引に引きずって行ったわ。
 お諦めになって、お仕事に勤しむ事ですな。
 問題は山積みなのです。 
 

 
後書き
落ち込む事も多いけど、皇太子殿下は元気です。 
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