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ストライクウィッチーズ1995~時を越えた出会い~

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第十九話 記念写真

 
前書き
あと数話で完結予定です。あくまで予定ですが(笑)

それにしても更新がいよいよ不定期になって来てしまったな・・・ 

 
「オークション、ですか? わたし達501統合戦闘航空団で?」
「その通りよ。軍の上層部から、戦意高揚と戦費調達のために、オークションを開催してみたらどうか、って話を持ち掛けられたの。同時に、ウィッチの活躍をアピールすることで難民を勇気づけて欲しいって」

 成層圏に陣取った巨大ネウロイの迎撃戦闘からおよそ一週間。
 命令無視に危険行為、F-15Jの無断使用という三拍子そろった馬鹿をやらかした和音とエイラの懲罰期間も過ぎ、基地は穏やかな空気を取り戻していた。
 唯一以前と違うところがあるとすれば、それは和音が妙な風格というか落ち着きを身につけた子だろうか? 自室禁錮明けだというのに、妙に飄々とした足取りで食堂にやって来てエイラとハイタッチを交した時には、さすがのミーナでさえ頭を抱えたほどである。

「意外ですね。戦時下ではこういう催しはご法度なのだと思っていましたが……」
「そんなことないわ。むしろ戦時下であるからこそ、人々の心を勇気づける機会は多い方がいいの」

 そんなある日の昼食時。久方ぶりに全員が揃った基地の食堂では、ミーナが少しばかり変わった提案をしているところだった。曰く、「501統合戦闘航空団オークションを開催しよう」ということらしい。
 戦費の調達と戦意の高揚、さらには難民らの慰安もできるだろうということで軍の上層部から持ち掛けられた話であったらしいのだが、珍しくミーナも乗り気である。

「沖田は詳しくないかもしれんが、この手の催しは割と頻繁に行われるし、軍の上層部も寛容だ。無論、それにかまけて防衛を疎かにすることはできないがな」

 純和風の昼食をモリモリ食べながら言う坂本。ちなみに本日の昼食は坂本以外も全員和食だ。
 意外なことに、ここ欧州の地でも宮藤の作る和定食は大層評判がよく、週に何度かは和食が取り入れられていたりする。さすがに納豆は出禁処分となったが、海外人が器用に箸を捌くさまは和音からするとかなりの衝撃である。

「そうなのですか……わたしはあまりそういう催しに参加したことはありませんでしたね。せいぜい基地が主催する航空祭程度でしたし」
「ほう? そんなものがあるのか」
「ええ、アクロバット飛行や模擬戦闘などを一般の観覧客の前で披露するんです。わたしが入隊する少し前は、陛下が観覧にいらして御前試合になった事もありました」

 こと戦時下では娯楽というものが極端に制限される。おまけに物資も不足しがちで、時には軍ですら困窮するほどだ。
 そんな時、資金の調達と一種の娯楽を兼ねてオークションなどが行われるのである。

「しかしだな、ミーナ。オークションを開催するのはいいが、計画はあるのか?」
「な~んにも売れそうなものなんかないよ?」

 と、オークションの開催に疑問を呈したのはエーリカとバルクホルンだった。
 そもそも物資に困っている側がオークションを開催してもあまり意味はないし、資金にしたところで大半は軍の上層部が持って行くに違いないのである。

「いっそユニットのパーツでも売るか?」
「えー、シャーリーそんなことしていいの!?」

 売るものがない、という根本的な問題はこちらも同じようだ。
 たまさか武器弾薬の類を叩き売るわけにはいかないし、ユニットはウィッチの命だ。

「ワタシも何にも売れそうなものなんか持ってないゾ?」
「……ミーナ隊長、オークション以外ではダメなんですか?」

 遠慮がちに手を挙げたのはサーニャだった。

「そうねぇ……一応、ある程度の資金を集められて、街の人たちを楽しませてあげられれば何でもいいのだけれど。――何か考えがあるのかしら、サーニャさん?」

 乗り気ではあったミーナも、正直そう綿密な計画があった訳ではない。
 いざとなればサイン入りのブロマイドでも出そうか、という程度の案しかなかったのである。

「コンサートとかはどうでしょうか? あとは、普段はナイトウィッチのみのラジオを公開録音してみるとか……」
「「「おお……!!」」」

 思ってもみなかった妙案に大きくうなずく一同。
 確かにその案なら元手はほとんどいらないし、どんな人でも楽しめるだろう。チケット代を安く抑えておけばかなり人が集まるのではないだろうか?

「いいわね。サーニャさんのピアノなら最高の演奏になるわ」
「すごいぞサーニャ!!」

 大きくうなずいてメモ用紙にペンを奔らせるミーナ。どうやらアイディアを書き留めておくつもりらしい。

「その他にもアイディアがある人はどんどん挙手してください」

 ミーナがそういうと、今度はリーネがそろ~りと手を挙げた。

「……あの、焼き菓子の販売ってどうでしょうか? 食材なら少しずつに分ければ余裕ができますし、簡単なパナンケーキくらいなら大丈夫だと思います」
「紅茶と一緒に売り出してみるのもいいかもしれないわね……お願いできるかしら?」
「はい!!」

 さすが501の台所番長。食材の管理は誰に言われるまでもなく完璧である。

「あとは写真なんてどうでしょうか?」
「あら、沖田さんにもなにか案があるのかしら?」
「いえ、そういうワケではないのですが……やっぱりこういう時の定番は写真かサインかな、って」

 洋の東西を問わず、功績を挙げたエースウィッチの写真やサインはいつだって人気がある。
 かの有名な穴吹智子は映画の主役に抜擢され、彼女をモデルにした扶桑人形ができたほどだ。
 サインをしない主義で有名なマルセイユも、ブロマイドの類はあちこちで販売されている。

「しかしなぁ沖田。いくらウィッチとはいえ、我々の写真一枚でそんなに値がつくとは思えんぞ?」
「何を仰ってるんですか坂本少佐。501部隊と言えば後世ではもはや神話ですよ?」
「む、そうなのか……」

 ググッと拳を握りしめて力説する和音。その熱意に押され、写真&サインもめでたく採用された。

「だいぶアイディアが集まって来たわね……今日中にこれを纏めて上層部に提出するわ。先日のネウロイ撃破もあった事だし、今日は一日非番とします。では解散!!」
「「「ごちそうさまでした!!」」」

 キチンとご馳走様をしてから席を立つ。
 非番と言う事もあってか、心なしか皆の足取りも軽かった。





 ――数日後

「――で、どうしてこうなったんだ? ミーナ」
「わ、わたしに聞かれても困るわ、美緒……」

 501のツートップを張る二人は、今ロマーニャの大通りで呆然と立ち尽くしていた。
 無理もなかろう。なにしろ美しいレンガ造りの町並みには、こんなポスターがデカデカと貼られているのだから。

「501統合戦闘航空団主催……」
「愛と勇気のウィッチーズコンサート……」

 501の部隊章を中央に据えたポスターには、オークションとコンサートの開催日程が記され、おまけに、【ピアノ:サーニャ・V・リドビャグ中尉 唄:ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐】と書かれている。
 実を言うと、オークションとコンサートの開催を聞きつけたロマーニャ兵たちがお祭り騒ぎを起こし、いつのまにか街中にポスターが貼られるようになったのだが、もちろんミーナたちはそんなことを知る由もない。

「いつのまにわたしが唄うことになったのかしら……」
「ま、まあいいじゃないか。ミーナの唄は素晴らしいぞ? これを機にレコードでも出したらどうだ?」
「美緒までそんな事言って……もう!!」

 どうりで街を歩いていてずっと視線を感じるわけだ。
 なにしろ5m歩けばポスターに出くわすのである。注目されないほうが不自然というものだろう。

「マリア皇女も支援してくださるそうだ。これは、少し気合を入れないといかんな」
「そうね。わたしも久しぶりに発声練習した方がいいかしら?」

 あくまで開催会場の下見に来ただけの二人だったのだが、事態は予想を超えて進んでいるのだった――




「と、いうワケでだ」
「各自出品可能なものを提出してください。サーニャさんはピアノの練習もお願いね?」
「はい、分かりました」

 下見から帰ったミーナと坂本は早速オークションに向けて動き出した。
 上層部と話をつけ、関係各所に電話を掛け、近隣部隊からも有志を募り、綿密に計画を立てる。その熱意たるや、今まで行われた作戦よりもなお熱いものがあったかもしれない。

「……はい、会場の設営はそちらで……ええ、ええ。もちろんです――」
「――ああ、醇子か? 体は平気か? ……うん……そうか、ところで相談なんだが……なに? もう知っているだと? なら話は早い。だれかそっちから……」

 かたや隊長陣を除く年少組は、さっそく出品の選定作業に入っている。

「オークションと言いますと、概して美術品の類に高値が付きますわね」
「でも、わたし達そんなもの持ってないですよ、ペリーヌさん」
「ですわね……あとは写真集や色紙、刀剣の類も人気のようですわ」
「おい、わたしの烈風丸は絶対に売らんからなっ!!」
「ペリーヌさんのティーセットとか売ったらどうです?」
「ななな、なんてこと仰いまして沖田さん!? あれは大変貴重かつ高価なもので――」
「やーいツンツンメガネが怒ったゾー」
「エイラさんは何かないんですか?」
「ン? ニシンの缶詰なら大量にあるゾ? シュールストレミングって言うんだけどナ」
「「「全力でお断りします!!」」」

 と、こっちはこっちで出品物の選定に忙しい。
 サーニャはドレスの調達に出かけてしまい、談話室ではピアノの調律中だ。

「やれやれ、まったく始める前からお祭り状態だな、これでは」
「まぁそう堅いこと言うなって。ほれ、お前もなんか選べよ」
「……そうだな。たまにはこういう催しもいいものだ」
「そうそう。じゃあ、まず手始めにバルクホルンのピンナップから――」
「 だ れ が そ こ ま で や れ と 言 っ た ?」

 ワイワイがやがやとオークションの準備を進めるその光景は、和音から見るとなんだが学園祭のようでもあり、妙に懐かしい気分にさせられた。

「いけないけない。わたしも準備しなくっちゃ……!!」

 あわてて選定作業に戻る和音。
 結局、全ての作業が終わったのは日もすっかり暮れた頃で、その日はそのまま入浴を済ませると全員疲れ切って眠ってしまったのだった。






 ――開催当日

「うわぁ……」
「これは……さすがに壮観ですわね」

 ともすればロマーニャ国民総出のイベントではないのか――
 そう思ってしまうほど、当日の人出は凄かった。
 急遽大広場に設営された会場には露店が立ち並び、501以外の呼び声も響き渡っている。
 果たしてこれが占領下にある街の姿なのだろうか?

「さ、わたくし達も持ち場に行きますわよ」
「了解です。うぅ、緊張するなぁ」

 和音がお腹をさすると、ペリーヌが苦笑しながら言う。

「これもウィッチの務めですわ。高貴なる者の義務、と言いますでしょう?」
「なるほど……そうですね!!」
「まずは販売の手伝いですわ。そろそろ宮藤さんたちの仕込みが終わる筈ですし」
「行きますか!!」

 洪水のような人通りを縫うようにして進む。途中何度も握手やサインを求められて目が回りそうだったが、それでも和音は楽しかった。さすがにサインなどは断ったが、街の人と握手をするたび、ウィッチという存在の大きさ、課せられた使命の重さを実感した。

「紅茶とパンケーキ、いかがですか?」
「扶桑のお茶もありますよ~!!」

 と、ようやく濁流のような人ごみを抜けると、宮藤とペリーヌが焼き菓子販売を行っている屋台までたどり着いた。出来具合は上々のようで、甘い香りがここまで漂ってくる。調理は二人に任せるとして、残るは呼び込みと客捌きである。と、思っていたのだが――

「――沖田さんは他にもいろいろ巡ってみると良いですわ。せっかくのローマでしょう? ここはわたくしが手伝いに入りますわ」
「あ、ありがとうございます!!」

 元気のいい宮藤とリーネの呼び声には行列ができていた。軽い休憩所のつもりだったそこは、すっかり人の山である。
 本当なら手伝いに入るところを、ペリーヌが気を利かせてくれた。和音は頭を下げてそのまま勢いよく走りだす。せっかくのチャンスだ。あちこち見て回らねば損である。

「他の皆は何をやってるのかな……」

 なにしろ出品の選定を含め、夜通しで企画を練ったのである。
 各自得意とする出し物をやろうという企画も持ち上がり、どうやったら街の人に喜んでもらえるかをそれぞれ真剣に考え抜いたのだ。その成果を確かめるべく、和音はひときわ人の集まっている一画に目を向ける。と、そこでは――


「せいやあっ!!」
「「「おおっ!!」」」
「これが扶桑の伝統武芸、その名も居合切り。さあさあ、遠からん者は音に聞け。近くば寄って目にも見よ!! いざ、扶桑の神髄をご覧あれ!!」
「「「おおお~!!!!」」」

 すぐ横の一画では、袴姿の坂本が扶桑刀を手に居合を披露していた。
 坂本の一挙一動に感嘆のため息が聞こえてくる。火のついた蝋燭を一瞬で斬り飛ばす様は何度見ても凄まじい。大きな拍手と歓声に、坂本も笑顔で応えている。

(ノリノリですね、坂本少佐……最初はあんなに嫌がってたのに)

 和音も観衆に混ざって精一杯の拍手を送る。

「隊長とサーニャさんは演奏の準備だし、宮藤さん達はお菓子作り……あとは……あ!!」

 次は誰の出し物を見に行こうかと考えていると、和音の視界に一種異様な存在感を醸し出す屋台が目に入った。……もっとも、屋台というよりは小屋に近いのだが。

「なに、これ……?」

【占い食堂!! エイラにお任せ!!】

(なんだろう、強烈な不安と恐怖に胸が締めつけられそう……)

 だいたい、なんで占い「食堂」なのだ。しかもエイラにお任せと来た。
 羽毛布団を押し得る悪徳セールスマンもここまで怪しくはないだろう。

「と、とりあえずお邪魔してみようかな」

 気を取り直して和音は並んでいる列に近づいていく。ちょうどお化け屋敷のような体になっていて、入り口付近では妙にそわそわした雰囲気の人であふれていた。和音はコッソリ裏口に回ると、中から聞こえてくる声に耳を傾けた。

「あの!! 実は、前から気になっていた女の子に思い切って告白したいんですっ!!」
「その熱意、素晴らしいんダナ!!」
「お願いです。どんな風に告白したらいいか教えてくださいっ!!」

(あ、こりゃダメだ……)

 ……なんということだろうか?
 いかにも恋愛事に疎そうなエイラにこんな占いを持ち掛けてしまった時点で彼の命運は推して知るべしだろう。サーニャを前にしたときのヘタレ具合は既に周知の事実である。
 そう、エイラが出し物としてチョイスしたのは、自身の未来予知とタロットを活かした「占いの館」であった。無論、ある程度――というかかなりの率でエイラの占いは的中するのだが、事と次第によっては依頼者の精神に消えぬ傷を刻み込むことになりかねない。
 ……例えば恋愛相談とか。

(え、エイラさん……未来よりも空気を読んでくださいね、空気を!!)

「よーし、このエイラ様がお前の運命をタロットで占ってやるゾ」
「お願いしますっ!!」

 身内が裏口で聞き耳を立てていることなど露程も知らないエイラは、懐から随分と使い込まれたタロットカードを取り出し、慣れた手つきでシャッフルし始める。なるほど、その手つきだけならば確かに練達の占い師だ。

「さぁて、お前の運命はどうなってるんダ~?」
「…………!!」

 緊張する依頼者とは対照的に、エイラはごく気軽な調子で「えいやっ!!」とカードを引く。
 エイラの手に握られたカードは――

「逆位置、ダナ」

 やはりというべきか、カードは逆位置である。

(エイラさんどうして安定の逆位置なの……)

 悪い意味で引き運の良いエイラを内心詰る和音だが、問題は引いたカードである。

「う~ん、逆位置の【女教皇】かぁ……これはちょっと拙いナ……」
「ええ!? まさか、僕の告白は…………っ!!」
「ま、待て待て!! ……オッホン。逆位置の女教皇は、無計画・わがまま・勘違い・自惚れを表すカードなんダナ」

 すでに依頼者の青年は目に光が宿っていないのだが、エイラは一向に気がついていない。

(エイラさん、なぜそんな惨い仕打ちを……?)

「そ、そうですか……はは、あははは……」
「だからさ、ちゃんと計画を立てて謙虚にしてれば――ってオイ!! まだ話は終わってないゾ!!」
(いえ、もういろんな意味で終わってますよ、エイラさん)

 乾いた笑みを浮かべて、青年は小屋を出ていった。エイラは大層不満そうであったが、あれ以上追い打ちをかけるとあの青年がネウロイ化しかねないほどのダメージになるだろう。

(ああ、可哀想に……)

 一人の青年の心がダークサイドへと転落したのを見届けて、和音はそっとその場をあとにした。






「――大変長らくお待たせしました。本日のメインイベント、501統合戦闘航空団メンバーによるコンサートを開演したいと思います」

 お祭り騒ぎは午後も続き、アドリア海の向こうに夕陽が沈む頃。茜色に染まった広場の中央から、ひときわ大きな歓声と拍手が巻き起こった。本日の目玉、サーニャとミーナによるコンサートだ。

「ようやくはじまったか……!!」

 歩き疲れて歩道の花壇に腰掛けていた和音は、いまだ熱気の冷めやらぬ広場の中央に向けて歩き出した。
コンサートとはいっても、実質的には路上ライブだ。広場の噴水をバックに設えられた急造の簡素なステージにマイクがセットされている。満足な音響設備もないから、ピアノの音だって散ってしまうかもしれない。
 しかし、壇上のサーニャもミーナも一向に気に留めた様子はなく、この日のために新調したドレス姿で歓声を上げる観衆に手を振っていた。

「和音ちゃん!!」
「あ、宮藤さん」

 さすがに美人だなぁなどと考えていると、割烹着姿の宮藤が走って来た。屋台を手伝っていたリーネとペリーヌも一緒である。花柄のエプロン姿という滅多にお目にかかれないペリーヌの格好に笑いかけ、あわてて表情を引き締める。

「もうじきサーニャさんの演奏が始まりますわ」
「坂本少佐が席を取っておいてくれたんだって。一緒に行こう?」
「サーニャちゃんのドレス、すっごく綺麗だよ!!」

 なるほど、どうやら自分を探しに来てくれたらしい。

「わかりました。じゃあ、ご厚意に甘えて特等席で聴きましょうか」

 宮藤に手を引かれてきたそこは、なんの事はない。ステージに一番近い場所に、果物の空き箱を並べただけのものだった。簡素を通り越していっそ幼稚なほどだが、しかし誰一人としてそれを嗤うものはいなかった。

「おっそいぞ~宮藤。ミーナの唄が始まっちゃうじゃん」
「そう言うなハルトマン。これで全員揃ったようだな」
「オイ、サーニャのピアノは無視なのカ?」

 すでに「特等席」には檀上の二人を除く全員が集まっていた。それぞれ空き箱の上の腰かけ、演奏の開始を今か今かと待っている。

「――本日はようこそお集まりくださいました。皆様の協力によって実現した本日の催し、感謝の念に堪えません」

 マイクを取ったミーナが語りだすと、会場は水を打ったように静まり返る。

「501統合戦闘航空団からのささやかな返礼として、ピアノと唄をお贈りしたいと思います。曲目は『リリー・マルレーン』演奏はサーニャ・V・リドビャグ。唄はわたくしミーナ・ディートリンデ・ヴィルケです」

 そう言ってミーナが一礼すると、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
 自らの髪の色と同じ、真紅のドレスの裾を翻してマイクを取ると、ミーナはサーニャに目で合図を送る。
 そして――


「……兵舎の大きな門の前、街灯が立っていた。今もまだあるのなら、また会おう、並んで。そこに立とう、愛しのリリー・マルレーン――」


 『リリー・マルレーン』欧州のウィッチでこの曲を知らない者はいないだろう。
 カールスタントはもとより、ブリタニア、ロマーニャなど、欧州各国で愛される唄だ。
 流れるようなピアノの音に乗って響くミーナの唄声は、瞬く間に皆の心を奪い去った。

(ミーナ中佐……すごく綺麗……)

 生まれて初めて、真に美しいものを見た。和音はそんな気がした。
 この歌声の前には、セイレーンの誘惑でさえ霞むだろうというほどに、ミーナの唄声は美しかった。優しい電流のようなものが背中を駆け抜け、もう目を離すことすらできはしない。

「二つの影は一つに。愛し合う二人の姿。誰にでもわかる、皆に見てほしい、並ぶ姿を――」

 燃えるような夕焼けに照らされて、遠く地平線の彼方まで響くような歌声が、和音の意識を一瞬で埋め尽くす。遂に唄が終わり、サーニャとミーナが揃って礼をして檀上を辞した後も、和音はまだ夢のような気分から覚めないでいた。

(すごい!! すごいですよミーナ中佐!!)

割れんばかりの歓声と拍手の中、知らず頬を伝い落ちた涙に気がつくこともなく、いつしか和音も観衆に混じって精一杯手を打ち鳴らしていた。






「はぁ、あんなに大勢の前で唄ったのなんて何時以来かしら……」
「はっはっは!! おまけにレコードの依頼まで来てしまったな、ミーナ」
「確かに歌手を目指していたことはあったけれど……もう、わたしはウィッチなのよ?」

 すべてが終わったのは、ロマーニャの空を満天の星々が覆い尽くす頃だった。
 会場が撤去されてもまだ興奮の熱気は冷めず、あちこちのパブから威勢のいい声が聞こえてくる。この分だと明日の朝刊の一面は間違いなく501が飾るだろう。

「街の人たちを元気づけるつもりが、我々が元気づけられてしまったな」
「お菓子もいっぱい貰えたしね~ロマーニャってほんといい国だよ、トゥルーデ」

 ネウロイの監視と防空を近隣部隊が肩代わりしてくれたおかげで、和音たちはイベントが終わったあともゆっくりすることができた。ルッキーニの案内した小さな料理屋に腰を落ち着け、店主の振る舞ってくれた晩御飯に舌鼓を打っているところである。

「サーニャのピアノ、とっても綺麗だったゾ!!」
「ありがとう、エイラ。でも、こっそり撮ったわたしのドレス姿の写真は返してね?」
「え゛……」

 未来予知を駆使して最適なシャッターチャンスを覗っていたエイラの努力は、どうやら水泡に帰したらしい。まあ、演奏後の写真撮影で501部隊全員の個別写真が撮られたのだから、そのうち公式の写真集が出るのは間違いないだろう。


「――なあ、ここでもう一枚だけ写真を撮らないか?」


 そろそろ店を出て基地に帰ろうかという時だった。
 意味ありげな笑みを浮かべた坂本が、一体どこから持ってきたのか、真新しいカメラを手にそう言った。

「あら、いつの間にそんな物を用意していたの、美緒」
「これか? シャーリーが懇意にしている部品屋から貰ったらしい。せっかくだから記念写真を撮ろうと思ってな」

 珍しいこともあるものだ、と皆少なからず驚いた。
 この手の話は大抵シャーリー辺りが持ち掛けそうなものだというのに。バルクホルンがコッソリとシャーリーに目を向けると、さも白々しく肩をすくめてみせる。

「写真ならもうたくさん撮ったじゃない。たしかに、個人的な記念撮影はしていないけれど……」

 腕時計に視線を向けながらミーナが言うと、坂本は苦笑して応じた。

「いやなに、一人だけ写真を撮っていない大馬鹿者がいたからな。逃げられない今のうちにみんなで撮ってしまおうというワケだ。――なあ、沖田」

 その言葉に全員が振り向くと、今まさに和音は宮藤の背中に隠れようとしていたところだった。その隙を見逃す筈もなく、坂本が沖田の腕を掴んでグイッと引きずり出す。

「や、ちょ、痛いですってば坂本少佐!!」
「まったく世話の焼ける奴め……さりげなく部隊全員での写真撮影の時に抜け出していただろう?」
「ぇぇ……いやまあ、それはその……なんといいますか……」

 頬をかきながら視線を泳がせる和音の肩に手を置くと、坂本は正面から和音の瞳を見据えていった。

「恥ずかしいことだが、シャーリーに言われなければわたしも気がつかなかっただろうな……大方、同じ時代の人間ではないから写真に写るのは好ましくないとでも思ったのだろう?」
「――――っ!!」

 さりげなく放たれた一言に、和音の全身が硬直する。
 何故かと言えば、それが図星だったからに他ならない。この時代に存在するはずのない人間が、衆目に触れる場で存在の痕跡を残すのは拙いだろうと、和音は写真撮影には決して参加しなかったのだ。

「そんなつまらんことを気にするな。さ、せっかくなんだから写真を撮るぞ」
「で、ですから坂本少佐、それは避けた方が――――ってうわぁ!?」

 苦笑いを浮かべて抗議しようとした途端、和音の口を誰かの手が塞いだ。

「せっかくの少佐のお誘いですわ。当然、部隊員全員での記念撮影ですわね?」
「和音ちゃんを真ん中にして、芳佳ちゃんが隣に入れるようにしたらどうでしょう?」
「じゃ、ワタシとサーニャはお前らの後ろナ~」
「ふむ、ならばわたしとエーリカは後ろに入るとしようか」
「よーし、ルッキーニは肩車だな!!」
「肩車!? ヤッホ~イ!!」

 抵抗しようとした和音をあっという間に取り押さえると、混乱する本人を余所にすばやく撮影の準備を整えていく。

「ちょ、ちょっと!! こんなことしたら誰かに――――!?」

 和音がそう抗議しようとした時だった。

「あら、バレても全く困らないと思うわ?」
「ミーナと同意見だ。仲間同士の写真を持っていていったい何が悪いのだ」

 涼しいほどに白々しくそういうと、ミーナと坂本が和音の後ろに並んだ。
 和音を囲むようにリーネ、宮藤、ペリーヌの三人が立ち、さらにその後ろにはミーナや坂本たちが並ぶ。店の主人のシャッターを頼むと、気を利かせた女将がカーテンを下ろしてくれた。

「でも……だってわたしは!!」

 なおも言い募る和音の言葉を遮ったのは、バルクホルンだった。

「愚問だな。わたし達は家族だ。同じ家族なら、写真の一枚くらい撮らせてくれ」
「お、珍しく堅物が良い事言った!!」
「バルクホルン大尉まで……」

 しばし俯いた和音は、やがて諦めたように溜息をつき、そして笑った。
 こうなったら梃子でも動かないことは、「同じ部隊の一員」である和音が一番よくわかっている。

「お嬢さん方、準備の方はもういいのかね?」
「ええ、お願いいたします。――さ、皆もっと真ん中に寄って」

 代表してミーナが言うと、店主がカメラを向ける。
 頬が触れるほど密着しながら、和音は精一杯の笑みを浮かべた。きっと顔は赤くなって、目も真っ赤に泣き腫らしているだろうけれど、そんなことはこの際問題ではなかった。

「坂本少佐、ミーナ隊長……ありがとう、ございました……」
「なに、礼などいいさ。その写真、大切にとっておくんだぞ」
「きっといい思い出になるわね」

 土産を持たせてくれた店主に礼を言って店を出ると、みんなはそのままシャーリーの運転するトラックの荷台に乗り込んだ。もう辺りはすっかり暗くなって、夜道を月明かりが照らす真夜中になっていた。

「よかったね、和音ちゃん」
「……はい、宮藤さん」

 【1945年ロマーニャにて。大切な仲間と共に】
 写真の裏には、坂本やミーナ、宮藤達全員の直筆で書かれた走り書きのサインがあった。今日この日を忘れないようにとの粋な計らいだ。
 他人から見ればただの写真にしか過ぎないそれを、和音は大切に大切に自分の手帳に挟み込むと、そっと胸に抱いてそのまま顔を伏せた。

「………………」

 エンジンの音だけが響く車内に混じる嗚咽を聞き咎める者は誰もいない。
 誰もが車の揺れに身を任せ、心地よい沈黙に身を浸していた。

(ああ、501部隊の皆に逢えてよかった――)

 いったいどれくらい車を走らせただろうか?
 ゆっくりと眠りの中に意識が沈んでいくのを感じながら、和音はそっと写真を撫でる。
 この出会いに感謝しよう。たとえ他の誰に何を言われようとも、この出会いはきっと生涯の宝になる。
 いよいよ疲れ果てて眠ってしまうまで、和音は決して写真から手を離すことはなかった――
 
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