ストライクウィッチーズ1995~時を越えた出会い~
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第二十話 オペレーション・マルス①
前書き
いよいよ20羽の大台に乗っちゃったよ・・・更新速度はダダ落ちですが(汗)
完結まではあと3話ほどの予定です。
「んぁ……なんの、音……?」
まだ日も昇っていない早朝。タオルケットを羽織って眠っていた和音は、窓の外から聞こえてきた奇妙な音で目を覚ました。なにか棒状のものを振り抜いたような鋭い風切り音と、それに合わせた誰かの気合いが聞こえてくる。騒音というほどではないが、気になってしまうとなかなか眠れない。
「こんな時間にいったい何なの……」
基地の整備兵か誰かが騒いでいるのかもしれない。
そう思った和音は、文句の一つでも言ってやろうと、寝ぼけ眼を擦りながら窓を開け、音の正体を探した。すると――
「せいっ!! やあっ!! はぁっ!!」
(あれは……坂本少佐?)
和音の瞳に映ったのは、扶桑海軍の水練着一枚で素振りに明け暮れる坂本美緒だった。
手にしているのは普段から使っている愛刀『烈風丸』に違いない。和音の魔眼のおかげで、額に汗の玉を浮かべて刀を振り続ける姿は、坂本の立つ場所からだいぶ離れた和音の部屋からもはっきり見えた。
「こんな時間から素振りをしていたなんて……坂本少佐らしい、のかな?」
まるで実戦さながらの気迫を漂わせながら、正眼に構えた刀を振り下ろす。ヒュッ、と鋭く風が唸って、青い残光を纏って刃が駆け抜けていく。
流石は「大空のサムライ」だな、と和音が感嘆した、その時だった。
「……ん?」
やおら坂本は素振りをやめると、今までは正眼に構えていた刀を大上段に構え直し、静かに呼吸を整えながら精神を集中し始めた。それだけではない。何の変哲もなかったはずの刀に魔法力が流れ込み、淡い燐光を放ち始めたではないか。
(まさか、魔力斬撃!?)
おもわず魔眼を発動させた和音は、窓から身を乗り出すようにして坂本の姿を凝視する。
刀を大きく振りかぶった坂本は、いよいよ輝きを増した烈風丸を握りしめ、そして――
「はあぁっ!!!! 烈風斬――――ッ!!」
瞬間、凄まじい光が刀身から迸り、振り抜いた刀の斬線上を目にも映らぬ速さで駆け抜けていった。その威力たるや凄まじく、斬撃を受けた海が一瞬割れたほどだった。
「すごい……あれが、坂本少佐の奥義……」
呆然と見守る和音だったが、しかし当の本人である坂本は納得がいかないような素振りで己の掌を見つめ、ややあってから刀を鞘に戻すとそのまま基地の方へと戻っていってしまった。
圧倒的な光景にすっかり目が覚めてしまった和音は、結局朝食まで眠る事ができず、坂本の謎の特訓が頭から離れなかったのだった。
「おはようございます。今朝はご飯とお豆腐のお味噌汁ですよ~」
朝食の時間になって食堂に降りてみると、割烹着姿の宮藤とリーネが配膳をしているところだった。どうやら朝方の素振りには気がつかなかったようで、いつも通り坂本にもご飯と味噌汁の載った盆を渡していく。
「みんな、早速で悪いのだけれど、一つ重要なお知らせがあるわ」
全員に朝食が行き渡ったのを見届けてから、ミーナが口を開いた。
「重要な作戦会議のため、わたしと坂本少佐は、これから司令部へ行くことになります。その間、部隊の指揮をバルクホルン大尉とイェーガー大尉の両名に預けます。有事の際は二人の指示に従うように。いいわね?」
食事の前にミーナが何かお知らせをするのは珍しいことだ。
大抵は食事が終わった後に言うし、きちんと詳細も説明してくれる。ましてや不在にするからと言って指揮権を一時的に預けたことなど一度もなかった。
と言う事は、司令部での作戦会議とやらも極めて重大なものであることは容易に察しがつこうというものである。
「全員理解したな? では、いただきます」
「「「いただきます!!」」」
坂本に合わせて頂きますをした和音だったが、胸の奥には妙な不安が暗雲のようにたちこめていた。
連絡機に乗って司令部へと出発した坂本らを見送ると、基地は一気に静かになってしまった。
ここのところ奇妙に襲撃は少なく、訓練もいつも通り。強いて話題になるニュースがあるとすれば、戦力増強を目的に扶桑海軍の艦隊がロマーニャに到着したらしい、ということぐらいだろう。
「――で、なんでわたしたちは朝からお風呂に居るんです?」
「あ、あはは……シャーリーさん達がみんなを集めて来い、って」
そして静かになった基地では、残った十人が全員、朝から風呂に浸かっていた。
それだけでも十分異様な光景だが、規律と規則には厳しいあのバルクホルンでさえ一緒に風呂に入っているというのだからこれはもう驚くしかない。
「バルクホルン大尉とシャーリー大尉の指示だそうですわ。今のうちに英気を養っておけ、ということでしょうね」
「どういうことです、ペリーヌさん」
歳の割によく育ったおっぱいをバスタオルの下に押し込めながら、和音は湯船に身を沈める。
周囲から生暖かい視線を感じたのも一瞬、湯船に体を沈めると、どこからともなくため息が漏れた。
(……聞かなかったことにしよう)
コホンと咳払いをしてペリーヌに視線を向けると、髪をかき上げながらペリーヌが口を開いた。
「今朝、ミーナ中佐と坂本少佐が作戦会議のために司令部へと出発したでしょう? ということは、近々大規模な作戦が発動されると言う事ですわ」
「なるほど……」
そこで両大尉が気を利かせて入浴の許可を出したということらしい。
「これは予想に過ぎんが、おそらく今回の作戦はヴェネツィア上空のネウロイの巣を直接叩く最終決戦になるはずだ。だとすれば、ここでの最後の風呂になるかもしれんからな……」
湯船に身を沈めたままバルクホルンが言うと、宮藤やリーネがぎょっと顔を引きつらせる。
「こ、ここでの最後のお風呂って、そんな……」
「ま、待て宮藤!! いまのは……そう、例えだ。あくまでそうなるかもしれないという仮定の話であってだな……!!」
しかし、バルクホルンの言葉に嘘や偽りはない。祖国奪還を賭けた決戦であれば、史上空前の大規模戦闘になることは間違いないのだから。その戦いに勝つことはおろか、生きて帰れる保証などありはしないのである。
「今はミーナたちが帰ってくるのを待つしかない。早ければ夕食時分に戻ってきているはずだ」
そういうと、バルクホルンは目を閉じて湯船の岩に背中を預けた。
蒼く澄み渡る空。陽光に煌めく広い海。
すぐ目の前に迫った決戦の気配も、今この時ばかりは遥か遠くに感じられていたのだった――
「――司令本部からの作戦を説明します」
すっかり日も沈んだ夜。いつになく険しい面持ちのミーナと坂本に集められた501部隊員らは、談話室の椅子にそれぞれ腰かけていた。
「司令本部はヴェネツィア上空のネウロイの巣を直接叩く総攻撃作戦を提案。作戦名は『オペレーション・マルス』に決定したわ」
その言葉に、談話室の空気が一気に緊張する。
――ついに来たのだ。最後の決戦の時が。
「攻撃目標はネウロイの巣中枢に位置する球体状の本体。おそらく内部にコアを有しているわ」
ロマーニャ全域の地図を壁に掛けてミーナは淀みない口調で作戦を説明していく。
指揮官たるミーナの本領発揮といったところか。部隊を纏め、作戦を提案し、時に自らも前線にはせ参じる。これこそ本物のエースだろう。
「作戦には501統合戦闘航空団以外にも、扶桑海軍を中心とした各国連合艦隊が参加するわ。空と海、両方から徹底的に巣を攻撃する。これが作戦の基本骨子よ」
「待ってくれミーナ。巣を攻撃するのはいいが、決め手に欠ける。現状の戦力では不十分ではないのか?」
「いい質問ね、バルクホルン大尉」
ミーナはそういて言葉を切ると、一瞬坂本の方を見てから言葉を継いだ。
「巣への直接攻撃を担うのは、連合艦隊旗艦の大和よ。わたしたちは大和が攻撃可能な距離に接近するまで護衛し、敵戦力を低下させるの」
「なに!? では我々は露払いと言う事か!?」
ダンッ!! っと机を叩いて立ち上がったバルクホルンは、そう言って肩を震わせた。
当然だろう。今日の今日まで戦い抜き、その結末が単なる露払いなど、到底認められるものではない。
「……これしか方法がないのよ。この作戦に失敗は許されない。これ以上防衛線を維持し、消耗戦を続けられるだけの余力は欧州にはないのよ」
「くっ……!!」
そう言われれば、バルクホルンとて黙らざるを得ない。
その現実を、バルクホルンも身に染みて知っているからだ。
「もし作戦が失敗すればロマーニャをネウロイに明け渡し……501部隊も解散になるわ」
「なんだって!? そんな馬鹿な話があるものか!! ミーナ、まさかそんな作戦に納得して帰って来たのか!?」
今度こそ怒りを露わにしたバルクホルンを、ミーナが一喝した。
バルクホルンですら怯む剣幕に談話室の空気が凍りつく。
「そんなわけがないでしょう!? これしか……これしか今のわたし達にはできないのよ……!!」
ぐっと拳を握って声を絞り出すミーナからは、悔しさと無力感がありありと見て取れた。
だがこれは事実なのだ。戦火に次ぐ戦火、過酷な撤退線をも強いられた今の欧州にこれ以上戦い続けるだけの余力はない。ここで決着をつけねば破滅への道を転がり落ちるしかないのだ。
「そ、そんなのイヤだよぅ……シャーリー……」
「大丈夫。ルッキーニの故郷をネウロイなんかに渡すもんか。必ず解放してみせるさ」
「そうですよ!! 勝てばいいんです!! わたしたち十二人ならきっと勝てます!!」
「そうだよね。勝てばいいんだもの」
次々と溢れる言葉にバルクホルンは呆気にとられた様な顔をし、そして安堵したような、困ったような笑みを浮かべて腰を下ろした。
「そういうことだよトゥルーデ。なぁに弱気になってんのさ?」
「な!? 違うぞハルトマン!! わたしはたとえ最後の一人になっても戦うからな!!」
「あら、一人になんてさせないわ。わたしたちは十二人全員でストライクウィッチーズよ」
たとえどんな時でも十二人全員が揃っていることに意味がある。そう言ってミーナは笑った。
「作戦の概要は以上です。作戦の発動は明日の午後。各自それまでに十分英気を養っておいてください。では解散」
――そして全員が寝静まった夜
「オペレーション・マルス、か……」
その名前を知らない人間はいない。たとえウィッチでなくとも、学校の教科書をめくれば必ず出てくる言葉だ。欧州の危機を救い、戦争の膠着状態を打ち崩した一大決戦。その先鋒を担った大和の武名は、和音の時代になってさえ語り継がれている。
和音の持っていた教科書では、連合国艦隊を率いて突撃を敢行し、対ネウロイ用徹甲弾を斉射して勝利をおさめ、負傷者の救出にあたったとされてる。
「わたしは……どうなるんだろうな」
もし作戦が失敗すれば、間違いなくロマーニャ全土はネウロイの手に渡り、501統合戦闘航空団も解散するだろう。そうなれば、和音の居場所は無くなってしまう。
しかし、作戦が成功したところでどうなるというのだろうか。ロマーニャを解放できた以上、各国の最精鋭をここに張り付けておく理由はない。未だ激戦の続く地域へ戦力を振り分けるだろうことは和音にも分かった。
「わたしの居場所は結局なくなっちゃうのかな……?」
眠ってすべてを忘れてしまおうと思った和音は、部屋の明かりを消してベッドに横になる。
静まり返った暗い部屋の中で、意識が眠りに落ちようとした時だった。
「……? この音は……もしかして」
むくりと起き上ってカーテンを開けると、果たしてそこには今朝と同じように刀を振る坂本の姿があった。時折刀を構えたまま意識を集中し、一瞬刀身が淡い輝きを放つ。がしかし、それもあっという間に消えてしまう――それを、坂本は何度も繰り返していた。
「坂本少佐は、まさか……」
和音は不意に直感した。あの刀身の輝きがウィッチの魔法力によるものだとすれば、この光景が意味するところは一つだけだ。――魔法力の喪失。それ以外には考えられない。
「坂本少佐……っ!!」
いてもたってもいられなくなった和音は、タオルケットを跳ね除けて飛び起きると、そのまま部屋を飛び出してかけていった。
「なぜだ……!! 限界だというのか? このわたしの魔法力がもう限界だと……ッ!!」
歯を食いしばる坂本は、烈風丸を握ったまま立ち尽くしていた。
舞鶴で初めて実戦を経験して以降、戦うことこそが坂本の全てだった。空には坂本の全てがあったのだ。しかし、その根源たる魔法力がないのでは、坂本とて一人の娘に過ぎないのである。
「こんな、こんなことが認められるか……!!」
いつか来る宿命であることはわかっていた。しかし、なぜ今なのだ。
肩を並べた戦友たちと共に決戦の舞台に上がることすらできないというのか。
「くっ……!!」
惨めな気持ちでいっぱいになりながら、坂本は砂浜をあとにした。誰もいない滑走路を抜け、搬入用の入り口から基地に入る。伽藍堂で物寂しい格納庫の静けさが、今の坂本にはむしろ心地よかった。
「は、ははは……所詮わたしもこの宿命からは逃れられないのか……」
誰にも気がついてほしくない。ミーナが知れば泣いて止めるだろう。だからこそ、ずっと一人で鍛錬を積んでいた。しかし、こうなった以上はもはや飛ぶことは叶わないのか――
そう思ったその時、坂本の視界にあるものが映った。
「これは……沖田のユニットか」
――F-15J。
遥か半世紀先の技術の結晶にして、新時代の魔女の翼。レシプロなど決して寄せ付けぬ圧倒的なその性能は、初めて見たあの時から坂本の脳裏から離れない。
そして思ってしまった。
〝これを使えばまだ自分は戦えるのではないか?〟と。
吸い寄せられるように指が機体のラインを撫で、今すぐにでも両脚を通したい欲望にかられる。
(少し……そう、少しだけ試すだけなんだ……)
そう心の中で自分を正当化し、固定台に手をかけたその時だった。
「――ジェットストライカーを使っても、魔法力の減衰はどうしようもできません。坂本少佐」
「……見ていたのか、沖田」
「はい。少佐が素振りをしていた時からずっと」
「そうか……」
それっきり、坂本は大きく肩を落として黙り込んでしまった。
悔しさ、諦観、絶望……ないまぜになったそれらを何と呼べばいいかもわからぬまま、坂本はF-15から離れ、格納庫の外へと出た。
「――わたしが初めてウィッチになった時、まだわたしは自分の魔眼すら満足に扱えなかった」
「え……?」
唐突に始まった独白に和音は困惑するも、坂本は月を見上げたまま続けた。
「満足な魔法技術も持たないまま扶桑海事変に突入し、それからは遣欧艦隊の一員となって戦いの中で生きてきた。戦いが、空がわたしの全てだったんだ」
「…………」
「なのに、気がつけばわたしはもう二十歳だ。魔法力が消えてしまえば、もうわたしの居場所は無くなってしまう。ミーナや宮藤たちと一緒に飛べなくなってしまう。それが、たまらなく悔しかったんだ……」
嗚咽すら混じるその独白が終わった時。和音は寂しそうに笑った。
「……そんなこと、ないですよ」
「な――に……?」
砂浜に腰を下ろした和音は、今までに見せた事の無い不思議な表情で語り始めた。
「少佐、わたしはこの時代の人間じゃありません。そんなわたしを迎えてくれた501があったからこそ、今わたしは生きているんです。この501こそが、今のわたしにとってはたった一つの居場所であり、存在の証明です」
でもね、といって和音は続けた。
「もし、この501が無くなってしまったら、もうわたしはどこへも行けません。魔法力があったって、わたしの居場所は無くなってしまう。今度の作戦が成功してもしなくても、きっと501は解散するでしょう? そしたらもう、わたしはそこで終わりです。でも、坂本さんは違うじゃないですか」
「沖田、お前……」
「待っている人がいる。守りたい人がいる。守ってくれる人がいる。そういうものすべてが、坂本少佐の居場所なんじゃないんですか?」
「わたしは……」
そうだ。空に居る時も、戦っているときも、常に自分の周りには誰かがいたのだ。
それは、坂本美緒にとっての居場所と言ってもいいのではないだろうか?
「わたしにそんなものはありません。この時代でわたしを待っていてくれる人はいません。守ってくれる人もいません」
一瞬袖で顔を拭った和音は無理に笑顔を取り繕って坂本に向き直った。
「こんなの可笑しいですよね。帰る場所も、戦うべき場所もある坂本さんに魔法力が無くて、帰る場所も戦うべき理由もないわたしは魔法力があるなんて……」
「沖田……泣いているのか――?」
「こんなのあんまりですよ……!! もしできるなら、坂本少佐がわたしの魔法力を全部吸い取っちゃえばいいんですよ……っ!!」
できるわけがないと知っていながら、和音はそんな事を言った。
肩を震わせて俯く和音を見て何を思ったか、坂本は己の掌を見つめ、そして何かを悟ったような表情になった。
「ああ――そうだな。ようやく、ようやく分かった」
「…………?」
「どんなに悔しくても、どんなに悲しくても、先生たち先達のウィッチがどうして翼を捨てられたのか」
まだほんのり温かい砂に手を埋めて坂本は言う。
「翼を捨てるんじゃない。託すんだ。これからの時代を担う誰かに、自分の翼を託すんだ。だから、胸を張って空から降りられる」
刀に突いた砂を払って立ち上がった坂本は、和音の方を見ずに言った。
「――なあ、沖田」
「はい……」
「――この戦いが終わったら、一緒に扶桑に来ないか?」
その言葉に、和音は胸の奥がかき乱されるような激しい動揺を覚えた。
願ってもいないその言葉は、しかし和音にとってはある種の死をも意味するものだから。
「お前の言葉を聞いて思った。傍にいてくれた、帰りを待っていてくれる人こそが居場所なのならば、わたしがお前の居場所になる。501が解散したら、宮藤と一緒に扶桑へ戻ろう」
「坂本少佐……」
「横須賀でも、舞鶴でも、どこでもいい。そこで――」
その先を口にしようとして、坂本はハッとしたように口元を抑えた。
その言葉は、絶対に口にしていけないと気がついたから。
「あはは……わたしには、できないですよ坂本少佐。わたしの生きる場所は、手の届かないずっと先にありますから」
――そこで生きればいい
そう言おうとして、言ってはならないことに気がついた。言ってしまえば、それは和音の帰る場所も、護りたい人も、全てを見捨てろというのに等しいからだ。この時代に、この501以外に本当の意味での居場所がないことを、坂本も認めざるを得なかった。
だからこそ、坂本は譲らなかった。
「――沖田、すこし目を瞑れ」
「……? はい」
一瞬怪訝そうになるも、和音は大人しく目を閉じた。坂本はその両手を取ると、そこにある物を握らせる。
「これをお前に預ける。50年後、かならずわたしに返しに来い」
「これは……!! いけません坂本少佐!! だってこれは!!」
「いいんだ。いつかのわたしも、そうやって師から愛刀を譲り受けた」
坂本が握らせたのは、自らの魂ともいうべき愛刀『烈風丸』だった。
「なあ沖田。これはただの勘なんだがな、そう遠くないうちにきっとお前は未来へ帰るだろう」
「そうでしょうか……」
「ああ、そうだ。だから、お前〝も〟諦めるな。必ず未来へ帰って、そしてもう一度わたし達501統合戦闘航空団へ帰って来い。これは命令だ。いいな?」
その言葉に、一体どれほど心を救われたか。
「――はい。沖田和音、謹んで拝命いたします」
踵を揃え、今までで一番きれいな敬礼を決めて見せた和音は、坂本から預かった烈風丸を大切に胸に抱いた。必ず未来へ帰るのだと、烈風丸の重さがそう思わせてくれる。
「……坂本少佐」
「なんだ、急に」
「今度の作戦、必ず勝ちましょうね」
「当たり前だ。ウィッチに不可能はないのだからな!! はっはっは!!」
静かに燦然と輝く月を見上げながら、和音は言った。同時に、今日此処での出来事を、決して忘れる事の無いよう心に焼き付けようと誓った。今この時に確信があったワケではなかったが、それでもある種の予感めいたものは和音も感じていたのだ。
ここ501統合戦闘航空団で過ごす静かな夜は――今夜が最後になるのだと言う事を。
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