最期の祈り(Fate/Zero)
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嵐の後 (簡易番)
前書き
次に一夏が目を開けたとき、一番最初に目に入ったのが白だった。
「?」
霧がかかったような頭では最初、それが何かわからなかった。だが、次期に頭がはっきりするにつれ、それが病室の天井だと解った。
「……」
はっきりするにつれ、自然とここ数日の出来事が思い出されてきた。
「確か、学年別のタッグ戦が……」
次に思い出したのは、蜘蛛の形をしたIS。オータムと名乗った人物。そして炎に呑まれた学校。だが不思議といきり立つことは無かった。怒りが湧かない。そこにあったのは、ただの無力感。どうすることも出来ない、やるせない虚無感。
「ああ」
彼の腕には、何もなかった。それで十分だった。そこで何が起こり、自分が何を為し得たかを知るには。
「俺は、何も……」
先は言えなかった。認めたくなかった。もうその手の中に白式は無かった。
「何も、出来な……」
今までそれがある事を普通と受け入れていた。が、ありきたりな話だが、失って初めて、それがある事の奇跡を知った。
「負けた……負けた。俺は、負けたんだ……」
手加減はされていただろうが、鈴音やセシリアと戦った時も、一方的なワンサイドゲームになる事は無かった。少なくとも、何かは出来た。鈴音には全力を出すべき相手と認められた。セシリアには奥の手を切らせることが出来た。だが、オータムには……はっきり言って勝負にならなかった。切嗣に「頼む」と言われて、彼女たちを守るために戦った。だけど、
「力が欲しい……」
何もできなかった。時間稼ぎにはなっただろう。結果としてセシリアや鈴音、他の生徒を助ける事には繋がっただろう。だが、それは、彼が望んだことではない。
「俺は、何のために……何のためにここにいるんだ?」
それは決して無様をさらすことではない。なにも出来ず、ただ無力の証明をするために剣を取ったのではない。華々しい英雄の様になれなくてもいい。だが……
切掛けはほんの運命の気まぐれに巻き込まれた程度の感覚しかなかった。そこから惰性ながらも目標を見つけ、だからここまで来ることが出来た。だが、そこが限界だった。なんで、ここにいる?なんで、こんな物を持っている?
包帯を巻かれた腕が痛んだが、気にならなかった。自然と涙が込み上げる。
「負けた……」
包帯で顔を擦る。そんな中、扉が開く音がした。
「一夏!目覚ましたんだ……」
「鈴……」
「もう起きて平気なの?」
「あ、ああ。それより――」
それより、何だ?何を聞けばいい?色々あり過ぎて、混乱しようにも出来ない。あの後どうなったのか?みんなは無事なのか?学園を襲った奴らはどうなったのか?俺の、白式は……?
「そんな顔しないでも、何が起きたか全部話してあげるわよ」
「悪いな……」
「悪いと思ってるなら、そのしょげた顔を何とかしなさいよ」
「悪い……」
沈黙がいたい。なんとかしようとは思っている。けど、わらえない。わらうことが出来ない。無理に笑おうとしても、顔が歪むだけだった。
「って、無理か。あんな事が起きた後なんだから。水持ってくるから。落ち着いたら教えなさい」
その後、一夏は何がどうなったかを聞いた。まず、一夏が二日間寝ていたこと。襲撃で死者は出なかったこと。しかし、重傷者が多数出たこと。学園を襲った敵には逃げられたこと。そもそも敵を追跡できるようになったのは、つい先日の事だということ。一夏とラウラのIS奪われたということ。そして……
「切嗣と千冬姉が連れ去られた?」
「楯無さんが言うにはね。連れ去ったっていう事は、多分殺すつもりはないだろうから安心しなさいって」
そうは言っても、胸を覆い尽くす不安が消えることは無かった。
「無理もないか……でも、あの二人よ。案外、アイツらをボッコボコにして帰って来るかもよ」
「はは……あり得るかもな」
姉が本気で怒り狂っているところを想像してしまった。つい、笑ってしまう。
「漸く笑ったわね」
「そう、かもな」
でも、と続く。
「気を引き締めなさい。少し、ショックなものがあるから」
そう言うと、鈴音は付いてきなさいと、病室を出て行った。怪訝に思いながらもベッドから起き上がり、鈴音について歩く。医務室を出た廊下を歩きながら、鈴音に話しかける。
「鈴。一体何が――」
「ラウラよ」
「ラウラ?ラウラが一体どうしたっていうんだ?」
「いいから……」
その答えは、集中治療室のガラスの向こうにあった。でたらめな数の、沢山のチューブが彼女に繋がっていた。その先には金と銀の機械が繋がっていた。
「ラ、ウラ?」
「心臓を一突き。それだけだ」
振り返ると、そこには箒が立っていた。
「箒。無事だったのか……」
「私はな」
視線の先にあったのは……
「こいつは、ラウラは私達の中で最後まで戦っていた一人だ。それが……」
「その結果が、これか」
皮肉な結果だと思った。力が在るから戦い、その結果傷つき、力が無いから戦えず、その結果助かった。
残酷だ。理不尽だとも思った。でも、それよりも悔しかった。代わりに戦うことが出来ず、守られるだけの自分が。
「くそっ」
壁を殴りつける。小さい体にびっしりと色々な器具が張り巡らされたその姿が、余りに痛ましかった。抱きしめてやりたかった。変わってやりたかった。それがただの逃避だと解ったうえで尚、考えざるを得なかった。鋭く尖った刃が華奢な体に刺さる場面が生々しく浮かび上がる。
「切嗣は、この襲撃を解ってたんだろ……。なら何で!何でこんな結果しか……」
理不尽な怒りだとは思うが、そうするしかはけ口が見つからなかった。きっと切嗣なりに最善を尽くしたのだろう。だが、納得がいかなかった。もし、もっと上手く立ち回ってくれれば、或はラウラは……
待て。何で死んでないんだ?心臓を刺されたんだぞ?そんなに軽傷だったのか?
「気が付いたみたいね。不思議なことに、意識は回復しないものの、医者の見立てでは命に別状はないとの事よ」
「嘘だろ……」
「有り得ないとは思うが、幸いこれは現実だ」
「じゃあ、このチューブは……」
「念のためらしい」
改めてラウラを見る。その顔は、どこか安らいでいるように見えた。いつ目覚めてもおかしくないように見える。声をかければ、悪態をつきながら、目を擦りながら起きてきそうだ。
「でも何でそんな都合の良いことが……」
「まあいいじゃない。何事も無くて」
「そうだな」
それより、と。
「これから色々大変そうね。今の学園は完全に弱り切っている。あんな襲撃はもう無いとは思うけど、現状まともに戦えるのは一部の先生と生徒会長だけよ」
「せめて織斑先生がいればな……」
その後、一夏は病室に連れ戻され、二人は学園の復旧に忙殺されることになった。鈴音は代表候補生として。箒は篠ノ之の関係者として姉に連絡が取れないかと。結果として、受けた被害自体はさほど大きくは無く、直ぐに元通りになった。実際に校舎が壊れた訳でもなく、システムの乗っ取りも一時的なものだったらしく、再興にはさして時間を取らなかった。だが、
「どこに行っちまったんだよ?切嗣、千冬姉……」
そこに二人の姿は無かった。
後書き
明日、もう一話投稿します。
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