銀河英雄伝説~悪夢編
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第十七話 お前、今何を言ったか分かっているのか?
帝国暦 487年 1月 4日 ティアマト星域 旗艦ブリュンヒルト エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
旗艦ブリュンヒルトの艦橋にクライスト、ヴァルテンベルクが八人の貴族、俺が密かに名付けた馬鹿八人衆と共に現れたのは出頭命令を出してから一時間も経ってからの事だった。なかなか来ないんで二人は死んでるんじゃないかと思ったよ。ヴァレリーも心配したくらいだ。
どうやら中身の無い脳味噌を捻くり回して善後策でも考えていたらしい。大体どんな案を考えたかも想像がつく。馬鹿八人衆が付き添っているのだ、どうせこいつらの権威に縋ろうとでも言うのだろう。どうしようもないクズ共だ。いっそ死んでくれた方が多少は罪悪感を持つことが出来たかもしれない。
クライスト、ヴァルテンベルクは表情が硬い、艦橋には陸戦隊も三十名ほど控えているからな。だが馬鹿八人衆はふてぶてしい笑みを浮かべていた。余裕だな、クライスト、ヴァルテンベルクの無罪放免に自信が有るらしい。貴族というだけで全てが思い通りになると考えているのだろう。クライスト、ヴァルテンベルクが俺の前に立った。馬鹿八人衆は少し離れた所に居る。
「クライスト大将、出頭しました」
「ヴァルテンベルク大将、出頭しました」
二人は指揮官席を見てグリンメルスハウゼンが居ない事を訝しんだようだ、或いは不安に思ったか、クライストが俺に問い掛けてきた。
「元帥閣下はどちらに?」
「元帥閣下は自室で御休みになられています。後の事については小官に任せるとのことでした」
クライスト、ヴァルテンベルクが顔を見合わせた。幸先が良くない、そう思ったか。相手がグリンメルスハウゼンなら誤魔化すのも容易いとでも思っていたのかもしれない。だが相手が俺となれば面倒になるとでも思ったのだろう。もっとも馬鹿八人衆は気にする様子もない。俺なんて大したこと無いんだろうな。なんてったって平民だ。
さてと、始めるか。嫌な仕事はさっさと終わらせよう。
「クライスト大将、ヴァルテンベルク大将。今回の戦い、何とか勝つ事が出来ました。だからと言って卿らが犯した複数回に亘る命令違反を見過ごすことは出来ません。弁明が有れば聞きましょう、もっともそんなものが有ればですが」
「……」
二人とも無言だ。まあそうだろうな、言い訳なんて出来るわけがない。そして馬鹿八人衆が滅茶苦茶にしたとも言えないよな。連中に助けて貰うのだから。こちらにしてもこの二人が馬鹿八人衆の口出しを証言しなければ連中には手出しできない。つまりこの二人が助かるためには馬鹿八人衆は善意の第三者である事が必要になるわけだ。善意の第三者か、笑えるぜ。
“そんなに厳しくしなくても良いでしょう、幸い勝ったのだから”そんなところだろう。だとすると馬鹿八人衆が助けに出るのはもっと後だな。最後に助けて恩を着せる、そんな事を考えているかもしれん。劇的な事が好きな連中だからな、その段取りで一時間かかったか。
「卿らの行動は軍の統制上許される事ではありません。軍法会議で裁かれることになります」
「……」
「有りませんか。……抗命罪、特に敵前、戦闘中の抗命罪は死罪も有り得ます。この場で話す事が無いのなら後は軍法会議の場で自らを弁明されるが宜しかろう」
僅かだが二人の表情が歪んだ。多少は恐怖が有るか。
「クライスト大将、ヴァルテンベルク大将。卿らの艦隊司令官としての職責を解く。武装を解除の上卿らの身柄はオーディンまでブリュンヒルトにて拘束する」
俺が陸戦隊に視線を向けると四人の陸戦隊員がクライスト、ヴァルテンベルクに向かった。
「ヴァレンシュタイン大将」
出たよ、最初はシャイド男爵か。余裕たっぷりの笑顔だな。
「幸い戦いは勝ったのだ、そのように厳しくしなくても良いのではないかな。二人とも久しぶりの戦いだったのだ、つい間違いを犯したという事は誰でもあるだろう」
もう少しで吹き出すところだった。ヴァレリーは呆れ顔だ。間違いってのはお前らを艦に乗せた事だ。それ以上の間違いが有るとしたらお前らみたいな馬鹿が貴族に生まれた事だな。いや元々馬鹿だったが貴族に生まれたからそこまで馬鹿が酷くなったのかな? 参謀連中も呆れた様な表情をしている。
陸戦隊が戸惑っている。立ち止まって俺と馬鹿八人衆を交互に見ている。やっぱり貴族ってのは怖がられている。
「残念ですがそれは出来ません」
「しかし……」
わざと大きな溜息を吐いた。
「シャイド男爵。これは軍の統制の問題なのです。貴族が口を出す事では有りません。貴族が軍の統制を乱す、そんな事は有ってはならない事なのです。……早くしなさい、何をしているのです」
俺が陸戦隊員を睨むとようやく四人の陸戦隊員が動き出した。クライスト、ヴァルテンベルクの顔が強張った。俺が何を言おうとしているのか理解したのだろう。絶望的な表情で俺を見ている。そして馬鹿八人衆を見た。連中には助けを求めているように見えたはずだ。シャイド男爵が慌てた様に声を出した。
「待て、ヴァレンシュタイン」
「口を出すなと言いました」
シャイド男爵が口籠るとフレーゲル男爵が
「待て、ヴァレンシュタイン」
と声を出した。
「……今度はフレーゲル男爵ですか」
ワザとウンザリしたように言った。フレーゲルの顔が屈辱に歪むのが見えたが直ぐにその顔に嘲笑が浮かんだ。
「彼らは私達の指示に従っただけだ。それなら問題は有るまい」
「……」
一瞬だが呆然として馬鹿みたいにフレーゲル男爵の顔を見た。俺だけじゃない、皆がだ。拘束に動いた陸戦隊員も立ち止まっている。ヴァレリーも目が点だ。帝国では有り得ない事が起きる。まさか口に出すとは……。お前、今何を言ったか分かっているのか? 分かっていないだろう?
いや分かっているよな、つまり自分は何をしても良い存在だと思っているわけか。信じられんがそうなんだろうな。なるほど、ブラウンシュバイク公がヴェスターラントへの核攻撃を行うわけだ。俺が呆然としているのをどう思ったか、フレーゲル男爵は勝ち誇った顔をしている。
「クライスト大将、ヴァルテンベルク大将。フレーゲル男爵の言った事は事実ですか?」
俺の問い掛けに二人が身体をブルっと震わせた。二人とも俺とは視線を合わせようとしない。顔面は蒼白だ。誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。それくらい艦橋は静まり返っている。
「もしそれが事実なら卿らは総司令部よりも彼らの方を上位に置いたという事になります。抗命罪どころではありませんよ、軍の命令系統から離脱した、軍組織から外れたのですから」
「……」
初めてフレーゲル男爵が不安そうな表情を見せた。阿呆、もう遅い。
「何らかの見返りとの引き換えに彼らの指示に従った、そういう事ですか? 或いは彼らに司令部を乗っ取られた、已むを得ず彼らに従わざるを得なかった、そうなのですか? どちらです?」
「……」
答えようが無いか。だがな、沈黙はこの場合一番最悪だぞ。俺にとっては願ったり叶ったりだが。
「そこの貴族諸卿を全員拘束しなさい」
俺の言葉に皆が驚いた。馬鹿八人衆も参謀達も陸戦隊もオペレータ達もだ。
「軍の命令系統に介入し今回の戦いを混乱させた疑いが有ります。場合によってはそれが原因で敗北する危険性も有った、利敵行為です。見過ごしには出来ません、拘束しなさい」
俺の言葉に顔を見合わせた陸戦隊員がおずおずと動き出した。すこし喝を入れるか。
「早くしなさい!」
「待て、ヴァレンシュタイン。我らを逮捕だと!」
「拘束ですよ、ヒルデスハイム伯」
「似た様なものではないか、無礼だろう!」
馬鹿八人衆の身体に陸戦隊員が手をかけた。クライストとヴァルテンベルクは既に手錠をかけられている。貴族達が“触るな”、“無礼者”とか騒いだ。
「こんな事をしてただで済むと思うのか、ヴァレンシュタイン! 伯父上に言い付けてやる!」
出たよ出たよ、“伯父上に言い付けてやる”が。でもこの場合は逆効果だな。
「それはどういう意味です、フレーゲル男爵」
「馬鹿め、その程度の事も分からんのか。伯父上がお前に思い知らせてくれるという事だ!」
勝ち誇ったように叫ぶ姿が滑稽だった。分かってないのはお前だ、お前にとってブラウンシュバイク公はトランプのジョーカーのような物だろう。無敵のカードだ、どんな劣悪な状況でもひっくり返してくれる最強のカード。でもゲームによっては最悪のカードになる。今のお前は愚かにも最悪のカードを自ら使ったのだ。
「なるほど、この一件裏に居るのはブラウンシュバイク公ですか。クライストとヴァルテンベルクの両名を遠征軍に加えたのは公爵でしたね。そして貴方達を使って命令違反を犯させ遠征軍を敗北させようとした」
「な、何を言っているのだ」
眼が飛び出しそうになっている。フレーゲル男爵だけじゃない、他の七人もだ。
「隠さなくても良いでしょう。狙いは軍の権威の失墜、そういう事ですか。先日の皇帝陛下御不例、あれ以来軍の存在が目障りだというのですね。しかしこれは反逆罪ですよ、例えブラウンシュバイク公といえども許される事ではない」
「ち、違う、そんな……」
もう遅いんだよ。クライストとヴァルテンベルクの顔は蒼白どころか土気色だ。今度こそ助からない、そう思ったのだろう。
「拘束が終わったらそれぞれ個別に部屋に監禁しなさい。一切外部、並びに彼ら同士の接触は許しません。これを犯すものは何者と言えどその場で拘束しなさい、抵抗した場合は射殺する事を許します」
「はっ」
陸戦隊が答えたが大丈夫かな、こいつら皆蒼白なんだが。いや陸戦隊だけじゃないか、艦橋に居る人間皆が蒼白になっている。
艦橋から連れ出される連中を見ていたが溜息が出た。馬鹿八人衆が最後まで見苦しく騒いでいた。クライスト、ヴァルテンベルクはもう終わりだな。問題は馬鹿八人衆と親玉のブラウンシュバイク公だ。リヒテンラーデ侯と帝国軍三長官がどう出るか……。取り潰しは無理だろうがそれなりの処罰はするだろう。どんな形で決着が着くのか、御手並み拝見だ。
さてと、クライスト、ヴァルテンベルクの艦隊の掌握をしなくてはならん。幸い参謀連中は沢山連れてきた。それぞれ五名ほど送るとするか。あの二人の艦隊司令部の制圧をするとなると陸戦隊の護衛が必要になるな。抵抗はしないと思うが念のためだ。司令部の連中も拘束した方が良いかな? 一応そうしておくか、積極的にあの馬鹿共に協力した奴もいるかもしれん。
その後はグリンメルスハウゼン老人に報告だな、こいつが一番厄介だろう。ああ、その前にオーディンに一報入れておいた方が良いな。全部終わったらタンクベッド睡眠でもとるか、少し疲れたわ……。敵ばっかりで味方なんて居ないんだから……。
帝国暦 487年 1月 4日 オーディン 新無憂宮 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー
国務尚書の執務室に四人の男が集まった。国務尚書リヒテンラーデ侯、そして帝国軍三長官。時刻は二十二時を僅かに過ぎている。誰も口を開こうとはしない、無言で五番目の男を待っている。その男が国務尚書の執務室に入って来たのは予定の時間、二十二時を十分程過ぎてからだった。おそらくはわざとだろう。
「遅くなって申し訳ない」
「いや、夜遅くに公を呼んだのは我ら。公がお気になされることは無い」
「国務尚書にそう言って貰えると有難い、それで夜遅くにわしを呼んだのは何故かな? 明日ではいかんのか」
言外に詰まらぬ事で呼び出したのなら許さぬという響きが有る。相変わらず傲慢な事だ。だが何時までその傲慢を維持出来るか……。
「先程遠征軍から連絡が有った。遠征軍はティアマト星域にて反乱軍と戦い勝利を収めた様だ」
「それは目出度い、陛下の御威光の賜物であろう」
国務尚書の言葉に目出度いとは言ったが表情には不満の色が有る。それだけで夜遅くに呼んだのかという思いが有るようだ。
「確かに目出度い、しかし問題も有る」
「……」
「クライスト、ヴァルテンベルクの両名が命令違反を犯した。そのため遠征軍は一時危うい状況になった。今両名は司令官職を解かれ拘束されている。オーディンに戻り次第軍法会議が開かれるであろう」
「……」
ブラウンシュバイク公の表情が微かに強張っている、良い傾向だ。
「あの両名を遠征軍に参加させるようにと陛下に進言されたのはブラウンシュバイク公であったな」
「それは……」
国務尚書の指摘にブラウンシュバイク公が絶句した。
「あの二人の行動に責任は持てぬかな? 推薦者としてそれは些か無責任であろう。それに他にも問題が有る」
「他にも?」
驚いたような表情で国務尚書から我ら三長官に視線を移した。そしてまた国務尚書に視線を戻した。傲慢は消え去り不安そうな表情をしている。
「どういう事かな、国務尚書」
「同行した貴族達が居た。フレーゲル男爵、ラートブルフ男爵、カルナップ男爵、コルヴィッツ子爵、ヒルデスハイム伯、シャイド男爵、コルプト子爵、シュタインフルト子爵。このうちフレーゲル男爵、シャイド男爵は公の御身内であったと思うが」
「……いかにも、両名とも我が甥であるが」
「その他の貴族達も公の親しい貴族ばかりだ」
「……」
リヒテンラーデ侯が頬に冷たい笑みを浮かべた。
「どうやらクライスト、ヴァルテンベルクの命令違反には同行した貴族達が関係しているらしい。強要したか、或いは何らかの取引をしたか」
「まさか……」
ブラウンシュバイク公の声が震えた。
「彼らは今拘束されている。それでも信じぬかな」
「拘束……」
ブラウンシュバイク公は驚いている。まあ連絡を受けたこちらも最初は驚いたが。あの若者、相手が貴族であろうが容赦せぬところが有る。あるいは余程に憤懣が溜まっているのか。
「彼らが拘束されるとき容易ならぬ事を言ったようだ」
「容易ならぬ事?」
「いかにも。ブラウンシュバイク公、彼らは公の名前を出した」
「馬鹿な、何を考えている」
蒼白になっている。無関係か、おそらくはあの二人を自分の手ゴマにするだけで良しと思っていたようだな。しかし馬鹿な貴族達が先走った……、不本意ではあろうが無関係で済む話ではない。
「ブラウンシュバイク公、我らは公に対して有る疑いを抱いている」
「……」
「説明の必要が有るかな?」
国務尚書の問い掛けにブラウンシュバイク公が首を横に振った。
「……いや、無い。しかしわしは何の関わりも無い、それだけは明言しておく」
「そうであって欲しいものだ。いやそうでなければならぬ。陛下の女婿である公が反逆者だなどと陛下がどれほどお悲しみになるか」
ブラウンシュバイク公が唇を噛み締めた。
「陛下に御目にかかりたい。身の潔白を証明する機会を頂きたい!」
「残念だがそれは許されぬ」
「国務尚書!」
ブラウンシュバイク公が一歩詰め寄ったが国務尚書は首を振って拒絶を意思表示した。
「既にこの件は陛下に奏上した。陛下は例えブラウンシュバイク公でも反逆は許されぬと仰せられた。この件の調査が終わり身の潔白が証明されるまで屋敷にて謹慎せよ、出仕には及ばぬとの仰せだ」
「……なんと……」
「確かに陛下の御言葉を伝えましたぞ、ブラウンシュバイク公。屋敷にて謹慎されよ。間違っても貴族達を呼んで謀議を行っている、そのような疑いを我らに抱かせぬ事だ、宜しいな」
「……」
ブラウンシュバイク公は悄然として執務室を出た。今頃はフレーゲル男爵達を呪っているだろう。
「危うい所であったが切り抜けたか」
「そのようですな」
「しかしフレーゲル男爵達を拘束とは……、いささか厳しいの」
「元々貴族には良い感情を持っておりますまい。両親の事も有ります」
「なるほど、少々気になるの。まあ野心はそれほど無いか」
国務尚書と軍務尚書が話している。
「ヴァレンシュタインが悲鳴を上げております。グリンメルスハウゼン元帥ですが、やはり遠征軍の総司令官は難しいですな。部下の統率力が皆無に等しい。クライスト、ヴァルテンベルクも総司令官がグリンメルスハウゼンでなければ今回の様な事はしなかった可能性が有ります」
私の言葉に皆が顔を顰めた。“またか”とは誰も言わない。あの老人がどうにもならない事は皆が分かっている。
「しかし他に人が居らん、どうしようもあるまい。何か良い手が有るかな」
「それが有れば苦労はせんよ、シュタインホフ元帥」
私とシュタインホフ元帥の会話に軍務尚書が溜息を吐いた。まったくどうにもならない。馬鹿を担ぐのがどれだけ大変かは私も若い頃多少の経験が有る、これほど酷くは無いが……。
「グリンメルスハウゼンは動かせぬ。ヴァレンシュタインを上級大将に昇進、それでは無理かな。平民では異例であるが」
「……年が若いですからな、侮る者はいるでしょう」
私の答えに国務尚書が二度、三度と頷いた。
「となると今回の軍法会議、あの若者が強硬に処罰を主張した、そういう形にするしか有るまい。どうかな?」
国務尚書が我々の顔を見回した。厳罰、妥協はしないと言う事は既に決まっている。誰からも異論は出なかった。
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