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ストライクウィッチーズ1995~時を越えた出会い~

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第二十二話 五十年後

 
前書き
これにて本作は完結です。
やや中途半端な感が否めないのですが・・・そこは許して!!

今までお付き合いくださり本当にありがとうございましたm(__)m
次に何をかくかは未定です。やるとしたら短編集かなぁ・・・艦これとかの(汗) 

 
「う――ん……?」

 瞼の向こうに眩しい光を感じて、わたしはうっすらと目を開けた。
 真っ白い天井が目に入り、頬を柔らかい風が撫でていくのを感じる。

「ここは……いったい……?」

 白一色で統一された無機質な個室にわたしは寝かされていた。ベッド横の窓からは、太陽の光がこれでもかと射し込んでいる。壁にかかった時計の秒針だけが音を発していて、それ以外はまるっきり無音で無個性な場所だった。

「わたしは一体どうして――っ!!」

 身体を起こそうとした途端、信じられないほどの脱力感と気持ち悪さに襲われた。たまらずベッドに体を戻したところで、わたしは初めて自分の腕に点滴の管が刺さっていることに気がついた。――どうやらここは病院らしい。

「わたしはネウロイの巣を攻撃して、それから……それから――――?」

 まだ覚醒しきっていない頭を必死で回転させ、混乱する記憶を引きずり出す。そうだ。わたしは天城から出撃して魔導ダイナモの再起動に成功し、ネウロイの巣をこの手で叩き斬った……はずだった。

「そうだ、宮藤さん達は……ッ痛!!」

 記憶を辿ろうとすると激しい頭痛に襲われて、わたしはベッドから転げ落ちてしまった。弾みで腕から点滴の針が抜けてしまい、点滴のパックを吊るしていた台ごと床に倒してしまった。

「あうっ!!」

 思いっきり額を床に打ち付けてわたしは呻いた。物凄い音が聞こえたのか、ドアの向こうがにわかに騒がしくなって看護婦のような人たちが雪崩れ込んできた。

「沖田さん!? 意識が戻ったのね!! 先生!! 先生!! 501号室の沖田さんが意識を取り戻しました!! 先生――!!」
「大丈夫? 一人ではまだ立てないわね……ここに掴まって」
「替えの点滴を急いでお願い。それからご家族と部隊の方にも連絡を」
「分かりました。すぐに用意します」

 白衣を着た看護婦さんたちにもみくちゃにされ、わたしはベッドに戻された。
 そして、看護婦さんたちの会話を聞いてわたしはようやく悟った。







 ――ここが1945年のロマーニャ基地ではないと云う事に。









「運び込まれた時はもうダメかと思いましてな……」

 嵐のように次々とやってくるお医者さんや看護婦さんたちに言われるまま、わたしは舌を出したり、目にライトを当てられたり、体温や血圧、脈拍を測られたりした。それらがすべて終わってようやく、わたしは自分の主治医をおぼしきこのおじいちゃん先生と一対一で話をすることができた。
 まだ歩くことはおろか立つことさえままならないので、わたしは個室のベッドに横になったまま、先生が座った状態である。

「なにしろ意識はない上に脈も血圧も微弱でのぅ。容体が安定した後も一向に目を覚まさんもんだから、植物状態なのかとすら言われておったわい」
「そう、ですか……」

 わたしはそこで、この老医師から事の顛末を聞く事ができた。

 リベリオンの部隊と合同訓練が行われたあの日、訓練を行っていた空域に突如として奇妙な霧が発生して、わたしはそこで通信が途切れてしまったらしい。霧が晴れてからも捜索は続いたが結局見つけることはできず、そのまま行方不明扱いになったのだという。

「親御さんもそのうち面会にいらっしゃるだろうが……なにか伝えることはあるかね?」
「いえ、特には何も……」

 事態が急展開を迎えたのは、事故発生から数えてちょうど十日後の事であったという。付近を哨戒していたウィッチが偶然海面を漂う不審物を発見し、その場で回収したところ、もはや原形を留めないほどに損傷したF-15であることが分かったのだそうだ。
 その後、事故との関連を調査するために付近の海域をくまなく捜索した結果、意識を失ったまま漂流するわたしを見つけ、病院に搬送されたということらしい。
 以上が今日より二週間ほど前の事だから、事故直後から計算すれば、わたしは正味一月ほども意識を失っていた計算になる。

「それからな、忘れるところじゃったが、お前さんを発見した時に一緒にこんなものを見つけたらしい。心当たりはあるかね?」
「…………?」

 そう言って老医師が差し出した写真に写っていたのは、引き揚げられ解体されたわたしの愛機と、刀身が半ばから折れてしまった一振りの刀だった。その刀の名前を、わたしは知っている。――『烈風丸』最後の出撃に際して預かった坂本少佐の愛刀。変わり果てたその姿に思わず息を呑んだが、わたしはどうにか答えを返した。

「……ええ、わたしの、大事な愛刀ですので……できれば誰にも触らないように、お願いします」
「ほほ、そうかそうか。ではそう計らうとしよう」

 絞り出すように答えを返したわたしは、やっとの思いでその写真を医師に突き返した。
 それ以上写真を見ていると、もうどうにかなってしまいそうだった。

「当分は絶対安静じゃの。リハビリはウィッチであってもそれなりに大変じゃ。あまり無理はせんようにの」

 そう言って、老医師はわたしの病室を出ていった。
 誰もいなくなった病室に一人取り残されたわたしは、痛いほどの静寂の中で改めて実感した。
 ここは既に慣れ親しんだロマーニャの自室ではなく、あの激しい戦いの最中にあった1945年の夏ですらない。今自分は1995年の現代へと引き戻され、どこまでも無機質で寂しい病院のベッドの上にいるのだ、と――。

「帰って、きたんだ……」

 ベッド脇に吊るされたカレンダーの日付は、1995年の4月15日だった。
 喜んでも良い筈だった。あの戦いを生き抜き、五体満足で再び自分の時代に帰ってこられたのなら、それは間違いなく奇跡なんだから。だけど、わたしの胸に真っ先に湧きあがった感情は、喜びでも安堵でもなく――寂しさと郷愁だった。
 『本来自分がいるべき場所』にあって郷愁も何もあったものではないはずなのに、ただ無性に寂しかった。

「逢いたいな……みんなに……」

 起き上がることもままならない体を恨めしく思いながら、わたしはそっと目を閉じた。








 わたしが意識を取り戻してからは、時間が流れるように過ぎて行った。
 家族は何度も面会に来たし、部隊の同僚や隊長も見舞いに来てくれた。精密検査や健康状態の把握、リハビリなども始まったおかげでずいぶん忙しくなり、何も考えずとも日々が過ぎて行くのは、ある意味では救いだったかもしれない。

「こんにちは――って、またご飯残したんですか? ちゃんと食べないと回復しないんですよ?」
「……いいです。別に、必要ないですから」
「まったくもう、ホントに頑固なんだから……」

 宮藤さんのご飯なら、きっともっと美味しかった。
 そう思うわたしは、味気ない病院食に手をつける気にもなれず、いつも完食せずに残してばかりいた。多少食べなくたって死にはしない。自分でもわかるほどに投げやりになっていたと思う。
 そんな生活に変化が訪れたのは、わたしの意識が戻って一週間がたった、ある日の事だった。









「ない……こっちにもない……どうしてなの?」

 遺憾ながら入院生活にも慣れてきたその日、わたしは看護婦に頼んで持ち込んでもらった本を片っ端から読み漁っていた。その本というのも、『オペレーション・マルスの真実』とか『第501統合戦闘航空団~栄光の軌跡~』あるいは『世界のウィッチ名鑑』だとかいう物ばかりで、わたしはその本の中にある501の記述についてあるものを探していた。
 ――すなわち、自分の痕跡である。
 最後の出撃の時、あのひとたちは必ず帰ってこいと言ってくれた。決して忘れないとも言ってくれた。だというのに、後世に残された記録や証言の中に、わたしの存在を証明するものは何も残ってはいなかった。まるで、始めからそんな人間など存在しなかったとでも言うように。

「そんな……」

 都合六冊目となる本を投げ出して、わたしは顔を両手で覆った。
 あの日々の全てが嘘のように消えていたことが信じられなかった。しかし、その一方で冷徹なほどに現実を見つめている自分もいた。
 そもそも、わたしがこの時代に帰って来たということは、時間が、ひいては歴史そのものが「本来の形」に戻ったと言う事ではないのか。だとするならば、異分子に過ぎない私の存在が歴史の修正力によって消去されていたとしても、それはおかしくもなんともないのかもしれない、と。

「沖田さん? 隊長さんが面会にいらっしゃってますよ」
「あ、そうですか……」

 軽いノックをしてドアを開けた看護婦の声で、わたしは思考の縁から意識を引きもどした。隊長が面会に来たというのであれば応じないわけにはいかない。わたしは簡素な診察衣の襟元を整えて待った。ややあってから廊下の奥から足音が響いて、わたしの病室の前で止まった。

「どうぞ。あいています」
「……失礼するぞ」

相手はやはり隊長だった。見舞い品の果物籠をベッド脇のテーブルに置くと、隊長は小さな椅子に腰かけて大きく溜息をついた。普段は滅多にそんな様子を見せないから、わたしはそれが少しだけ意外に見えた。

「久しぶりだな、沖田。身体の方はもういいのか?」
「隊長……すみません。ご心配をおかけしました」
「気にするな。お前が無事ならそれでいい」

 こうしてみると、隊長も意外と坂本少佐に似ているかもしれない。綺麗な黒髪を一つに束ねて、男勝りな口調で話す隊長の姿がそのまま坂本少佐に重なった。

「部隊の皆も心配している。今は回復に専念しろ」
「了解です。……あの、その荷物はなんでしょうか?」
「ん? ああ、これの事か」

 やや疲れの見える顔で隊長は言うと、持ってきた紙袋を掲げて見せる。パンパンに膨らんだそれは、どうやら私宛のものらしい。

「今日はお前に渡す物があって来たんだ。随分と量があるが、いいか?」
「え? ええ、構いませんが……」

 殺風景極まる病室だ。むしろ持ち込んで貰える物がある方が賑やかでいい。
 そう思ったわたしは、隊長が抱えてきた紙袋を受け取った。チラッと中を見てみると、千羽鶴や色紙、タオルや替えの下着などがこれでもかというほど入っていた。多分部隊の皆がわたしを心配して送ってくれたんだろう。入院生活で必要なものが一通り入っていた。

「わたしも上との連絡が忙しくてな。あまり長居はできないんだ。また来るよ」
「はい、今日はありがとうございました」
「きちっと回復して早く復帰しろよ」

 面会時間にも制限はある。それだけ言うと、隊長は外で待っていた看護婦に会釈をして帰っていった。きっと事後処理なんかで忙しくしているんだろう。

「――ああ、もう一つ大事なことを忘れていたよ。ほら、これだ」
「わ、わわわっ!?」

 去り際に後ろ手でドアを閉めかけた隊長は、急に何かを思い出したように立ち止まると、掌大の小包を放って寄越した。慌てて受け取ってみると、見かけによらずそれなりに重さがある。綺麗なラッピングがしてあって、ご丁寧にわたし宛に名前まで書いてあった。
 何ともおかしなことに、流麗な筆記体で書かれたわたしの名前は、扶桑語ではなくてブリタニア語であった。

「今開けてもよろしいですか?」
「ああ、構わないよ。それくらいの時間ならわたしにもある」

 隊長はそう言ってドアに寄り掛かった。
 わたしは貰った紙袋を毛布の上に置くと、中身を取り出して並べてみた。言葉通り随分な量が入っていたので、わたしのベッドはあっという間にものだらけになってしまった。

「これが千羽鶴で、こっちは替えの下着、タオルにティッシュと、これは歯ブラシか……わ、ラジオまで入ってるし。えーとあとは――」

 ゴソゴソと紙袋を漁りながら荷物を広げていると、最後に小さな封筒が出てきた。
 差出人も宛先も書いていない。とすると、親か誰かからの手紙だろうか?

「その手紙なんだがな、上のお偉いさんがその小包と一緒に送ってよこしたんだ。始末書か、はたまた召喚状かとヒヤヒヤしたんだが、どうもそうではないらしい。ま、お前宛ての物をわたしが開けるわけにもいかないだろう? せっかくだから開けてみてくれ」
「なるほど、そうだったのですか」

 隊長より上の人間――というと全く面識も心当たりもなさ過ぎてまるで見当がつかないが、ともかくあまりうれしいものではないだろう。手紙の封筒なんか白一色だし、無機質なことこの上ない。たぶん事故についての詳しい調査とかをされる旨が書いてあるんだろう。
 そう思ったわたしは、特に何の気構えをすることもなくその小包を開いた。
 すると――

「これは、その……オルゴール、ですか?」
「うむ、オルゴールのようだな。それもかなり凝った造りの」

 包みの中身は、小さなオルゴールだった。シックな木材の箱の中に演奏器が入っている。隊長の言う通り随分凝った造りだ。よく見ると、木箱自体にも何か掘り込みがされているようだった。

「ふぅん。お偉方にも粋な奴ってのはいるものだな……ま、わたしはそろそろ行くよ。沖田、あまり看護婦の手を焼かせるなよ?」
「な……っ!?」

 最後にそう言って手を振ると、今度こそ隊長は帰っていった。
 再び静かになった病室で、わたしはもう一度オルゴールを眺めてみる。

「綺麗だな……」

 まだどんな曲を奏でるのかはネジを巻いてみないと分からないけど、外装だけでも随分な凝りようだ。上の人間が一兵卒に過ぎないわたしに送るものとしてはやや行き過ぎな感さえある。

「……ん?」

 そこまで考えた時、わたしは木箱の掘り込みがいつかどこかで見たような気がしてハッとした。
 あわててカーテンを開け、明るい日差しの下に置いてみる。するとそこには――

「これって……」

 忘れてなんかやるもんか。柔らかな陽光に当てられて浮き彫りになったその模様は、ついこの間までわたしが毎日のように目にしていた大切な部隊章なのだから。

「第501統合戦闘航空団の部隊章だ……」

 澄み切った空の蒼を下地にし、五本の箒が星を描くように交差する構図と、縁を囲むように掲げられた『501 st Joint Fighter Wing』の文字。それは紛れもなくあの第501統合戦闘航空団の部隊章であった。
 震える手でオルゴールの蓋を開けると、わたしは何度もオルゴールを落としそうになりながらネジを巻いた。十分に巻いたところで手を離すと、オルゴールはその身に刻まれた音色を静かに奏で始めた。

「そんな……この曲って……本当に……?」

 『リリー・マルレーン』かつて夕焼けに燃えるロマーニャの広場でサーニャさんとミーナ中佐が披露してくれたあの曲。いまオルゴールから溢れ出てくる音色はまさしく『リリー・マルレーン』に違いなかった。それだけではない。この独特のアレンジは、サーニャさんの演奏にしかなかったはずのものだ。
 わたしは一緒に送られてきたという封筒を探し、ゆっくりと封を切った。果たして、封筒に入っていたのはすっかり色褪せてしまった一枚の写真だった。
 今時あり得ないモノクロの写真は、しかしわたしが探し求めてやまない確かな証だった。

「ここに、いたんだ……」

 ようやく見つけた確かなつながりと証に感極まっていると、やおら病室の外から凄い足音が聞こえてきた。まったく、病院の廊下を爆走するなんて一体どこの大馬鹿者なん――

「お、沖田さん!? お見舞いの方がいらしてますよ!? なんかもう下はいろいろ大変なんですから!! しっかりしてください!!」
「は、はいぃ!?」

 あろうことか、やって来たのは病院の看護婦だった。ナースハットはズレズレだし、スカートの裾も乱れまくっている。一体何がどうしたらここまで慌てられるのか不思議なほどだった。

「来るなら来るとどうして言ってくれないんです!? あぁ、サインいただけないかしら……」
「え? ちょ、あの、なにがなんだかさっぱり――」
「ええ、ええ。大丈夫です。すぐにお連れしますから、待っててくださいね!!」

 むしろ貴女が大丈夫なのかと言いたかったが、看護婦は来たときと同じようにハリケーンのような速さで去ってしまった。呆気にとられてポカンとしたまま硬直していると、またしても廊下の奥から大勢の足音が聞こえてくる。
 それも四、五人というレベルではない。おそらく十人以上いるだろう。すわヤクザの討ち入りかとわたしは焦ったがどうすることもできない。ひとまずベッドの上の荷物を脇へ退け、襟元や寝癖などを撫でつけてみる。
 そうこうしているうちに足音はどんどん近づいてきて、遂にわたしの病室の前で止まった。
 一瞬の静寂があってから、控えめなノックの音がする。

「ど、どうぞ!!」

 妙な緊張のせいで声が裏返ってしまったけれど、わたしは誰とも知れない来客に向かってそう言った。そして――













「――まったく、なんて情けない顔をしとるんだ沖田!! 気合を入れんか、気合を!!」






 そこに、居た。
 夢でも幻覚でもなく、確かな現実としてその人はたっていた。
 その眼光も、思わず居住まいを正してしまうその一喝も。全てがあの時のままだ。

「坂本――少佐……?」
「なにぃ? まさか分からんとでも言う気か? 主治医からはもう回復したと聞いていたが、どうもまだ気合が足りていないらしいな」

 扶桑空軍の制服に身を包み、トレードマークであった眼帯を外した坂本少佐がそこにいた。
 病院の中だというのに竹刀をもって、多分口答えをしたら叩かれてしまうだろう。

「まったく、少し見ない間に随分腑抜けたらしいな、沖田」
「あ、あの!! その……なんていうか……ええっと……」

 言いたいことはたくさんあった。伝えたいこともたくさんあった。
 なのに、その全てが同時に口から出ようとして結局上手く喋れない。もどかしさに息苦しささえ覚えたその時、開けっ放しになっていたドアから続々と人が入って来た。


「――ダメよ美緒。まだ病み上がりですもの。それに、病院で大声を出してはダメでしょう? ね、宮藤さん」
「そうですよ坂本さん。どうしていつも部下のお見舞いで怒鳴るんですか。もう……ここはわたしの病院なんですよ?」

 五十年。その年月は果たして長かったのか、そうでなかったのか。
 頭髪に白いものが混じり、顔に皺を刻むようになってなお、かつての風格と優しさは微塵も消えてなどいなかった。

「ミーナ中佐……宮藤さん……」
「ウフフ。今はもう中佐ではないのよ。なにしろ五十年も経ってしまったんですもの」
「ミーナ隊長ぜったい一人だけ歳とってないですよね……和音ちゃん、お久しぶりです。宮藤芳佳です。……わかるかしら?」

 美魔女という言葉がそのまま当て嵌まるようなミーナ中佐。聴診器を首に下げた宮藤さん。希望通りお医者さんになって――そうか、わたしは宮藤さんの病院に入院していたのか。どうりで白衣を着て聴診器を持っているわけだ。

「五十年の間に随分変わってしまったものね。分からなくても仕方がないわ」

 すこし寂しそうに笑って、二人はわたしの顔を覗き込んだ。息をすることさえ忘れていた私は、人形のようにカクカクと首を縦に振る。忘れるはずがない。何年経ったってわたしは絶対に覚えている。

「わたしの事分かる? 本当に? ああ、よかった。運び込まれたのがわたしの病院だったのもよかったわね。――みなさん、入って来ても大丈夫ですよ」

 そういうと、次々に懐かしい声が病室に響き渡る。そのいずれもが、かつての雰囲気をそのままに残していた。

「久しいな、少尉。ゲルトルート・バルクホルン元大尉だ。まさか忘れたとは言わんだろうな?」
「五十年ぶりだね、沖田。身体はもういいの?」
「バルクホルン大尉……ハルトマン中尉まで……!!」

 あのころは絶対に着なかったであろう、明るい色のカーディガンを羽織った二人が、柔らかな笑みを浮かべてそっと手を差し出してきた。すっかり皺くちゃになってしまった二人の手は、だけどいつかの温もりをそのまま宿しているような気がする。
 大尉たちだけじゃない。あの時の501部隊の全員が、わたしの見舞いに来てくれていたのだ。

「……エイラ・イルマタル・ユーティライネンだゾ。覚えてるよナ?」
「五十年ぶりね。サーニャ・V・リドビャグよ。覚えていてくれたかしら? オルゴールを送ったのよ」

 そうか、やっぱりあのオルゴールの演奏はサーニャさんのピアノが元だったんだ。スオムスやオラーシャからはずっと遠い国なのに、五十年たった今こうして駆けつけてくれたのか。
 相も変わらず二人はずっと一緒なのかと思うと、わたしは急に可笑しくなった。

「リネット・ビショップよ。和音ちゃん、約束覚えていてくれたかしら?」
「ペリーヌ・クロステルマンですわ。随分無茶な帰還をなさったのね。ニュースで聞きましてよ」
「ペリーヌさん、リーネさんも!!」

 いつか三人で話したように、リーネさんは本当におとぎ話に出てくる優しい魔女のおばあさんのようになっていた。片やペリーヌさんはそのままで、「青の一番」と謳われたあのころから微塵も変わってはいない。貴婦人という言葉がそのまま当て嵌まる高貴さをそのままに、落ち着きと優雅さがさらに深まったような気がして、わたしはおもわず固まってしまった。

「お? なんだわたしが一着かと思ったら違ったのか……。元気か? 沖田」
「お久しぶり。マリアからも手紙を預かったのよ。あとで読んで頂戴。返事を楽しみにしていたもの」

 一番驚いたのはシャーリーさんとルッキーニちゃんだった。
 もう七十歳になろうというのにシャーリーさんは派手なバイク用のジャケットを着ているし、ルッキーニちゃんに至っては口調も髪型もまるで別人だ。さりげなく握手のついでにおっぱいを揉んでくれなければ、きっと本物かどうかわからなかっただろう。

「ここはね、わたしの設立した病院なの。だから和音ちゃんの意識が戻ったってきいて、部隊の皆に連絡してみたのよ。坂本さん以外はすぐに連絡がついたのに……」

 宮藤さ……宮藤先生が優しそうに目をぱちくりさせながら言うと、竹刀を手にした坂本少佐はそっと目を逸らした。

「ふふ。美緒ったらね、もう七十を数えているのに「剣術修行だ!!」なんて言って富士山に行って、そのまま迷子になっちゃったのよ。終いには仙人に間違われたところをようやく見つけて連れ戻したんだから」
(なにしてるんですか坂本少佐……)

 でも、かわっていなくてよかった。そういう坂本さんらしさがそのままであったことに、わたしはとても安堵したのだ。

「わたしも芋の皮むきを練習したぞ。いまならお前にも負けはせんな」
「……嘘ばっかり。トゥルーデはね、退役したあとは保母さんになったんだよ。お姉ちゃん、お姉ちゃんって言われることに喜――っ!?」
「……コホン。ともかくだ。――帰って来てくれてうれしいぞ、沖田」

 その時初めて、わたしは「帰って来たのだ」と実感した。
 だからこそ、今ここで伝えなければいけない言葉がある。

「よいしょ……と」

 今ココに集まった十一人の仲間たちに真っ先に伝えなくてはいけないこと。
 501統合戦闘航空団の一員であったものとして、言わなくてはならないこと。
 一人で立てないのが悔しいけど、わたしはベッドの上で背筋を伸ばした。病み上がりの身でできるせめてもの誠意だ。

「……ミーナ中佐、坂本少佐、それに皆さんも」
「……………………」

この言葉を、ずっと伝えなければならないと思っていた。
いままで五十年もの間、ずっと自分の帰りを待ち続けてくれたかけがえのない仲間に向かって、わたしは精いっぱいの感謝と尊敬の念を込めて帰還を告げた。



「――第501統合戦闘航空団所属、沖田和音。ただいま帰還しました」

 その言葉に、ミーナ中佐たちも踵を揃えて敬礼の姿勢をとる。
 五十年越しのわたしの帰還を、ずっと待っていてくれたのだ。

「――ストライクウィッチーズ、全機帰還を確認。本日現時刻を以て、第501統合戦闘航空団を正式に解散します。……おかえりなさい、沖田さん」












 ――こうして、わたしの長いロマーニャでの戦いは終わりを告げた。
 後日、サーニャさんのコンサートに招待されたりして何度か会う機会があって、その後はみんな自分の故郷へと帰っていった。
 わたしも体が回復した後は部隊に復帰して、訓練に勤しむ毎日を送っている。
 そうそう、わたしが退院するのと同じ日に、坂本さんは軍籍を離れた。
 曰く、「これからは若い連中の時代だ。わたしはそれをここで眺めている」との事らしい。
 その癖道場にウィッチを呼んではシゴキ倒しているのだから、やっぱりあの人は骨の髄まで教官なのだろう。

「そこ!! 隊列乱さないで!! 戦場では一瞬の油断が命取りよ!!」
「は、はいっ!!」

 かく言うわたしも、今は先輩として後輩を指導する立場だ。
 ロマーニャでの実戦経験が功を奏し、わたしの率いる新人たちはそこそこの練度になっている。もちろん私もまだまだひよっこなワケで、これからも精進は欠かせない。
 かつては坂本さん達が戦い、そして今は一線を退いた。
 ならば、今度はわたし達の時代だ。

 先人たちに恥ずかしくないようなウィッチになるため、今日もわたしは小美玉の空を飛んでいる――


 
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