戦国異伝
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第百三十五話 退きの戦その十一
「あの方です」
「確か足軽から将になった御仁だな」
「元は一介の百姓でした」
「そこから将までか」
「織田家でも家老扱いだとか」
織田家程の大きさになると家老の数も多い、それこそ何十人もいる。羽柴もその一人だ。
だが足軽から十万石以上を取る家老扱いだ、それだけの者となると。
「その方がです」
「そうか、羽柴殿か」
「噂では馬も槍も上手ではないとか」
これはその通りだ、羽柴はどちらも得手ではない。刀も弓矢もである。
「それでもあれだけ戦うとは」
「そうしたことは不得手でもな」
「あれだけ戦えるのですか」
「将の戦は馬や槍で行うものではない」
長政は将としての立場から言った。
「兵法じゃ」
「それで戦うものだからですか」
「そうじゃ、羽柴殿はそれが出来ているのであろうな」
「だからあれだけしぶといのですか」
「そうであろうな」
こう言うのだ。
「強かじゃ、柳の様にな」
「柳ですか」
「柳は一見すると弱いがそうではない」
このことはよく知られている、長政が言うまでもなく。
「中々折れぬな」
「その柳ですか」
「羽柴殿はそれじゃ、やりおるわ」
「噂では猿の様な顔の小男ですが」
「また言うが戦は兵法じゃ」
それだというのだ。
「羽柴殿は出来ておられるわ」
「羽柴秀吉、出来物ですか」
「伊達に足軽から家老になった訳ではないな」
石高で言えば十万石を超えている、かなりのものであることは言うまでもない。
「見事じゃ」
「これは後詰を破るのも容易ではありませぬな」
家老の一人が難しい顔で言って来た。
「思った以上に」
「そうじゃな、しかし今はじゃ」
一度断を下せば変えない、それが長政だ。
だから今は下がらせた、それでだった。
「下がり休め、飯も食え」
「さすれば」
「そういえば朝から飯を食っておらぬ」
今このことを思い出したのである。
「食わねば戦どころではないわ」
「干し飯があります」
「それでよい、かんぴょうはあるか」
「それもあります」
「では貰おう」
戦の場での飯を食うことにした、そしてだった。
浅井の軍勢は今は下がった、朝倉の者達もそれを見て下がる。羽柴はそれを見て軍勢を一気に下がらせた。
そのまま出来るだけ下がろうとする、飯jは歩きながら慌ただしく口に入れる。
そうして下がる、確かに朝倉や浅井の軍勢は今はいない。下がるうちに日もかなり暮れていた。
だがここでだった、彼等のその後ろに。
秀長はその影達を見て兄に言った。
「兄上、敵です」
「何っ、朝倉か浅井か」
「わかりませぬ、もう暗くなっております」
夕刻から急に夜になろうとしている、もうその姿がまともに見えない。それで秀長もその者達が誰かわからなかった。
「何もかもが黒く」
「しかし朝倉家や浅井家の兵はじゃ」
「はい、まだここに来られぬ筈です」
「それでもか、急いで来たのか」
「そうとしか考えられませぬな」
「数は・・・・・・多いのう」
羽柴も目をこらして夜になろうとする中で攻めて来る者達を見る、ざっと見た辺りだが。
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