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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第十四話 変な髪形をした奴は嫌いだ



宇宙暦795年 10月 25日  ハイネセン  統合作戦本部 アレックス・キャゼルヌ



「良いのか、こんなところで時間を潰していて」
「準備は殆ど終わっています。後は出撃するだけですからね」
そう言うとヤンは紅茶を一口飲んだ。統合作戦本部のラウンジには疎らに人が入っている。

「今度は勝てるかな」
「さあ、簡単に勝てる相手じゃありませんからね」
苦笑を浮かべながらヤンは答えた。まあそうだな、そんな簡単に勝てる相手じゃない。俺も思わず苦笑した。

前回の戦いで同盟軍は惨敗としか言いようのない敗北を喫した。あれほどの惨めな敗戦は宇宙暦七百五十一年に有ったパランティア星域の会戦以来だろう。あの戦いではジョン・ドリンカー・コープ宇宙艦隊副司令長官が戦死した。そして前回の戦いで同盟軍は宇宙艦隊司令部の中枢を根こそぎ失った。

ロボス司令長官、そして司令長官を支える参謀達、その全てが帝国軍の捕虜になった。その参謀達の中にはいずれは統合作戦本部長にと目されたグリーンヒル中将も含まれている。あの一戦で我々は同盟軍を支えてきた頭脳を瞬時に失ってしまったのだ。

帝国軍の三倍の兵力、そして皇帝フリードリヒ四世不予。その二つが同盟軍を油断させた。同盟軍は帝国軍が撤退すると思い込み周囲に対する注意が散漫になった。そこを帝国軍に突かれた。同盟軍の各艦隊が気付いた時には帝国軍はロボス司令長官率いる本隊を降伏させ撤退した後だった。各艦隊は慌てて追ったが帝国軍を捕捉する事は出来なかった……。

「新司令長官になって初めての出撃だ、勝って欲しいよ」
「それはそうですけど」
「酷いショックだったからな、なんとか払拭して欲しいんだ。本部長もそれを願っている」
「そうですね」
俺もヤンも渋い表情になった。

会戦後、前代未聞の敗北に同盟軍は大混乱に陥った。そして市民からも政治家からもその不甲斐なさ、無様さを非難された。軍の信頼は失墜したと言って良い。シトレ本部長も辞任を覚悟し国防委員会に辞表を提出したがむしろ国防委員会からは本部長の辞任は混乱を助長しかねないと慰留されたほどだ。

トリューニヒト国防委員長とシトレ本部長の関係が親密とは言い難い事を考えれば本来なら有り得ない事と言って良いだろう。しかしシトレ本部長が辞任すれば責任論はトリューニヒト国防委員長にまで飛び火しかねない、本部長に辞められては困ると言うのがトリューニヒト国防委員長の本音だったようだ。

新たな宇宙艦隊司令長官にはアレクサンドル・ビュコック中将が選ばれた。本来なら士官学校を出ていないビュコック中将が選ばれることは無かった。だが同盟市民の軍への信頼を繋ぎとめるには叩き上げの宿将であるビュコック中将を宇宙艦隊司令長官にするのが最善だった。他に選択肢は無かっただろう。ビュコック中将は大将に昇進し宇宙艦隊司令長官に就任した。

「厄介な相手だな、エーリッヒ・ヴァレンシュタインか」
「ええ、ようやく姿を現しました」
ようやく姿を現した……、その通りだ。これまでグリンメルスハウゼン元帥の陰に隠れていて姿の見えなかった切れ者の参謀。

「宇宙艦隊総参謀長か……、まだ若いのだろう?」
「二十歳をちょっと超えたばかりの筈です。異例の事ですね」
「異例か、それだけ出来るという事だ」
「宇宙艦隊司令部でも彼には注目しています。なかなか派手な経歴のようです」

ヤンが一口紅茶を飲んだ。口調とは裏腹な寛いだ姿だ。溜息が出た。
「気を付けろよ、油断しているとロボス大将のようにやられるぞ」
俺が注意するとヤンは苦笑を浮かべた。ヤンは作戦参謀として総旗艦リオ・グランデに乗り込むことが決まっている。

「分かっています。幸いビュコック司令長官は前任者の様に出世欲に囚われているわけじゃありません。無茶をすることは無いでしょう。勝敗は分かりませんが前回のような悲惨な事にはならないと思います」
「そうだといいんだがな、とにかく気を付けろ」
念を押すとヤンは黙って頷いた。



帝国暦 486年 12月 15日  イゼルローン要塞  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



十一月初旬にオーディンを出た遠征軍は今日、十二月十五日にイゼルローン要塞に到着した。俺達が到着すると要塞司令官シュトックハウゼン大将と駐留艦隊司令官ゼークト大将が殊勝な表情でメインポートまで迎えに出て来ていた。まあ当然だな、グリンメルスハウゼンは宇宙艦隊副司令長官なんだから。もっとも胸の内は如何だろう? あまり面白くは無いかもしれない。

「御無事の到着、お慶び申し上げます」
「お疲れでありましょう、ゆっくりと御休息ください」
前者がゼークト提督、後者がシュトックハウゼン要塞司令官だ。どう見ても遠方から来た爺さんを迎える言葉だな。宇宙艦隊副司令長官への言葉とは思えない。俺の考え過ぎかな?

「おお、済まぬの。少しの間厄介になる」
こっちは明らかに遠方から来た爺さんの声だ。二人に案内されて司令室に行く。俺達の後にクライスト、ヴァルテンベルクの一行も続いた。直ぐに“平民が我らの前を歩くのか”と不満そうな声が聞こえた。なるほど、ゼークトとシュトックハウゼンのあの言葉は老人にではなくあの連中に向けての言葉か、それなら納得がいく。

この遠征には八人の貴族が同行している。フレーゲル男爵、ラートブルフ男爵、カルナップ男爵、コルヴィッツ子爵、ヒルデスハイム伯、シャイド男爵、コルプト子爵、シュタインフルト子爵。フレーゲル、シャイドはブラウンシュバイク公の甥だ。

その他の連中も公の縁戚かその与党だ。連中がクライスト、ヴァルテンベルクの艦隊に同乗している事を考えればあの二人の後援者が誰かは一目瞭然だ。クライストの旗艦リッペにはフレーゲル男爵、ラートブルフ男爵、カルナップ男爵、コルヴィッツ子爵。ヴァルテンベルクの旗艦オーデンヴァルトにはヒルデスハイム伯、シャイド男爵、コルプト子爵、シュタインフルト子爵が乗っている。

司令室に着くと改めて挨拶をした。挨拶を受けるのは爺さんだが実務を仕切るのは俺だ。
「イゼルローン要塞には二十日までの滞在を考えています」
「問題ありません」
要塞司令官シュトックハウゼンが答えた。うん、これで滞在許可が出たわけだ。

「その間休養はもちろんですが修理、補給をお願いします」
「承知しました」
と今度は駐留艦隊司令官ゼークトが答えた。戦闘もしていないのに修理というのも妙だがここに来るまでにエンジントラブルを起こしている艦や兵装関係で支障をきたしている艦が幾つかある。戦闘前に最終調整だ。それと休養と言うのは体調不良を訴える奴はもちろんだが戦闘前の緊張で精神的に問題を起こしている奴が居る。そいつらのケアも含んでいる。

その後は多少の確認事項(どっちに向かうのかと問われてティアマト方面に向かうと答えた)が有った後、皆が用意された部屋に向かった。もっとも俺とヴァレリーは司令室に残った、まだ確認する事が有る。連中が司令室を出る間際に“平民が偉そうに”と言う声が聞こえた。一々貴族だということを主張しないと自分が貴族だという事を実感できないらしい。困った奴らだ。

バツが悪そうにしているシュトックハウゼンとゼークトには気付かない振りをして要件に入った。
「ここ最近の反乱軍の動向は如何でしょう」
「いえ、前回の戦いから大人しいものです。回廊内はもとより出口の周辺でも反乱軍の活動は認められません」
「なるほど」

ゼークトの言う通りなら同盟軍はかなり混乱したようだ。連中の活動が認められないのは偶発的な遭遇戦が大規模な戦闘に進展するのを恐れたのだろう。そこまでの体制が整わなかったのだ。しかし何時までも混乱しているわけはない、宇宙艦隊司令部が全滅したと言ってもビュコックが宇宙艦隊司令長官に就任したのだ、再建はしたはずだ。となるとこちらの出兵計画を知って敢えて控えたかな?

「手強いですね」
「と言いますと?」
訝しげな表情でシュトックハウゼンが問い掛けてきた。
「反乱軍の権威は失墜しました。普通ならその権威を回復させるためにどんな形でも勝利を欲しがるはずですがそれを押さえている。新司令長官、ビュコック提督に焦りはないようです。彼は名将と評価されていますが流石と言うべきでしょう」
「なるほど」
ゼークトも頷いている。

あいつらの居ない所で話して正解だな。同盟軍は手強いなんて言ったら大騒ぎだろう、まともな話が出来る相手じゃないんだから嫌になる。顔を顰めるとシュトックハウゼンが問い掛けてきた。
「総参謀長、顔色が宜しくないが……」
「昨日、熱を出して寝込みました」
俺が答えるとシュトックハウゼンとゼークトが顔を見合わせた。

「それは……、大丈夫なのですかな」
「大丈夫です、ゼークト提督。それにここで十分に休ませていただきますので」
「それなら宜しいのだが……」
「大丈夫です」

俺が敢えて大丈夫だと言うと二人とも何も言わなかった。……大丈夫じゃねえよ。あの馬鹿共が旗艦に乗っているという事はだ、クライスト、ヴァルテンベルクの二個艦隊はまるで役に立たないという事が確定したという事だ。あの二人が自分達の力で勝とうとしてくれるならまだましだ。俺は後ろに引っ込んでいて連中に全てを委ねるという方法も有る。だがあの馬鹿共が一緒に乗っている以上それは無い。

連中は軍事の事など何も分からない、そのくせ自分達で艦隊を動かそうとするだろう。そしてクライスト、ヴァルテンベルクはそれを拒否できない。“誰の御蔭で艦隊司令官になれたと思っている、遠征に参加できたのは誰の力の御蔭だ”連中はそう言いだすだろう。クライストもヴァルテンベルクも最終的には遠征に出た事を後悔するだろうな、原作のシュターデンを見れば分かる事だ。俺が熱出して寝込んだって全然おかしくないだろう!

話が終わって司令室を出たが与えられた部屋には向かわず医療室に向かった。イゼルローン要塞には医療室が幾つかあるが行くところは決まっている。ヴァレリーには付いて来なくて良いと言ったんだが無理やり付いて来た。昨日寝込んだのが相当気になるらしい。

医務室の前に来たが中には入らなかった。壁に背中を預け周囲をゆっくりと見る。そんな俺をヴァレリーが気遣ってくれた。
「中に入らないのですか?」
「……三年前、ここは地獄でした。手足の無い負傷者、手当ての最中に死んでいく重傷者。辺り一面の血の臭いで何度も吐きました」

ヴァレリーが驚いたように周囲を見回した。ごく普通の通路、そして医務室への入り口だ。だが俺の目には今でも焼き付いている光景が有る。ストレッチャーで運ばれてくる血だらけの重傷者。そして軽傷者がそこらじゅうで蹲りながら呻いていた。あの壁もこの壁も入口もそして廊下も血に染まって真っ赤だった。俺が背を預けた壁も汚れていた。まるで小さな子供が赤のペンキで悪戯でもしたかのようだった……。

あの戦闘詳報を書いたのはあれを見たからかもしれない。戦争に真摯に向き合わない奴らの所為で俺は地獄を見せられた。あの地獄を見せられた怒りがあの戦闘詳報を書かせたのだと思う、もう見たくないと思った気持ちが書かせた……。多分あれは俺の悲鳴なのだろう、もうあれを見たくないという……。あれ以来戦争を出世の一手段と見做す奴らにどうにも違和感を感じる俺が居る……。

「これはこれは、忠勇無双の帝国軍人、華麗なる天才児がこのような所に居るとは……」
嫌な声だ、他者を馬鹿にしたような声……。声のした方をヴァレリーは見たが俺は見なかった。誰が来たかは分かっている。こんなところで会うのだ、偶然ではあるまい。誰かに俺の後を尾行(つけ)させたのだろう。当然だが絡むために違いない、暇な奴だ。

「おやおや、振り向いてもくれぬのか、ヴァレンシュタイン大将。総参謀長ともなると我ら貴族とは口も利いて貰えぬらしい。それとも卑しい平民ゆえ礼儀を知らぬのかな。……そうか、畏れ多くて言葉が出せぬのか、直答を許すぞ」
笑い声を上げたが声には間違いなく無視された事に対する怒りが有った。馬鹿な奴、礼儀を知らないんじゃない、お前が嫌いなだけだ。特にその髪型がな。

「失礼しました。小官に話しかけているとは思わなかったのですよ、フレーゲル男爵」
「卿の他に誰が居るのだ!」
フレーゲルが声を荒げた。
「独り言だと思ったのです。小官は華麗なる天才児などではありませんから」
前半は嘘だが後半は本音だ。俺なんかに使うとラインハルトに使う言葉が無くなるぞ。

「私を馬鹿にしているのか!」
「そんな事は有りません、本当ですよ、男爵閣下。少佐、戻りましょうか。では閣下、失礼します」
俺が挨拶するとフレーゲルが厭な笑い声を上げた。
「良い御身分だな 、戦場に女連れとは。卿の情人か」
冗談抜きでそう見えるのかな? 俺より背も高いし年も上なんだけど。

「違いますよ、彼女は軍人です。戦場に出ても問題は有りません」
「だが女だろう、帝国軍では戦場に出るのは男だけだ」
「そうですね、しかし素人の男が出るよりはずっと良い、そう思っています」
一瞬何を言われたのか分からなかったようだ。一拍間をおいてからフレーゲルの顔面が紅潮した。それを見ながら歩き出した。ヴァレリーが後に続く。

「貴様……」
フレーゲルが悔しそうに呻いた。
「素人は邪魔しないで下さいよ、迷惑ですから。クライスト提督を困らせるような事はしない事です」
敢えて哀れむような視線でフレーゲルを見た。フレーゲルが身体を震わせた。

「つけあがるなよ、小僧! いずれ貴様とは決着をつけてやる、忘れるな!」
「戦う相手を間違えないで欲しいですね。小官は味方ですよ、フレーゲル男爵。味方殺しは御免です」
「煩い!」

フレーゲルが見えなくなるとヴァレリーが不安そうな表情で話しかけてきた。
「宜しいのですか? あのような事を言って。まるで挑発しているような……」
「構いません。どうせ彼は、いえ貴族達はクライスト、ヴァルテンベルク提督の指揮に口を出しますからね」
「そんな事は……」
有り得ない、いや許されないかな。ヴァレリーはそう言おうとしたようだ。

「有り得ますよ。彼らはそれが許されると思っているんです。この戦い、酷い戦いになりそうです。素人が指揮をするのですから……」
どうせなら思いっきり連中に暴走させ敗北させる事だ。そして連中にその責めを負わせる、その方が良いだろう。問題は如何すればこちらにまで責めが来ないように出来るかだ。そこが問題だな。



 
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