ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode5 守る者
「くらえっ!」「はああっ!!!」「逃がすなっ!!!」
突進してきた前衛は、三人。今の俺のサイズは、人間サイズよりは少々大きいものの、Mobにしてはさほど巨大というわけではない。そんな俺に対して、上手くソードスキルを繰り出せるように陣取ってのなめらかな連撃。
見れば、かなりの練度を感じさせる上に最も効率よくダメージを与えられる高威力の連携技。突っ込んだ二人の二本の短剣の単発ソードスキルでまず仰け反らせ、僅かに遅れるダメージディーラーの長槍での大技を当てる、典型的で王道な特技の使用。
だがそれは。
(……あくまで、対Mobでやるなら、だがな)
対人戦で用いる技術では無い。
「っ!?」「なっ、よ、避けた!?」「後衛、気をつけろ!」
最初の、怯ませる用の短剣のソードスキルそれ自体を軽くスウェーして回避して、既に発動した長槍の大技は完全に空振りに終わらせる。僅かな、しかし脇をすり抜けるには十分な隙を晒した三人を置き去りに、一気に後方へと駆け抜ける。一様に浮かべる呆けたような表情もまあ、分からなくはない。
Mobは基本的に「回避」という動作はかなり高度なAIを持つボスしか持たず、それも「大きく飛び退る」といった大味なものだ。こんな回避を見せるMobなど信じられないのだろう。
もちろん、Mobでないからこそできる芸当なのだが。
「くっ、ま、まてっ」「うおおおおっ!!!」
走り抜けた先に控えた、二人。短剣使いのダガーが妖しい光を放ち、両手剣持ちが吠える。いずれも《挑発》のスキルで、Mobの攻撃を引きつける役目を担う特技。だが、それもまた、Mob用の特技。プレイヤーに対してその行動を束縛することは出来ない。
突っ込む俺の、標的は。
「ひっ、きゃっ、わっ!!!」
後ろで控えて詠唱を続けていた、魔法使い。
……だったのだが。
――――ッ!!?
やられた。
参ったことに、ローブから顔を覗かせた残りのメイジは、女だった。
(……っ、くっそ、めんどくせえな……)
舌打ちしたら、Mobの「グギギッ!」という声が口から洩れた。勿論、この舌打ちは、俺が特別にフェミニストだから女に手を上げたくない……というような意味では無い。もっと純然たる理由、不利な条件があっての愚痴だ。
(さーて、どうやって『ハラスメントコード』をくぐるかねっ、とっ!)
背後からの刃をかわしつつ、俺は一端大きく距離を取った。
◆
ハラスメントコード。
この世界の女性諸君をお守りする、きわめて強力なシステムの守護。そして俺の操る《体術》スキルは、直接相手の体に触れる関係上、その影響をもろに受ける。例えば、手首から発動できるスキルである《クラッシュ・バインド》はその発動に「相手の体の一部を握りしめる」という動作が必要になる。そしてその性質上、女性相手に使えば一発でハラスメントに抵触する。
だがまあ、そのあたりは、一応は対策済みだ。
対策と言うか、検討と言うかだが、俺は《体術》使いとしてそのあたりはブロッサムさんやレミの手伝いを受けて、「どの技をどの部位に使えばハラスメントコードに抵触するのか」というのはかなり正確に把握している。技をかけられるブロッサムさんが積極的過ぎて若干引いたり、それを監視するレミの視線が痛かったりはしたのだが。
結果として分かったのは、基本的に掴み技や固め技はアウト、更に貫手や拳での打撃も場所によってはコードに触れることが分かった。逆にオッケーな技としては、足技系は殆どが許されている。
今までは、知識としてそれらを持っておけば、もともとたくさんの特技を組み合わせて戦うのを得意としていた俺には然程問題は無かった。一つ二つが使えなくても他の多くの技で十分に補えたし、それが気になるほどい追い詰められることも少なかったからだ。
しかし。
この体がMob化した今、その手数の縛りは重いルールとなって俺を苦しめていた。
◆
(……くっそ、やべえな!)
飛び退った体を狙った刃を、首を大きく傾けて紙一重で回避する。今の俺の体はMobのそれ、当然装備品であるコート、《闇を纏うもの》の視覚詐称エフェクトの効果は得られない。敵の剣は、過たず俺のクリティカルポイントをその軌道に納めている。喰らえば俺の決して多くないHPは一気に削られるだろう。
Mobに体を変えるこの技は、ステータス変動こそないもののプレイヤーに各種特殊効果を与える強力な装備の効果は無くなるし、習得したスキルも場合によって殆どが使えなくなる。今の俺の《グラン・ダークリザード》は貫手や手刀といった《体術》スキルこそ使えるが、足の骨格の関係上蹴り技系のスキルは使えない。
即ち。
(……奇襲以外では、女は仕留めにくいんだよな……)
大きな威力を与える技が、殆ど使えないのだ。
俺の最大威力の蹴り技、《ネプチューン・ストーム》四連撃なら魔法職くらいは一撃で爆散させられる自信があるが、手数重視の手刀などでは流石に一連のコンボでHPを削りきりはしないだろう。一旦距離を取られてしまえば、すぐに自身の回復呪文でふりだしに戻るだ。
どうするか。ちなみに。
(……んー、また逃げるかね……)
この段階で既に、俺は目的の大部分は達成していたので、逃走をその視野に入れていた。
俺の目的。その一番は、「この層のボスを攻略させない」ことだ。その為には、レイド部隊が来たときにその回復担当を殲滅して死んだプレイヤーの蘇生が出来ないようにしてしまうのが手っ取り早いので、今回も魔法系の二人を排除しようと試みたわけだ。
が。
(ま、こいつらは、違うだろうからいいけどな……)
斬りかかってくるナイフが俺の爬虫類的な頬を掠め、HPが僅かに減少するのを眺めながら、冷静に分析していく。ワンパーティーでボス攻略、なんてアホなことを考える他のプレイヤーがそうそういるわけがないので、今襲っているこいつらはボス攻略メンツとは考えにくい。
ならば。
(狙いは俺、だろうな……)
俺の誤算は、この『二十九層の魔物』があまりにも有名になり過ぎたせいで、それ目当てに来るやつが増えたことだ。Mobを演じる関係上、ボスを狙いに来た大パーティ-メンツだけを攻撃する訳にもいかないために、とりあえず通りかかったプレイヤーは襲っているのだが、正直、これは俺の本意ではない。
敵の見事な連携での波状攻撃で、避けきれないヒットが散発的に俺のHPを削っていく。やはりこの体では両手剣や長槍といった高威力の武器はかわせても、短剣三つは流石に全部はかわせない。じりじりとHPを削られていき既に五割割って黄色の注意域。
これ以上戦闘するのは、やはり危険か。
(そろそろ、大技が増えてくる、し、なっ!!!)
振りかぶられた両手剣の突進は、かなり上位の突進系ソードスキルである、《アバランシェ》。恐らく俺のHPがかなり(ボス級Mobとしては異常なほどに)少ないことを理解して一気に倒してしまうつもりなのだろう。勿論かなりの威力の分当てるのは難しく、俺からすれば避けるのは然程難しくない。今回も効果範囲を完璧に見切って足払いをかける。
だが、避けやすいとは言っても、絶対に当たらないわけではない。
千に一つ、万に一つとはいえ、あたってしまえばそれで終わりだ。
そうなってしまえば、『魔物』の正体は一気に知れ渡ってしまうだろう。
(どう考えても、アイテムドロップから『プレイヤー』ってばれるしな……)
結局、俺は逃走を選択した。まあ、もう戦闘時間は十分を過ぎている。
これだけ戦っていれば、あとは『仕上げ』をしておけば大丈夫だろう。
―――キシャアアアアアッ!!!
俺の喉から迸るのは、人間のものではない奇声。Mob化したときにしかできない独特な感覚が少々気持ち悪いが、《挑発》の上位スキルである、広範囲のMobの惹きつけ。横道から聞こえてくる奇声は、他の……本物のMobの群れだろう。
「くっ、コイツ、仲間呼びやがった!」「後ろにもカバー入って!」
敵の、一瞬の動揺。その隙に。
「あっ、くそっ! 逃げるぞあいつ!」「くっ、仕方ない、今回は諦めろ! 全滅するぞ!」
俺は即座に逃げ出した。
◆
そんな日々が、どれだけ続いたのか。
もう一月も終わろうかという時になって、そのある種の均衡状態が崩れた。
大手ギルドの、大規模戦闘の攻略班編成。
ボス部屋に入る人数の上限を超える人数を集めて、俺もボスも纏めて潰すつもりなのだ。
武器屋である『シド』に伝えられたその数、なんと七十。
実に七人一組のパーティーが十も組めることもにある。
その、圧倒的な敵に対して、俺は。
今まで逃げていたことの一つに、真正面から向き合うことになった。
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