ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode1 彼女との決闘
「最後の相手は、俺だ。手合わせ願うぜ」
告げた瞬間、ユウキの顔に絵に描いたような驚きが浮かんだのを見て思わず噴き出しかけたが、なんとか堪える。ここで俺とユウキが知り合い……と言っても、まだそこまで知りあっている訳でもないが……だとバレてしまっては、広告効果は半減だ。
「えっ、で、っ!」
口を開きかけたユウキに、ちいさくウインクして合図。何の打ち合わせも無かったが、彼女はそこそこんは勘もいいらしく、その動作で全てを理解してくれたらしい。
にっこりと笑って続いた彼女の言葉は、
「分かったよ! キミが今日の最後の相手だね! 手加減無用だよ!」
笑いたくなるくらいに真っ直ぐだった。
そしてその言葉と同じように、真っ直ぐに構えられる剣。
その何気ない動作は、美しいほどの滑らかさで、SAO生還者である俺よりも熟練したVRMMO歴を感じさせる程の自然さだった。その一つ一つの動作が、記憶の『彼女』と被る。構える黒曜石の輝きを放つ剣が、懐かしい緋色に滲んで光ったように錯覚するのを、無理矢理に意識から追い出す。
(……今は、目の前のデュエルに集中する時だ)
彼女は言った。手加減無用と。
ならば当然、これは真剣勝負。
意を決して真っ直ぐにユウキに向けた視線。同時に表示される、ウィンドウ。
『Yuuki is Challenging you』。
当然のように全損モードを選んで、同時に表示されてゆっくりと減りだすカウント。一秒ずつ減るはずの数字が、やけにゆっくりと減速していく。手加減は、無い。
三 ―――
二 ―――
一 ―――
「やああっ!!!」
「おおおっ!!!」
零になると同時に挙げた裂帛の気合は、彼女のそれと完全に同調して響き渡った。
◆
「うわっ!?」
「――ッ!!!」
交錯と同時に、ユウキの驚いた声が上がる。俺が放ったのは、単発体術基本技、《スライス》。うすいエフェクトフラッシュを纏った一撃は、彼女のジャケットの肩口を浅く切り裂いた。
《スライス》は、かなり低い熟練度でも使える基本技となるソードスキルだ。当然その威力はソードスキルの中では最低クラス。しかしこの技には、高レベルの大技には無い利点……技後硬直の短さと出の速さがある。それはつまり、手数で押すタイプの俺に相応しい技だということだ。
「ほらっ、ぼーっとしてんなよ!」
既にこの小柄な音楽妖精のアバターにも大分慣れて来ており、手刀は意識と完全に同調した軌道を描いて空間を裂いた。跳び退るユウキを、油断なく見やる。
「ユウキ!?」
「おおっ、当てた!」「すっげ、先にHP減らした!」「流石は『戦う行商人』だ!」
周囲から歓声が上がり、シウネーのものと思われる短い悲鳴も聞こえる。
初撃は、奪った。先ほどまでの力自慢たちよりも上だということは、これでユウキにも伝わったろう。驚いて見開かれた……しかし爛々と戦意、そして好奇心を光らせた瞳でこちらを見つめる彼女も、これで本気になるだろう。
裏を返せば。
(さっきまでは、本気じゃなかったな、なろ……)
決闘中の動きでは、避けられない一撃なはずだった。しかし彼女は一瞬の反応で咄嗟に身を捻らせて、致命的な衝撃……クリティカルポイントである首への攻撃を回避して見せた。以前に話したとき、(俺がそうしていたように)アバターの挙動からある程度の俺の強さを予測していたのかもしれないが、それでも回避は容易ではなかったはず。
それを、あっさりと可能にしてみせた。
「……凄いね。もうちょっと体大きかったら仰け反らせられたんじゃない?」
「……ま、終わったことを言ってもしょうがねえさ。このままいくぜ?」
じりじりと間合いを測りながら、彼女が微笑む。俺もそれに合わせて、にやりと笑う。
頬から汗が滴りそうなほどの焦りを堪えて、だ。
(この迫力……地上戦で助かったぜ。空戦じゃ歯が立たねえな……)
彼女らの目的はアインクラッドでのフロアボス攻略。迷宮区内は飛行出来ない為、このデュエルでは戦闘前に地上戦か空中戦かを選ぶようにしてあった。それは目的のためだけでなく、ユウキのあまり長くないだろうALO歴を考慮してのものだったが、先程までのデュエルでの少なくない空戦の腕前を見るにどうやら救われたのは俺の方らしい。
と。
「やああっ!!!」
「―――ッ!?」
鋭く動いたユウキの持った黒剣が、俺の体……の、僅かに左ぎりぎりのところを掠めて通過した。間合いが、思ったより広い。それも先の突進はエフェクトフラッシュが無い、つまりはソードスキルでは無い通常攻撃だ。つまりは。
「くっ!!!」
俺が慌てて跳び退るよりも一瞬早く、伸ばされた黒剣が鋭く薙ぎ払われた。一応ある程度は跳んで威力を緩和出来たようで、HP減少は一割程度で済んでいる……が、反応が僅かでも遅れればごっそりゲージを持っていかれていただろう。これもまた、通常攻撃。
(距離をあけると、不利か!?)
咄嗟に判断して跳び退った分の距離を取り返すために反転。
構えたユウキに対して一気に距離を詰めて、接近戦に持ち込む。
俺の戦闘スタイルは、あの頃からずっと変わらない、徒手空拳。一切の武器を持たずに己の体だけで戦う《体術》は、その性質上長い直剣や槍と比べては間合いが極端に狭まる。ユウキの使う剣は直剣というよりは細剣に近くて決して長大なものではないものの、それでも俺に比べれば間合いは当然広い。
離れれば、不利。
だが近づけば、俺のほうが有利。
「おおおっ!!!」
「やあっ!」
……なのだが、一気に距離を詰める俺に対して、ユウキは距離を取ろうとはしなかった。正面に剣を構え、突進する俺を真正面から迎え撃つ。俺の間合いを封じて勝つのではなく、真っ向から打ち勝ってみせるということ。
(……上等だ。この距離なら、俺も自信がある!)
それに応えるべく、体を捩じる様に引き絞る。伸ばした指先に宿る赤い光は、俺の十八番の単発貫手技、《エンブレイサー》。相手も何らかのスキルを放つ様で、黒曜石のような澄んだ黒の刃が薄緑に輝きだす。
瞬間。
弓を射る様に放たれた互いの技が、激しく閃光を上げて衝突した。
◆
結果は、惨敗だった。
打ち合い始めた時こそ俺の攻撃は確実に相手に着弾していたものの、HPの二割を削ったあたりから攻撃が避けられ始めた。逆に相手の攻撃の速さと鋭さはその練度を戦闘中にみるみる高まっていき、押していた俺は徐々に防戦一方となり、最終的には俺はユウキのHPを三割削ることすら出来ずにHP全損してしまった。
(驚いたね、全く……)
俺は手数で押すタイプの戦闘をするプレイヤーだ。その俺としては、ここまで鮮やかに攻撃を捌かれ続けたのは、正直片手の指に数えるほどしかない。彼女は、たった数分のデュエルで俺の攻撃を見切って。なおかつ鍛え上げた俺の回避能力をその剣技で上回ってみせた。
確かに今の俺の……音楽妖精『Shido』のアバター動きは、SAOデータ引き継ぎアバターの『D-Rasshi-00』に比べれば若干劣るが、それでもそんじょそこらの奴に見切られるような……もっと言えば、初見で見切られるようなものでは無い。
(……それを、ここまであっさりと、ね…)
爆散する瞬間、俺は少しだけ、唇をかんだ。
悔しかったのだ。
(一応、あの世界では、『彼女』に負けたコトなかったんだがな……)
ユウキへの敗北が、かつて俺の愛した人への敗北の様に思えたからだ。
一瞬だけ、「勝ったーっ!」といって笑う『彼女』の笑顔が、俺の瞼の裏に映った様な気がした。
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