| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ストライクウィッチーズ1995~時を越えた出会い~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二十一話 オペレーション・マルス② ~終幕~

 
前書き
いよいよこれで本作は完結です。
読んでくれるる方がいるのかもわからない拙作でしたが、お付き合いくださりありがとうございました。

一応最終話と言う事で、かなり長めになっております。
作者の技術がへぼいので出来栄えはぱっとしませんが、お楽しみいただければ幸いです。 

 
 









 その日のロマーニャは、未だかつてないほど重苦しく張り詰めた一日であったと人々の記憶には残っている。
 さわやかな海風はぱったりと止み、蒼く澄み渡っているはずの空には一面薄暗い雲がかかって陽光を遮っていた。祖国奪還に賭ける期待と緊張感が街を支配し、厳戒令の発令されたせいか通りには猫一匹見当たらない。
 度重なる戦乱と、奪われた故郷の奪還。
 それは、戦火に追われるまま逃げ惑うしかなかった民衆らにとって、忌むべきものでありながらも未来への唯一の希望だった。

 ――時に1945年7月。
 斯くして、ロマーニャ奪還を賭けた最終決戦――『オペレーション・マルス』が発動されたのだった。














「――我々501統合戦闘航空団は、本日現時刻よりオペレーション・マルスに参加します。ロマーニャ奪還を賭けた決戦よ。各員の奮戦に期待します。総員、出撃ッ!!」
「「「「了解!!!!」」」」

 日も高く昇った午後。ついに作戦の幕が切って落とされた。
 部隊長であるミーナの号令一下、501メンバー全員が格納庫へと殺到する。

「機材の搬出急げ!!」
「予備の燃料と武装も天城に運び込め!! 再出撃があるかもしれんぞ!!」
「連合艦隊が出るぞ……回せ――――ッ!!!!」

 部隊創設以来もっとも緊迫した空気の中で、整備班らが奥からユニットを滑走路に運び出す。運びながらエンジン各部を点検し、武装を渡すと次々に発進準備へと入る。

「連合艦隊より入電。501部隊の出撃はまだか、と言ってきています!!」
「直ちに発進すると伝えろ!! ――ミーナ中佐、いつでも行けます」

 ベテランの整備班長に促されたミーナは小さく頷くと、後ろに控える隊員らにサインを送る。
 部隊全員による全力出撃だ。基地への帰還は考えず、消耗した場合は空母天城に着艦。補給と回復を行い、必要な場合は再出撃を行うことになっている。
 どのみち、この戦いに勝てなければあとはないのだ。格納庫に収められていた備品は全て天城へと搬入され、文字通り決戦の様相を呈していた。

「わたし達の任務は連合艦隊旗艦『大和』の護衛です。ネウロイの巣を攻撃可能範囲に捉えるまで、なんとしても大和を守り抜くのよ。――全機発進!!」

 瞬間、ユニットの魔道エンジンが一斉に吹け上がり、白煙をひいて滑走路を駆け抜け空へと舞いあがった。夜を徹して行われた整備班の努力が報われ、エンジンはかつてないほど良好な反応を示している。

「ストライクウィッチーズ、行くわよ!!」
「「「了解!!」」」








「艦長、501統合戦闘航空団より入電。艦隊を目視で捕捉、援護体勢に入るとのことです」
「そうか、間に合ってくれたか……」

 空母天城で指揮を執る杉田艦長は、そう言って大きく息を吐いた。
 連合艦隊の指揮を任され、大和を切り札に仕立て、あらゆる準備を今日この日のために行ってきた。しかし、戦場に絶対はない。万全の布陣で挑む今この瞬間さえ、杉田の胸は押しつぶされそうなほどの重圧に晒されていた。

「連合軍の威信をかけた作戦だ……何としても成功させねば、我々には後がない」
「魔導ダイナモの機動が上手くいけばよいのですが、あんなものを大和に載せてよかったのですか、艦長」
「……………………」

 『魔導ダイナモ』それは、連合国が本作戦に置いて決戦兵器と位置づけた装置の名だ。
 かつてブリタニアで501統合戦闘航空団が戦っていた頃、ネウロイを人工的に制御するという試みがあった。ウォーロック計画と呼ばれたそれは、結局主導者本人の失策により頓挫するも、その後の研究でさらなる発展に成功。短時間ではあるものの、完全な制御下でネウロイ化を行えるようになったのだ。
 それが、魔導ダイナモである。

「魔導ダイナモによってネウロイ化した大和による単艦突破での主砲斉射……海軍史上でも前例のない前代未聞の作戦です」
「……言うな。もはや我々に残された道はこれしかないのだ」

 苦々しく言った杉田は、天城に曳航される大和を見る。魔導ダイナモ運用のために乗員は全て赤城へ移され、作戦海域までも天城が引っ張って行くことになる。
 あとは敵へめがけて突撃するのみだ。


「艦長、一番艦が被弾!! 敵小型ネウロイが無数に接近してきます!!」
「いよいよ始まりおったか……!!」

 帽子を深くかぶりなおした杉田は腹の底から声を張り上げる。

「全艦対空戦闘用意!! 主砲、対ネウロイ用砲弾装填急げ!! 奴らの手からヴェネツィアを奪還するのだ!!」

 ついに鳴り響いた決戦の砲火は瞬く間に海を埋め尽くし、黒煙が空を覆う。
 それはまさに、人類とネウロイの本気の潰し合がついに始まった瞬間だった。






「はじまったわね……!!」
「ああ、いよいよだな」

 隊列を組んで航行する連合艦隊が砲撃を開始したのを、ミーナは素早く察知した。
 瞬く間に辺りを埋め尽くす轟音に負けぬよう、精いっぱい声を張って指示を飛ばす。

「単独行動は絶対に避けて。二機編隊を組んで大和を護衛します!! 全機散開!!」
「「「了解!!」」」

 未だ十代の乙女とは言え、彼女らも激戦を潜り抜けた立派なエースだ。素早く戦況を読み取ると、二機編隊を組んで雲霞の如き大軍勢へと突貫していく。嵐のように激烈なネウロイのビームが空域を埋め尽くし、応戦するウィッチらの機銃が金切り声をあげて弾丸を吐き出す。

「行くぞ、ハルトマン!!」
「いつでもいいよ!!」

 先陣を切ったのはバルクホルンとエーリカだった。世界でも五指に入る屈指のエースが、果敢に敵陣へと切り込んでいく。

「なんて数だ……これほどの戦力をネウロイは持っていたのか……!!」
「全然減らないよトゥルーデ!!」
「いいから敵を倒せ。勲章が向こうから押し寄せてくると思えばいい!!」

 二人が切り開いた道に仲間たちも続いてゆく。大和を守り、可能な限り敵戦力を減衰させる。果てしなく無謀で無茶な作戦を、しかしウィッチである彼女らは決して不可能だとあきらめはしない。

「行こう、リーネちゃん!!」
「うん。援護は任せて、芳佳ちゃん!!」
「わたくしたちも後れを取るわけにはまいりませんわ!! 行きますわよ、和音さん!!」
「了解です、ペリーヌさん!!」

 突撃の瞬間を待つ大和は、その瞬間が来るまでは全くの無防備だ。
 大型戦艦の最大の死角である正面から突破を試みたネウロイを、リーネの正確無比な狙撃が片っ端から撃ち落してゆく。わずかに突破に成功したネウロイも、上空から奇襲をかけた和音とペリーヌによって尽くが撃墜された。

「大和は絶対に撃たせないんだから!!」

 もはや数える事すら馬鹿馬鹿しいほどの火線を宮藤のシールドが正面から受け止める。
 防御と回復に置いて右に出る者のいない宮藤の真価がこれ以上ないほど発揮された瞬間だった。小型ネウロイ程度の攻撃では、宮藤のシールドを貫くことは叶わない。

「援護しますわ、宮藤さん!!」
「やらせるもんかっ!!」
「芳佳ちゃん、頑張って!!」

 大和に肉薄するネウロイを四人が退けているその時、上空でも激しい戦闘が展開されていた。

「さあ、準備はいいか? 行くぞルッキーニ!!」
「まっかせなさ~い!!」

 501部隊最速を誇るシャーリーが、腕にルッキーニを抱えたままスロットル全開で敵陣へと突っ込んでいく。凄まじい風圧に敵が連携を乱したところで、シャーリーは抱えていたルッキーニを放り投げた。

「そーれ、っと!!」
「わたしのロマーニャから出ていけー!!」

 目にも止まらぬ高速戦闘と抜群のコンビネーションが、次々とネウロイを破片へと変えてゆく。しかし、それでもなお敵の戦力に変化は見られない。

「……敵ネウロイの反応、依然多数が健在。巣から増援を送っています」
「サーニャ、右に避けるゾ」
「……連合艦隊へ。敵増援多数。艦隊を密にしてください」
「サーニャ、今度は左に避けるんダナ」

 ウィッチ隊の――いや、今や連合艦隊全体の目として自らの力を十全に発揮しているのがサーニャだった。魔導針にかかったネウロイの情報を素早く共有し、かつ部隊間の通信中継までになっているのだ。
 その間、ほぼ無防備と言っていい状況にあるサーニャを守っているのが相棒であるエイラだった。彼女の未来予知による回避率の高さは誰もが認めるところであり、二人の息の合った連係はこの激戦に中にあってまだ一発も至近弾すら受けていない。

「サーニャ、辛くないカ? 何かったら言うんだゾ」
「……ええ、心配いらないわ、エイラ」

 エイラに抱きかかえられたまま飛サーニャ。目を閉じて集中しきっていることからも、エイラに寄せる全幅の信頼が覗い知れようというものだ。

「……大和突入まであと三分。みんな、持ちこたえて……!!」
「サーニャはワタシが守ってやるからナ!!」

 ついに突入まであと三分を切った。ますますネウロの反撃が激しさを増す戦場を、戦艦大和がネウロイの巣へ向けて進んでいく。魔導ダイナモ始動の瞬間が、もうすぐそこまで迫っていた。






「魔導ダイナモ始動まであと三分を切りました」
「そうか……全艦に通達。魔導ダイナモ始動後、全艦十六点回頭。対空射撃を密にしつつ、後方へ下がらせろ。空母天城に敵を近づけさせるな」
「了解しました!!」

 戦闘開始からすでに艦隊の半数が手傷を負い、撃沈された艦も少なくない。退くわけにはいかない作戦であっても、護衛艦隊だけはここで一度下げるべきだと杉田は判断した。
 どのみち、魔導ダイナモが発動してしまえば艦隊に出来ることなど何もない。ならば出来うる限り被害を抑え、ウィッチ隊の着艦する空母を守るべきだと考えたのだ。

「敵ネウロイの巣まで残り2,000。魔導ダイナモ始動まで一分を切りました!!」
「……うむ。曳航索を全て解除。魔導ダイナモ始動準備」
「魔導ダイナモ始動準備!!」
「それから、第501統合戦闘航空団へ通達するのだ。魔導ダイナモ始動は予定通り進んでいる、と」
「はっ!!」

 わずかな衝撃があって、いよいよ天城から大和が切り離される。自力での航行ができない大和は、切り札たる魔導ダイナモの発動後ネウロイ化し、天城からの遠隔操作によって巣へと直接攻撃を仕掛けるのだ。

「あとは運を天に任せるのみ……頼むぞ、大和」

 知らず握っていた拳をさらにきつく固め、杉田は遂に号令を下す。

「魔導ダイナモ、始動せよ!!」




「見ろ、天城から大和が切り離されるぞ!!」
《こちらサーニャ・V・リドビャグ中尉。ミーナ中佐へ。旗艦大和が突撃を開始します。ウィッチ隊は空母天城へと通信がありました》
「ありがとう、サーニャさん。――全員聞いたわね? 作戦は完了よ。一時空母天城へ退避します」

 凄まじい激戦だった。区別の上で言えばただの防空戦闘に過ぎなかったというのに、集まった501部隊の皆はまるで撤退線を抜けてきたのかというほどに疲弊しきっていた。武器弾薬は既に底を突き、ユニットの燃料や魔法力も危ない。
 これ以上の戦闘継続が不可能であるのは火を見るよりも明らかだった。

「大丈夫なの、美緒。無理をしないで」
「なんのこれしき。ここでへこたれては部下に示しがつかんからな」

 魔法力が減衰し始めた坂本も辛うじてまだ飛行可能だった。ミーナは坂本に肩を貸すと、全員を連れて天城へと着艦する。

「ウィッチ隊が着艦するぞ!!」
「防護柵を全部立てろ!! そう、全部だ!!」
「整備班急げ!! 手の空いているものは負傷者の応急処置に手を貸せ!!」
「衛生兵!! 衛生兵――ッ!!」

 空母天城の甲板は、野戦病院もかくやと言う混沌が支配していた。自力での航行が不可能になった艦から救助された兵士らが担架に乗せて運ばれ、武器弾薬を抱えて走る整備兵と応急処置に駆けつける衛生兵らがひっきりなしに行き交っていた。

「ミーナ中佐、ご無事でしたか」
「501部隊、帰還しました。いったい何事かしら?」
「はっ!! 杉田艦長より伝令を預かっております。 ウィッチ隊は艦内で休息し、万が一の再出撃に備えよ、と」

 それだけ言うと、伝令を預かって来た水兵は再び負傷者の救助へと駆け戻ってしまった。

「わ、わたしも治療のお手伝いなら……!!」
「ダメです宮藤さん。これ以上の魔法力消耗は命に関わります!!」
「離して和音ちゃん!! わたし、行かなきゃいけないの!!」
「落ち着くんだ宮藤。扶桑の海軍は優秀だ。これくらいの事で音を上げたりはしない。今は彼らを信じるんだ」
「坂本さん……わかり、ました……」

 ユニットを艦内に格納し、もはや甲板の上から作戦の成否を見守るのみとなった和音たち。
 そんな彼女らの前で、大和の機関部からすさまじい駆動音が響きだす。地鳴りかと思うほどのそれは、まさしく魔導ダイナモが起動した合図に他ならなかった。

「おい、大和がネウロイ化していってるぞ!!」

 いち早く気がついたシャーリーが大声を上げると、501部隊のみならず作業と救出に追われていた天城の乗員らも全員大和の方を仰ぎ見る。

「なんて兵器なんですの……」
「見ろ見ろサーニャ!!」
「もう見てるわ……」
「これが扶桑海軍の本気と言う事か……!!」

 唖然として見守る彼ら彼女らの前で、雄々しく勇壮な大和の船体が黒光りするネウロイのものへと変動していく。機関部から始まったそれは、艦橋を覆い、主砲をも変貌させ、遂に艦首から船尾までを完全にネウロイ化させた。

「これが、かつての扶桑海軍……オペレーション・マルスの本当の姿……」

 呆然と大和を仰ぎ見て呟く和音。遥か五十年後の扶桑では、作戦の成功を酷く脚色・捏造した歴史を流布していた。敵の力で勝ったことを隠蔽し、大和が捨て身の砲撃作戦を敢行して辛くも勝利したことになっているのだ。
 その実態を、いままさに和音は自分の目に焼き付けているのだった。






「魔導ダイナモ起動完了!! 各部異常なし。大和のネウロイ化、完了しました!!」
「暴走の危険はなし。艦長、ご命令を」
「………………」

 ついに訪れたその時。もはや突貫あるのみとなったそこで、杉田はわずかな追憶に目を閉じた。遠く欧州の海で幾度も戦い、そのたびに501統合戦闘航空団に助けられてきた。ここロマーニャを守って来たのも彼女らであることを、現場に立つ杉田は誰よりも理解している、
 ――だからこそ、ここで決着をつけるべきなのだ。
 終わらない戦いに勝利という形で終止符を打つべく、今ここで決断するときなのだ。

「――離水上昇急げ!! これより大和は敵ネウロイの巣へと単独突撃を敢行する!!」
「了解ッ!!」
「全艦へ通達。十六点回頭し後方へ離脱。大和の砲火に巻き込まれるなと伝えろ!!」
「大和、離水上昇開始!! 敵ネウロイの巣との距離、およそ1,000!!」
「扶桑海軍の強さを思い知らせてやれ……!! 大和、最大戦速で突撃せよ!!」






 その威容を果たしてどう形容するべきか。
 今目の前にあるこの光景が、紛れもない現実であることを受け入れられた人間がどれだけいただろうか?

「嘘だろ……?」
「戦艦が……空を飛んでいるだと!?」

 天を突き崩すかのような唸りをあげて加速した大和は、進路をネウロイの巣へと取って突撃を敢行。そしてあろうことかその巨体を宙に舞わせたのである。
 宙に浮く敵の拠点を叩くにあたって飛行能力が求められたのはうなずける。しかし、それを戦艦に実装しようなどと考える人間が有史以来果たして存在しただろうか?
 驚天動地の絶景を前に、誰一人として言葉を発することができなかった。

「すごい火力だ……あっという間に敵陣に切り込んでいくぞ」
「扶桑の海軍はデタラメだ!!」
「これならきっと勝てます!!」

 いよいよもって猛然と突貫していく大和は、全周から襲い来るネウロイを対空砲火で叩き落として驀進する。如何なる攻撃に晒されようとも、世界最強の誉れも高き大和は毛ほども傷をつけず、あまつさえは強力な再生力をもって敵陣を強引に突き進んでゆくではないか。

「これが、戦艦大和……」

 もはや手の届かない敵陣深く入り込んだ大和は、砲火の大輪を咲かせながらなおも巣へと突き進む。見ているこちらが恐ろしくさえ思えるほどの捨て身の突貫は、しかし確実にネウロイの戦力を削っていた。





「やりました艦長!! この作戦、我々の勝利です!!」
「うむ。ネウロイ化した大和は無敵だ。奴らの鼻っ柱をたたき折ってくれるわ!!」

 会心の手応えを得て喝采を上げる天城の乗員らに混じり、杉田もまた勝利を確信していた。
 防空を担う程度の小型ネウロイでは大和の進撃を阻むことなどできはしない。よしんば大型のネウロイを繰り出す事ができたとしても――もはや王手だ。

「敵ネウロイの巣まで残り300!!」
「よし、突っ込ませろ!!」

 ついに迎撃を潜り抜けた大和が艦種を高く持ち上げ、激突をも恐れぬ勢いで突き進んでゆく。そして――


 ――――ガアァァァァァァァァンン!!!!!!!!!


「う、うおおおおお!?」
「し、衝撃波だ……ッ!!」

 海面を揺らすほどの衝撃と轟音が辺りを駆け抜ける。それは大和が巣へと激突した反動と衝撃波だった。遥か遠く離れた位置にいる和音たちですら、互いにしがみついていなければ軽々と吹っ飛ばされていたかもしれない。
艦種を突き立てるように巣へと突貫を果たした大和は、今まさに絶好の攻撃チャンスであった。もはや攻撃を阻む障害は何もなく、その一撃で勝負を決することができる、唯一にして最大の好機。
 その好機を、杉田が逃す筈がなかった。

「今だッ!! 主砲最大仰角!! 撃てェ!!」
「主砲、発射ッ!!」

 杉田の命令が主砲の発射を命じ――




「なん――だと……?」
「なぜだ!? なぜ主砲が発射されない!?」

 永遠にも似た一瞬の静寂。戦闘海域に集った全ての人間が固唾をのんで見守った決着と勝利の瞬間は、しかし重苦しいほどの緊張と静寂の向こうに消えて失せた。
 ――大和は、その鼓動を完全に停止していたのだ。

「ダメです!! 衝突の衝撃で魔導ダイナモが故障!! 主砲が撃てません!!」
「…………ッ!!!! なんてザマだッ!!!!」

 血が滲むほど握った拳を渾身の力で叩きつける杉田。烈火の如きその怒りと悔しさはもはや憤死すら危ぶまれるほどに激烈な物であった。千載一遇の機を得ておきながら、事ここに至って肝心の切り札が使えないなど――

「手段は!? 他に手段はないのか!?」

 憤怒と慚愧の念に顔をゆがませた杉田が副官の肩を掴んで揺さぶる。万が一の失敗も許されぬこの状況下での魔導ダイナモの停止。それは、あってはならぬ「作戦の失敗」を意味するものに他ならない。

「こちらからの遠隔操作を受け付けません……艦長、これでは……っ!!」
「なんという失態……ッ!! なんという失策か……ッ!! 天は我々を見離したとでもいうのかッ!!」

 大粒に涙をこぼして機器を手繰る副官も、ついに認めざるを得なかった。
 もはや、人類は勝利する機会を永遠に失ったのだと――
 後悔、絶望、慚愧、悔恨、悲嘆……胸の中を駆け巡るその感情を何と形容すればいいのか。この思いだけで身を内側から焼き尽くしかねない激情が、海域に集った全ての兵士の胸を荒らしまわった。

 ――その時だった。



『まだだ!! まだ終わってなどいない!! わたしが終わらせるものか!!』



 戦闘中の全部隊の通信に響いたその声は、天城の甲板で立ち尽くしていた坂本のものだった。
 もはや敗北が明確となったその中で、しかし坂本の声には未だ勝利を手繰り寄せようとする強い覚悟と決意が溢れていた。

『わたしが大和に乗り込み――魔法力で魔導ダイナモを再起動させる!!』
「なんだと!?」
「むちゃくちゃだ!! 艦長、ウィッチ隊にこれ以上の出撃は無理です!! 撤退の決断を!!」
「むぅ……幾多の犠牲を乗り越えてここまできておきながら……!!!」

 血の滲む拳を握り、杉田はかつてない決断を迫られていた。







「わたしが大和に乗り込み――魔法力で魔導ダイナモを再起動させる!!」

 その宣言は、甲板にいたすべての人間を凍りつかせるのに十分な衝撃を持っていた。

「な、なにを言っているの、美緒……?」
「坂本さん、ダメですやめてください!! これ以上飛んだら坂本さんは……!!」
「そうですわ!! お願いですからやめてください少佐!!」

 悲壮な決意を胸にユニットへ足を通した坂本は、甲板に立ちはだかるミーナと宮藤、ペリーヌの三人、いやそれだけではない。何としてでも発艦させまいと集まった全員に向けて静かに言った。

「……聞いてくれ、みんな。魔導ダイナモが動かない以上、作戦に勝利することはできない。そうすれば、ロマーニャを奴らに渡してしまう。それだけは絶対に出来ないんだ」
「ダメよ美緒!! 貴方を飛ばすことは許さない。これは命令よ、坂本美緒少佐!!」

 分かっているのだ。誰かが再起動させなければ、あらゆる犠牲と努力が水の泡になってしまうことを。
 分かっているのだ。それができるのが、もはや魔法力のない――『犠牲になっても痛手の少ない』ウィッチである坂本しかいないと言う事を。

「絶対に、絶対に坂本さんを行かせはしません!!」
「宮藤さんの言う通りよ。諦めなさい、部隊長命令よ!!」

 刻一刻と状況が悪化していくことは誰もが分かっていた。
 ともすれば身内同士で仲間割れを起こしかねないほどに切迫していたのも無理はなかろう。
 ――だからこそ。
 だからこそ、この場に居た人間の誰もが気がつかなかった。






 ――沖田和音の姿が、いつの間にか忽然と消えていたと言う事に。









「はぁ、はぁ、はぁ……ここが、空母天城の格納庫……」

 全速力で艦内の通路を駆け抜けてきた和音は、肩で息をしながら格納庫の扉を強引に蹴破った。すでに戦闘員以外が退避したそこはもぬけの殻で、運び込まれた機材が乱雑に散らばってるに過ぎない。
 そしてその中に、和音の探し求めているモノはあった。

「ま、こういうのは誰かがやんなくちゃいけないワケだしさ」

 ――F-15J。和音が最も信頼する愛機であり、今も主の帰還を待ち続ける鋼の翼。
 この局面を打破するのであれば、これしかない。

「これがあれば、きっと大和までたどり着ける……」

 ジェットストライカーの力を持ってすれば、大和へ到達し魔導ダイナモを再起動させることも決して不可能ではないだろう。しかし、その場合まず命は助からない。片道切符の特攻になってしまう。
 その恐怖を知ってなお、和音の足は格納庫へと向かっていた。

「この時代に来てから、色々あったよね……」

 鈍い輝きを返すボディに指を這わせながら、和音はそっと呟いた。
 初めてこの時代に来てネウロイと戦った時のこと。宮藤に看病されたこと。あまりの性能に周りをびっくりさせたこと。夜間飛行でサーニャらと話をしたこと。バルクホルンの危機を救ったこと。ロマーニャで買い物をしたこと。たくさんあった。

 そんな大切な思い出をくれた人たちが、今窮地に立たされている。
 ならば、自分のすべきことは何なのか――

「お願い。わたしに力を貸して……!!」

 その声に、物言わぬ機械仕掛けの魔法の箒は何を思ったのか。
 永く使われた物には魂や神性が宿るという考え方が扶桑にはある。いま和音は、確かにこの鋼の翼にそれを感じた。自分の魂の奥に語り掛けてくるようななにかが、戦いの恐怖に折れかけていた和音の心を励ました。

「行くよ相棒――――これが、わたしの最後の出撃だから」

 脚にF-15を通し、肩には坂本から預かった烈風丸を背負う。
 残るすべての武装を無理やり引っ提げると、和音は頭上を塞ぐ昇降エレベーターを照準する。
 まるで励ますように勇ましい唸りをあげたエンジンに微笑みを返しながら、和音はエレベーターを撃ち抜いた。






 力づくでも坂本を引き留めにかかったミーナが転んだのは、甲板を吹き飛ばすような衝撃だった。なにごとかとあたりを見回すと、はるか後方、艦載機の昇降エレベーター付近からもうもうと煙が上がっている。

「いったいなにがあったの……きゃっ!!」

 動転するのはミーナばかりではなく、甲板にいた人間が消火器をもって走り寄ろうとした瞬間、凄まじい爆発が甲板の一部を吹っ飛ばした。

「誘爆か!?」
「マズいぞ……天城が沈んだら乗員が溺れちまう!!」

 おおよそ考えられる最悪の事態に戦慄した全員は、しかし立ち昇る煙の向こうから聞こえてきた声に更なる驚愕を味わうことになった。



「――いやぁ、慣れないことはするもんじゃないですね。甲板を丸っと吹っ飛ばしちゃいましたよ」



 ガコン、と無骨な響きとともに姿を現したのは、ジェットストライカーを装備し、長大なガトリング砲を抱えた和音の姿だった。それだけではない。バルクホルンのパンツァーファウストにMG42、宮藤の13mm機銃まで借用している。いずれも予備として積んであったものだ。
 その威容たるや、一人で要塞戦でもする気なのかというほどである。

「沖田……お前何をしている!! それにそのユニットは――」
「ええ、ちょっと邪魔な天井を壊して出てきました」

 涼しげな顔でそういうと、和音はさも当然と言ったふうに離陸体勢に入る。

「なにをしている沖田!! お前だって魔法力を消耗しているんだぞ!!」
「そうですね……でも、誰かがやらなければならない。違いますか? バルクホルン大尉」
「………………ッ!!!!」

 事ここに至って、ようやく全員が和音の意図を理解した。
 大和へ向けて再出撃しようとしているのだ、と――

「ダメだよ和音ちゃん!! そんなことしたら、和音ちゃんは――!!」
「そうですわ!! 長機を置いて勝手な行動は許しませんわよ!!」
「お願い和音ちゃん。行かないで!!」

 501では常に一緒だった三人に、和音はフッと笑った。
 そう言ってくれる人がいるからこそ、自分が行くのだと言って。
和音だって自分で分かっていた。足が震えてうまく歩けないことも。声が震えていて恐怖を隠せないことも。今にも泣きだしてしまいそうなほど心細いことも。
 ――同時に、自分だからこそできる役であると言う事も。

「わたしなら、確実に大和へ到達できます。――行かせてください、ミーナ隊長」
「ダメよ……そんなの、ダメよ……!!」

 ミーナにだってわかっていた。たとえどれほど止めても絶対に行ってしまうだろうことは。
 それでもなお出撃の許しを請う和音の不器用さに、ミーナは涙を抑えられなかった。

「大丈夫。死んだりなんてしませんよ。ほんの半年とは言え、501の大エースの皆さんに師事してたんですから」

 何も言えず固まっている501のメンバーにそう言って笑うと、和音は今度こそ発艦の体勢に入る。

「――待って、和音ちゃん!!」
「宮藤さん……?」
「50年後だよ」
「え……?」

 今まで見た事もない強い意志の光を宿す目にたじろぎながら、和音は訊き返した。

「わたし、待ってるから。50年後に和音ちゃんが帰ってくるのを待ってるから。だから、ちゃんと帰ってくるって約束して」
「…………」

 がっしりと肩を掴んで言うのは宮藤だけではなかった。ミーナも、坂本も、リーネもペリーヌもみんながそうだった。

「……長機を置いての無断出撃は重罪でしてよ。50年分の始末書を覚悟なさると良いですわ!!」
「あはは……それはちょっと勘弁かな、ペリーヌさん」
「かならずわたし達のところへ帰ってきなさい。これは命令よ。いいわね?」
「ミーナ隊長……必ず、帰ってきます」
「約束は覚えているな? もはや私から言うことは何もない。――生きて戻れ。それがお前の責任だ」
「――坂本少佐、かならず烈風丸を返しに行きますからね」

 一人一人と抱き合いながら、和音は己の決意を新たにした。
思えば、今はじめて自分はウィッチとしての使命に正面から挑んでいるのかもしれない。

「わたし、ずっとずっと覚えてるからね。だからきっと会いに来て……!!」
「もちろんです。ブリタニアにもきっと行きます」

 リーネの優しさに何度助けられたことか。
 抱きしめてもらった温かさは、そのまま彼女の優しさなのだろう。

「オラーシャもきっと復興しているわ。わたしも負けないから……」
「わ、ワタシだってそうだゾ!! いいか、約束だかんナ!! 帰って来いヨ? 絶対ダゾ?」
「ありがとうございます。サーニャさんのピアノ、楽しみにしています」

 そう言って、サーニャとエイラとも和音はギュッと抱き合った。

「……本来なら、こんな時こそお前を救ってやるべきだったのだがな」
「バルクホルン大尉……」
「いつもお前には助けられてばかりだったな。年長者として、なにかしてやれただろうか……」

 こんな時にすら迷い悩む実直さに思わず吹き出しながらも、和音は感謝の気持ちでいっぱいだった。生き延び方を教わり、その戦いを間近で見られただけでも十分すぎる幸福だった。

「大丈夫ですよ、大尉。そういう大尉こそ、50年後にはもう少しジャガイモの皮むき、上手くなっててくださいね?」
「な……っ!?」
「ハルトマン中尉、この堅物でシスコンの大尉をよろしく頼みます」
「もちろん。いつもトゥルーデの面倒はわたしがみてるからさ、安心しなよ。――だから、ちゃんと帰ってきなよ?」
「――もちろんです」

 そして、今まで見た事もない表情を浮かべたシャーリーとルッキーニが進み出た。

「あ、あのさ!! またマリアと一緒にロマーニャに行こうよ!! アタシも頑張ってロマーニャを取り戻すからさ、そしたら、そしたら……っ!!」
「よしよしルッキーニ。よく言えたな、偉いぞ。――なあ沖田、わたしは特に何もしてやれなかったし、助けてもらったことの方が多かったけど、お前は良い仲間だよ。だからさ、かならず無事でまた会いに来てくれ。精一杯歓迎するよ」
「ありがとうございます。シャーリーさん、ルッキーニちゃん」

 世界で最も速く、そして勇敢で、聡明で、母のような慈愛に溢れたシャーリーの事だ。なにがあっても大丈夫だろうし、だからこそ後年も活躍できたのだろう。
 ――これで思い残すことは何もない。あとはただ、己の務めを果たすだけだ。


「――それじゃあ皆さん。また、50年後の世界で」

 和音は後ろを見なかった。後ろを見たら、二度と飛べない気がしたから。
 この時、和音は確証もないというのにただ直感だけで悟っていた。この戦いが終わった時、自分はきっと未来に帰るのだろうと。
その時は、真っ先にこの501の皆に逢いに行こうと、そう固く心に誓って――


「――第501統合戦闘団所属、沖田和音。出撃しますッ!!」

 そこから先は、まさに一瞬の出来事だった。
 轟雷の如き唸りをあげる双発ターボファンエンジンが和音の体を空へと押し上げ、魔法力を全開にした和音の体からは、魔法力の残滓が淡い燐光となって溢れ出ていた。

「はああァッ!!」

 流星の如き勢いで蒼天を裂く和音の目には、比喩でも何でもなくあらゆる敵が静止して見えた。音の壁を容易く突き破り、持てる火力の全てを惜しみなくぶちまける。猛然置押し寄せる津波のような大軍勢を跳ね除け、和音は一心に大和を目指した。

(あと少し……あと少し……!!)

 今となっては惜しむ必要もないミサイルを全弾ぶちまけて前途を阻むネウロイを一掃し、なおも追いすがる残党をバルカンの斉射で薙ぎ払う。鬼神の如きその戦いぶりは、宮藤や坂本らの目にもはっきりと焼き付いた。

「邪魔を……するなッ!!」

 大和への到達を阻止せんと溢れ出るネウロイを烈風丸の抜き打ちで斬り捨てると、和音はそのままの勢いで大和の艦橋を突き破って内部に侵入する。そこはまさに魔導ダイナモの中枢であり、これを再起動させることこそが勝利への条件だった。

「いくぞ……!!」

 手にした烈風丸を魔導ダイナモに突き立てると、和音は渾身の魔法力を流入させる。
 意識が何度も飛びそうになり、そのたびに唇を噛んで引き戻す。一体どれだけの魔法力を注ぎ込んだかわからなくなったその時、魔導ダイナモの炉心に灯が入った。

「そう、いい子だからそのままだよ……」

 再び鼓動を開始した大和は、遂にその主砲をネウロイの巣へと突きつける。
 エンジンの出力が臨界へと達するその直前、和音もまた艦橋の外に躍り出て烈風丸を振りかぶっていた。

(これで、全てが終わる……!!)

 もはや絞りかすも同然の魔法力を全て烈風丸に注ぎ込む。
 大口径の主砲の斉射と、超至近距離からの魔力斬撃による多重攻撃。さしものネウロイもこの威力には耐えられまい。

「あああああああああああああ!!!!」

 遂に刀剣としての形状を視認することすら叶わなくなるほどの眩い魔力光に包まれた烈風丸を、和音は大上段に振りかぶる。
 そして――


「はあァッ!!!! 烈風斬――――ッ!!!!」

 光が奔る。風が唸る。
 天が吼え、地が叫び、海を揺らすほどの凄まじい光と衝撃が全てを覆い尽くした。
 解き放たれた渾身の魔力斬撃と大和の一斉砲撃がネウロイの巣を丸ごと呑み込んでゆく。
 凄まじい爆圧が何もかもを吹き飛ばし、海水すらも沸騰してゆくほどの光の奔流の中で、ヴェネツィア上空を占拠していたネウロイの巣は今度こそ完全にそのコアを無機質な破片へと変じさせたのだった。
 そしてその光の中で、和音は声もなくまばゆい光に身を委ねていた。

(ああ――この光は……)

 希望か、羨望か、あるいは憧憬か。
 戦場に集う全ての兵士たちが求めてやまない勝利と安息。それを具現うる勝利の輝きを、いままさに和音は己の手で解き放ったのだ。
 この上ない勝利の確信に、和音はそっと唇の端に笑みを浮かべた。

「それじゃあみんな――また、50年後に……」

 大切な仲間に向けた呟きがカタチになるよりも早く、爆発の衝撃と光が和音の意識を真っ白に蒸発させていった――
 
 

 
後書き
これにて本作は完結。本当にありがとうございました。

読んでくれていた方がどれだけいたかは分からないですが、SS一本完結させるのもなかなかに苦労のいることですね。エタらないようにするのもなかなかどうして大変です。
オリ主にしたところで、見方によっては完全にメアリ・スーになっちゃってますしね・・・(大反省)
あとはお約束の後日談を挟むかもしれません。というか挟みます(汗)

それではまたどこかで。
今までありがとうございましたm(__)m 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧