鋼殻のレギオス 三人目の赤ん坊になりま……ゑ?
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第二章 ヨルテム編
初めての都市
シキあるところに汚染獣あり
前書き
お久しぶりです、ブラッドエッジです。
危なく闇に食われるところでした。文化祭やセンター試験の申し込みで遅れました申し訳ありません。
あと一話でまとめられそうにないので、間に一話挟むことに……どうしてこうなった。
ではどうぞ!
あのメイシェンたちの見学から三週間が経った。
シキは大分、トリンデン家に馴染み。アイナと共にご飯を作るのが日課になっていた。
「あっ、シッキー。もう少し少なくていいよ」
「いや、ナッキの奴も来るんだからこのぐらいは余裕だろ」
さらに学校から帰ってきたメイシェンと共にお菓子作りもするようになった。
孤児院の癖が直らず、多めに作ってしまうシキに呆れるメイシェンという図が出来ていた。
毎日、顔を合わせるので引っ込み思案なメイシェンでも慣れるのはそう時間がかからなかった。
「も、もういいだろ……」
「いいえ、シキ? ちゃんと勉強しないと武芸者でも苦労するわよ? はい、書き取りしましょうね」
「もうヤダァあああああああっ!!」
学校に通わないシキを見かねたアイナは、週に二度勉強時間を作った。
武芸ばかりやってきたシキにとっては地獄のような時間だった。孤児院での、姉のスパルタを思い出して泣きそうになったのは秘密である。
アイナの教え方が上手かったのか、それともシキに才能があったのかわからないがスポンジのように覚えるシキに感動したアイナが、学校に通うのをメイガスに相談したこともあった。
エルミとドミニオには週三のペーズで会いに行く。
「あぁ、まだ行かないぞ。それとエルミならどこかへ行った」
うっとしそうに手を振るドミニオに、衝剄を放とうかと思ったシキだったがギリギリで踏みとどまる。どうやら相性は最悪らしい。
錬金鋼の調子はいいので、シキはエルミを必要とは思っていなかった。
事件といえば、シキがわりと力を込めた剄で焔切りをしてしまった際、壁が焦げて地面が深く抉られるという事件を起こした。
幸い、誰もいない時だったので怪我人はいなかったが、音と衝撃でやってきたバンクルトたちが口を開けながら、呆然とした姿は中々滑稽だった。(後日、給料から補修代が抜かれたのは自業自得である)
それと、ついにシキは手紙をグレンダンに送った。
どう返事が返ってくるかはわからないが、どんな結果でもシキはグレンダンに帰るつもりはなかった。
エルミの思惑はわからないが、この旅は自分にとって有意義なものになるはずだと確信していた。まぁ、同時に嫌な予感もしていたが。
「まっ、どうにかなるさ」
そんな楽天的な思考を口にしながら、シキはベッドを転がる。
だが、汚染獣の影は徐々にヨルテムに近づいていた。
「メイ、忘れ物はないか? ハンカチは? 宿題は? 弁当は?」
「シッキー、そんなにしなくても忘れてないよ」
シキは、心配そうに忘れ物がないよう確認する。実はこれが三度目である。
メイシェンはぎこちなく笑いながら、シキの心配性に困っていた。
「忘れ物があったら、シッキーが跳んでくるから、絶対に忘れないよ?」
「そ、そうか? でももう一回」
完全に、大切な妹を心配するシスコン兄である。
他人には厳しいが、ある一定のラインを超えると過保護になるというのがシキだった。ただし、レイフォンは除くというか、心配しても無駄というある種の信頼感を持っている。
メイシェンも、心配されるのは嫌いではないがシキのは度が過ぎると思っていた。
「ほらほら、そろそろ遅刻しちゃうわよ」
こうやって、アイナが苦笑しながら言わないと遅刻ギリギリまで粘ってしまう。
シキは、まだそわそわしながら玄関からメイシェンと共に出た。
「あっ、メイっち、シッキーおはよ!」
「おはよう、二人とも」
出てすぐのところに、カバンを持ちながら立っているナルキとミィフィの姿が見えた。
シキは軽く手を挙げて返事をする。
「じゃあ、行ってくるねシッキー」
「あっ、そうだ。ナッキにミィ、今日、アイナさんがご飯食べに来なさいだってさ」
「やった! シッキーも作るの?」
「そうか、楽しみだ」
談笑を終え、三人は学校に歩き出していく。
シキは見えなくなるまで見送ると、皿洗いのために家へと戻った。
随分と減った子供たちを見て、汚染獣は吐息を漏らした。
自らの身も差し出して、飢餓を乗り越えようとしたのだが一足遅く共食いをし始めてしまったのだ。
残ったのは二千ほどの幼生体、しかし今すぐにでも共食いを始めようとする気配があった。
その時だ、洞窟内に小さく足音が響いた。
その音に、母体である汚染獣は聞き覚えがあった。餌場の音だ。
……ン……シン……ズシン……ズシン……ズシン。
どんどん近づいてくる音に、母体は子供たちに語りかけた。
――――さぁ、起きなさい。
幼生体(子供達)がゆっくりと起き上がる。
――――身体を動かしなさい。
その言葉に従って、幼生体たちは身体を動かし始める。
動きづらい身体を苛立たせていると、胴体部からクシャクシャになった翅が出てきた。
次の瞬間、洞窟の天井部分が崩落し、光が差し込んできた。
――――さぁ、喰らいなさい。
母体の透き通った鳴き声が響き渡り、幼生体たちは崩れた天井から飛び立った。
メイシェンたちを見送ったシキは、皿洗いを手早く終わらせ、日のあたりがいいので、ベランダで布団を干した。
そして、リビングに戻りのんべんだらりとお茶を飲みながら、今日の夕食で作る料理の献立を考えていた。
「あー、スープ系もいいが肉系も捨てがたいよなぁ」
野菜スープか、生姜焼きで悩んでいるのだが、メイシェンたちに好評を得られるのは間違いなく野菜スープだと確信しているのだが、肉を食べたいという願望がシキにはあるのだ。
友情か、それとも欲望か。
脳内でまた戦争が起こっているのだが、今回も主人格シキが優勢だった。
実は猫舌であるシキは、お茶をチビチビ飲みながら悩む。
アイナは自室で、趣味の縫い物を楽しんでいるのでシキの思考を邪魔するものはいなかった。それが微妙に寂しいと感じているシキだったが、気のせいだと流す。
こんなに一人で静かに過ごすなんて、シキは初めてだった。
寂しいと感じるが、孤児たち……いや、兄弟たちなら元気だと信じている。死んだとき用に資金は貯めているし、それはレイフォンが使えるようにしてある。遺言状もデルクに渡しているのでバッチリだ。
「……失って気づく、か」
何かで見たことがあるフレーズを思い出し、シキは苦笑した。
月並みのセリフだが、シキはようやく理解した。
「さて、落ち込むより訓練しよう。ナッキ用の訓練も組まないと」
シキはナルキを弟子に取ることにした。
まぁ、弟子と言っても友人として、ナルキを強くしたいという思いからなので本格的にはしないつもりだ。……あくまでも、シキの基準なので相当厳しいのだが。
機会があれば、サイハーデンの剄技を教えていこうと思っている。全ての技は教えてもらっているし、授けてもいいとデルクから言われているので軽い移動系は教えようかと思っていた。
さすがに、シキの全てを教えることは不可能であるし、まともに教えられるのがそれくらいしかないからだ。
「さて、そろそろ行こうかね」
空になったカップを見て、シキはそう呟いた。
今日は交叉騎士団と都市外模擬戦闘を予定しているので、早めに行かないと行けないのだった。
カップを台所に置こうとした瞬間、地面が揺れた。
「なっ!?」
激しい揺れで、シキは片膝をつきながら鋼糸を復元して物が倒れないように鋼糸で固定する。
周りの建物から嫌な音が聞こえる。二階から、アイナの悲鳴が聞こえたが、鋼糸を飛ばして安全を確保しているのでシキは、その場から動かない。
昼時でなかったのが幸いした。最悪、コンロから飛び火して火災が発生する可能性もある。グレンダンでも、たまにだがこういった都市が揺れる、都震と呼ばれる現象が起きた。
原因は、レギオスの脚が地盤のゆるい土地に入ったり、足場を踏み外したりする場合だ。忘れがちだが、シキたちが住んでいるレギオスは常に動き続けている。
しかし、そういう場合でない都震もある。
「……収まったか」
シキは鋼糸で家の状態を確認する。念威操者のマネごとだが、ある程度ならシキもそう言ったこともできる。やりすぎると頭痛がするという欠点もあるのだが。
安全を確認したシキは、鋼糸を復元したまま二階に駆け上がる。
ちょうどタイミングが合ったのだろう。部屋に出たアイナとシキは遭遇した。
「し、シキ、大丈夫だった!?」
アイナは慌ててシキに駆け寄る。
「慣れてるからな。家は安全だ、まぁ、物が落ちてるが」
「そう、よかった。久しぶりの都震だったから驚いたわ」
心底ホッとしているアイナを尻目に、シキは身体が疼くような感覚に襲われる。
シキはその感覚を否定したかったが、直後、サイレンが激しく鳴り響き舌打ちをする。
「な、なんのサイレン!?」
「……最悪だな」
シキは、手の鋼糸を握り締めながら呟く。
アイナは分かっていないが、それはしょうがないだろう。四十年ぶりの遭遇だからだ。
「シキ?」
暗い顔をしているシキを気遣って、声をかけてくれたのだろうが、シキはため息をつきながらアイナの目を見てはっきりと言った。
「早くシェルターに」
「シェルター? まさか、そんな」
アイナの顔色が真っ青になる。
気づいたのだろう。先ほどのサイレンやシェルターの意味を。
シキはゆっくりとこう言った。
「汚染獣が来た」
その一言で、アイナは悲鳴をあげそうになるが懸命に堪えた。子供であるシキが冷静であったおかげだろう。
深呼吸をするアイナを、シキは背中をさすることで安心させようとする。
しばらく深呼吸していたアイナは、信じられないと言った声色で言葉を口にした。
「本当なのね……その、汚染獣が来たっていうのは」
「あぁ、早くシェルターへ」
シキは、外から感じられる馴染み深い殺意と食欲を感じ、先ほどのサイレンが誤報ではないことを確認した。
「でも、メイシェンたちが……」
「こういう時、学校でやっているはずだから大丈夫のはずだ。まずは自分の安全を確保してくれ」
シキの耳は、外に溢れかえる悲鳴や怒号を聞き逃さなかった。
グレンダンでは、こんな事は起こらなかった。それだけ、他の都市では驚異だということだろう。シキはそう思いながら、アイナを抱きかかえる。
「キャッ!?」
アイナの驚いた声が聞こえたが、シキは無視して窓を開ける。
ここから一番近いシェルターの場所を思い出し、付近に鋼糸を飛ばし引っ掛ける。
「あ、あの? シキ、ちょっと恥ずかしいのだけれど」
「喋ると舌噛むぞ?」
「えっ? って、キャァアアアアアアア!?」
アイナの視界では、あっという間に景色が動き続けたようなものだろう。
シキは、アイナに負担がかからないようにゆっくりと引っ張っているつもりなのだが、一般人からすれば十分速い。感覚的にはジェットコースターに乗っているようなものだと思えば大差はない。
一分ほど空を飛ぶという経験をしたアイナは、ごった返しているシェルター入口に着いた。突然、飛んできた二人を見て、避難していた一般人や誘導していた武芸者たちが目を丸くしながら驚いていた。
「すいません、この人をシェルターに。あと、念威端子があればバンクルトさんに繋いでください」
「えっ、あ、はい!!」
シキは、名前を覚えていないが交叉騎士団の一員である武芸者に矢継ぎ早に言う。
言われた武芸者は、自身の近くに合った念威端子をシキに譲渡すると、アイナの肩に両手を置いて誘導する。
「シキ!! 無理だけはしないでね!」
アイナのその言葉に、シキは苦笑しながら見送る。
そして、すぐに表情を変えると譲渡された端子にバンクルトを出すように言う。
最初は渋られたが、シキの名前を出すとすぐに繋げてもらえた。
『シキくんか。状況は……言わんでもわかるか』
「大方、地下にいた母体の巣にぶち当たって、そこから溢れ出した幼生体に脚を取られてんだろ?」
『そのとおりじゃ。君との訓練を想定していたので、今、防衛戦をしておるところじゃよ』
予想通りの答えに、シキはため息をつきながら、端子を手で掴む。続いて、活剄で強化した脚力で、近くのビル屋上に跳んだ。
そこから視力を強化して外縁部を見ると、大量の幼生体が見えた。
ところどころ爆発が起きて、外縁部から都市へ侵入する幼生体を墜落させていく。
「見えた。今のところ大丈夫そうだな」
『あぁ、二千弱だそうだが食い止めておる。君との訓練が今日でよかった』
それはシキも同意する。
偶然だったとしても、すぐに防衛が始められたのはそう言う訓練を提案したシキの手柄だった。試射のために剄羅砲を動かしていたのも、幸運というよりも奇跡に近いかもしれない。
しかし、次に言われた言葉にシキは驚く。
『シキくん、今回の戦いはワシらだけでやらせて欲しい』
「冗談キツイぞ、ジイさん」
シキは声を震わせながら、バンクルトの言葉に返答する。
だが、返ってきたのは戦場に似つかわしい優しい口調だった。
『君がいればあっという間に終わるんじゃろうな。君にとって、この程度危機ですらない』
バンクルトの言うとおりだった。
幼生体程度の相手、危機ですらない。だがそれはシキの基準だ。交叉騎士団の実力では、数人だろうが死者が出ることがシキにはわかった。
グレンダンですら、幼生体との戦闘では熟練の武芸者が死ぬことがある。それだけ、汚染獣戦は死傷率が高いのだ。
「俺が行けば余計な被害だって出さすことない!」
『それではダメなんじゃよ。……大人であるワシらが立たずに、君に頼ったらそれはもう武芸者ではない。ただの臆病者じゃよ』
「だけど!」
『優しいのぉ、君は。あの子、そっくりじゃ』
懐かしむような、それでいて懺悔しているような声にシキは口を噤むしかなかった。
『もう二度と過ちは犯さんと決めたのじゃ。それに、君に特訓してもらった成果は着実に出ておる。安心せい』
「……わかったよ」
シキは、ため息をつきながら鋼糸を戻して、弓を復元し構える。
「ここから、外縁部から出る敵を狙撃するよ。そのくらいならしていいだろ?」
『あぁ、頼んだ。さて、正念場じゃ――――』
『お話のところ申し訳ありません。緊急事態です』
突然、バンクルトとの会話が中断され、焦った念威操者の声が聞こえた。
『どうしたんじゃ?』
『最悪です。都市直上、つまり空から巨大な質量が三つ接近しています』
「……なっ!?」
シキは急いで、上を見ると三つの点が徐々に近づいてきていることに気づいた。視認できたが、そのうちの一体が都市に急降下してきていた。
そして振動と共に一体の汚染獣がヨルテムに飛来した。
端子からは怒号が飛び交う。
『母体が救援を呼んだのか!?』
「いや、それにしては早すぎる。偶然、見つかったんだろ」
汚染獣の母体は子供である幼生体が全滅すると、付近にいる汚染獣たちを呼ぶという厄介な性質を持っていた。しかし、呼ぶのは三十分かかるはずなので、今回は付近を飛んでいた汚染獣たちが偶然気づいたのだろう。
その時、バンクルトの焦った声がシキの耳に飛び込んだ
『イカン!! 戦力を割き過ぎた! 都市内部にはまともな戦力などおらんぞ!』
『降下地点では、避難が終わっていません!!』
シキは、端子からの報告を聞いていなかった。
汚染獣が降りてきた地点には覚えがあったからだ。
「ッ!!」
地面を砕きながら、シキは空中へと跳んだ。
あの場所のシェルターは、メイシェンたちの学校が指定したシェルターがあったはずだったからだ。
「遅いねー、何してんだろ」
ミィフィはそう愚痴をこぼしながら、中々進まない列にため息を付く。
ナルキは泣き出したメイシェンをなんとかなだめ、グッタリと疲れながらそれに答える。
「どうやら入口付近で喧嘩が起きたらしいぞ」
「知ってるー。……来てるんだよね、汚染獣が」
ミィフィたちには実感が沸かなかった。
人類の天敵だと授業で習ったが、遭遇したのは初めてだ。見てもいない物を恐ろと言われても実感が沸かないのは当然だろう。
「シッキーは大丈夫かなぁ、もしかして戦場にいたり」
「シッキー……う、うぇええええん」
「あぁ! もうミィ! 少しは考えて喋れ!」
ナルキがミィフィの言葉を咎める。
メイシェンの中では、汚染獣の恐怖よりもシキの安否が気になってしょうがなかった。
「大丈夫だ! 父さんだって戦っているし、何より交叉騎士団がそう簡単にやられはしない」
「ほ、ホント?」
涙目になりながら、上目遣いをするメイシェンを見た付近の男子のハートが打ち抜かれる。小動物的な可愛さと守りたいオーラが溢れ出ている今のメイシェンは、ナルキですら抱きしめて撫で回したいほど可愛かった。
「あ、あぁ! それにシッキーが戦うことはないよ、何より子供なんだから」
シキの実力を知らないナルキは、安心させるためにそう言う。
強いとは知っているが、戦場に出る年齢ではないと思ったからだ。普通はそうだが、シキは普通ではなかった。
「そうそう、それにアニメじゃないんだから、子供が最強なんてありえないよ」
実際、そうなのだがミィフィはケラケラと笑いながら言う。
メイシェンは落ち着いたのか、落ち着いていく。ナルキはそれを見て、息を吐いた。
そして、同時に列が動き出した。
「やっと動いたね。遅すぎるよ」
「でも、これで一安心……」
「お、おい! アレはなんだ!?」
誰かがそんな声を出した。
並んでいた者たちはざわつきながら、続々と上を見上げる。
そして見てしまった。一直線に都市へ向かう汚染獣たちの姿を。
「う、あ、うぁあああっ!?」
その声が人々の恐怖を煽ってしまった。
一瞬にしてパニック状態に陥った住人たちが我先と、シェルターに向かって走り出した。本来なら止めるべき武芸者たちも、パニック状態になっていた。
まさか都市直上からやってくるなど、予想していなかったからだ。
ナルキは、咄嗟にまだ甘い活剄を使ってメイシェンとミィフィの盾となる。ここで転倒などすれば、最悪圧死する可能性もある。
そしてビルを崩しながら、一体の汚染獣が降りてきた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
たった一つの咆吼で、誰もが動きを止めた。
蛇に睨まれた蛙、その言葉が似合う光景だった。
武芸者たちも錬金鋼を抜くが、圧倒的な殺意とその巨体に戦意を喪失していた。無理もない、こういった誘導に駆り出される武芸者はまだ若く実力が足りない武芸者が多い。
彼らは本能で理解する。目の前の存在には勝てないと。
「あ、あぁぁあああ」
メイシェンはペタリと尻餅をつくと身体を震わせながら、ナルキの身体にしがみつく。
ミィフィも似たような状況だったが、一番恐怖を感じていたのはナルキだった。
もしもメイシェンやミィフィがいなかったら、尻餅をついていたのはナルキだっただろう。メイシェンとミィフィを守る。恐怖で震えるナルキを支えているのは、そんなちっぽけな絆だった。
生で見る汚染獣は、映画やアニメでみる化け物よりもずっと怖かった。
そして気づく、自分たちは哀れな餌でしかないということを。
「な、ナッキぃ」
「大丈夫、大丈夫だ!!」
半ば、自分に言い聞かせるようにナルキは怒鳴るように叫ぶ。
汚染獣は動かない住民(餌)を見ると、口を開ける。
鋭く大きな歯が見えた。あれに飲み込まれればひとたまりもないだろう。
「く、くそぉおおおっ!!」
一人の武芸者が叫びながら、跳んだ。
周囲の武芸者が止めようとしたが、その武芸者は狂ったように叫びながら汚染獣に向かう。恐怖に押しつぶされまいと、立ち向かったのだろう。
勇気ある光景だ。映画ならば、彼は汚染獣と勇敢に戦い、ボロボロになりながら勝利するだろう。
だが、これは紛れもない現実だった。
――――グチャリ。
「ッ!?!?」
咄嗟に、ナルキはメイシェンとミィフィの視界を塞ぐ。
だが、音までは塞ぐことができなかった。
そう、突っ込んだ彼が一口で食われた音までは。
「きゃぁあああああああっ!!」
メイシェンの口から絶叫が響き渡る。
ナルキは、口いっぱいに広がる酸っぱいものを耐え切れずに吐き出す。
周囲にも同じような光景が広がる。
人が簡単に死んだのだ。劇的なドラマもなく、あっけなく、無残にだ。その事実にナルキは耐え切れなくなったのだ。
汚染獣は、まだ足が痙攣している武芸者の死体を丸呑みすると、鮮血を滴らせながらナルキたちに向かって歩き始めた。
誰も動かなかった。いや、動けなかった。
絶望に包まれた彼らは、もう動く気力が残っておらず、ただ餌として死んでいく自分を呪うしかする方法はなかった。
一歩、また一歩と死(汚染獣)が近づいてくる。
上空では遊んでいるのか、三体の汚染獣が旋回していた。
だが、その事実ですら気休めにはならない。
「くそう」
ナルキは、涙を流しながら無力さを悔やんだ。友達も守れないことを悔やんだ。この瞬間に動けない自分を悔やんだ。
そして、汚染獣はナルキたちの前に立った。
そして、大きな口を開けた汚染獣は……突然、飛んできた巨大な剣に喉を刺し貫かれた。
絶叫が辺り一面に響き渡る。
「な、にが?」
あまりの非現実さにナルキは、呆然とした。血をまき散らしながら悶える汚染獣を見て、信じられなかったのだ。
ナルキよりもずっと強いであろう武芸者を、いともたやすく食い殺した存在があっけなく死のうとしているのだ。理解しろというのが無理な話だ。
そこに小さな影が、ナルキたちの背後から飛び出し、突き刺さった剣の柄を握ったのが見えた。
「はっ?」
そこでナルキの思考は完全に固まった。
その影は、無理やり剣を引き抜くと膨大な剄を刀身に纏わせてそれを叩きつけた。
次の瞬間、汚染獣の頭部が粉砕され、巨体が倒れこむ。
「……雑魚が」
肩に身の丈ほどの巨剣を担いでいる人物を、ナルキやミィフィ、メイシェンは知っていた。周囲の人々は何も言えず、汚染獣を簡単に殺した人物を見た。
「シッキー?」
そこにいたのはシキだった。
二段復元した剣を待機状態にして剣帯に戻した。
着く直前、シキは迷ったのだ。衝剄を放って絶命させてもいいが、威力が高すぎて一般人に被害が出るのを恐れた。そこでシキは、一切剄を込めずに剣を弓矢の代わりにして放った。
見事に命中した剣で、怯んだ隙に飛び込み。衝剄を流し込んで殺した。
シキは汚染獣の死骸から驚いている人々を見下ろす。
何かを探すように、首を揺らしている。その顔には焦りがあった。
しかし、ナルキたちの方を向くとトン、と静かな音を立てて、あっという間にナルキの前に立った。
「はっ……なっ?」
ナルキには、シキが消えて現れたようにしか見えなかった。
シキは、まずナルキに目を向けてから、背後に座り込んでいたミィフィとメイシェンを見た。その顔は心配そうだったが、怪我がないとわかると安心したように息をついた。
そして笑顔でこう言った。
「もうちょい待ってろ。アイツら消すから」
ゾクリとナルキの身体が震えた。
恐怖からではない。歓喜から来る震えだ。
シキという強者に出会った、武芸者の本能から来る歓喜だ。
「もう安心しろ。すぐに終わるから」
またシキは消えた。
残されたナルキは、心臓が早鐘のように打つのを感じた。
――――アイツの下にいれば強くなれる。
そう確信した気持ちが、ナルキの中で芽生えた。
シキは、ビルの上に立った。
空からは咆哮を上げながら、シキに向かってくる三体の汚染獣が見えた。
足の大きさからして一期と二期だろう。シキにとっては危機ですらない、雑魚だ。
しかし、都市にここまで接近されればそうとも言ってられない。グレンダンならこうはならなかったと思うが、あれはデルボネがいたからこそ安全だったのだと、シキは思った。
「まっ、デカブツの方が相手しやすい」
弓と鋼糸を復元したシキは、腰の剣帯に鋼糸を差し込むと弓を引き絞る。
狙いを突出していた汚染獣に向けると、シキは弦を離した。
一直線に飛んだ剄の矢は、その汚染獣の腹部に突き刺さる。
次の瞬間、汚染獣が膨らみ、周囲に血と肉をまき散らしながら爆散した。
外力系衝剄の変化、爆刺閃。
身体の内側から破壊された汚染獣はあっけなく死んだ。落下場所は都市だが、そこには人がいないことを確認済みだ。
残り二匹は、仲間がやられたのにも関わらず逃げることはしなかった。
食欲を優先したのか、それとも仲間の仇討ちかはわからないがシキに向かって突撃してきた。
だが、その動きも何かに遮られ止められる。
「汚染獣ホイホイ……なんてな」
鋼糸が、汚染獣たちの身体に巻きついていた。
汚染獣たちは咆哮しながら、糸から抜け出そうとするが動けば動くほど鋼糸は身体に巻き付いていく。
シキは鋼糸を動かしながら、陣を編んでいく。
リンテンスほど技術がないので、編むのに倍の時間がかかるが威力はほとんど同じモノが打てる。
リンテンスの陣が職人が心魂込めて作った芸術品だとすると、シキの陣はそれを大雑把に真似をしただけの模造品でしかない。
『お前なら威力だけなら俺と同等は持っていけるはずだ。だが、技術的に追いつくことは絶対にない』
いつだったか、リンテンスが言ったことを思い出す。
それでいいとシキは思っている。リンテンスほどの技量を持つくらいなら、剣や刀を持った方が早いし、そもそも才能の壁はどうあがいても覆せない。
だが、この陣だけはリンテンス以上の出来を本人からもらっていた。
「……さて、よくも友達を泣かせてくれたな」
剄を抑えながら、シキは暴れている汚染獣を睨みつけた。
本来ならこの都市の武芸者に任せるべきなのだろう。いや、シキもそのつもりだったし、戦うつもりはなかった。精々、汚染獣からメイシェンたちを守る程度にはするつもりだった。
しかし、怯えている三人を見た瞬間、シキの体は勝手に動いていた。
それだけ三人の存在がシキの中で大きくなっていたのだろう。悪い気持ちはしなかった。
「全方位からの刺突だ。死に腐れ」
繰弦曲・魔弾。
三百六十度、全方位からの刺突。避けることなど出来るはずがなかった。
体中を刺し貫かれた汚染獣は、一瞬で絶命した。
「……」
死亡を確認し体中の力を抜こうとした時だ。大音量の声がシキを襲った。
それがシキを称える声だと気づいたのは、その三秒後だった。
○オマケ
これ汚染獣襲撃から一週間経った、ある日の新聞記事である。
――――今回の襲撃で、多数の死傷者を出したが交叉騎士団の活躍により被害は最小限に抑えられた。
しかし、三体の雄性体が念威端子の監視網が届かない、遥か上空から強襲し、ヨルテムに侵入を許す。運が悪いことに、避難途中であった市民の近くへ一体が飛来。あわや大虐殺といったところで、英雄シキ・マーフェスが汚染獣を撃退。
あっという間に三体を倒したシキ・マーフェスは、幼生体の撃退にも貢献。鋼糸と呼ばれる特殊な錬金鋼で、一日かかると思われていた幼生体駆除を、一時間で完了させた。
この件で、都市長マーベラス・レッド氏は、シキ・マーフェスを都市の英雄として称え、表彰すると発表した。
件のシキ・マーフェスだが、外部の武芸者であることとまだ年端もいかない『少女』ということが判明している。取材は交叉騎士団により断られているが、近いうちに記者会見を行うと発表されている。
彼女はどんな人物なのか、今から楽しみである。
「……少女?」
シキは、一時的に住むことになった交叉騎士団の宿舎で新聞記事を読みながら震えていた。
どこから撮ったのか、鋼糸を操っているシキの写真が大きく貼られており、見出しには『期待の天才美少女武芸者現る!』とデカデカと書かれていた。
「お、俺は、俺は男だァああああああああああああっ!!」
新聞を破り捨てながら叫んだ声は、ヨルテム中に響き渡ったとかなんやら。
後書き
とりあえず、ナルキ好きすぎて出番が増える増える。個人的には原作後は、都市間の移動が楽になってフォーメッドに長期休暇のたびに会いに行ってると思います。遠距離恋愛? 無理な恋? ハハハ、そこをぶち壊して純愛が至高でしょう。
今回は、原作でありそうでなかった汚染獣出現パターン。そこ、蒼穹のカル○のメテオストライクとか言わない。
では次回まで、ちぇりお!
Q、目立たないんじゃなかったの?
A、動いちゃいました。身体がいけないんです!
Q、シキって、意外に過保護?
A、めっちゃ過保護。ただし、レイフォンは除く。
レイフォン「僕のこと嫌いなの?」
シキ「心配しても無駄じゃん」
Q、ぶっちゃけ雄性体って強いの?
A、強い。戦ったら、数人の犠牲は覚悟したほうがいいと思います。シキが楽々殺してますが、実際はぱっくんちょされた武芸者みたいになるはずです。
Q、避難ってこんなに遅いの?
A、演出の問題です(ご都合主義とも言う)
Q、おい、弓矢使えよ。
A、ロマンやん、弓で剣射出するのって。某クリティカル巫女さんもそろそろズドンじゃなくてズバンきますよ! 多分!
Q、リンテンスと戦ったらどうなるの?
A、ナマス切りにされます。出力が同じでも技量が違いすぎます。
ではでは、次回は閑話っぽくします。
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