真剣で覇王に恋しなさい!
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第4話
最初から嫌な感じはしていたのだ。
事前に調べていた川神百代に対する評価は極端過ぎて、俺はなかなか彼女がどういう人間なのか想像できなかった。
俺に色々な事を教えてくれた人に百代について聞いてみた所、『まだまだ未熟、俺にとっては赤子と変わらぬ存在よ』との返答だったが、インターネットを使って川神百代を調べてみれば、とても信じられないような武名の数々が並ぶばかり。
それに問題なのはなによりも人格の方で、こればかりは実際に会って話してみないと詳しい事はわからない。
だから答えを出すのは保留して、会話をする事でその本質を見出せればいいと思っていた。
だが、今は違う。
実際に向かい合うだけでわかってしまった。
俺はたぶんこういう感じの、無駄に力を有り余らせて本能のままに行動するような奴とは合わないのだ。
最初、2-Sに現れた川神百代は前から友人だったらしい直江大和らに軽い挨拶を交わした後、義経たちに決闘を申し込んだ。
しかしそれを仲介しに現れた九鬼の従者、クラウディオ・ネエロに『義経と勝負をする為にやってくる外部の人間との手合わせ』を折衷案として出され、それを承諾。
それで終了なら良かったが、突如俺と清楚の方を向いた川神百代はいきなり親しげに清楚へと話しかけてきた。
「こんな所で会えるなんてな。私は川神百代だ。清楚ちゃん、これから私とお茶しないか?」
清楚が若干呆けたのは当然だ。初対面でいきなり口説くなんて想定外だろう。
俺はもしかしたら昨今の女子高生ならこれくらいが普通なのかとも一瞬だけ思ったが、川神百代と旧知の仲らしい直江大和たちが『またか』とでも言いたげな目をしているのを見て、字面どおりの意味なのだろうと理解した。
だからだろう、俺の身体は自然に清楚の前へと動いていた。
「残念ながら、俺が先約だ。川神百代」
そう言った途端、さっきまで笑顔だった川神百代が一気に不機嫌そうな顔になった。
背中越しに清楚が驚く声も聞こえたが、俺は間違った事をしたつもりはない。
「……確か、赤戸柳司だったっけ?」
「あぁそうだ。俺は赤戸柳司だ。同じ三年同士、仲良くなれるよう努力するつもりではある」
「ふーん。でも、私が仲良くしたいのは清楚ちゃんなんだけどなー」
放課後まで接触を待ったのは3-Sの教室内でも俺がずっと清楚といたからだろう。それなのに偶然ここで会えてしまい、機会があるのなら逃すつもりはない、と。
考えなしに勝負をしかけるという考えも頭をよぎったが、百代の見えない角度からクラウディオが首を横に振っていた。それに後ろで戸惑う清楚の事もある。彼女だって、川神百代とは友達として仲良くしたいはずだ。
それに冷静に考えれば俺だって初日から武神と戦うなんて真似はしたくない。だから俺は仕方なく、少しだけ脇にどきながら口を開いた。
「そうか。だが今日は既に俺との先約がある……だから、今は自己紹介くらいにしておいてくれないか?」
「んー……ま、仕方ないか。下手な事をして清楚ちゃんにも嫌われたくないしな」
「すまないな」
あっさり引いてくれたが、どうせ明日からもお茶に誘うつもりだろう。
まぁ、俺だって仲良くなるななんていうつもりは毛頭ない。
今回は川神百代から感じる邪気が凄まじく、セクハラでもしかねない勢いだったから止めただけだ。
普通に仲良くなって、普通に友達同士でお茶をするというのなら、何も問題はないのだ。
「でもな」
「……なんだ?」
「お前にはそのうち私と勝負してもらうからな? 正体がわからないくせに、お前はなかなか面白そうだ」
「いつかそのうち、な」
そんな約束を取り付ける事になってはしまったが、百代はちゃんと大人しく清楚と話し始めた。
つい熱くなってしまったが、こうして丸く収まったのならそれで良しだ。
俺は清楚たちから少し離れた場所で黙って待つ事にした。
……その際聞こえた清楚の声には俺の非礼を謝るような声もあったが、百代は全く気にせずに話し続け、それにつられるようにして清楚も笑顔へと戻った。
俺のやった事は何もかも取り越し苦労だったんだろうか。今更ながらそう思えてきたがどうにもならない。
思わず、ため息が口からこぼれ出た。
「はぁ……」
「そんなに落ち込む事はありませんよ。随分と様になっている啖呵でした」
「……さっきからいたようだが、名前は?」
「葵冬馬です。傷心のあなたを慰めようと思いまして」
褐色眼鏡の男子生徒、葵冬馬はすっと顔を近づけながらそう言った。
どういう意図だか知らないが、とりあえず葵を腕で遠退けながら俺も口を開く。
「慰めなんていらんぞ」
「そうですか?」
「あぁ。俺はそんなに柔じゃない」
「それはそれは。とにかく赤戸さん、これからはぜひ親睦を深めていきたいですね」
「勝手にしてくれ」
俺は三年だが、義経たちがこのクラスにいる以上はそれなりに関わることも多いだろう。
だからそういう時にそれなりに仲良くなってくれ、としか俺は言えない。
……その後、百代と清楚の会話が終わって俺達が教室を後にするまで、俺は葵と何故か絡んでくる榊原をあしらいながら教室を眺め続けた。
「もう! あの時は本当にびっくりしたんだからね」
「すまない」
学校から帰宅し、夕食も済ませた後。
俺は清楚に向かって深々と頭を下げていた。
言うまでもなく、百代に向かって勝手な事を色々言った件である。
「それに、モモちゃんだって変な事はしなかったと思うよ?」
「だが俺の勘は当たる。それに邪な気配も確かに感じた」
「…………」
「悪かった……女性相手に言いすぎたし、あまりに一方的な結論の出し方だった」
清楚は普段から笑顔でいる分、黙って見つめられると何とも不思議な迫力がある。
思わず反論した俺だが、それをされるとどうにも逆らえない。
だが、そうして再び頭を下げた俺に向かって、清楚は先ほどまでとは打って変わって穏やかな笑顔を向けた。
「でも、ね」
「?」
「結構、かっこよかったよ。ありがとう、柳司くん」
「……それほどでもないさ」
思わず見惚れてしまうような笑顔を向けられて、俺は視線を逸らしながらそんな事を言うくらいしかできなかった。
清楚とはもう長い付き合いになるはずなのに、どうして未だに慣れる事ができないのだろう。
しかも最近は特にむず痒い感覚がするし、これが俺の心の鍛錬が未熟だからだとすれば、師に笑われるな。
「じゃあ、明日からはモモちゃんとも仲良くしてね?」
しかし清楚がそんな事を言って俺の時は止まった。
正直言ってあの川神百代と俺は仲良くなれるとは思えないからだ。
もちろん、完全に諦めるというつもりもないし、努力はするつもりだが。
「……善処はするさ」
「モモちゃんはいい子だよ?」
「しかし、あのままなら川神百代は清楚の胸や尻を触っていたに違いなないだろう」
「~~っもう! 柳司くんは考えすぎだよ!」
「しかしあいつの視線は確かにお前の腰あたりに――」
……その時何かが起きた、のだと思う。
俺があんまりしつこかったために清楚が何かをしたのだろうが、俺自身はよく覚えていないのだ。
せいぜい覚えている事といえば、全身に感じた衝撃と体が吹き飛ぶ感覚、それに赤くなった清楚の顔くらいである。
翌朝には清楚の機嫌も良くなっていたが、一体何があったのだろうか。
俺にはわからなかった……
後書き
注意:前話でも記述しましたが、主人公は基本的に勘違いしやすい男です。
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