真剣で覇王に恋しなさい!
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第23話
「許せませんな」
「あぁ、許せんな。参加していれば私がやりたかったのに」
「!?」
混沌とした戦場と化したグラウンドを見て、実況・解説席ではそんな会話が行われていた。
もちろん、劉邦が項羽のスカートをずり下ろした事にスイスイ号が怒ったのであるが、流石にその後の百代の発言は予想外だったようだ。
たぶん冗談……に違いないんだろうが。
「さ、さて。ハプニングはありましたがまだ戦いは始まったばかりです。百代さんはどう思われますか?」
「んー、勢いだけなら断然劉邦軍が有利だが、クリスの指揮する奴らも混戦状態の中でかなり善戦してるしな」
項羽のスカートがずり下ろされたのを見た劉邦軍は怒涛の勢いで突撃を開始し、覇王軍の軍師である大和の指示を受けたクリスもがんばってはいたが、混戦状態の中ではなかなか前に進めずにいた。
クリスの役割は突出しすぎた項羽に続いていく事なのだが、劉邦軍は突撃しながらもしっかり項羽を避けてしまっているため、交戦せずに前へと進んでいく項羽に追いつくのは至難の業と言えるだろう。
「でも清楚ちゃんを避けてるせいで劉邦軍はかなり本陣の旗に近づかれてる。清楚ちゃんの強さを考えれば旗を守りきれないだろうし、断然覇王軍が有利かな。強いて言うならマントマンか」
「彼はまだ未だに動きを見せてはいませんね」
「攻めるにしても守るにしても、その実力によっては番狂わせもあるだろうさ。注目だな」
結局の所、項羽を止めきれる人材がいない以上は、彼女に旗を倒される前に相手を壊滅させるか旗を倒すかくらいしか劉邦軍に勝ちの目は無い。
それを為すには覇王軍の本陣を防衛している軍を出し抜ける人材と、自陣の旗を倒そうとしている項羽を一時的にでも止められる人材が必要不可欠だ。
……そしてマントマンの実力次第では、劉邦軍はその条件を満たしていると言えるのだ。
「いけいけいけええええ! 突っ込めええええええ!」
怒涛の突撃をかましている劉邦軍の先頭に立つのは島津岳人。そのパワフルな体を生かし、ただ突き進むだけの皆の指針となっている。
元から統率の取れていない龍邦軍にとっての、ある意味では切り込み隊長だと言えるだろう。
「やらせるな! 相手は統率が取れていない! 各個撃破しろ!」
そう言って、覇王軍の将であるクリスは劉邦軍を勢いづかせている岳人を倒すべく突撃しようとした。
しかし、そんな彼女の前に立ち塞がる影が二つ。
「やらせないですよー。ここでジ・エンドです!」
「九鬼ももっと若いボディ用意してくれよな、マジでよぉ」
「うっさいですよロリコン。ちゃんと働きなさい」
「わかってるぜ。できる限りはやるさ」
それは緑髪ツインテールな美少女となったアイエスと、福本育郎に恩があって参加している井上準だった。
両者とも、かなりの実力を持つ猛者である。
アイエスはその手にブレードを構え、井上準は拳を構えてクリスの前に立ち塞がった。
そうこうしている間にどんどん離れていく項羽を見て歯噛みをするクリスだが、前に立つ二人を倒さない限りは進めない。
「くっ……! 邪魔するな!」
「やなこったですよ!」
「できるだけ足止めさせてもらうぜ!」
そうして混戦状態を維持させられているクリスを他所に、項羽はどんどん旗へと近づき、そして本陣にまでやってきた。
周りには劉邦軍の生徒しかいないが、まったく恐れてはいない。
ただその目は、旗の前に立つ劉邦だけに向けられていた。
「辿り着いたぞ劉邦! 覚悟してもらおうか!」
「……こうまで思い通りだと結構アレだな。まぁいいけどさ」
「何だと?」
「ま、いいさ。俺を倒せるものなら倒してみろ、項羽」
「ほざけぇ!」
さっさと旗を倒せばいいだろうに、項羽の目には劉邦しか入っていないようだ。
もちろん旗を倒そうとしても邪魔が入るのだろうが、それでも彼女がそれを本気でやろうとすれば止めるのは難しいだろう。
そして項羽は劉邦に向けていざ方天画戟を振るおうとしたのだが、その瞬間に横合いから飛んできた稲妻がその攻撃を弾いた。
それを見た劉邦はニヤリと笑いながら項羽に言う。
「俺は一対一でやるなんて言ってないぜ?」
「ちぃっ!」
項羽は稲妻が飛んできた方向を見る。
するとそこには、マントを羽織った怪しい人物がいた。
劉邦軍の助っ人の一人であるそのマントマンは、項羽へと闘気を向けながら口上を述べる。
「どんなに強力な敵であれ、立ち向かい拳を振るう義もまたある。暴虐を振るう王に相対し、皆を守るための盾となる。人、それを侠客と呼ぶ」
「一応聞いてやろう、誰だ貴様は!」
「貴様に名乗る名前は無い! 故あって名乗るわけにはいかんのだ!」
マントマンはそう言いながら劉邦の横に並び立った。
二対一。
しかし劉邦自身、それでも勝つことができるとは思っていない。しかし翻弄して時間を稼ぐ事ならば十分にできるだろうと踏んでいた。
それに劉邦自身の力も、誰かと協力する事で倍以上にする事ができるのだ。そうでなければ、対抗する事すら不可能だろう。
「こっから先は通行止めだ。旗のとこまで行きたきゃ俺たちを倒していきな」
「元からそのつもりだ! まとめて吹き飛ばしてやる!」
「はぁ……一筋縄ではいきそうにないな」
圧倒的暴力を振るう覇王に立ち向かう二人。
その場で、暴風と稲妻と業火が激突した。
そして同時に、別の場所である人物が動き出していた。
劉邦軍の助っ人、元武道四天王である橘天衣である。
彼女は、防御を固めつつも前衛であるクリスの援護をしている覇王軍の本陣へと突っ込もうとしていた。
「項羽の存在が無い今なら……!」
そう呟き、常人では捕らえられないスピードで彼女は走り出した。
今でこそ武道四天王の座を剥奪され、その名を地に落としている橘天衣だが、西で松永燕が台頭するまではその圧倒的速度によって猛威を振るっていたのだ。
その実力は確かなものであり、彼女に奇襲を任せた劉邦の判断は間違ってはいない。
「橘さんか……旗狙いだな! 近づけさせるな!」
「了解、大和!」
「美しき弓の一斉射撃を喰らえ!」
だが覇王軍の反応も素早かった。
世界中から弓の腕前が高い事で選ばれた天下五弓。その内、椎名京と毛利元親を擁している覇王軍は、彼らを前衛の援護と本陣の防衛に当てていた。
そんな彼らの率いる弓部隊の一斉射撃が、軍師・大和の指示によって橘天衣へと放たれたのだ。
「これでも私は元武道四天王だ。あまり舐めないでもらおうか」
そう言う橘天衣は、更に加速する事によって第一射が着弾する前にその着弾地点を追い越し、宙へと跳び上がった。
更に放たれた第二射を蹴りを放つ事によって発生させた衝撃波で叩き落し、どんどん旗へと近づいていく。
「これで終わりだ! 神風強蹴撃!」
「間に合えっ、クッキーパトリオット!」
覇王軍の旗にある程度近づいた天衣はそこから急カーブを描き、急降下しながらの蹴りを放った。
あっという間にすぐ目の前まで迫り来るそれに、本来項羽がするはずだった旗の防衛を任されていたクッキーは無数の突きを放ったのだが……
「止まって見えるぞ!」
クッキーの迎撃は間に合わなかった。
放たれた無数の突きの合間を一瞬で通り抜け、橘天衣は覇王軍の本陣に設置されていた旗を蹴り折っていた。
そして審判が勝敗を告げる。
「決着! 覇王軍の旗が倒されたため、劉邦軍の勝利となります!
その声を聞いて、直江大和はぐっと歯を噛み締めた。
大和たちと風間ファミリーの全員は前に一度橘天衣の戦うところを見た事があったのだ。
それは彼女の四肢がミサイルやマシンガンを仕込んだサイボーグ戦士みたいになっていた時であり、川神百代を一時はかなり追い込むほどのものだったが、九鬼に引き取られた後はそれを取っ払って面倒を見られていると聞いていたのだ。
それでも元武道四天王であり、その強さは確かなものであるとわかっていたのだが……その強さは彼の想像を超えていた。
もっとも、今現在の彼女から『不幸属性』がなくなっていて、また落ちた名を再び高める機会に普段以上の力が出ているのも確かなのだが。
それでも大和は悔しくて仕方が無かった。もしも彼の作戦通りだったなら、いきなりの奇襲で旗を折られるという事も無かったはずなのだから。
「何だとぉ!?」
それと同じ頃、自分たちの敗北に対して驚愕の声を上げていたのは項羽である。
目の前にいる劉邦とマントマンは既になんとか立っている状態であり、あともうちょっとで彼らを倒して旗を倒せるという状況だった。
そんな項羽の顔を見て、劉邦はぼろぼろの状態で笑みを浮かべる。
「俺たちの勝ちみたいだな」
「うぐぐ……」
「よっしゃあ! みんな、勝どきをあげろ!」
自分たちの大将の声にえいえいおー、と声を上げる劉邦軍。
そんな彼らとは正反対に、覇王軍の様子はかなり暗かった。負けたからなのは当然であるが、項羽が作戦を無視しなければ勝てたんじゃないかと思えてしまうのが問題だった。
更に問題なのは、項羽がそれを反省しようともしていない点だった。
「もうちょっとお前たちが守れていれば勝てたのだ。俺は悪くないぞ」
「しかし……」
「くどいぞ! だいたい、俺の性格に合わせて作戦を立てるのがお前の役目だろう!」
そんな項羽と軍師である大和の会話は、劉邦軍だけでなく他の全軍にも聞こえていた。
そんな明らかに危ない行為をしている彼らを見て劉邦がため息をついていると、副将である福本育郎が話しかけてきた。
ちなみに福本自身には戦闘力が無いので後ろに下がっていたが、地味に奇襲する合図などを出していたりする。
「どうしたんだ大将?」
「ん……いや、こうして劉邦軍として項羽軍に勝った以上、他の軍に危険視される可能性が上がったなと」
「げっ、引抜とかされたらやべーんじゃないんすか?」
「流石に俺たちの軍にいた方が勝てると思われてる間は大丈夫だろう。それに、今回勝った事で逆に他の生徒を引き込みやすくなったわけだからな」
「なるほど」
今回の戦いにより、『劉邦軍はただのイロモノではない』と全軍に知れ渡った。流石にピンポイントで狙われるという事はまだ無いだろうが、注意は必要だ。
しかし、何はともあれ勝利である。
「よし、とりあえず戦勝祝いで宴会といくか!」
「さすが大将! みんなに伝えてくるぜ!」
「頼んだぞ」
ダッシュで宴会の知らせをしにいった福本を見送り、劉邦は笑みを浮かべた。
項羽の事を結構心配しつつも、彼女に対して勝利を得る事ができたということが嬉しくてたまらない劉邦であった。
後書き
壁越えしてる人はだいたい一つくらいはオーラ纏った蹴り技を習得していると思うんだ。
ロム兄さ……なんでもありません。
とにかく、橘さん大活躍でした。
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