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真剣で覇王に恋しなさい!

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第5話




 転入翌日の早朝。
 俺は、九鬼家の従者部隊序列0位の最強従者であるヒューム・ヘルシングに稽古をつけてもらっていた。
 この立派な髭のダンディも俺と一緒に転入したという事を思うと、世間に出てたった一日の俺がいうのもなんだが、世の中不思議な事もあるものである。
 そして現在進行形で、俺はヒュームさんから笑われていた。

「ふん、葉桜清楚に一撃で気絶させられたか。情けない」

「あれは――」

「なんだ?」

「……なんでもない」

 実際返す言葉がない。
 いくら俺が未熟とはいえ、さすがに文学大好きで武術なんて習っていない清楚の一撃で気絶するなんてのは、誰に聞かれても笑われておかしくない話だ。
 しかもそれを気にしていて心が乱れたのか、俺はあっという間にヒュームに倒されてしまった。
 ただでさえ手加減してもらっているのに……

「今日はここまでだ。俺はこれから紋様に付く」

「……どうも、ありがとうございました」

「腑抜けていては鍛錬も捗らん……少しはマシになったかと思えばこれだ。赤子扱いされたくなければもっと努力しろ」

 厳しい言葉を言い放ち、ヒュームは俺の前から消えてしまった。
 しかし言ってる事は何もかもが正論なので、俺は素直にその言葉を受け止めることにした。
 自分でも思うことは色々あるし、せっかくの助言なのだからそれを生かさなければ損だ。

「……よし。とりあえずは朝食前に汗を流そう」

 気持ちを切り替え、俺はトレーニングルームを出た。
 今度はヒュームさんに、汗くらいはかかせられるように頑張ろう。



「今日からはここを通って学校通うのか……妙な気分だ」

「でも、慣れていかないと。ね、スイスイ号」

『はい。これからは毎日ここを通る事になりますから』

 俺と清楚は、現在住んでいる大扇島の九鬼財閥極東本部から川神学園へと向かうべく、人工島である大扇島と川神とを繋ぐ海中トンネルの通路内を互いに自分の自転車を引きながら歩いていた。
 俺と清楚の他に聞こえるもう一人の声は、清楚の引く電動自転車『スイスイ号』に詰まれているAIが発したものだ。ナビ機能と護衛機能を持ち、簡単な会話もできるハイテク自転車、それがスイスイ号である。
 ちなみに俺が引いている自転車は、清楚のスイスイ号のように電動自転車でも無いしAIがついているわけでもない、普通の自転車だ。
 特に別の機能が必要になる事もないだろうし、もしそういう機会ががあったら追加すればいいだけだ。

「とりあえず、こんな通路は早く抜けてしまおう」

「そうだね。私も早くスイスイ号に乗りたいから、ちょっとだけ急ごう!」

『私にはもったいないお言葉です、清楚』

 しかし、スイスイ号のAIは思いの他紳士的でかなり優秀だ。
 これなら俺も取り付けるべきなのかもしれないな。
 少しだけ足を速めた俺と清楚は、数分するかしないかの内にトンネルを抜け、自転車にまたがった。
 それからしばらく後。

「リンリンリーン♪」

 清楚は風を浴びながら登校するのに随分とご機嫌な様子で、鼻唄まで歌いながら自転車をこいでいた。
 俺は静かに風を感じる方が好きだが、清楚の声と思うとこれもまたいいものだ。
 案外、俺の正体はこういう何かに乗って駆けるという事に関係しているのかもしれないな。

「って、なわけないか」

「リンリーン……柳司くん? どうしたの?」

「いいや、なんでもない。そのまま続けてくれ」

 馬乗って駆け回ってた英雄なんていくらでもいるし、だいたい俺は馬よりもバイクの方が好きだ。
 またいつか、九鬼の執事が持ってたバイクを弄くらせてもらいたいな。



 真面目に授業を受け、偶に来る生徒の質問に答えたりしている間に放課後になった。
 清楚は昼休みの時と同じく図書室に行ってしまい、しばらく後で俺と合流してから帰る事になっている。
 昼休みの時は俺も一緒に図書室に行ったのだが、清楚は昨日の時点で既にその図書室に目を付けていたようで、夢中になって本を読み耽っていた。きっと今も時間を忘れて本にのめりこんでいる事だろう。
 で、別行動をする事になった俺はグラウンドへと向かっていた。
 理由はもちろん、グラウンドにて決闘を申し込んできた生徒達と戦う義経を応援するためである。

「しかし、随分と人が多いな」

 義経という名前の人気故だろう、その決闘を観戦している生徒は随分と多かった。
 グラウンドで戦う義経の戦いぶりも良く、相手の放つ全ての攻撃を軽々と避けながら鋭い一撃を放って決着を付けるという、実に華麗な動きを見せていた。
 どうやら義経が相手を倒すたびに、また次の相手が観客たちの中から進み出て決闘を行うらしい。

「弁慶と与一はいないのか……面倒だからって逃げたんだな」

 戦う事で友情が芽生えるなんていう面倒くさいのは二人とも好きではなさそうだが、そこは妥協するべきところではないのだろうか。
 とりあえず、俺は槍使いの生徒との決闘に勝利して一段落している義経に声をかける事にした。

「義経、随分と忙しそうだな」

「ん……? あっ、柳司先輩!」

 俺を見た途端、少し疲れを見せていた義経の顔が笑顔に変わった。
 先輩と呼ばれるたびにむず痒いから本当はやめてほしいんだが、それはそれ、これはこれだ。

「先輩も誰かと決闘をするのか?」

「いや、暇だったからな。観戦に来たんだ」

「そうなのか? それはもったいないな……あんなに強いのに」

 義経に強いと言われても煽てられてるようにしか感じないんだが、きっと本気なんだろう。義経はそういう事は絶対にしない奴だ。
 だが、期待に込めた眼差しをされても俺は決闘をするつもりはない……はずだったのだが。
 周りから、何故か熱い視線が注がれていた。

「一体何だ?」

 俺は一時的に困惑したが、よく考えればわかる事だ。
 ここは武士の血を継ぐものたちが住まう川神。ここの生徒たちもそうなのか、義経の事を聞けば腕試しをせずにはいられない連中が大勢いた。
 そしてその血気盛んな生徒たちが、義経が直接に強いと評する奴を見ればどう思うだろうか?
 結果、向けられたのが期待の眼差しである。

「……嫌な予感は、しなかったと思ったんだがな」

「どうしたんだ?」

「いや、なんでもないさ。ほら、義経は次の生徒の相手をしてくるといい」

「うん、わかった。それじゃあまた後で!」

 俺の言葉に素直に頷いた義経は、跳ねるような足取りで決闘の場へと戻っていった。
 しかし俺に対する視線は、減りはしたものの未だに結構残っている。
 ……どうあがいても決闘、なのか。これは。

「すまない、ちょっといいだろうか?」

 その時、凛とした声で背後から声をかけられ、俺はそちらを振り向いた。
 するとそこには、昨日2-Sの教室で見た金髪の少女がいた。
 確か名前は、クリスティアーネ・フリードリヒだったか。

「クリスティアーネだったか、昨日ぶりだな」

「自分の事はクリスと。それより、自分と決闘してくれないか」

 そう言って、クリスは自分のワッペンを俺に差し出してきた。
 そういえば決闘はそういう前置きみたいなものがあるんだったか。

「なぜ俺に?」

「自分は義経と決闘する予定だったんだが、連戦を続けている義経にはかなり疲労が溜まっているはずだ」

「あぁ、確かにそうだな」

「だから、フェアな戦いをするために義経との戦いはまた今度にするつもりなんだ」

「いい心掛けだ」

「そこで柳司先輩が戦う相手を探していたようだから、ちょうどいい機会だと思ったんだ」

「ちょっと待て、確かに暇とは言ったがそこまで言ったか!?」

 もう先輩呼びはともかく、まるで意味がわからんぞ。
 というか別に相手を探しにきたわけでもないぞ。俺は義経を見ようと思ってきただけだ。

「駄目、だろうか……」

「いや、別に禁止されているわけではないから駄目というわけではないが」

「本当か!?」

 駄目じゃないとは言っても承諾したとはまだ言ってないが。

「……まぁ、いいか」

 どうせ、ここにいる以上はいつか自分の強さを証明しなければならなかったのだ。
 いつまでも戦わなければ強さを疑われるし、それにここで逃げて臆病者になるのも思わしくない。
 九鬼のクローンとしての名に泥を塗る事にもなるかもしれない。そんな恩を仇で返すような真似はごめんだ。
 それに……清楚の事もある。

「いいだろう、クリス。その決闘、受けようじゃないか!」

 色々と考えを巡らせながら、俺はクリスのワッペンに自分のワッペンを重ねた。
 それを見たクリスは満面の笑顔を浮かべる。

「それでは場所を決めてくる! ちょっと待っててくれ!」

 クリスは嬉しそうにそう言うと、まだ勝手がわからない俺をおいて教師の元へと走っていった。戦う場所でも決めるのだろうか。
 ……それにしても、随分と期待されているようだ。義経の決闘を見ていた連中の幾らかが、こっちの方へと目を向けている。おそらくは今の会話も聞かれていただろう。

「ま、期待するような戦いにはならないさ」

 再びこちらへと駆け戻ってきたクリスを目に捉えながら、俺はそう呟いた。

 
 

 
後書き
六月九日(火)
転入二日目でした。

クリスの口調がどうも不安定だ。
変なとこあったらぜひ言ってやってください。

 
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