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真剣で覇王に恋しなさい!

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第22話




 7月20日。
 その午後二時。
 迫る模擬戦開幕の時に向け、世界中が川神へと注目を浴びせていた。
 そして川神学園では開会式が始まり、生徒たちの緊張感が高まっていく中、一軍の大将である劉邦はなにをしていたか。

「…………ぐぅ」

「大将、起きてくれよ。もうすぐだぜ」

「こういう場合はですね、軽く電気ショックするといいんですよ。ほら、こうビリビリーって感じで」

「うぉっち!? お前マジそういうのやめろよ心臓止まるかと思っただろ」

 劉邦は立ったままぐっすり眠っていたところを、傍にいた二人に起こされていた。
 ちなみにその二名とは、劉邦にスカウトされて副将の任に着いた福本育郎と。
 バイクから少女ボディへと換装をして、緑髪ツインテールの美少女へと変貌したアイエスである。
 ちなみにアイエスが劉邦の起こし方についてよく知っている理由は、彼女が現在住んでいる場所が劉邦の部屋だからである。
 最近では愚痴を言いながらも劉邦の部屋の隅々まで掃除したり、項羽に殴られて鼻血を流しながら帰ってきた劉邦を笑いながら手当てしたり、そんな感じで色々と重宝されていた。

「しかし開会式か……マスコミも観客も超いるし、こいつは今から楽しみになってきたな」

「つか女子アナのレベル高ぇ! おまけにミニスカばっかりで最高! やる気が出るってもんだぜ」

「私の実用性をアピールするには最高のシチューエションです! やったりますよぉ!」

 なにやらテンションがあがっている二人の様子を眺め、次に劉邦は周りの様子を観察する。
 そしてわかったのは、どこの軍でもここまでの舞台が整えば士気が上がるのは変わらないという事。
 楽に勝てそうに無い事を悟り、劉邦はゆっくりとため息を吐いた。
 そして、開会式は何の問題も無く終了した。

「いよいよ、か」

「それでは、第一試合を始める!」

 なぜだか知らないが実況をやっている九鬼製ロボットのクッキーがそう告げると、周囲の観客の歓声が地響きを生んだ。
 ちなみに、解説はあの川神百代である。どこの軍にも参加しなかったからなのか、そんな仕事を頼まれたらしい。
 更に言うと、審判を勤めるのは高い実力を持つヒューム・ヘルシングや川神鉄心といった者たちだ。こういった面子がいれば不正を起こそうなんて奴はそうそういないだろう。

 そして始まる第一試合のカードは、源氏軍対武蔵軍。
 初日の第一試合だけあって模擬戦とはどういうものなのかわかっていないため、そこまで観客の反応は良くなかったが……それも実際に模擬戦が始まるまでの事。

「すげぇ……」

「ガチで戦ってるじゃねえか!」

 開始の合図であるホラ貝がなると同時に激突した両軍を見て、観客の間にどよめきが起こった。
 そして同時に先ほどまでの甘い考えは消え、模擬戦に対する考え方が変わっていく。
 これは真剣(マジ)な戦いなのだと。遊びじゃあないんだと。
 そして観客の抱いた驚愕はすぐさま興奮へと変わり、大地を揺るがすような大歓声へと成り代わった。

「見た感じ、下馬評どおりに源氏軍の勝ちだな」

「そうですねぇ。旗を守るのも重要ですけど、やっぱ勢いで負けてますから仕方ないです」

「後はまぁ、武蔵軍の構成が一年生主体でまだ経験が浅いってのもあるだろうよ」

 寝ぼけているようで意外に真面目に観戦していた劉邦は、隣に立つアイエスとそんな事を喋っていた。
 というのも劉邦軍には軍師的存在がいないため、そういった役回りはみんなでちゃんと補っていかなければならないわけだ。
 そして試合の展開はそのまま源氏優勢で進んでいき、武蔵軍も助っ人枠を使った奇襲部隊などを使ったりしたが、結局。

「それまでっ! 武蔵軍の壊滅判定につき、源氏軍の勝利です!」

 結局、壊滅判定がなされる30人以下にまで兵を減らされてしまった武蔵軍が敗北し、見事に源氏軍が勝利を飾った。
 戦いによって怪我をした生徒たちを野戦病院のようになっている体育館へと運んだら、間髪入れずにに次の試合だ。

 初日の第二試合は、九鬼軍対松永軍。
 これに対する関心はもちろんだが、このカードが決まった事はマスコミたちが最も注目を向けるだろうカードの成立を意味する。
 即ち、覇王軍対劉邦軍が第三試合に決定したというわけだ。

「ま、わくわくするのはともかくとしてだ。やっぱり九鬼が勝ちそうだな」

「兵単体の質はともかく、全体の統率としてはかなりの差がありますね。これなら私たちにも付け入るスキはいくらでもありそうです」

「あのままならな。そして俺の勘はあのままじゃあないと言ってる」

 ホラ貝の合図と共に始まった九鬼郡対松永軍は、初めこそ松永軍が押し込んだものの、九鬼軍の連携の前にすぐ押し返されてしまっていた。
 きっと九鬼軍の数の多さもあるのだろう。確実に一人一人を多対一で相手取り、制限時間が尽きる頃には松永軍の兵数をかなり減らしていた。

「それまで! 制限時間の判定により、九鬼軍の勝利!」

 審判による宣言と共に九鬼軍はかちどきをあげ、観客たちのテンションも最高潮にまで盛り上がる。
 そして第三試合、おそらくは初日にして最も注目される事になったカードに対する期待も、否が応にも高まっていく。
 覇王軍対劉邦軍。
 その火蓋が、ついに切られようとしていた。

「初日からこのカードとかマジパネェ!」

「どっちが勝つと思う?」

「そりゃ劉邦じゃねえの? 史実から見てもよ」

「バッカお前、覇王の暴れっぷり見てねぇのかよ」

 そんな感じに試合を終えた生徒たちや観客たちが騒ぎ立てる中、覇王軍と劉邦軍は互いの配置につく。
 さっきまで実況をしていたクッキーは覇王軍の一員であるため、実況役はスイスイ号へと変化していた。自転車が実況をするというのも妙な話である。

「さて、覇王軍対劉邦軍が始まります。百代さんはどう思いますか?」

「私は清楚ちゃんと戦ったからわかるが、清楚ちゃんには生半可な実力じゃあ絶対に勝てない」

 スイスイ号に聞かれて、解説の川神百代は自分の考えを述べていた。
 一度遠くまで殴り飛ばされただけあって説得力のある発言である。

「だから、何故か劉邦軍に加わっている橘さんの事を考えても、勝つのは覇王軍だとは思うが……」

「何か懸案事項が?」

 橘天衣。劉邦がスカウトした元武道四天王。銀髪の美女であり、また不幸体質の持ち主でもある。
 その実力は確かなものだが、項羽の存在を考えればそれでもまだ覇王軍が有利だ。
 しかし百代はそう断定するには早計だと言う。

「助っ人枠のマントマンもそうだし、なにより赤戸がどれくらいの力を持っているかさっぱりわからん。劉邦って強いイメージないだろ?」

「確かにその通りですね。さて、準備もできたようですのでいよいよ開戦といきましょう!」

 スイスイ号がそう言って会話を終了し、百代も既に戦いの準備を終えている両軍へと目を向ける。
 そして、戦いを告げるホラ貝が鳴った。

「よーし突撃開始だっ! 俺に続けぇーっ!」

 そう言って突出したのは大将である項羽。
 どうやら軍師である直江大和が立てた作戦を無視し、勝手に突撃を開始したようだ。きっと前の試合を見て我慢ができなかったんだろう。
 しかし、その独断に合わせてすぐに対応しようとしている大和の手腕は見事なものである。

「だいたいだな、しばらく前から気になってたんだよ!」

 意味のわからない事を言いながら劉邦軍からも突出したのは、もちろん劉邦だった。
 大将が倒れてもルール的には判定勝ちの際くらいにしか関係ないが、実際は士気がガタ落ちしてしまうだろう。
 劉邦はそんな事も考えられないほどの猪ではない。何かしらの考えがあるようだ。
 更に言葉を続けながら、劉邦は突進する項羽に駆けていく。

「なんで劉邦が勝ったのに『項羽と劉邦』なんだよ『劉邦と項羽』にしやがれってなぁ!」

「俺の知った事かぁっ!」

「そりゃそうだっ!」

 項羽に振るわれた方天画戟をすんでの所で土下座するような姿勢で避けた劉邦。
 しかしその手に武器は無い。今日の劉邦は青龍偃月刀を持ってきてはいなかった。
 しかし、それでいいのだ。
 元から劉邦は項羽に勝つつもりなんてなかったのだから。

「まずはお前からだ!」

「甘いぞ項羽っ! 食らえドラゴンブレス!」

 四つん這いになっている劉邦に方天画戟を振り下ろそうとした項羽。しかしそんな彼女の攻撃が届く前に、顔を上げた劉邦の口から大量の炎がばら撒かれた。
 そんなのありかよと思った観客もかなりいたが、むしろトンデモ展開に歓声が上がった。
 さて、炎を浴びた項羽だったが、ちょっと驚いただけでまったく火傷はしていなかった。

「温いわっ!」

 彼女がそう言うのも無理のない事だ。
 なぜならその炎は見せかけだけで、実際は気で構成された『炎っぽい生温い何か』だったのだから。
 正直言って熱いと思うより、気持ち悪いと思うのが大半だろう。

「っ! どこだ!?」

「後ろだっ!」

 炎に紛れていつの間にか項羽の背後に回りこんでいた劉邦。
 そして彼は、振り返ろうとした項羽のスカートをずり下ろした。
 そう。項羽のスカートを、ずり下ろした。

「っきゃあああああああああああああ!」

「……やったぜ!」

「何をするかあああああ!」

「ぎゃああああ!」

 結果、どうなったか。
 思わず悲鳴を上げ、武器を取り落とす項羽。
 サムズアップして自分の軍を振り返る劉邦。
 そしてブチキレた項羽がすぐさま放った右のビンタを喰らい、劉邦は吹き飛んだ。

 その様子を見ていた観客や生徒たちはポカンと口を開けて硬直し、更に項羽に続いて突撃しようとしていたクリスも、あまりの事態にその足を止めてしまっていた。
 だがおそらく、最も大きな反応をしたのは劉邦軍の生徒たちだろう。
 自分たちの大将が吹き飛ぶ様子を見て士気を下げるどころか、彼らは今最高の盛り上がりを見せていた。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

「大将が目にもの見せたぞおおおおおおっ! 野郎ども後に続けぇええええええええええ!」

「よっしゃいくぜえええええええええ!」

「ひゃっはあああああああ!」

 劉邦軍の生徒ほぼ全員が雄叫びを上げ、怒涛の勢いで突撃を開始した。
 それに伴い、あまりの衝撃に止まっていた覇王軍の時間が再び動き出す。
 そして赤い顔でスカートを再装着した覇王もまた動き出す。

「おのれおのれおのれおのれおのれ! 劉邦、絶対に許さんぞ!」

「だが、俺は逃げる……! せいぜい追って来い項羽!」

 劉邦はそう言った途端、どこからともなく現れた橘天衣に回収されて旗のある本陣へと退却していった。
 スピードクイーンとまで呼ばれていた橘天衣の逃げ足だけあって、その速度はかなりのものだった。
 そして怒り心頭の項羽は、再び突撃を開始した。

「くっ、葉王様に何かあったら不味い! 急いで追いかけてくれクリス!」

「了解した!」

 その様子を見てすぐさまクリスに再び指示を出す大和。
 それに応え、クリス率いる覇王軍の精鋭部隊は急いで覇王の後を追いかけ始める。
 流石に現在の劉邦軍の勢いほどではないが、統率の取れた動きで一矢となって突っ込んでいく。



 混沌とし始めた初日第三試合。
 その戦いはまだまだこれからだった。





 
 

 
後書き

 模擬戦の各軍の組み合わせについて。
 一部を除いて完全ランダムという事になりました。
 不安ですが、がんばっていこうと思います。

「ドラゴンブレス」
 口から強烈な炎を吐く。が、見せ掛けだけ。実際は熱くない。
 元ネタ・よくあるファンタジーの竜。

 
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