真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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崑崙の章
第18話 「むにゃむにゃ……もう食べられないのだ……」
前書き
これ投稿したら、寝ます。
ちなみに、1時間前のデッドラインでした、今回。
誤字脱字あったらごめんなさい。報告あればあとで訂正します。
―― 鳳統 side 漢中 ――
あわわ……
えーと……
あわわ……
ど、どうしよう……じ、時間がないよう。
こんなの……こんなの……
しゅ、朱里ちゃぁ~ん……
「……あの~?」
「? 見ない坊主だね。なにかな?」
「は、はい、僕は、先日任官したばかりなのですが……あの幼女は、だれかのお子さんですか?」
「ん……? ああ、あの方か。ははは。まあ、大抵の新人はそう思うようだがな。あの方はれっきとしたここの宰相の一人だ」
「さ、宰相!?」
あぅ~あぅ~………………はっ! だめだめ!
朱里ちゃんも疲れて寝てるんだから……私がやらないと!
えーと……えーと……
この作物がこうで……この場所が……
あああ……違う違う。
そっちよりも、盾二様が送られてきた作物の分……その土地の確保が……
「宰相って、諸葛孔明様と鳳士元様という方だったはずでは……」
「だから。その鳳士元様が、あの方だよ」
「……………………」
「おいおい。開いた口が塞がらないみたいだがな。もうお一人の諸葛孔明様も、似たようなお姿だぞ」
「ええっ!?」
ええっと……予定地の拡大がこうで……水路の拡張がこうだから……
ああああ……だめ、だめだめだめ……予算が全然足りない。
となると、こっちの作物は来年度に回して、今年はこっちを最優先……
収穫高の見込みが……盾二様の予想だとこうだから、こっちが……
「こ、この漢中を実質しきっておられる、天才二人と聞いていたんですが……まさか、あんな幼い子が……」
「おい坊主。口の聞き方に気をつけろ。勘違いするのは仕方ないが、知ってなおそれを口にするな。あの方々がおらねば、今の漢中は本当に立ちゆかないんだ」
「あ、は、はいっ! き、気をつけます!」
「うむ……まあ、ともかく挨拶してこい。くれぐれも失礼のないようにな……あと、脅かすなよ」
「はい……は?」
となると、最優先でこの作物の説明をしてまわるとして……うん、よし。
うん、これならなんとかなりそう……ふう。一瞬、慌てちゃったけど、なんとか……
「あ、あの……」
「ひゃぅ!?」
突然、間近に知らない男の子が、顔を覗きこんできました。
だ、誰ですか!?
「あぅ……あぅあぅ……ごめんなさい。いじめないでください、攫わないでください、売られたくないです、まだ私にはやることが……」
「は、はい?」
あぅ!?
ああ……いけない。
また人見知りしちゃった……直さなきゃと思っているのに。
なにより、ここは私と朱里ちゃんの執務室でした。
「こ、こほん……し、失礼しました。ど、どなたですか……?」
「あ、あのう……ほ、本日付で執務室の雑用を仰せつかりました、姓は簡、名は雍、字は憲和と申します! い、以後、よりょしゅくお願いしましゅ!」
あ、かんだ……
「あ、ああああ……す、すいません! ど、どうも緊張するとかんじゃって……」
「あ、い、いえ……あのあの、わた、私こそ、ごめんなさい……その、丁寧な挨拶、痛み入りましゅ……」
あう……私もかんじゃった。
「え、ええと……よ、よろしくお願いします!」
「こ、こちらこそよろしく、です。あぅ……」
お互いが頭を下げてぺこぺこと……
あぅ……
「……こほん。鳳統様。この坊主は、雑用係です。以前からおっしゃっていた竹簡整理と、仕分け専門の係がほしいとおっしゃっておられたでしょう」
文官さんの紹介で、やっと思い出しました。
そうでした……私も朱里ちゃんも、整理を担当してくれる人を頼んでいたのでした。
「あ……頼んでいた人ですね。そうですか、よろしくお願いしますね」
「は、はいっ!」
慌てた様子の少年が、また頭を下げます。
よく見ると、そんなに歳も変わらない子でしょうか?
背丈は、私や朱里ちゃんよりちょっとあるかどうかです。
「じゃあ、すみませんけど……文官さんに仕事を教わってください。間違いだけはないようにお願いします」
「わ、わかりました!」
「では、私がお教えしておきましょう……簡雍と言ったね、こちらに来なさい」
「は、はい!」
緊張した面持ちで、簡雍と呼ばれた少年が文官さんに仕事を教わっています。
突然でびっくりしちゃったけど……真面目そうだし、仕事も早そう。
これで少しは、整理が楽になるかな……?
「失礼します。鳳統様、例の開墾の件の竹簡ですが……」
「あ! ひゃ、ひゃい! 今できましゅ!」
あわわわわ……すっかり忘れていました。
い、急がないと~!
―― 張飛 side ――
はむはむ、もぐもぐ、はむもぐもぐ……
「張飛様、どんなもんでしょう?」
「うーん……ちょっと皮が固いのだ。もうちょっと水を多めにしたほうが、ふっくらで柔らかくなると思うのだ」
「なるほど……中のお味はどうでしょうか?」
「そっちは、もうまんたい、なのだ!」
鈴々は、残っていた肉まんを飲み込むように食べるのだ。
それを見たおっちゃんの顔が、ぱぁっと明るくなったのだ。
「そ、そうですか……よかった。なにしろこの料理を作るのが、初めてでしたので……食べたことのあるという張飛様が頼りだったのです」
「そだなー。肉まんは、鈴々たちがいた幽州あたりだと多いけど、南のこっちじゃあんまり見かけないもんなー」
「そうですね……まあ、小麦自体がこの辺りではあんまり作られてなかったのもありますが。あ、そろそろこっちの肉餅が焼きあがりますよ」
「いただくのだ!」
できたて熱々の肉餅は、ほかほかしていて見た目にも美味しそうなのだ。
「はぐはぐ……はちち……んぐ。うん、パリっとしていてなかなかなのだ。でも、このちょっとピリッとくる辛さはなんなのだ?」
「ああ。それはたぶん胡椒とかいうやつでしょう。最近、巴郡から流れ始めたものでして。なんでも、軍師様が大至急取り寄せたものだとか」
「朱里たちがかー……ということは、たぶんお兄ちゃんがらみかなー?」
「お兄ちゃん? ああ、話しに聞く北郷様ですね? なんでも大陸を旅されているとか」
「そうなのだ。もう『四ヶ月』にもなるのだ……今は何処でなにしてるか、心配なのだ」
そう。
お兄ちゃんは、年が明けても帰ってこなかったのだ。
予定では、新年までには戻ってくるという話だったのに……
「そうですか……でも、その北郷様宛に、あちこちから書状がきていると聞きましたが」
「そうなのだ。朱里と雛里が、桃香お姉ちゃんと対応をきょーぎしているのだ。なんでも東の劉表と、西の劉焉って言っていたのだ」
「そ、それ、荊州の州牧様と、益州の州牧様じゃないですか!? りゅ、劉備様宛でなく、北郷様宛ですか……?」
「らしいのだ……おっちゃん、お水ちょうだい」
「あ、はい」
肉餅は美味しいけど、喉につかえるのだ。
「ごくごく……ぷはー! それで今度使者が来るそうなのだ。ただ、お兄ちゃんがまだ帰ってこないから、とりあえず宴会で饗すことにしたのだ」
「はあ……それで、この新作料理、ですか」
「そういうことなのだ。朱里が言うには『統治し始めて日が浅いのに、こういう料理を振る舞えば、向こうはきっと侮れず、と思うはずです』と言っていたのだ。どういうことだ?」
「さあ……ただの料理人の私では、わかりかねますね」
「鈴々もわかんないのだ。でも、朱里が言うことなら間違いないのだ……それより、次の『どらかれ』ってまだ出来ないのかー?」
「あ、すいません……なにしろ作り方はわかっても作るの初めてで。ちなみに、これは『どらいかれい』というらしいですよ?」
どらいかれい?
よくわかんないけど、味見できるのは嬉しいのだ。
「拉麺の下汁を出汁にするらしいのですが……試行錯誤してみました。もうすぐ出来上がるかと」
「なんだかすごくいい匂いだから、ずっと待っていたのだ! すごくお腹が鳴る匂いなのだ!」
ぐぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……
ほら、こんなにお腹が鳴っているのだ!
「あ、あれだけ食べたのに、まだ……すごいですね」
「鈴々のお腹は長江より広いのだ!」
「え、それ……自慢ですか?」
「にゃ?」
「い、いえ、なんでもありません……ただ、ちょっとご注意が。出てきた料理の色を見て、驚かないでくださいね」
おっちゃんはそう言うと、厨房に入っていったのだ。
料理の色を見て驚くな?
なんか変な色なのかなー?
「お待たせしました……『どらいかれい』です」
「おお! 美味しそうな匂い……にゃー!?」
鈴々は、その料理の色と形を見て、驚いたのだ。
こ、これは……これはまるで!
「あああああああ! 張飛様! 大丈夫です! ちゃんと味見もしました、問題ありません! これは『アレ』ではなく、立派な料理です!」
鈴々の取り乱し様に、おっちゃんが慌ててそういうのだ。
で、でも……これはどう見ても……
「……うううううう。お、おっちゃんを信じるのだ……そ、それにこんなにいい匂いなものが、『アレ』なわけないのだ……」
「はあ……私も最初作ったときは、その色と出来栄えに顔を顰めましたがね。でも、作り方にもそう書いてありますし、なによりそういう色と形に惑わされるなと……」
おっちゃんは、書かれた竹簡を鈴々に見せる。
!?
その文字の書き方は……
「こ、これ、お兄ちゃんの字なのだ!」
「は? ああ……らしいですね。軍師様からお聞きしましたが」
「お兄ちゃんの料理なら、鈴々は『アレ』でも食べるのだ! いざっ!」
ぱくっ!
…………
………………
……………………
うっ……
「うんまぁぁぁぁぁい、のだー!」
「ほっ……」
おっちゃんが安堵の息を漏らすのだ。
でも、鈴々はそんなのかまってられないのだ!
「これ、挽き肉を混ぜてあるのかぁ!? 汁っけはないけど、すごく美味しいのだ!」
「えーと……これは、挽肉とみじん切りにした野菜を炒め、頂いた『こうしんりょう』で風味をつけ、拉麺の下汁で味付けをして煮詰め、平皿に盛った白飯に載せた料理……と書いてあります。たぶんこれでいいと思うのですが」
「美味しいのだ! これは美味しいのだ!」
「ああよかった。あと、炒飯に『こうしんりょう』を混ぜて炒めた種類のもありますが……お食べになりますか?」
「いくらでも食べるのだ! どんどん持って来いなのだー!」
鈴々は、お腹の限界突破しても食べるのだーっ!
―― 関羽 side ――
「……それで、この惨状だと?」
「はあ……」
山盛りになった空き皿。
食い散らかされた食材の数々。
倒れ伏している料理人の面々。
そして、汗を滝のように流す料理長と――
「げっふぅ……なのだぁ……」
自身の身の丈よりも膨らんだ腹を見せつけるかの如く、食卓の上で大の字で横になって眠っている鈴々がいた。
「まさか……作った試作料理を全て平らげなさるとは。これ、今日の皆様全員の夕食だったのですが……」
「……試作を兼ねて、官吏全員を招いての食事会、だったな。千人を越える参加者が集まるはずだ」
「………………」
「………………」
私は、こめかみをひきつらせ。
料理長は滝の汗を流し。
「むにゃむにゃ……もう食べられないのだ……」
これだけのことをしでかした鈴々は、天使のように幸せな顔で寝言を言うのだった。
―― 孔明 side ――
ええっと……
あーそうだ……
盾二様が帰ってきたら、私と雛里ちゃんでお菓子をつくてあげなきゃ……
どんなのがいいかなあ……
甘いのがいいかなあ。
ちょっと苦いのがいいかなあ。
ふふふ、楽しみぃ~……
「しゅ、朱里ちゃ~ん……」
きっと盾二様は、おいしいおいしいって言ってくれるよね……
それできっと……『こんなに美味しいお菓子を作れる子は、俺の嫁にしないと』なんて言って……きゃっ♪
「か、帰ってきて~」
それでそれでぇ……
『今すぐお前を抱きたい』とか言ってぇ……
私は抱きかかえられて、閨に行くんだぁ……
「一人だけあっちの世界にいかないでぇ~……」
あ~そうだね。
わかっているよ、雛里ちゃん。
盾二様に抱かれるなら、雛里ちゃんと一緒に……
「そ、それは是非ともお願いしたいけど……そ、そんな場合じゃないよぅ……」
えへへへへへへ……
「……はあ。朱里殿! いい加減戻って来られよ、かぁぁぁぁぁつ!」
「はうあっ!?」
はっ、として正気を取り戻す。
あ、あれ?
じゅ、盾二様は?
「目の前の惨事を現実逃避したがるのはわかりますが……時間がないのです!」
あ、馬正さん。
ええっと……
「千人分の食事! これをどうしましょうか!?」
「あぅ~あぅ~……ど、どうしよう、朱里ちゃ~ん……」
……そうでした。
今日は漢中にきてから、初めてとなる官吏全てを招いての宴になるはずでした。
まだ、桃香様が赴任して日が浅く、不正官吏の追放で人心が揺れているこの漢中。
それを払拭させるために、正しい行いをするものは正当に優遇されることを内外に示すために行なうことにした今回の大宴会。
そのメインの食事が……千人分の食事が……
「いやー……ごめんなのだ」
そう言って、目の前でぽんと大きなお腹を叩く鈴々ちゃん……
………………
「あああああああああああああああ……」
「……頭を抱えたくなる気持ちもよくわかりますぞ、朱里殿。私も頭が痛いです」
「あわわわわ……」
「……誠に面目ない」
そう言って平伏しているのは、愛紗さんです。
この状況の説明をしている間もずっと平伏していました。
お腹を引っ込められない、鈴々ちゃんの代わりに。
ともかく……
「な、なくなったものはしょうがないとして……今日の夕食はなんとか用意しないと。あと二刻(四時間)しかないのですから……」
「二刻で千人分の食材ですか……米は糧食から出すからなんとかなるとして、問題は主菜ですな」
「お昼過ぎちゃったから、もう市場にもろくなものが残ってないと思うし……」
「なにより、お披露目するはずだった『カレー』がだせないのが痛いですね……」
盾二様の秘蔵の料理とのことで、大々的に広めるはずだったのに……
私の言葉に、その場にいた料理長が頭を掻く。
「『こうしんりょう』で残っているのは……えっと、『胡椒』と『がらむまらさ』っていうのだけは残っています。頂いた竹簡には一応これだけでも味付けはできるとありますが……」
「それだと味の方は……?」
「多少平坦にはなってしまうかもしれません。できるのは、『どらいかれい』と『かれい』、あとは……細々とした保存食程度ですが」
「……盛り上がりに欠けますが、しょうがないですね」
「あぅ……カレーだけでも一応お披露目にはなりますけど……千人分の量はありますか?」
「かなり薄めれば、なんとか……」
「そ、それじゃあ肝心の美味しさを知ってもらえません。どうしよう……」
はうう……せ、せめて米以外に小麦でもあればなんとかなるのにぃ……
「米、米の料理……米……コメ?」
あれ?
あれれ?
……あ!
「ああっ!」
「ひゃう!?」
「は?」
思わず出した私の大声に、そばにいた雛里ちゃんと馬正さんが驚く。
平伏していた愛紗さんも顔を上げ、驚いた顔で私を見た。
「ひ、ひひひひ、雛里ちゃん! あれだよ、あれ! 盾二様の糧食の項、第百三十六!」
「ひゃ、ひゃくさんじゅうろく……米で作る保存食と、その調理法、だよね? えっと……?」
「びーふん! せんべい! 焼きおにぎり!」
「あ、ああっ!」
「「「???」」」
私と雛里ちゃんの様子を、わけのわからないといった様子で見守る愛紗さん、鈴々ちゃん、そして料理長さん。
馬正さんは、頭をひねりながらも必死に思い出そうとしているようです。
「決めました! 今回のカレーは一部のみ! 米による米だけの大宴会にします!」
―― 劉備 side ――
「劉玄徳様。お招きに預かり光栄でございます。我々文官、武官一同。漢中、並びに玄徳様の益々のご繁栄に、謹んでお慶び申し上げます」
「はい、こちらこそありがとうございます。皆さんのお陰で、この漢中もやっとまとまって来ました。今後共、よろしくお願いしますね」
「もったいなきお言葉……」
「今日は、みなさんのために新しい料理を用意しました。ぜひ楽しんでいってくださいね」
「「「ははっ!」」」
官吏の皆さんの挨拶が終わって、それぞれが席に着く。
私は、椅子に座りつつ、隣にいる朱里ちゃんに小声で話しかけた。
「(ぼそぼそ)だ、大丈夫なのかな……? 鈴々ちゃんがなんかやっちゃったって聞いたけど」
「(ぼそぼそ)大丈夫です。当初の予定とは変わりましたけど、問題ありません。あとは私に任せてください」
「(ぼそぼそ)う、うん……お願いするね」
朱里ちゃんは自信満々のようだけど……
ちらっと横を見ると、愛紗ちゃんがバツが悪そうに視線をそらす。
確か今日の主菜は、ご主人様が華佗さんに託したという『カレー』という料理を出すはずだったんだよね……
でも、それを全部鈴々ちゃんが食べつくしちゃったとか。
鈴々ちゃん……千人分の料理を食べるって、どんだけ喰いしん坊なの……?
「(ぼそぼそ)あ、愛紗ちゃん。そういえば、鈴々ちゃんは?」
「(ぼそぼそ)罰として、宴が終わるまで外壁の上を走っていろといいました。ここにいさせると、また食べ尽くしてしまうかもしれませんから……」
「(ぼそぼそ)あ、あはは……」
せ、千人分の食事を食べてもまだ動けるって……
「お待たせしました! まずは前菜です」
料理長の言葉とともに、それぞれの席に料理が運ばれていく。
そして私の前に運ばれてきた料理は、お米料理だった。
「そちらは米の野菜和えと米焼き菓子です」
料理長はそう説明した。
米の野菜和えは、米にきゅうり、オクラ、などが和えてあり、ツンと臭うのはお酢のような匂い。
もう一つのものは、米を平べったくして焼いたもので、上にはゆでた卵を薄く切ったものや、砂糖をまぶした果物をのせたものなどがあった。
ともかく、一口味見してみる。
「!? 酸っぱい……けど、あっさりして美味しいね。このピリッとくるのは……」
「胡椒です。花椒と風味が違うので、使ってみました」
へえ……これも胡椒なんだ。
ご主人様が華佗さんに託したという、数々のお土産。
そこにあったのはたくさんの『香辛料』と『土豆』だった。
そして書簡には、これらの大量の取引と、土豆を『じゃがいも』として漢中で大々的に最優先で栽培させてほしいとのこと。
そして、その香辛料を使った料理の詳細な調理法と、その有効性の数々。
それと一緒に土豆の栽培方法と、その驚異的とも言える収穫量のことが、事細かに書かれていた。
さっそく、朱里ちゃんと雛里ちゃんは、予定していた農地計画を修正して栽培を指示しはじめたのが、ちょうどニヶ月前。
漢中に黄巾の残党が襲ってきた数日後だった。
その時に華佗さんから『カレー』の作り方、そしてご主人様のことを教えてもらった。
なんでも、荊州の劉表さんに面会して、私との同盟を組むことをお願いされたとのこと。
そして巴郡という、漢中の南にある街の太守と仲良くなったこと。
その仲良くなった相手が、女性であることも教えてもらった。
その時、みんなで華佗さんを睨んでしまって、華佗さんが若干怯えていたのは悪かったと思うけど……
そして年が明けて、先日劉表さんと、益州の劉焉さんから同盟の話がご主人様宛に送られてきた。
けど……そのご主人様は、まだ帰ってこない。
ご主人様が、資金を調達すると言って旅立っていったのが去年の夏の終わり。
あれからすでに四月あまり。
年末には帰ってくるという言葉だったのに……
「……お口に合いませぬか?」
「へ?」
顔を上げると、目の前に料理長が立っていた。
あ、いけない。
ここは、宴の席だった。
「う、うううん! お、美味しいよ! こっちの焼いてあるのも……ぱくぱく。うん、上に乗ってる果実も美味しい!」
「そ、それはよろしゅうございました……では、次の料理をお運び致します」
安堵の表情で料理長が下がっていきました。
あーびっくりした。
「(ぼそぼそ)桃香様……?」
「(ぼそぼそ)ごめんね、愛紗ちゃん。ぼーっとしちゃった」
心配そうな愛紗ちゃんに笑いかける。
ふう……そう、この宴はただの宴会じゃないもんね。
まだ内心では心服してない官吏の人たちに、私達が認めてもらうために必要なことなんだから。
気合い入れなきゃ!
「お待たせしました! 次は湯になります!」
そうして運ばれてくる湯。
ふわっとした湯気とともに、いい香りが漂ってくる。
「こちらは酸辣湯と申します。唐辛子と胡椒、そしてお酢を使った湯でございます」
料理長の紹介とともに、私の前にも置かれる酸辣湯。
ああ、美味しそう……
「どれどれ……ん、なにこれ?」
私がレンゲで掬おうとすると、透明な麺のようなものが入っていた。
「そちらは、米粉……ビーフンと申します。米で作られた麺です」
「へえ……米から麺ができるんだ!」
私はしげしげとそれを眺めてから、口にする。
……これは。
「うわ、ツルンとして面白い……小麦の麺と違って、すぐ切れるんだね。でも湯と合って美味しいよ」
「ありがとうございます」
へえぇ……ビーフン、かぁ。
周囲を見れば、みんな美味しそうに食べている。
「米からできる麺ですか……これはまた」
「小麦はここらではあまり作られませんが、米で作れるのがありがたいですな」
「これはぜひ、家でも作りたいですな……」
うん。
みんなの評判もすこぶるいい。
でも……あれ?
今日の主菜って、カレーだよね?
でも前菜も湯も米を使った料理……
「ねえ、朱里ちゃん。もしかして、今日の料理って全部お米で作ってあるの?」
「はい。今日の料理の主題は『米の有効活用』です」
朱里ちゃんの言葉に、周囲の官吏たちがざわめく。
「みなさんは普段から米を食べられています。でも、大抵はそのまま炊いたものを食べていて、その料理法は驚くほど少ないんです」
そう言って、手に掲げるのは稲。
「私達の主、北郷盾二様からの書には、こう書かれてあります。『米というものは、一つの国がその実力を表すのに、米の収穫量を内外に示すことがあったほど、偉大な食材なのだ』と。そしてこうも書かれています。『米とはその収穫からして捨てるところが全くない作物なのだ』と」
へえええ……ご主人様がそこまで言うってことは、お米ってすごいんだ!
「稲は脱穀し、籾殻をとり、玄米から糠をとって精米することで白米になります。今まで、ここまでの工程で捨ててきたものは、全て再利用が可能だとおっしゃっています」
「再利用、ですと?」
文官の一人が声を上げる。
朱里ちゃんは、深く頷いた。
「はい。まず脱穀した時に出る稲藁。これは編めば縄になりますし、細かく刻んで田に蒔けば、再び肥料となるそうです」
「肥料?」
「肥料というのは、土の力を回復させる栄養のようなものだそうです。作物はこれを蓄えることで育ちます。当然、作物が実ってしまえば、土の力が減りますから、次作る作物は育たなかったりします」
「なんと……」
「畑や田というのは、育たなくなったら場所を変えて作るものだと思っていたが……」
そう。
私も元は農民だから知っている。
同じ作物を同じ場所で育てていると、何年かすると全く育たたなくなる。
そうすると土が死んだとして、他の場所で作り始めるしかない。
その場所は何年かすれば元に戻るそうだが、大抵は新しい誰かがそこで別の作物を育てようとして失敗する。
そして失敗した人は、食料を求めて野盗になっていく。
「今まではその土の力を回復させる手段がわからなかっただけです。ですが、盾二様は、それを元に戻す方法をお書きになられています」
「なんと!」
「真ですか!?」
「はい。その方法は、輪栽式農業というそうです。簡単にいえば、消費される土の力はいくつもありますが、それを作物を作りながら回復させる方法なのだそうです」
「おお……!」
そう。
この農法については、私もご主人様から教わった。
同じ作物を育てるのではなく、一年ごとに違う作物を四つの畑でそれぞれ栽培する。
その作物は、それぞれ決まっていて、中にはただの家畜の餌にしかならないのもある。
だから、穀物自体の収穫量は、四年で合計すると減っちゃうけど、食料自体の生産量は大幅に増す上に、土の力も回復できる、ということだった。
「あと、今までやっていた陸稲は廃止します。これは、その場所を畑として輪栽式農業をするためです。そのため、米の収穫量自体は減りますが……総食糧生産量としてみると、倍以上になることが試算されています」
「なるほど……」
「話は米に戻りますが、稲藁が肥料になることは示したとおりです。次に、籾殻です。こちらは、焼くことで薫炭と呼ばれるものになります。これも土の力を回復させる肥料になります」
「おお!」
「特に畑で育てる大根、カブなどの肥料には最適だそうです。そして玄米から取れる糠。こちらも肥料になるだけでなく、野菜を漬けておくことで、長期保存ができる『漬物』というものができます」
「す、素晴らしい!」
朱里ちゃんの説明に、文官も武官も興奮した様子で互いに歓声をあげる。
そっかぁ……私は幽州の農民だったから、米というのがそんなにいろんなことに使えるなんて知りもしなかった。
凄い作物だったんだ……
「さらに、米は料理法でいくらでも味が変わりますし、練餅などにすれば数日ですが、保存もできます」
「練餅……あれは小麦では?」
「米でも同じようにできます。餅米という種類だけでなく、通常の米でも炊いた後にお湯につけた後、更に蒸せば餅のようになるそうです。これをたがね餅というそうです」
「ほほお……」
「また食べるだけでなく、米の粘性を利用すれば糊という、物を貼り付ける効果もあるそうです。これも量産できれば、主要な特産品となるでしょう」
「「「………………」」」
文官、武官の皆さんが唖然として互いを見やる。
どの顔も、自分の目の前にある米という作物の力に、驚いているみたい。
その様子に、朱里ちゃんは皆を見回して、こほんと咳払いをした。
「皆さん……私達は今、漢中周辺の大規模な農業改革を行おうとしています。先ほど言った輪栽式農業の導入、そして陸稲の廃止です」
朱里ちゃんの言葉に、皆の顔から興奮が冷めていき、真剣な顔つきになる。
「農民は、突然の改革に戸惑い、不満を上げてくるかもしれません。ですが、この方法がきちんと普及すれば、今より何倍もの人を養うことがきるようになります。それはすなわち、民の命を救うことになります」
「………………」
「食料が増え、民が豊かになれば賊に身を落とす民も減ります。飢えることが無くなれば、食べ物がなくて死んでいく子供を見なくて済むようにもなるでしょう」
朱里ちゃんの言葉。
食べるものがなくて飢えて死ぬ子供……その下りに、嗚咽を漏らす文官の人もいた。
この国では、基本的に働ける人が食べる権利を持つ。
だから、働く力が小さい子供は、大人よりも餓死者が多い。
それでも子供に食べさせようと、無理した母親が餓死することもある。
そうした負の連鎖こそが、この国最大の病でもある――
義勇軍にいた頃、ご主人様は飢えた農民を見て、そう言っていたことがあった。
それが無くなれば……無くなれば。
私が夢見た『誰もが笑って暮らせる国』になる――
「それだけじゃありません。今後はこの農業改革だけでなく、工業改革、軍事改革、そして最終的には――政道改革すら行う予定です」
その言葉に、いっきにざわめく周囲。
政道改革……その意味は――
「朱里ちゃん……」
私は静かに朱里ちゃんを見る。
「どうしても、やらなきゃ……ダメなの? 朱里ちゃん……」
「……はい。この農業改革、工業改革、軍事改革。そして……政道改革。これは、絶対にやらなきゃいけないんです」
この先の未来のためにも……どうしても、絶対にやらなきゃダメなんです。
彼女の眼は……そう断言していた。
私は彼女の瞳の光を見て、覚悟する。
そう……そうだね。
たとえすべてを敵に回しても。
私は……ご主人様と共に、新たに誓ったんだ。
そう……『誰もが笑って暮らせる未来』の為に。
「……うん。そうだね」
私は立ち上がる。
「全ての官吏に問います。貴方たちが望むのは、自らの栄達ですか? それとも名誉ですか?」
私の言葉に、全ての官吏が私に注目する。
「私はこう答えます……望むもの、それは『笑顔』と。そして更に問います。誰の笑顔のために、そして何のためにそれを望むのですか?」
朱里ちゃん、雛里ちゃん、愛紗ちゃん、馬正さん……その仲間たちが私を見つめる。
「私は再度答えます。それは……すべての民の、誰もが笑って暮らせる未来を得るために、と!」
私の言葉に、官吏が一人、二人と立ち上がっていく。
「だから私は、皆さんにお願いします。苦しいことがあるでしょう、辛いこともあるでしょう……でも、どうか……どうか、あきらめないでください。そして、私に……この劉玄徳に、力を貸してください!」
頭を下げる。
その瞬間――
私の名を叫ぶ官吏の大合唱が、漢中に木霊した。
後書き
書き終えて思いました。
あれ? あの人出す予定だったのに出てないよ?
……次回も梁州を書くことになりました(涙)
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