銀河英雄伝説~悪夢編
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第十五話 悪い予想は良く当たる
帝国暦 487年 1月 3日 ティアマト星域 旗艦ブリュンヒルト エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
帝国歴四百八十七年は戦争で始まることが決まった。同盟軍は帝国軍から一日ほど離れた距離の宙域に居る。たまには同盟軍と戦争抜きで新年のパーティとかどんちゃん騒ぎを出来ないものかね。そうすれば少しは相互理解が進むと思うんだが。
しかし現実には旗艦ブリュンヒルトの会議室で同盟軍をいかにしてぶん殴るかの相談をしているというわけだ。参加者は各艦隊の将官以上、そしてグリンメルスハウゼン艦隊の司令部要員、さらに何で居るのか分からないが居るのが当然と言った表情で座っている門閥貴族の馬鹿共が八人。
ちなみに会議室の人員構成比はグリンメルスハウゼン艦隊の司令部要員が圧倒的に多い。グリューネマン大佐、ヴァーゲンザイル大佐、アルトリンゲン大佐、カルナップ中佐……。他にも二十名ぐらい居る。皆原作じゃ一個艦隊を率いるか分艦隊司令官、参謀長とかを務めた人間なんだけどこの世界じゃ未だペーペーなんだ。バイエルラインが中佐とか勘弁してほしいよ。早く出世させないと……。
グリンメルスハウゼン艦隊にも影響が出ている。少将の分艦隊司令官が居ないのだ。クレメンツ副司令官が中将、他はシュタインメッツ、クナップシュタイン、グリルパルツァー、ブラウヒッチ、グローテヴォール。いずれも准将の階級だ。それぞれ千隻を率いている。
「敵の降伏を認めず、完全に撃滅し、もって皇帝陛下の栄誉を知らしむる事が我らの使命である。左様心得られよ」
グリンメルスハウゼンが声を張り上げたがあんまり威勢は良くない。何て言ってもハアハア息を切らしているんだから。この次は俺の番か。
「総参謀長」
「はっ、反乱軍は我々より一日ほど離れた宙域に居ます。彼らの兵力は我々とほぼ同数、約四万五千隻です。我々はこのまま此処に留まり反乱軍を待ち受ける事とします」
俺が説明すると一部の人間を除いて頷いた。もちろん一部の人間とは軍事知識の無い素人達だ。不満そうな表情をしている。何処にでもいるよな、敵に攻めかからないのは臆病だとか言う奴。遊びじゃないんだぞ。
「続けて各艦隊の配置を説明します。中央にヴァルテンベルク提督、左翼にクライスト提督、元帥閣下の直率部隊は右翼に配置します」
会議室にざわめきが起きた。まあそうだよな、普通ならグリンメルスハウゼンの艦隊が中央に来るんだから。
ざわめきはグリンメルスハウゼン艦隊の司令部要員からも出ていたが俺が睨みつけると押し黙った。そうだ、黙ってろ。
「ヴァルテンベルク提督」
「はっ」
「元帥閣下は卿の才覚に期待しておられる。宜しいかな?」
「はっ、必ずや御期待に応えまする」
嬉しそうにしているのはヴァルテンベルク艦隊に同行しているヒルデスハイム伯、シャイド男爵、コルプト子爵、シュタインフルト子爵だ。クライスト艦隊に同行しているフレーゲル男爵、ラートブルフ男爵、カルナップ男爵、コルヴィッツ子爵は面白くなさそうにしている。おそらく競争心剥き出しでクライストに圧力をかけるだろうな。
そしてヴァルテンベルク、クライストの両名は表情が硬い。特に中央を任されたヴァルテンベルクにそれが顕著だ。気持ちは分かる。布陣においては中央は非常に重要な役割を果たす。そのため能力的にも実力的にも信用できる部隊が置かれるのが常だ。通常本隊が後方に置かれるか中央に置かれる事が多いのはそのためだ。誰よりも自分が信頼できる。
ヴァルテンベルクもクライストも俺に信用されていない事は十分に分かっているだろう。にも拘らず俺がヴァルテンベルクを中央に置いたのは何故か? 当然疑問に思ったはずだ。そして考えただろう、中央を任されても命令は俺から出る。無茶な攻撃、防御を命じられ消耗させられるのではないか。自分達を犠牲にする事で勝利を得ようとしているのではないか……。
中央を任された以上崩れることは出来ない、そんな事になれば敗戦の責任はヴァルテンベルク一人に押し付けられるだろう。嫌でも耐えなければならないのだ。ヴァルテンベルクは今自分がとんでもない貧乏籤を引かされたのではないかと思っているだろう。
少しは怯えろ。こちらを畏れてくれればその分従順になる可能性は有る。問題は連中が俺を畏れるか、それとも貴族を畏れるかだ。難しいよな、どうしてもこっちの分が悪い。俺の命令に従うならそれほど酷い事にはならない。だが連中の圧力に屈すれば悲惨な事になるのは目に見えている。そしてそれはクライストも同じだ。
「では他に意見も無い様であるし戦勝の前祝いとしてシャンパンをあけ陛下の栄光と帝国の隆盛を卿らと共に祈るとしよう」
グリンメルスハウゼンが声を上げると歓声が上がった。シャンパンが用意され皆が右手に持ったシャンパングラスを高々とかかげた。
「皇帝陛下のために!」
手向けの酒だ、誰のための酒かは大神オーディンが決めるだろう……。
会議が終わり参加者が解散した後クレメンツが近寄ってきた。そして周囲を気にしながら小声で問い掛けてきた。
「宜しいんですか、あれで」
「ヴァルテンベルク艦隊を中央に置く事ですか?」
「そうです」
「両脇に彼らを置くと我々の艦隊が身動き出来なくなる可能性が有ります。むしろ端において機動性を確保した方が良いと思うのです」
「なるほど、両脇に引き摺られますか……」
「ええ、それに中央に置いた方が多少は自重するかもしれません。そうなれば損害は少なくて済む」
「……」
「今回の戦い、勝てるとは思えません。四分六分なら上々、三分七分の敗戦ならまあまあと考えざるを得ないでしょう。そうは思いませんか?」
クレメンツが溜息を吐いた。中央よりも端の方が機動性が確保できるのは事実だ。そして自重についても出来るだけの事はした。後はクライスト、ヴァルテンベルク次第だ。あの二人が貴族達を抑えることが出来るかどうか……。過度に期待するのは危険だろうな。俺も溜息が出た。
宇宙暦796年 1月 4日 ティアマト星域 総旗艦リオ・グランデ ヤン・ウェンリー
「ホーランド提督から連絡です。帝国軍の一部が戦わずして後退しつつある。我が軍の勝利は目前に有り」
オペレーターの報告にビュコック司令長官が眉を顰めた。司令長官の気持ちは分かる。楽観的に過ぎる、そう思っているのだろう。オペレーターが報告を続けた。
「閣下、第十艦隊のウランフ提督より通信が入っています」
「繋いでくれ」
スクリーンに浅黒いウランフ提督の顔が映った。
『閣下、ホーランドの跳ね上がりを制止してください。奴は旧い戦術を無視する事は知っていても新たな戦術を構築できるとは思えません』
ビュコック司令長官がチラッと戦術コンピューターのモニターを見た。そこには同盟軍の一部、第十一艦隊が他の味方を無視して前方に躍りだし帝国軍に攻撃を加えている状況が映し出されている。
「だがウランフ提督、今のところ彼は順調に勝ち続けている様だ。或いはこのまま勝ち続けてしまうかもしれん」
ウランフ提督が顔を顰めた。
『その今のところと言う奴が何時まで続くか……。限界は目前に迫っていますぞ。帝国軍にほんの少し遠くが見える指揮官がいれば後退して逆撃の機会を狙うでしょう。今ここで彼を制止しなければ我が軍はとんでもない損害を受けます』
「……」
今度はウランフ提督が皮肉そうな笑みを表情に浮かべた。
『ホーランドは自らをブルース・アッシュビー提督の再来と目しているそうです』
「三十五歳までに元帥になればアッシュビー提督を凌ぐわけだ。しかしな、ウランフ提督。帝国軍にも遠くが見える指揮官が居るらしい。一部の艦隊が戦わずして後退している様だ」
『グリンメルスハウゼン、いやエーリッヒ・ヴァレンシュタインですな』
「おそらくそうだろう」
二人が少しの間見詰め合った。
『……妙ですな』
ウランフ提督が考え込む姿を見せるとビュコック提督が片眉を上げた。
『帝国軍は本体ではなく右翼が後退している』
「なるほど、確かに妙だが……」
『とにかく、彼を後退させないと……』
「そうだな、後退するように命令を出そう」
通信を終えるとビュコック司令長官が第十一艦隊に後退命令を出した。しかし素直に後退するかどうか……。予想外の事が起きている、後継者戦争としか言い様のない事態だ。同盟軍は同盟市民の軍に対する信頼を繋ぎとめるために宿将と言えるビュコック提督を宇宙艦隊司令長官にした。
しかしビュコック司令長官は士官学校を卒業していない。そしてかなりの高齢でもある。その事が一部の人間にはビュコック司令長官は次の司令長官が決まるまでの中継ぎだと取られている。これは一時的な処置だと取られているのだ。功績を挙げれば軍の信頼も回復する、そうなればビュコック大将が司令長官職に有る必要は無い。直ぐには無理でも一年もすれば功績を挙げた人間が司令長官に就任するだろう……。
ホーランド提督が功に逸るのもその所為だ。ここで巧を上げ司令長官に就任すれば三十代前半の宇宙艦隊司令長官が誕生する。ブルース・アッシュビー提督を凌ぐのも難しくはないだろう。問題は功を上げられるかどうかだ。あの非常識な艦隊運動が何時までも続くはずが無い、限界点に達するのが早くなるだけだ。
あの後退している艦隊、あの艦隊がそれを見逃すとも思えない。必ず一撃を加えてくるだろう。それにしてもあの艦隊、グリンメルスハウゼン元帥の本隊なのか? 動きからすればそう思えるのだが配置は右翼だ。どういう事だろう……。
帝国暦 487年 1月 4日 ティアマト星域 旗艦ブリュンヒルト エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
同盟軍の一部が訳の分からない艦隊運動をしている。そこらじゅうを走り回って帝国軍をかき乱し攻撃を加えている。なるほど、同盟軍第十一艦隊ウィレム・ホーランド中将か……。疑似天才、先覚者的戦術だな。ビュコックも苦労するだろう。
「反乱軍、こちらに向かって来ます」
オペレーターが緊張した声を出すと皆が俺を見た。
「元帥閣下、艦隊を後退させます、宜しいでしょうか?」
「うむ」
「艦隊を後退させよ」
俺の出した命令に従ってグリンメルスハウゼン艦隊が後退するとホーランドの艦隊は方向を変えてヴァルテンベルク、クライストの方向に向かった。
「閣下、このままではヴァルテンベルク、クライスト両艦隊に被害が増大します。反乱軍の攻撃を避け後退せよと命じたいと思いますが」
「うむ、そうしてくれるか」
多分無駄だろうな、オペレーターに命じながらそう思った。二十分もしないうちにその予想が現実になった。後退しないヴァルテンベルク、クライスト両艦隊に同盟軍第十一艦隊が襲い掛かっている。そしてヴァルテンベルクもクライストもそれに対応できずに損害を増やしている。世の中、悪い予想は良く当たる。良い予想はまるで当たらない。ビュコックと俺、どっちが苦労しているのだろう。
「ヴァルテンベルク、クライスト両艦隊が後退しません!」
「馬鹿な、何を考えている!」
「命令違反だぞ、抗命罪で処罰されたいのか!」
オペレーターの声にアルトリンゲン、バイエルラインが声を上げた。他の連中もざわめいている。溜息を堪えながらグリンメルスハウゼンに再度後退命令を出す事の許可を貰った。
「オペレーター、以下の命令を伝えてください」
「はっ」
「反乱軍の狙いは我が軍の混乱を誘いそれに付け込んで被害を増大させる事にある。現時点では無用な交戦を避け反乱軍が前進すれば同距離を後退せよ。反乱軍の攻勢限界点を待って反攻に移るべし」
司令部要員が俺の言葉に頷いている。ちょっと考えれば分かる事だ、ヴァルテンベルク、クライストが分からないとは思えない。となるとあの二人は指揮権を殆ど奪われたような状況なのだろう。俺の命令を上手く利用して連中を説得出来ればと思ったが結局無視された。無力感だけが心に溜まっていく。
ヴァルテンベルク、クライスト両艦隊は相変わらず同盟軍第十一艦隊に翻弄されている。ブリュンヒルトの艦橋には重苦しい空気が漂った。おそらく司令部要員の誰もがヴァルテンベルク、クライスト両艦隊で何が起きているか理解はしているだろう。
馬鹿げている。ホーランドが相手なら楽に勝てるのだ。後退して攻め込んできたところを、疲労のピークに達したところを叩けばいい。そうすれば二人とも上級大将に昇進しそれなりの役職にも就くことも可能だろう。せっかくのチャンスなのに……。
「どうするかのう、困った事じゃが……」
グリンメルスハウゼンが情けなさそうな声を出して俺を見た。勘弁してくれよ。司令部要員達はウンザリした様な表情している。俺もウンザリしたがウンザリばかりもしていられない。世話の焼ける奴らだ。
「閣下、これ以上の命令違反を許す事は軍組織の崩壊をもたらしかねません。もう一度後退命令を出します。もし後退を拒否すれば抗命罪で軍法会議に告発すると警告しましょう」
「厳しいのう」
「命令違反は許される事ではありません」
「……」
「閣下!」
「……総参謀長に任せる」
三度目の警告も無視された。あの馬鹿貴族共にとっては抗命罪も軍法会議も何の意味も無いのだろう。ヴァルテンベルク、クライストが何をしているのか……。後悔しているのか、それともブラウンシュバイク公の名前を出せば軍法会議など恐れる必要は無いと思っているのか、……或いは殺されている可能性も有るか……。予想通りいや予想を超える酷い戦いになった。
帝国も同盟も言う事をきかない部下が戦場を滅茶苦茶にしている。原作通りなら後二時間と経たずにホーランドは攻勢限界点を迎えるはずだ。そこで一撃を加える事でこの戦争を終わらせよう。四分六分かと思ったがどうやら五分五分以上に持って行けそうだ。問題は命令違反の後始末だな、頭が痛いよ……。
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