戦国異伝
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第百三十四話 信行出陣その十二
「あ奴はこうした時にこそ残りたがりますが」
「後詰にな」
「しかし今回は妙に大人しいですな」
「わしはあ奴も後詰に残ると思っておった」
まさに命懸けの戦になるからだ、命を懸ける戦にこそ傾奇があるから彼は残ると見ていたのだ。
「しかし違ったな」
「ですな、実はそれがしもです」
これは滝川もそう見ていることだった。
「あ奴は必ず残ると思っていましたが」
「それがじゃな」
「素直にこの退きに入っていますな」
「そうじゃな、妙なことじゃ」
「慶次にも何か考えがあるのでしょう」
丹羽がいぶかしむ二人に話す。
「あれで何かと考える者ですし」
「頭はよいのじゃ」
このことは柴田も認める、古典にも通じ茶道も嗜む、中々の教養の持ち主なのだ。
だがそれでもだ、やはり彼は傾奇者だからである。
「しかし傾いて危うい戦を好むからな。政には目を向けぬしな」
「好き嫌いは激しいですな」
「それで今回もと思っていたが」
「違いますからな」
「まあよい、今は猿達が頑張っている間にじゃ」
やはり柴田も最悪の事態を考える、そのうえでのことだたった。
「下がるか」
「急いで」
「今のところ落語した者もおらぬ」
これもいいことだった。
「それではこのままな」
「下がってですな」
「そして岐阜じゃ」
織田家の拠点であるこの地の名前も出る。
「そこに一旦戻ることになるな」
「そして、ですな」
「そこで再び兵を整え」
「それからじゃ」
柴田は丹羽と滝川に強い顔になって述べた。
「あらためて朝倉、浅井両家との戦になるであろうな」
「ですな、しかしまさか浅井殿が裏切るとは」
丹羽もだった、このことについては首を傾げさせるばかりだった。
「思いも寄りませんでした」
「御主もそう思うが」
「長政殿はその様な方ではありませぬ」
このことをよくわかっているからこそ言うのだ。
「あの方は非常に義理堅い方、それに当家も事前にことを伝えて了承を得ていました」
「そうでござる、殿も長政殿がよしとされてから越前攻めとなりました」
滝川もこのことを言う。
「誰も浅井殿については」
「裏切るとは思っていませんでした」
また言う丹羽だった。
「何故でありましょうか」
「わからぬな」
柴田はその厳しい顔を難しいものにさせて述べた。
「あの方が裏切るとはとても思えませぬ」
「ですな、しかし今はです」
「このまま下がるしかありませぬな」
「そうじゃな」
今はこれが現実だった、織田家は退くしかなかった。
柴田達も兵を率いて都まで退いていく、そしてその後詰は。
羽柴は金ヶ崎からいよいよ近江に入ろうとしていた、その彼に報が入った。
「そうか、いよいよか」
「はい」
福島が彼に伝える、既に後詰は戦の用意を整えている。
「紺の軍勢が東より来ています」
「それではじゃな」
「戦ですな」
「うむ、皆の者よいな」
羽柴は後詰の者達に言う、皆自ら名乗り出て残った生きて帰ると誓っている者達だ。その者達に言ったのである。
「これから戦になる」
「そしてその戦で」
「いよいよですな」
「そうじゃ、功を挙げるぞ」
黒田と細川にも確かな笑みで返す。
「思う存分な」
「ははは、腕が鳴ります」
加藤はその十字槍の刃を見上げながらその口を大きく開けて笑う。
「これで敵に虎がおれば言うことなしです」
「御主はいつも虎じゃのう」
羽柴は加藤のその話を聞いて彼も笑った。
「余程虎が好きなのじゃな」
「はい、いつか明か天竺で虎を借りたいと思っています」
「言うわ。まあ御主なら虎を何匹でも狩れそうじゃな」
「そうしたいですな」
「さて、それではじゃ」
今彼等は馬上にいる、そこから後ろを見てだった。
「皆長槍と鉄砲の用意はいいな」
「弓もあります」
「全て整っております」
今度は蜂須賀と浅野が応える。
「そして我等も」
「既に心構えは出来ております」
「では何時でも戦えるな」
「さて、敵は三万でしたな」
加藤嘉明も後ろを見て誇らしげに述べる。
「相手にとって不足はありませぬな」
「朝倉は二万、浅井殿は一万」
秀長もいる、彼も今は戦をする顔だ。
「面白き戦になりますな」
「この功で母上とねねに錦の服をふんだんに着てもらおう」
「ですな、我等の母上にも」
「では今からじゃ」
こう言ってそうしてだった、彼等は間も無く敵が姿を現す後ろを見ていた、後詰での戦いもはじまろうとしていた。
第百三十四話 完
2013・4・24
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