とある星の力を使いし者
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第79話
土御門元春は、まだしばらくの間、目を覚まさないらしい。
上条は麻生に土御門の治療を頼んだが、直に起きるので治療の必要はない、と断られた。
このまま追いかけるか迷う上条だったが、土御門をこのまま放っておくわけにはいかない。
それに、巨大な看板に偽装された「刺突杭剣」もある。
麻生もこの場に居るので分断して、オリアナを追うという手もあったが、麻生にそれを話すと。
「何で、俺がお前達の面倒事に巻き込まれないといけないんだ。
あの時、オリアナと戦ったのは鬱憤を晴らすだけで、お前達の為に戦ったわけじゃない。
お前が行っても、俺は何もしないぞ。」
と、言われてしまった。
なので、上条はステイルに連絡する事にした。
ステイルの連絡先を知らない上条は、悪いと思いながらも、倒れている土御門のポケットから、彼の携帯電話を借りる事にした。
着信履歴を使って通話ボタンを押す。
ステイルの意見は、単純明快だった。
「よし、なら「刺突杭剣」を破壊しろ。
君の右手なら問題なくいけるはずだ。
それで、リトヴィア=ロレンツェッティが計画していた取り引きを完全に潰せるからね。
僕は学園都市の警備状況に詳しくないが、バスが一台炎上したなら、その報告が入るかもしれない。
誰かが急行してくる前に、さっさと終わらせてその場を離れるんだ。」
「けど、簡単に壊しちまって大丈夫なのか?
怒ったオリアナ達が学園都市を攻撃したりとかしないだろうな?」
「それをすれば包囲されるのは彼女達の方だ。
ここは学園都市だ。
魔術勢力からすれば敵地の真ん中だよ。
下手に騒ぎを起こせば被害は自分達に帰ってくる。
魔術師にとって、この街はあまりにも危険すぎる。」
「分かった。
こっちは右手で「刺突杭剣」にケリをつける。」
「早くしろ。
こちらは今後の方針を、上と掛け合ってみる。」
言って、ステイルは通話を切った。
「頼む、ぐらいは言えんのかアイツは。」
上条は携帯電話の通話を切って、ぐったりしている土御門のポケットへ戻した。
あまりにも反応がないので少し寒気のようなものを感じる。
だが、後ろで麻生が言った。
「土御門の事なら心配するな。
術式で意識を失っているだけで、ちゃんと息はしている。
口元に耳を近づけてみろ。」
言われた通りにしてみると、規則的な呼吸音が聞き取れた。
とりあえず、命に別状はないようだ。
上条は、地面に落ちている看板へと向き直る。
白い布でぐるぐる巻きにされた、長方形の大きな看板だ。
おそらく縦横を「刺突杭剣」のサイズに合わせて、余った部分を別の素材で埋め合わせる形で、長方形を保っているのだろう。
幻想殺し(イマジンブレイカー)の力を使えば、「刺突杭剣」は破壊できるので、まずは白い布を取り外す事にした。
「く・・・ッ!何だこれ。
結構・・・硬いな。」
元が業者の梱包を真似ているためか、白い布はかなり感情に巻いてある。
あまりの手際の悪さに麻生はため息を吐くと、左手をその看板に置く。
ピキン、という音がした後、硬い白い布が一気に緩んでくる。
「そういえば、どうして恭介がまだここにいるんだ?」
「その「刺突杭剣」に興味があってな。
実物を見たらどこかに行くから安心しろ。」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃないぞ。」
と、会話しながら布地をどんどん剥ぎ取っていく。
何重にも巻かれたガードの向こうから、少しずつ少しずつ隠されていた物が露になっていく。
「そういや、「刺突杭剣」ってどんな形をしているんだ?」
「さぁな、俺も見た事はないから何とも言えない。」
巻かれた布を外し、その先に「刺突杭剣」はなかった。
「は?」
上条は思わず白い布を外した手をピタリと止めていた。
麻生も麻生で、眉をひそめて看板を見つめている。
白い布の中から出てきた物は学生が作ったような、手製の薄い鉄板にペンキを塗っただけの看板だ。
可愛らしい丸文字で「アイスクリーム屋さん」とだけ描かれていた。
「何だ・・・そりゃあ。」
上条はオリアナが持っていたこの看板が偽装してある「刺突杭剣」だと思っていた。
それはステイルも土御門も同じことを思っていた筈だ。
「刺突杭剣」をそのまま運べば学園都市の中で目立ちすぎる。
このサイズならカバンに収める事もできない。
だからオリアナは塗装業者に扮して、誰の目にも怪しまれないように工夫していたんじゃなかったのか。
なのに、彼女が持っていたのが、本当にただの看板だったなら。
「刺突杭剣」はどこにあるのか。
オリアナは何のために上条達の前に現れ、そして逃げて行ったのか。
ステイルや土御門が言っていた大前提は、本当に正しいのか。
そもそも、本当に「刺突杭剣」の取り引きなんて行われるのか?
「恭介、これはどうなっているんだ?」
上条は思わず近くにいる麻生に尋ねた。
彼はこの事件にあまり関係していない。
けれど、聞かずにはいられなかった。
「これは俺の推測だが。
「刺突杭剣」はどこかに隠されている可能性が高い。
わざわざ、こんなダミーを作ったのだからな。
今、考えると街中にあんな堂々と偽装した看板を持っている事がおかしかった。
取り引きの始まるギリギリまで隠しておけば良いのにそれをしなかった。
どうやら、お前達は完全に敵さんの掌の上で踊っているみたいだな。
これは、一度集まって話し合った方が良いぞ。」
麻生の言葉に上条は頷く。
すると、携帯の着信音が鳴り響く。
どうやら、土御門の携帯の様だ。
上条は土御門の携帯電話をポケットから取り出すと通話に出る。
相手はステイルの様だ。
「重要な事が分かった。
土御門を連れて、自律バスの整備場の近くにあるオープンカフェに来い。」
それだけ言って通話はまた切れた。
だが、ステイルの声は何か焦っているような感じに聞き取れた。
上条はさっきのステイルの会話を麻生に教える。
オリアナの言葉が正しいのなら、あと一〇分は土御門は目を覚まさない。
すると、麻生が土御門の身体に触れる。
パキン、という音が鳴り響くと土御門の指がピクリ、と動く。
そしてゆっくりと起き上がってくる。
「くっ・・・カミやんにキョウやんか。」
「運ぶのも面倒だから起こした。
さっさとステイルの言っていた場所に向かうぞ。
俺も少しだけ興味が湧いてきた。」
「どういう事だ?」
今まで気絶していた土御門は話を全く理解していないようだ。
「話は後だ。
とりあえず、動きながら説明する。」
そう言って、麻生は簡単な説明を土御門にしながら指定された場所に移動する。
「「使徒十字」。
こっちの言葉ではペテロの十字架、といった所か。
まったく、なんて話だ。」
ステイルは携帯電話で報告を受けた後、ポツリと呟いた。
場所はステイルが電話で話していたオープンカフェだ。
パラソルのついたテーブルが一〇脚ほどあり、その一つを彼が陣取っている。
他の席には上条と土御門に麻生だ。
テーブルには何も載っていない。
注文を待っている訳ではなく、その場の全員が何かを飲み食いするような気分ではないだけだ。
「なぁ、そのペテロの十字架ってのは何なんだ?
不思議物質ペテロで作った十字架って意味で合ってんのか?」
「そんな訳ないだろ、馬鹿。
ペテロは人名だ。
一二使徒の一人で、主から天国の鍵を預かった者だと伝えられる人物だ。」
「何で恭介が知っているんだよ。」
「さぁな。」
適当な返事に上条は少しぐったりとする。
「確かにそれは合っている。
だが、重要なのはそこじゃなく、別の伝承にある。」
ステイルは煙草に火をつけて口に咥えながら言う。
すると、麻生はなるほど、と呟いた。
「恭介は何か分かったのか?」
「まぁな、お前に簡単に説明してやると、「使徒十字」を立てて発動した瞬間、その場所は全てローマ正教の支配下に置かれるんだ。」
上条は初め、麻生の言葉が理解できなかった。
だが、土御門は苦笑いを浮かべ、ステイルは鬱陶しいそうに煙を吐いている。
そのまま麻生が上条に説明する。
「ペテロについて説明するのも良いが、お前に説明しても意味が分からないと思うから省略する。
具体的な効果を言うと、ギャンブルのいかさまのように幸運と不幸のバランスを捻じ曲げ、何をやってもローマ教会に都合がよくなるようにするという運命操作的なものと考えればいい。
その幸運はローマ正教徒以外のものにも与えられるが、客観的な幸運というわけでは無論無く、どんなに不幸なことが起こっても幸運としか感じられないような状況を作り出す、といった感じだな。」
「その説明で間違ってはいないね。」
魔術師であるステイルが本当なのだと言ったのだから、事実なのだろう。
それでも、上条は上手く理解できなかった。
「一例をあげると、 ローマ正教を標的としたテロに巻き込まれたが「奇跡的」に助かった、ていうのが一番簡単な例だな。」
「うん?
それだと別に悪い事なのか?
別に問題もなさそうに聞こえるんだけど。」
「大有りだ。」
ステイルは吐き捨てるように言った。
「良いか、そもそも「使徒十字」がなければ、ローマ正教の勢力圏でなければテロ自体起きなかったはずだ。
周囲の人間も幸福しか感じらないから、ローマ正教の支配も納得して受け入れてしまう。
結局ローマ正教の幸運の分、割を食う羽目になっている。
強制力は黄金練成にも匹敵するが、それほど人の意思を汲み取ってくれる訳ではなく、ローマ正教全体の利益を自動的に実現する。」
「ちょっと待てよ。
それじゃあオリアナ達は具体的に何をしようとしているんだよ?」
「世界を二つに分けると、魔術サイドと科学サイドに分かれるにゃー。
今はちょうど、バランスは半々に保たれている訳だけだぜい。
その内、科学サイドの長がこの学園都市だにゃー。
これが全面的にローマ正教の庇護に治まっちまったらどうなると思う?」
あ、と上条は思い至った。
ただでさえ世界の半分を占めている科学サイドが、魔術サイドの「どこかの組織」の下についたら、確実に世界の五〇%以上を手中に収められるのだ。
それが十字教の中でも最大宗派のローマ正教となれば、規模は計り知れない事になる。
「使徒十字」を学園都市に突き刺せば、後は全て「ローマ正教の都合良いように」学園都市の方が動いてくれる。
具体的に何が起こるか、上条は全く想像が出来ない。
だが、これだけは言える。
誰もが幸せにしか感じられない世界ができあがる。
「それじゃあ、オリアナ達の言っている取り引きっていうのは・・・」
「霊装単品の取り引きじゃない。
「ローマ正教の都合の良いように支配された」・・・学園都市と、世界の支配権そのものだろうさ。」
ステイルは大きく深呼吸した。
口の端にある煙草が、酸素を吸ってオレンジ色の光を強くする。
「片方の受け取り先が分からなかったのは当然だぜよ。
この取り引きは、他の誰も関わっちゃいなかった。
ロシア正教が怪しいなんて話もデマぜよ。
ローマ正教が自分で自分に送るだけのものでしかなかったんだからにゃー。」
土御門の言葉に続くようにステイルは言った。
「止めるよ、この取り引き。
さもなくば、世界は崩壊よりも厳しい現実に直面する事になる。」
その声に上条と土御門は頷く。
だが。
「そうか、なら頑張ってくれ。」
麻生だけは頷かなかった。
麻生の言葉に一番反応したのは上条だった。
「恭介は手伝ってくれないのかよ!!」
「ああ、「使徒十字」がどんな霊装かは分かったし、興味も失せた。
それと最初に言った筈だ。
俺はお前達の面倒事に関わる気はないってな。」
そう言って腰を上げると、どこかへ行こうとする。
しかし、上条が肩を掴んでそれを止める。
「分かっているのか?
もし、「使徒十字」が発動すれば、ローマ正教の都合の良いに動いてしまうんだぞ!!
そうなったら・・・・」
「それがどうした?」
麻生の言葉に上条は言葉を失う。
「ローマ正教の支配下になろうと俺の知った事じゃない。
俺に被害が及ぶのなら全力で止めるが、今はそれも見られない。
だったら俺には関係のない事だ。
そっちはそっちで頑張ってくれ。」
上条の手を払った麻生は三人に背を向ける。
そして、そのまま去って行った。
後書き
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