星の輝き
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第12局
葉瀬中創立祭は、多くの人出で賑わっていた。
地元の元学生の住民たちも多いのであろう。
家族連れも多く、各部活が担当しているらしい、食べ物屋の屋台も繁盛していた。
そんな人波の中を、ヒカルはあかりを連れて歩いていた。
目指すのは、筒井先輩が出しているはずの、詰め碁の席だ。
こちらに来てから初めて会う筒井先輩だ。
ヒカルは緊張していた。
「ね、私がその詰め碁に挑戦すればいいのね。」
そんなやや硬い表情のヒカルを横目に、あかりが問いかけた。
「ああ。何か悪いな、あかりに色々やらせちまって。」
「いーのいーの、詰め碁解くのも楽しいもんね。で、加賀って人が来たらヒカルに代わればいいの?」
「うーん、それもその場の雰囲気次第かなあ。まあ、加賀ならちょっと煽れば乗ってくるだろうけどな。」
―あ、あそこですね、ヒカル。碁やってますよ!
そういいながら、佐為が屋台の並んでいる一角を指示した。
大きな字で「碁」と貼り出されている横の長机で、将棋の駒模様の和服を着た学生風の少年と、創立祭の見学者であろうか、私服姿の子供が対局していた。
「あれ、なんか、対局してるみたい。ね、ヒカル、あそこでいいんだよね。」
―ほら、ヒカル、早く行きましょうよ、ヒカルったら!
最近何度目だろうか。
またしても予想外の展開だったが、何とか気を取り直すヒカル。
うるさく騒ぐ佐為を引き連れて、あかりとともに、碁の長机のほうへ向かう。
周囲には何人かの大人たちが対局を見学している。
その中に一人混じっていた学生服の少年に、ヒカルは気持ちを落ち着かせながら、声をかけた。
「ね、ここって、囲碁の対局やってんの?」
突然声を掛けられて、なし崩し的に始まった対局をどうしようかと考えていた筒井はちょっと困った顔をする。
どうやらヒカルたちを祭り見物の子供たちだと思ったようだ。
「えっ!あ、いや、ほんとは僕が、詰め碁の問題を出していたんだ。この子が参加してくれてたんだけど…。」
と、対局者のうち、私服の子供を軽く指さす。
「そしたらこいつが突然邪魔したうえに余計な口はさんでさ…。」
と、今度は対局者である和服の少年を睨む。
「せっかく詰め碁に挑戦してくれてたのに、いきなり横から口を出されて、挙句に囲碁なんかつまんないからやめちまえなんて言われたんだ。そりゃ怒るさ。…それでこの二人が言い合いになって、碁で決着つけることになっちゃってさ。」
それを聞いていた和服の少年が、荒々しく声を出した。
「ごちゃごちゃとうるせぇな、筒井。殴り合いの喧嘩してるわけじゃねぇンだ。黙ってろ!」
「何いってんのさ、見学の子供相手に!そもそも加賀は将棋部なのに、勝手に口をはさんで!」
「その将棋部に囲碁で勝てないやつは黙ってろっての!」
「くそっ…!」
そんなもめている様子を見ながら、あかりが小声でささやく。
「ちょっとヒカル、どーするの?」
「あ、うーん、どうしたもんかな。」
困惑するヒカルたちをよそに、佐為は楽しそうに盤面を眺めていた。
―なかなかの対局ではないですか。和服の少年のほうが実力的には上でしょうか。しかし相手の子供も、一手一手に面白い手を打ち返している。
ヒカルもあかりと一緒に盤面を眺めた。
確かになかなかいい勝負だ。
そして加賀と対局している少年の顔をしっかりと確認する。
やはり間違いない。
横のあかりに小声でささやき返した。
「こっちの和服が加賀でさ、そんでなぜか対局してるのが…、三谷なんだよ。」
「ほえっ!」
―ほぅ!
そう言われて、目を丸くして驚くあかりと佐為。
思わず、三谷といわれた少年をまじまじと見てしまう。
気の強そうな顔をした少年だった。
二人には以前のことを一通り話してある。
当然、三谷のことも話してあった。
あかりもこそこそとささやき返す。
「でも、ここで会うはずじゃないんだよね?」
「ああ。あいつも葉瀬中に入るんだから、来てても不思議はないっちゃないんだけどな。少なくともオレは全く知らなかった。」
「で、どうするの?」
「…もう少し様子を見よう。」
―お、今のもなかなかの手ですねー。
対局は終局に差し掛かっていた。
子供の方は予想以上の強さだった。
少なくとも、自分よりは全然強いと、横で見ていた筒井には分かった。
だが、それでも加賀が相手では分が悪かった。
目算が得意な自分には分かる。
子供の黒が足りない。
子供の表情も悔しげだ。
これだけ打てるのだ、自分の負けが分かっているのだろう。
終局となり、整地も終わった。
「コミを入れて、白六十六目、黒六十二目半、三目半の白勝ちだな。」
そう告げる白の加賀を、悔しげに睨みつける三谷。
見ていた筒井も感心したように告げる。
「…加賀相手に立派なもんだ、強かったよ、君。」
「ま、少なくとも筒井、お前よりは強いわな。さて、負けた以上約束は覚えてるな。」
「ちょっと、加賀、いくらなんでもプールはひどいって!」
「約束通り冬のプールに飛び込んでもらおうかと言いたいところだが…、そうだな。おい、おまえ。名前と年は?」
そう言って、子供を睨みつける加賀。
「…三谷祐輝、十二歳だ。」
「十二ってことは小学生か?」
「今度の春に、中学入学だ。」
「中学はここか?」
「ああ、そうだ。」
次々と質問を重ねる加賀に、しぶしぶながらも答える三谷。
さすがに冬のプールには入りたくないらしい。
「よし、ならちょうどいいな、お前、入学したら囲碁部に入れ!」
「えっ!」
「ちょっと加賀、いきなり何いってんのさ!」
驚く三谷に、筒井も口をはさむ。
「ちょうどいいじゃねーか、筒井。三人そろえて団体戦に参加できれば学校が部として認めてくれるって必死だったじゃねーか。」
「だからって、そんな無理やり。そもそも彼が入ってくれても二人だ。まだ足りないさ。」
「俺が掛け持ちしてやるよ。」
加賀の言葉に筒井も驚く。
「ま、あくまで将棋優先だけどな。この三谷っての、結構やるからな、週一くらいなら付き合って鍛えてやるよ。どうだ、小僧。入学してから囲碁部に入るなら許してやってもいいぜ!」
「…分かった。絶対追い抜いてやるからな。」
「お、いい度胸じゃねえか。しっかり鍛えてやるよ!筒井、お前も負けてんじゃねえぞ!」
「あーもー、勝手なことを!えっ、でも君、ほんとにいいの?」
そんな三人の様子を見ていたヒカルは、あかりを促すとその場を離れた。
「ヒカル、結局ほとんど話も出来なかったけど、よかったの?」
「…あの中に入っていくのって、かなり不自然だろ?今回はこれでいいんじゃね。」
―ヒカル、何か吹っ切れた顔をしていますね。
「ああ、なんて言うかさー。オレなんかがごちゃごちゃ考えなくても、みんなはみんなでうまく流れて行くんだなーってのを見せつけられるとさ、なんか、何を偉そうに考えてたんだろって思ってさ。」
「ヒカル…。」
ヒカルは大きく伸びをすると、両手をバチッと自分のほっぺたに打ち付け、気合を入れた。
「よしっ、決めた。あかり、海王受験しようぜ!そして一緒に海王行こうぜ!」
「っうん!私も頑張るよ!」
「もちろん俺もあかりの勉強手伝うさ!今日から早速受験勉強だ!ほら、いくぞ、あかり!」
「あーん、待ってよ、ヒカル―!」
自分の選択が正解かどうかは読めない。
むしろ、正解があるのかどうかすらわからない。
でも、こうして佐為は横にいる。
今はただ一生懸命にやってみようと、ヒカルは決めた。
後書き
三谷の年齢にミスがあり、一部修正しました。
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