ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode5 『魔物』
「なあなあ、今回うちのギルドちょっと気合入りすぎじゃね?」
「確かに。まだ迷宮区が開かれたばっかじゃん? マップデータも出回って無いのにもうから俺らが偵察ってどういうこったよ?」
「多分下の層がヨソに取られて焦ってんだろー。二十七層もアレだったし、二連続でもってかれるのはまずいとおもってじゃね?」
アインクラッド第二十九層、迷宮区。聞こえる話声は小柄な猫妖精と風妖精の二人に、大柄な火妖精一人の三人組の一団のものだ。現段階でこの階層はボス部屋こそ見つかったものの、まだ完全なマッピングも終わっていないとされる程度の探索具合であり、チームには索敵担当だけでなく壁戦士が混ざる編成になっていた。
「ま、どうせ三十層はごっついのがいるだろうし、この層は単独ギルド攻略してーよな」
「大丈夫なんじゃね? だって今回、相当の予算組まれてるって聞いたぜ?」
「ああ、結構な量のハイレベルポーション類を買いあさってるらしい。こりゃ頂きだな」
天井が低く、ごつごつとした足場の悪い通路を、しかし流石は攻略ギルドという身のこなしで三人は進んでいく。しかも、喋りながらもシルフの移動可能隠蔽呪文がMobの感知を無効化し、ケットシーの研ぎ澄まされた感覚による油断のない索敵を続けている。
そして、古代級の装備に身を固めた、重装甲の戦士。隙のない布陣。
「んげー……じゃあ、またノルマきつくなるなー……」
「明日どうする? 今度、ヨソと合同狩りの誘いあったけど行くか? 女の子も多いってよ」
「まじで? 行く行く!」
それはたとえ最前線の迷宮区であっても、三人で十分に対応できるだけの布陣といえるだろう。
「んじゃあ、ここの伏兵が終わったらすぐメッセ飛ばしとけよ?」
…っ
「おお。ここの偵察の交代、一時間後だろ? まだ枠残ってると良いけどなー」
その、なかなかの洗練された連携の一団が。
……っ
「で、その狩りって何処でやんの? 属性防具は俺いろいろ持ってるから合わせ、て、え?」
あっさりと、瓦解した。
最後に残った、サラマンダーの重戦士。
音も光も無く仲間を見失った彼が、最後に知覚したのは。
―――キシャアアアアアッ!!!
「―――ッ、な、うわっ!!?」
耳元に突如響いたモンスターの声と、喉元を握りつぶされた、嫌な感覚。
《体術》スキルの零距離技、《クラッシュ・バインド》。
必死にもがいて逃れようとするが、後ろからがっちりとしがみつかれた為に鋭く爪の伸びたその手がひきはがせない。悲鳴を上げて転がりながら、一秒、二秒、そして。
「う、うわあああッ!」
三秒を数える前にその体が音も光も残さずに、消滅した。
◆
『二十九層迷宮区には、「魔物」が出る』。
その噂は、瞬く間にALOに広まっていった。闇妖精領の最難関ダンジョンのMobである《グラン・ダークリザード》の亜種と言われたその獣人型Mobは、高い《索敵》と《隠蔽》、そして多彩な《体術》スキルを操る強敵で、かなりの上位ネームドMobと目された。
だがそれでも、最初は「ただのちょっと強いネームドMob」だと思われていた。
最初に犠牲者を三人出したトップギルドはすぐさま部隊を編成、今度は四人で赴いた。
それがやられた次の日、別のギルドがワンパーティーでの攻略に臨んだ。
その更に翌日は、最初のギルドがなんと二パーティー、十四人で狩りに繰り出した。
……そして。
その全てがことごとく甚大な被害を受けて撤退することになって、そのネームドMobの認識は改められた。単なるモンスターとは大きく異なる、強力なスキルと異常な機動力。そして何よりも、全く行動が読めない、特殊極まりない高度なAI。
ボス部屋を守護する、門番。
或いは、ボス以上の強敵となる、『魔物』。
その出現によって、ボス攻略ギルドは今までの攻略方針……すなわち中小規模のギルドを露払いとして用いてその情報を盗み見る、ということが不可能になった。強烈な索敵能力を持つそのリザードのせいで、ボス部屋前での潜伏自体が出来なくなったためだ。
その存在の本当の正体に気付いた者は、この段階ではまだ誰一人居なかったのだが。
◆
現実世界での時間は、既に深夜二時を回っていた。回っていた、が、それでもまだまだ迷宮区を訪れるプレイヤーは一向に減らなかった。明日も平日だぞ、さっさと寝ろよな……と、自分のことを棚にあげての愚痴を、心の中で盛大に呟く。
目の前に見えるのは、七人のワンパーティー前を行く索敵担当らしい偵察兵が三人、攻撃特化の武器攻撃戦士が両手剣と長槍の二人、スカウトダメージディーラー火力か支援かは分からないが魔法使いが二人。敵ながらバランスのいいパーティーだ。
それにしても。
(……すげえな、この体……)
今、己の体を包んでいる魔法の効果に、俺は舌を巻いていた。
影妖精の幻属性魔法の一つ、体をMobに変更する呪文だ。
その種類は自身のスキル熟練度に依存するために、何度も繰り返し使っていればなんとなく自分が変身するMobの姿は予想できるようになる。
俺の『ラッシー』のスキル熟練度でなれるMobは、《グラン・ダークリザード》。いや寧ろこのMobに変身するために、各種のスキル熟練度を調整している、といったほうが正しいだろう。理由は簡単、このMobなら《軽業》と《体術》、そして今回の生命線となるとあるスキルが使え、さらに桁違いに高い《索敵》《隠蔽》能力を持つからだ。
もちろん体の感覚が異なる欠点はあるのだが、今はそれを上回るアドバンテージがある。
(……さて、行くかね……)
それは、この「姿をMobに変える」という効果自体だ。
Mob状態の為に呪文が必要な透明化のスキルは使えないが、それでもプレイヤーにその技術があれば無音の移動は可能だ。狙うは、慎重に索敵を行っている前衛索敵担当では無く、後方に控える支援メイジ。豪奢なローブを纏うその姿は、メイジと言えども甘くない耐久度を持っていそうだ。
(二秒……いや、一・五秒、かね……)
有難いことに昨日は「上から落下しての強襲」を使いまくったために前衛達は天井を重点的に索敵している。それを読んで、今回は横道に隠れて背後からの戦闘に切り替えてある。三人全員の視線が離れた一瞬の隙を突いての疾走、ローブの男の首を背後から鷲掴み。
「……っ! ……-っ!」
口に当てた左手は、その声を完全に殺し。
右手の《クラッシュ・バインド》は、エフェクトフラッシュを纏わない。
それは、今回の作戦の切り札となるスキル、《暗殺》スキルの効果だ。
かつてのデスゲーム、『ソードアート・オンライン』ではあってはならないスキルだったが、この「異種族間なら自由にPK可」というハードなタイトルである『アルヴヘイム・オンライン』ではあってもおかしくない、いやなければおかしいとも言えるスキル。
非常に地味なうえに戦闘の派手さというある意味VRMMOの醍醐味とも言える視覚効果を消してしまう為に人気の低いスキルだが、こういった奇襲戦……そして、一対多数での戦闘では、生命線とも言えるスキル。
「……-っ!!! っ…」
一・五秒を正確にカウントし、《クラッシュ・バインド》の第二効果、威力倍加を発動させる。生じたダメージは過たずにメイジのHPをゼロにし、その体を音も光も無く消滅させた。これもまた、《暗殺》の上位スキル。
(……まずは、一人……)
このまま、もう一人いけるか、と思ったが、相手もそこまで甘くはなかった。
「前衛、後ろだっ!!!」
偵察兵の一人が、悲鳴にも似た声をあげやがったのだ。これではすぐに武器戦闘の五人全員が俺へと殺到してくるだろう。そして狙いであるメイジは後ろへと下がる。だが、まあいい。今回のようなワンパーティーなら、乱戦でも十分に対応できる。
なぜならこれは、こんな時の為の「Mob化呪文」なのだから。
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