Fate/stay night -the last fencer-
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第一部
それぞれのマスターたち
選択の意思
「今のっ……」
「女の悲鳴だったな」
「ちょっ、士郎!?」
俺と凛を無視して階段へと駆け出した。
よっぽど気になるのか、脇目も振らずに走り去る。
「あーあ。どうすんだ、続きやるか?」
「そんなことやってる場合じゃないでしょっ! 私たちも行くわよ!」
続いて凛も悲鳴の元へ向かった。
取り残された俺は一人、大きく深呼吸をし嘆息する。
せっかく盛り上がってきていたというのに興醒めだ。
わざわざ遊んでいたのが無駄になる。
「仕方ないな。いや、まだそうとも限らないか……?」
考えていても埒が明かない。
廊下で孤独に黄昏ていてもしょうがないし。
気乗りはしないが、俺も二人の後を追うことにする。
「どうだ、凛」
「ダメ、かなり抜かれてる。持ち直せるかどうかはこの子次第…………」
一階に降り、今は悲鳴の主であろう女子生徒の応急処置の最中。
昨日の美綴と同じように、中身が抜かれてしまっている。
それもあのとき以上の、瀕死になるほどの衰弱状態だ。
ライフドレイン。
人間から魔力喰らい、生気吸収をするサーヴァント。
これが何者かによる仕業なら、恐らくライダーが近くにいる。
主な治癒は凛に任せ、俺はフォローをしつつ周囲に気を配る。
中途半端にして置いていったのは、本当の獲物を誘き寄せるためだろう。
これはよくある狩猟方法だ。
瀕死にした獲物に助けを呼ばせ、それを餌にまんまと呼び寄せられた新たな獲物を更に狩り殺す。
この場合は餌が女子生徒、誘き出された獲物が俺たちだ。
(非常口が開いてるのはそこから逃げたのか? けどフェイクだとしたら、どこから仕掛けてくるかわからない)
五感を鋭敏にして知覚領域を広げる。
全域警戒は得意ではないが、一定範囲内ならできないこともない。
そうして幾許かの後、俺の知覚領域内に異物が入り込んだのを感知した。
(マズイッ……その方向からだと…………!)
非常口の隙間から、牙が飛来する。
凛を挟んだ俺の反対側に当たるその位置から、彼女の顔を目掛けて。
(間に合わないッ!)
高速で飛翔する鉄杭によって、凛の頭蓋は吹き飛ぶだろう。
伸ばす手は届かないまま、俺の耳にはぞぶり、と肉を抉る音が響いた。
血が滴る。突き破られた肉が弾ける。
俺に防げない場所から飛来した鉄杭は──────凛の顔から少し離れた位置で、士郎の腕によって防がれていた。
「く──はぁっ、マジで焦った! つか、士郎っ!」
「衛宮くん、腕、うでに穴空いてる────ううんそれより、いた、痛くないの……?」
「痛い。めちゃくちゃ痛い」
他に方法がなかったのだろう。
迫る牙の飛翔を止めたその腕には、鉄杭が貫通している。
そんな自分の状態を苦悶の声を上げるでもなく、士郎はあくまで冷静に告げた。
敵の攻撃に気づいたのにも驚きだが、取り乱さずに落ち着いているのにも驚いた。
自身の芯に一本、鋼の覚悟を通しているのだろう。
常に痛みを伴う心構えをしているから、いざというときの行動がブレることがない。
魔術師として、男として、強い心を持っているということだ。
(ライダーは外か? なら指向探査で居場所を見つけて────)
「っ!」
「え、おい士郎!? 馬鹿待て、先にライダーの探知……いや、せめて腕を治してから…………!」
何を思ったか、非常口から外へと駆け出していく。
こちらの制止の声など聞く耳持たず、腕には鉄杭を引きずったままで。
腕の治療もそうだが、あの鉄杭から伸びる鎖はその持ち主へと繋がっているはずだ。
今の士郎は糸に絡められた獲物に等しく、ライダーがその気になれば一瞬で片が付く。
魔術刻印から探査魔術を奔らせる。
非常口から鉄杭が飛んできた方向に索敵を掛ける。
士郎の魔力を探知…………士郎から逃げるように動き回っているのがライダーか。
相変わらずライダーのマスターの存在は確認できない。
相当に隠れるのが巧いのか、ライダーには単独行動させているのか。
一先ず、この場での危険はない。
「おい凛、一人でも大丈夫か?」
「え、う、うん」
「一応周囲には気を配っておけ。まだトラップがあるかもしれん」
「どうするつもりなの?」
「アイツほっとくわけにもいかんだろ。正直助ける義理もないが、ライダーは俺の獲物だしな」
あの夜の借りは返さねばならない。
それに売られた喧嘩は最後まで買い取ってやらなきゃ気が済まない。
どういうつもりでこんな回りくどい真似をしているのか。
ただこうして翻弄していたぶることを目的としているかのような行動。
もしかしたらライダーのマスターは俺の、もしくは俺たちの知り合いなのではないか?
俺や士郎のようなケースもある。
マスターを襲わせているにしては不手際が過ぎるし、たまたまマスターに選ばれた奴が俺たちに対して固執する何かがあるのなら、それは顔見知りである可能性が高い。
そしてライダーのマスターが魔術師であるかどうかも疑問だ。
これまで何度かライダーとは接触しているが、マスターの方は姿を見るどころか存在を確認すら出来ていない。
それはこちらが敵のマスターを魔術師であると疑わずにいるからであり、マスターである=魔力の気配があるという先入観のせいだ。
もし相手がただの人間であった場合は、相手がマスターであるか確認する術がほとんどないのである。
と、そんな場合ではないか。
今はとにかく士郎を追わなければ。
「来い、フェンサー」
呼び掛けから十秒。
俺の三歩ほど後ろに実体化し現れる銀の少女。
静謐さを感じさせる表情で、凛と倒れた女子生徒を見やる。
「黎慈、フェンサーを連れてたの!?」
かなり驚いた様子で声を上げる。
サーヴァントを連れていながらあんな鬼ごっこをしていたことが疑問なのか。
マスター同士は互いを感知出来るが、霊体化させたサーヴァントの存在を感知することは出来ない。
逆にサーヴァント同士は互いを感知出来るが、アーチャーを傍に置いていない今はフェンサーの所在を知ることは出来なかったのだろう。
アーチャーを離す前にフェンサーの存在の有無は調べたのかもしれない。
だが結界基点の探索に際してフェンサーを呼び戻し待機させていたので、それ以前に調べたのならタイミングが悪かったとしか言いようがない。
「マスターが楽しそうにしているのに、割り込むわけにもいかないでしょ?」
「え…………?」
「ご学友とお遊びになっているのを邪魔するほど、私も不粋じゃありませんもの」
こちらの内心を代弁するかのように言い放つ。
後半が丁寧口調になっているのは、凛に対する当て付けか。
別にフェンサーを呼ぶほどの事態でもなかっただけ。
俺一人で対処可能だったし、一工程の魔術から接続して詠唱魔術に持っていくことは出来たし。
リスクリターンの計算と、凛とは最後に全力で戦いたいこと、楽しければそれでいいと考えた俺の適当さ故だ。
相手が凛である以上、最低限この学校という場所で殺し合いにはならないだろうと踏んでいたのもあるといえばある。
「ま、そういうことだ。治療が終わったら、帰るなり追いかけてくるなり好きにしな」
あまり話している時間もない。
士郎……はどうでもいいが、ライダーに逃げられてはかなわない。
あの時に俺をボコってくれたお礼参りはしないとな。
ライダーを追い、校舎裏の雑木林に入ってから数刻。
腕に穴を開け、杭を穿たれたまま、士郎は戦闘を開始した。
いや、それは戦闘などではなく、彼がどれだけの間防衛していられるかという持久戦だ。
しかし彼の体力も魔力も有限であり、武器に至ってはその強度は戦闘に耐え得るような代物ではない。
絶命へのカウントダウンは始まっている。
何の自覚もなく己の領域に入ってきた獲物を仕留めるため、大蛇がその牙を剥く…………!
「くっ……せぁッ!」
手に持った鉄棒で、飛翔し落下してくる鉄杭を弾く。
敵の攻撃は視認など出来ず、ましてや防ぐことなど出来るはずがない死の一撃。
だが防ぐ、弾く、受け流す。
ここまでで既に六度。
それだけの数続けて起こることを、果たして偶然と言えるのか?
「っ……まさか」
呟かれた困惑の声は、襲撃者たるライダーのものだ。
彼女からしてみれば少年など取るに足らない存在であり、本来なら初撃で終わらせられるはずの相手。
それをここまで凌がれている。
彼女に矜持というものがあるのなら、微塵に砕かれるほどの衝撃。
士郎は未熟と言えど魔術師だ。戦いの心得も多少はあるだろう。
だがそんなものは、サーヴァントである彼女にとっては些末事だ。
英霊とは人間如きが抗することの出来る存在ではなく、それは超常を成す魔術師であっても例外ではない。
真に本気を出してはいないが、手心を加えているつもりもない。
彼女の決めた力の上限内といえど、その範囲内では一切の加減はしていないのだ。
その理屈で言えば、間違いなく彼女は本気だった。
それを幾度となく捌かれる。
「はっ、はっ──────ッ!」
右後方側面から迫る牙をまたしても弾く。
危険感知に長けているのか、直感に優れているのか。
士郎は戦闘において、研ぎ澄まされた第六感を瞬間的に開花させていた。
このままなら、丸一日だって戦っていられる。
だが現実に手持ちの武器は限界を迎えようとしており、戦況を覆される要因は他にもあり────
「ハ、大したことないな。他のサーヴァントに比べたら迫力不足だ────!」
おまえなど怖くないと。
そう勇み叫んだのも束の間、いきなり右腕が引き上げられる。
杭の刺さった腕をそのまま引き千切るかの如き勢いで、士郎は地面から足を離した。
「ぐッ……くそ……!」
木の枝を支点に、井戸汲みの滑車が回るように鎖が引き摺り上げられる。
鎖から繋がる鉄杭、更にそれに刺し貫かれた士郎を容易く宙吊りに晒す。
痛みに呻く間もなく吊り上げられ、その先には樹上で待ち受ける大蛇の姿。
「さて、先ほどは何か興味深いことを仰られていたようですが」
ライダーは蛇が獲物に擦り寄るように士郎に近付く。
抵抗すら出来ない状態で為されるがままだ。
「私が他のサーヴァントに劣る、と。
困りましたね。その認識を改めさせてからでないと、貴方を殺すのは難しい」
微笑すら浮かべながら、自身に対する侮辱に憤りを見せる。
目前にはライダー。対処するにはどうするか。
セイバーを喚ぶことも選択肢に含めて士郎は逡巡する。
残った左腕で応戦、右腕の杭を引き抜いて一時退避、令呪を使用してのサーヴァントの強制召喚。
しかし考える猶予など数秒もなく。
「ではまず、間違ったその目から────」
「別に士郎は間違っちゃいないだろ」
雑木林に響く声。
光弾と雷撃が迸るのと、ライダーが飛び退くのは紙一重の差だった。
紫電が彼女の髪先に触れて消える。
やはり低位魔術では対魔術によって掻き消されるな。
「────────」
「今日は逃がさねぇぞ」
「ッ!」
「お久しぶり、ライダー?」
飛び退いた勢いのままに離脱しようとするが、回り込ませていたフェンサーが行かせない。
挟撃は兵法の基本。
俺だけならこちらを突破できるだろうが、それだとフェンサーに背を向けることになる。
サーヴァントに背を向けるか、人間の魔術師に背を向けるかを取るなら、間違いなく無視するべきはマスターの方だ。
「マスターを狙うのは効率的だが……マスターしか狙わないのは、他のサーヴァントに勝つ自信がねぇからか?」
「………………」
「いや違うな。現に俺も士郎も仕留められてないんだから、オマエもたかが知れてるってことだよな」
背中しか見えていないというのに、こちらに向けられている敵意を感じる。
彼女自身にも思うところがあるのか、俺の言い分が気に入らないらしい。
そりゃあ神話に謳われし英霊が人間ごときに扱き下ろされれば、気に食わないのも当然だ。
彼、彼女らからすれば、格下なのは確実に俺たちの側なのだから。
「士郎、黎慈!」
凛が駆けてくる。どうやら追い付いたようだ。
士郎も腕の鉄杭を引き抜き、こちらに走り寄る。
「テメェら手を出すなよ。コイツは俺とフェンサーのモンだ。凛、安全域まで士郎を連れて退け」
「何言ってんだ! おまえ一人置いていけるわけないだろ!?」
「ちょっと上手くいったからって、自分が対等にやり合えると思うんじゃねぇぞ士郎。怪我したオマエと魔力を消耗してる凛が居ても仕方ないだろ。
今からサーヴァントを呼んだとしてもコイツは俺の獲物だ、やらねぇぞ」
睨み付けて言い放った。
あの日の夜から、ライダーには借りがある。
今日まで引っ張る羽目になってしまったが、ここで決着をつけてやる。
フェンサーが居るなら勝負条件は対等だ。
後はどちらが上かを証明するだけでいい。
「士郎、間違えるなよ。俺たちは敵同士だ。利害の一致から協力し合うことはあっても、見返り無しに助け合うことなんて絶対にない。
この状況でテメェらは邪魔だ。どっかに消えてろ」
「だけど……!」
「行くわよ士郎。黎慈の言い分が正しいのはわかるでしょ。
私を庇った傷を負ったまま戦って、片腕にでもなられたら寝覚めが悪いの。治療するからさっさとついてきて」
「と、遠坂、そういう問題じゃ……」
怪我をしているほうの腕を引き、無理やり士郎を連れ去る。
穴の開いた腕を引かれてはたまらず、士郎も付いていかざるを得ない。
ドSか、アイツは。
「じゃあね、黎慈。もし生きてたらまた会いましょう」
(そういう言葉も余分だってんだよ……お前もお人好しなのは変わんねぇな…………)
知らず苦笑が漏れる。
魔術師なんて因果な稼業に身を置いているくせに、光の強い奴らだ。
少しだけ、眩しさを感じる。
自分が暗闇に居るだなんて自嘲するつもりはないが、さすがにあいつらほど光に強く生きられない。
それは今からわかること。
俺が感知できる範囲から二人が出たのを確認し、フェンサーに合図を出そうとしたそのとき────
「やあ、奇遇だね黒守」
「──────慎二」
雑木林の木の陰から、間桐慎二が姿を現した。
「驚いたかい? 実は僕も聖杯に選ばれたマスターなんだよ。邪魔な奴も居なくなったみたいだし、少し話そうじゃないか」
「話すことなんて何もないだろ。敵同士殺し合うだけだ……ああ、命乞いか遺言なら聞いてやるよ」
「そんなに焦るなよ。まず前提が違う。僕は殺し合う気なんかないんだ」
「は?」
おまえのサーヴァントらしいライダーに、俺も士郎も殺されかけたんだが?
フェンサーとライダーは警戒し合って膠着状態だ。
恐らく、マスターである俺か慎二の指示を与えられるまでそのままいるつもりだろう。
「あぁ、ライダーをけしかけたことは謝るよ。間桐は魔術を伝える家系だが、魔術回路は失われていてね。
マスターに選ばれたはいいが、サーヴァントを制御するにも一苦労なんだよ」
「で、魔術回路もない、ロクに使い魔も扱えない……そんな話がしたかったのか?」
「っ……いいからもう少し聞けよ。僕は生き残れればそれでいい。こんな馬鹿げた戦いに、命を賭けるつもりなんて全くないんだ。
魔術師としての栄光、勝者としての名誉? そんなもの必要ないし、聖杯だっていらない…………だから、僕と手を組まないか?」
「……どういう、ことだ?」
「ライダーはじゃじゃ馬だけど、戦力としては役に立つ。黒守や衛宮にけしかけたのは、ライダーが反抗しても簡単に殺されない強さを持っているかを確かめたかったんだ。
つまり僕と組むのなら、ライダーという戦力とこの戦争の賞品である聖杯は黒守にあげるってことさ。僕が求めるのは、ただ生き延びることだけだからね」
なるほど。理屈は立っているし、筋も通っている。
自ら姿を見せてまで内情を明かしたのは誠意のつもりだろう。
あのときのライダーに殺す気がなかったと言えば確かにそう思える。
慎二が自分では上手く扱えないから他のマスターと組んでサーヴァントと戦闘を任せてしまう……というのも、生存戦略としてはアリだ。
だが腑に落ちない点もある。
「何故俺に? 士郎もライダーに対処したし、凛もマスターとしては申し分ない。組むのならあいつらでも良かったろ」
「はっ、何かと思えばそんなことか。衛宮は黒守が来なければ死ぬ寸前だったし、遠坂は生粋の魔術師だ。話が通じる相手じゃない。
そこでいくと、実力もあって交渉の余地もある黒守が一番の相手だったのさ」
同盟を組むにしても、人選はしていたということか。
俺とてフェンサーを呼び出せていなかったら死んでいたに等しいが、そこは結果論か。
ここまで話を聞いて、怪しいところはほとんどない。
この話を信じないなら、間桐慎二という人間を根本から疑ってかかる必要がある。
どうするべきか。
「さあ、黒守。返事は?」
予期せぬ形で迫られた決断。
間違いなくこの先を左右する選択肢。
俺は──────
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